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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 恋人の資格
52/75

試合開始

 対戦相手は、あのC組の女子。対してこちらは遥、ユミ、芽依、あさみ、優奈の5人。いずれも日頃から仲良しな友人同士で、チームワークの心配はしていない。顔を見合わせて、コートに入った。

 ホイッスルが鳴って、ボールが跳ね上がる。ジャンプボールはユミの指先をかすめて、C組の女子の手に渡った。


「っあ、ゴメン」

「大丈夫」


 かすかに背中をぽん、と叩かれて、遥の笑顔が返ってくる。ユミも頷いて、ゴールに向かう彼女らを追って走り出した。



「あっ、高嶋さんの試合始まってる」


 拓海と健吾は体育館に入ると、ステージ側のコートへ向かった。二人はバスケ部だから当然別の、ソフトボールの試合を終えてきたところだった。

 ステージには白衣の養護教諭が腰掛けて、突き指だ捻挫だと喚く生徒の手当てをしている。健吾が首を傾げて彼へ問う。


「冴木先生、出張?」

「いちいち保健室から呼び出されるのも面倒だしな」

「そんなこと言って、高嶋さん観に来たんだろ。このエロ教師」


 ぼそりという拓海に、玲一が爽やかな笑顔を見せた。すっと長い指がコートの向こうを指す。


「……ねぇ、松本?あのバスケットゴールに男子高校生の頭が入るか試してみたくない?」

「申し訳ございませんでしたッ!!!」


 平身低頭で謝る羽目になった。口は災いの元とは良く言ったものだ。


「お」


 健吾の感心したような声に振り返れば。遥が相手からボールをカットしたところだった。そのまま反対側へ走り出す。コート真ん中あたりで立ちはだかって、ボールを奪おうとした女子を、クルリと体を捻ってかわした。その動きは慣れていて、危なっかしいところは一つもない。


「おぉ~!高嶋さんてバスケ経験者?」


 拓海が目を輝かせて言う。


「わかるのか」


 玲一が意外そうに言った。バスケ部の少年は親指で自分を指し示す。


「先生、俺一応バスケ部のエースっスよ?」

「上手いね。これは勝つな」


 健吾も頷いて言った。視線の先で、遥の前にガードが立ちはだかる。遥は周りにチラリと視線を送っただけで、芽依に顔を向けることもなく、彼女にボールをパスした。ノールックパスは完全に出遅れた相手に止められるはずもなく、ボールを受け取った芽依が、体を伸ばしてシュートする。見事にゴールに吸い込まれ、ホイッスルが鳴った。芽依と遥が手をパチンと合わせて微笑む。

 次には相手チームからカットしたボールを遥自身が綺麗に体を伸ばして、ゴールへと放った。


「格好良い~高嶋さん」


 拓海が目を輝かせると、玲一が珍しく黙っている。


「先生、見とれてんの?」


 返事の代わりに湿布が投げつけられて、拓海の顔面に貼りついた。


「うあっ!目にしみる!」

「余計なこと言わなきゃ良いのになあ、拓海」


 健吾が面白そうに言った。


 そうやって何度か、遥やA組の女子に点を入れられ、コートでは荒い息をついて、C組の女子たちが遥を睨みつけていた。遥はどちらかというと、大人しそうに見えるし、簡単に恥をかかせてやれると思ったに違いない。どんどん開いていく点差に、敵意をむき出しにしている。


「ざまあみろっ!」


 ユミが胸をはる。なんとなく芽依も嬉しそうだ。二人が顔を見合わせて笑った瞬間。


「ムカつくんだよっ……」


 ボールを奪うと見せかけて、相手が遥に勢いよくぶつかった!


「あ……ッ!」


 小さく上がった悲鳴。身体ごとぶつかられた遥はその場に倒れ込んでしまう。起きあがろうとして、ひどく顔を歪めた。


「遥っ!」

 

 ユミ達が駆け寄った。遥は「大丈夫」と言うが、座り込んだままだ。玲一がステージから飛び降りて、彼女達に足早に近づいた。遥の足を診る。


「ひねったな」


 眉根を寄せて言った。遥は心配そうなユミ達に笑ってみせて、口を開いた。


「ごめん、手当てして貰ったら戻るから、少しの間だけメンバーチェンジさせて?」

「うん……」


 玲一に支えられて隅に移動する遥を見送って、ユミがコートに戻ろうとすると、隣に居たあさみがポツリと呟いた。


「あれ、戻れないよ……私見たもん。かなり酷い捻り方してた」

「えっ」


 あさみはテニス部だ。運動部の彼女なら多分見間違いではないだろう。ユミは嫌な予感に、遥を振り返る。いつも綺麗な笑顔の友人の顔は、今は唇を引き結んで厳しい顔をしていた。



「何が戻るだ。無理」


 遥を壁に寄りかからせて座らせると、玲一が鋭く言う。その間にも彼女の足首は腫れ始めていた。


「冷却してテーピングして下さい」


 けれど彼女は硬い声で返す。俯いた顔も同じように硬く強ばっていた。


「は?何言ってるの。これじゃ歩くのもキツイだろうが。骨イッてるかどうかも分からないし、すぐ病院に」


 眉を上げた玲一を見ずに、遥は彼の後ろに居た拓海に言う。


「松本君、テーピングできるよね。手伝って」

「遥!」

「え、高嶋さん……」


 遥のめったにない頑固な姿に、拓海はオロオロして二人を見比べた。拓海と健吾にも彼女の怪我が決して軽くないのは分かる。今すぐ治療した方が良いのは明らかなのに。そもそも冴木玲一に遥が真っ向から逆らう姿など初めて見る。

