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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.5 先生のヤキモチ
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過去の想い

「あ、待って航希。こっちは駄目!」


 航希に強引に連れ出された遥だったが、はっと周りを見て立ち止まった。咄嗟に引いた腕だったが彼を止められずに、つんのめるようによろける。航希が気付いて立ち止まった。


「何で……」


 少年は言いかけて気づく。思いっ切り正門から続く通路に出てしまったのだ。遥はただでさえ目立つのに、衣装のせいで三割り増しになっている。


「うわ、可愛い!!」

「え~あれ高嶋ちゃんだよね」


 外部からの客も、泉学園の生徒も、彼女に目の色を変えるのがわかる。


「カッワイイね~。AK●なら俺だけのために踊ってほし~」


 泉学園は大学と付属しているためにそちらからの客も多い。大学生らしき青年二人組が絡んできた。遥を背後に庇う航希など全く目に入っていないようだ。


「やめて下さい」


 キッパリ顔を上げて断る遥だったが、相手は全く聞いていない。航希から引き離すように彼女を囲んだ。


「おい、やめろよ!」


 航希が怒鳴るが全く意に介されない。彼らは遥の腕を掴んで連れ出そうとする。


「んだよ、うるせーな」

「え~いいじゃん、行こ行こ」


 聞き分けのない男共に航希が爆発寸前になったとき。


「人のオンナに手ぇ出してんじゃねぇよ」


 この場に低く響いた魅惑的な声。そぐわない怒りを含んだ剣呑な言葉。サラリと揺れる銀色の光が、視界の端に映って。少年と少女、青年達は振り向いてーー絶句した。


「……誰?」

「が、外人?」


 その場にいた面々は、呆然と呟く。遥が大きく目を見開いた。

 そこにいたのは、目を疑うほどの美形な青年。無造作にセットされた、やや長めの肩にかかる銀色の髪。グレイの瞳を煌めかせて。顔立ちは日本人とも外国人とも言えない、美貌。

 知らない人だと思いかけて、あまりにも見覚えのあるその顔に、遥は叫び出しそうになって口元を押さえた。


「――っ!!」


 これは、このひとは。

 モデルバージョンの玲一……!!



 離れた場所から見ていた拓海は、顔をひきつらせて健吾に問う。


「なんであんな派手なナリなの?銀髪かよ」

「演劇部からカツラ借りてきたんだよ。奇抜な方がいつもの印象払拭できるだろ」


 確かに髪の色に目が行き過ぎて、冴木玲一だと気付く人は少ないかもしれない。


「しっかし冴木先生、似合うなあ~あの人ハーフとかじゃないよな」


 健吾が感心したように言って、デジカメを構えた。拓海がぎょっとしておずおずと問う。


「……健吾さん?」

「ファンクラブとかできるかな。いい臨時収入になりそうだな。あ、大丈夫、冴木先生には了承を得てるから。儲けは折半で」

「強者だね、健吾さん……」



「な、なんで……?」


 遥が玲一を凝視すれば、彼はふ、と笑った。白衣を着ていない彼は、ますます若く見える。見た目は目の前の大学生とそう変わらない。


「これで思う存分暴れられるだろ?」


 イヤイヤ、ダメでしょう!?


 玲一は遥に絡んでいた大学生を睨みつける。美形なだけにその異様な迫力に、彼らは掴んでいた遥の腕を放して、もごもごとなにやら言いながら逃げていった。玲一はそれを冷たい目で見送って。


「ふん。根性ねぇな、クソガキが」


 綺麗な容姿をぶち壊すような暴言が飛び出す。なんだか色んな意味で台無しだ。

 しかし外見だけならまるでどこかの国の王子様か、ハリウッド俳優のような容姿に、まわりがざわめきはじめて。


「さすがに目立ちすぎるか……移動しよう」


 玲一が髪をかきあげて遥の肩を抱く。


「なんだよアンタ!」


 航希がその手を叩き払った。玲一は目を細めて挑むように彼を覗き込む。


「だから、遥は、俺の」


 わざわざ一言ずつ切って言う玲一が余程気に障るのか、航希は彼を睨みつけたままだ。


「れ……玲。私、彼と話をしなきゃ」


 玲一、と呼んではマズいかと、とっさに玲奈が呼んでいたように縮めて呼ぶ。玲一が眉を上げた。


「それを俺に許せって?もう今日はかなり我慢したと思うけど」


(えぇえ、これで?)

 とは言えずに、遥は困って俯く。


(……姿が変わると性格まで変わるの?)


