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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.4 夏を待つひと
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衝動

 必然的に水泳の授業は中止となり、更衣室に戻っていく生徒達。その中に遥の姿を見つけられず、玲一はユミを呼び止めた。


「槙原、遥は?」


 ユミと芽依は顔を見合わせる。彼女達もきょろきょろとあたりを見回した。


「それが、さっきから居なくて」

「先に戻ったのかも」


 処置をしていた玲一にはともかく、遥が友人に何も言わずにいなくなることなんてあるのだろうか。気になったが、水瀬が玲一に声をかける。


「救急車来た。冴木、ついて行くんだろ?」


 頷いて、お前は?と聞けば、彼は肩を竦めた。


「ここで救急ならうちの病院じゃないし、俺は適当に帰りま~す」


 軽く言って校舎へ戻って行く。その姿に、玲一は軽い違和感を覚えたが、


「冴木先生!」


 橋口に呼ばれてそちらへ向かい、救急隊員に状況を説明しているうちに水瀬は居なくなっていた。


 プール棟の外に出て救急車に乗り込む直前、校舎へ続く通路に、制服姿の遥と彼女を呼び止めて何かを言う水瀬の姿が見えた。遠目でも明らかに遥の様子がおかしいが、今は彼女のところへ行く時間もない。


(水瀬に任せるか……)


 ああ見えて腕の良いれっきとした医師だし、何より昔の同僚というだけでなく、玲一の高校からの友人なのだ。少しの不安を振り切るように、その場から離れた。



 その水瀬は遥を連れて、保健室に来ていた。他の生徒よりも先に着替えを終えて、逃げるように出て来た彼女を掴まえたのは、半ばこれを予想できていたからだ。

 明らかに泣いた後の赤い目元。思い詰めたように硬い表情は、自分を責めていたのだろう。彼女らしくもなく挨拶もそこそこに始終俯いていた。


「そんなに落ち込むことはないよ」


 水瀬が玲一のデスクに腰掛ける。遥は目の前で立ったままだ。


「でも、私は私を許せません……」


 俯く彼女を水瀬が眺める。

 どこまでも綺麗な子だと思う。容姿も、志も。

 友人、冴木玲一の恋人で、婚約者でなければ口説きたいくらいだけれど。


(いや、俺には綺麗すぎるな)

 そう思って苦笑する。


「仕方ないよ。恋愛感情ってのは、自分でままならないものだし」


 水瀬の実感のこもった声に、遥が顔を上げた。


「俺ね、患者さんを好きになったことがあったんだ」


 少女が驚いた顔をする。


「もう他の医者が彼女を診察するのがムカついてムカついて。誰も触るなーってさ。さすがに手術とかはそれどころじゃなかったけど……。もう面倒くさくなっちゃって、医者を辞めようかと思ったこともあったんだよ」


 軽く語る水瀬だが、その瞳は真剣で。


「その、患者さんは?」


 水瀬は答えない。だから聞いてはいけないのだと悟った。


「俺も冴木も仕事に私情入りまくりだよ?高校生の君の方がしっかりしてるよ」


 水瀬の言葉に遥は苦笑した。私情入りまくり、には同感だったのだろう。


「だから、自分を責めることない。同級生だって助かったんだから」

「……水瀬先生って優しいんですね」


 遥が感謝を込めて水瀬を見る。


「可愛い子限定でね。冴木には内緒だよ」


 うそぶく彼にもう一度頭を下げて。遥はいくらか晴れた気持ちで教室へと戻って行った。


「さてと。冴木になんて報告するかなあ」


 水瀬は携帯を出すが、通話ボタンを押せずに止まる。

 できることなら遥のことはそっとしておいてやりたい。水瀬が気付いたのは、あくまでも例外なのだ。彼女は一人で抱え込むけれど、立ち直る事も出来る子だ。

 けれど玲一には、先程水瀬が遥を呼び止めていたのを見られている。


「報告しないと恨まれちゃうかなあ……」


 遥ちゃんのことに関しては、アイツ結構心が狭いし、ヤキモチ妬きだもんな。


「昔はあんなんじゃなかった気がするけどなー。氷のプリンスとか言われてたのに。それだけ遥ちゃんには本気ってことかねー」


 ブツブツ言いながら手の中で携帯を弄んでいたその時、タイミング良く着信音が響いた。玲一から電話だ。


「はいは~い、天才美形医師の水瀬陸様でーす」

『……残念な頭だな』

「そんなこと言っちゃっていいのかな、冴木。お前の恥ずかしい過去をノーカット完全版で記憶してる俺に」

『ならお前の記憶を抹消すればいいわけだな、問題無し』

「過去が恥ずかしいのは否定しないのね。生徒はどうだった?」

『ああ、大丈夫』


 それから症状についていくつか話して。


『なあ水瀬、遥のことだけど』


 う~ん、やっぱり聞かれたか。

 水瀬は瞬きをしてーー決心する。今回ばかりは、いたいけな少女の味方をしようと。


「一切お答えできかねます!守秘義務でーす」

『はあ!?こんなときだけ仕事熱心になりやがって』

「遥ちゃんを口説いたりはしてないよ、イントロ程度にしか」

『阿呆』


 けれど玲一は、水瀬が言わないことには事情があると、ちゃんと察してくれたらしい。


『……まあ、お前のことだから心配してねぇよ。……悪いな』


 手放しに信頼されてしまっては、なんだかくすぐったいような意地悪を言いたいような、妙な気持ちになるが。


「……まあ長い付き合いだからね」


 水瀬はそう言って、微笑んだ。

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