 彼女は顔を上げた。目の前のただ一人を見据えてはっきりと言う。


「絶対負けたくないの。止めないで、玲一」


 遥は他の生徒の前だというのに彼を“冴木先生”ではなく名前で呼んだ。

 それだけで、玲一は事情を察する。


「……俺がらみ?」

「だから絶対負けないわ」


 強い瞳。逸らさずに向けられるそれは、息を吞むほどに美しくて。


「え、と。じゃあ固めるよ」


 空気にいたたまれなくなった拓海が、救急箱からテープを取ろうとした。が、じろりと玲一に睨まれる。


「遥の足に触るな」

「えぇえ~っ!!?」


 白衣の美貌の男からの圧力に怯えた拓海を、健吾がヨシヨシ、と棒読みでなだめた。


「俺の言うことを聞かずに無茶するなら、わかってるよね?」


 しかめっつらをしながら、手早く手当てをしていく玲一に。


「うん、お仕置きなら後でたっぷり受けるから。……ごめんね」


 そう言って、微笑んで。

 遥はコートへ戻っていく。たった一人で。


「……惚れ直すね」


 玲一は溜め息まじりに苦笑して、呟いた。



「遥」


 戻ってきた遥を、心配そうに迎えたユミ達に、彼女は微笑んだ。


「心配かけてごめんね。ありがとう」


 やや足を引きずり気味ではあるが、遥は真っ直ぐに立つ。


「やっつけちゃおっか」


 彼女のイタズラめいた微笑みに、ユミは頷いた。いつもの彼女のふわりとした雰囲気に、ユミは安堵の息を吐く。

 けれど試合が再開すれば、芽依が小さな声でユミに囁いた。


「やっぱり遥、かなり痛そうだよ。あたしたちが走ろう」


 見れば遥の額には汗が浮いている。彼女が戻って来てから、まだそれほど動いてはいないから、多分痛みからきているんだろう。ユミは頷いた。


「よーしっ!いっくぞ」


 遥がいない間に詰められ、追い越されてややリードされてしまった点差。それを巻き返していく。

 ユミは不思議に思う。


(ただの、球技大会なのに)

 なのに、こんなに遥が、自分たちが必死になるのは何故なんだろう。


「なんなのよ……ッ」


 同じ事を思ったのか、C組の女子――最初に遥に絡んできた子だ――が、遥に向かって言った。敵意に混じる困惑の問いに、遥は微笑んで。


「私も、何もせずに彼の隣に居られるなんて思ってないよ」


 遥の静かな声。それは穏やかに、けれどはっきりとユミの耳にも届いた。

 相手が目を見開く。


「彼にふさわしくなりたいって、どうしたら彼に好きでいてもらえるかって、いつだって考えてる。ーーそのためならどんなことでもするの」


 遥が跳んだ。

 その手から放たれたボールは、ストッ、と軽い音を立てて、リングに吸い込まれる。


「スッ、スリーポイント……!」


 ユミは思わず両手を握りしめた。


“ピピーッ”


 試合終了の、音が響いた。



「勝ったあ……」


 スコアを見て、芽依が呟く。ユミも振り返って見た。

 ――1点差。1点、勝ってる。

 あのスリーポイントで、勝ち越したんだ、と気付いて。


 ドラマみたい!格好いいよ、遥!!


「うわあああん、遥あ!愛してるぅう――!!」


 思わず彼女に飛びつけば。


「それは俺のセリフ」


 いつの間に近づいて来たのか、すぐ傍でした玲一の声。


「それでこれは俺の」


 その腕がユミから攫うように遥を抱き上げた。


「あーっ、ズルい冴木先生っ!遥返してぇえ」


 ぎゃんぎゃんわめくユミに、呆れ顔で芽依が言った。


「こらこら。遥が歩けないからでしょ」

「あ。そうか!!」

 

 見れば遥はかなり我慢して立っていたらしく、眉をしかめてうっすらと目が潤んでいる。


「ごめん、遥!つい興奮しちゃって!」


 ユミが慌てて謝れば、彼女は笑った。


「ううん、私こそ、意地の張り合いに付き合って貰ってごめんね。でも、嬉しかったよ。ありがとう」


 そのふわりと向けられる、いつもの笑顔にほっとして、ユミは頷く。


「良かったあ……」

「ちょっとズルいけどね。中学とはいえ私はバスケ経験者だし、勝算はあったのよ?」


 遥が苦笑するけれど、でも本当はそんなに楽じゃなかったことはわかってる。


「遥、頑張ったね!」


 ユミは玲一に抱えられたままの遥を抱きしめれば、彼女がいっそう嬉しそうに笑ってくれたのを感じた。彼女達の様子をよそに、遥の足を診て骨に異常はないことを確かめた玲一は、息を吐いた。ひとまずは冷却しておけば大丈夫そうだ。

 彼は拓海達のもの言いたげな視線に一瞥をくれて、コートを見渡すとニヤリと笑う。


「さて。じゃあ今度は俺の番かな」


 さらりと落とされた玲一の言葉に、


「「「は!?」」」


 彼女たちは目を見開いた。

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