 “教師”でいなくていいせいか、今の玲一は全く遠慮が無い。いつもより子供っぽいというか、感情的というか。


「玲い……、玲」


 遥の声に、グレイの瞳が剣呑さを帯びる。航希が気に入らないのはもちろん、とにかく玲一は恋人に群がる害虫の多さに不機嫌なようだ。けれどその場に立ち止まっているうちに、頬を赤らめて玲一を見つめていたり、彼が話しているのを見て近づいてくる女子高生やら女子大生やらに気付いて。今度は遥の胸がざわめいた。


「きゃ~!あの、お一人ですかあ?」

「ここの関係者の方!?」


 勇気ある一団が玲一を囲み始めてしまい、突き飛ばされる形で遥がよろめく。

 

「っきゃ」

「遥、危ない」


 押し出された彼女が航希に抱き止められた。


「おいコラ触るな」


 玲一が冷ややかに遥を取り戻せば、航希がまた反論する。


「誰のせいだよ!このエセ外人!!」


 ……な、なんかどっちもどっち……!

 遥はめまいを感じて玲一の腕から逃れた。そのグレーの瞳を覗き込む。


「お願いだから、ちゃんと話をさせて」


 玲一も、今や自分の身こそ危険だということを自覚したのか。諦めたように言う。


「お前の気の済むように。……けど、誰にも渡すつもりはないからな」


 遥を引き寄せて、瞼にキスを落とした。



 裏庭、桜の木の下。内緒話ならここ。

 遥は航希と少しだけ距離を空けて立ち止まった。話が届かない程度に離れて、玲一が木に寄りかかる。


「本当にあいつと付き合ってるのかよ?」


 航希が思いっきり胡散臭い、と玲一を睨みつける。


「いつもはもう少し、普通なのよ」


 フォローにもならないフォローを入れて、遥が困ったように笑う。さすがに玲一は何も言わず、ただ視線を二人に向けただけ。


「あんな、外人だかビジュアル系だかわかんねぇ奴に、お前をとられんの、ムカつく」


 航希が遥を見据えて。けれど切なそうに見つめてくる。


「航希、ごめんね」


 遥も真っ直ぐに見つめ返した。


「航希は、大事な友達」


 だけど、と続ける。


「恋をしてるのは、彼なの」


 友情から緩やかに育むような、そんな恋は過去のもので。もう知ってしまったから。堕ちて、絡めとられて、逃げられなくなるような、激情を。他の誰にも感じない。彼にだけ。

 遥の表情を見て、航希は一瞬だけ彼女の手をぎゅ、と握って、身を翻した。


「俺は、諦めないからな!!」


 そのまま玲一のそばを通り過ぎ様に睨みつけ、


「さっさと保健室に戻れよ、このクソ教師」


 と、苦々しげに吐き捨てていった。


「やっぱバレてたか」


 玲一が苦笑して、その場に立ち竦む遥を手招きする。


「玲一……」


 向けられた想いが真剣であればあるほど、遥は傷付く。気にするな、と言うのは簡単だけど。


「いつまでも他の男のことを考えてんじゃねぇよ……」


 玲一は木に寄りかかったまま、遥を引き寄せて、腕の中に抱え込んだ。倒れ込むように玲一の胸にもたれかかって、遥は呟く。


「ほんとに別人みたいよ、玲一。口も悪いし、そんなこと言うなんて」


 クス、と笑う姿。だけどその瞳は隠しようもなく潤んでいて。他の男に泣かされてる恋人にどうしようもなく独占欲が湧く。


「……ムカつく」


 玲一は遥を腕の中に閉じ込めたまま、彼女の腿に手のひらを滑らせた。びくん、と跳ねたのは身体だけじゃなく、その心臓もだ。遥は動揺に慌てて彼を見るが。


「れっ、玲一!?」

「こんな短いスカート履きやがって」


 呟いた口が、遥の胸元のリボンをくわえて引き抜く。


「カンタンに脱がせそうな衣装着やがって」

「そう思ってるのは玲一だけよ!?着るの結構大変だったんだから!!」

「うるせ」


 ちょっと、どうしよう、この状況。色々というか、何もかも問題あり過ぎだ。ここは学校で、いつ誰がくるか分からない校舎裏で、二人は教師と生徒で。

 遥の目の前にあるグレーの瞳が、いつもより更に色気たっぷりに彼女を見つめてくるのは、自分がどう見えているのか、確信犯に違いない。

 ドキドキと暴れる心臓が壊れる前に、遥は叫んだ。


「玲一、思いとどまって!もう白衣着てよ!!」


 冷や汗と共に訴える彼女から不満げに手を離して、玲一は舌打ちした。が、校舎を見上げて何か思い出したのか、すぐにニヤリと笑う。


「いーこと思いついた」


 ……嫌な予感。

 遥は顔を引きつらせて不敵に笑う恋人を見上げた。

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