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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 恋人の資格
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ep.2-3 プロローグ

 テストという“鞭”が終われば、また“飴”がやってくる、ということで。


「球技大会?」


 休み時間の教室で、友人達と談笑していた中でふと出た話題に、遥が聞き返す。ユミがにこにこと頷いた。


「そうだよ~!テスト後に勉強しなくていい行事なんて、理事長先生最高~」


 現金なユミに芽依が呆れた顔をする。


「勉強しなくていいって意味じゃないし。あんた理事長、意地悪って言ってなかった?」

「やだなあ芽依ってば。過ぎたことは忘れようよ」

「……」

「でね、遥。バスケ、バレー、ソフトボール、何に出る?」


 苦笑する遥に、ユミがにこにこと聞いてくる。この後のホームルームで出場種目を決めるのだ。クラス委員の彼女は事前に情報を得ていたと言うわけで。


「そうだなあ……二人と一緒がいいな」


 確かユミはバレーボール部員の筈。公平を期すため、部活と同じ競技はNGだから、彼女はバスケかソフトに出ることになる。


「遥って前の学校では何部だったの?」


 芽依が聞いた。


「中学の時はバスケ部だったよ。高校では何も入ってなかったけど」

「えぇっ、そうなの?」


 答えた遥にユミも芽依も驚く。今の遥は帰宅部だから、なんとなく運動系は苦手かと思っていた。けれど言われてみれば、確かに体育の時間の彼女はそれほど動くのが嫌いそうに見えないし、どちらかといえば足も速い方だ。ただ、飛び抜けて運動能力が抜群かと言えばそうではない。至って普通。


「なんで高校ではやらないの?」


 ユミの問いに、遥の顔が固まる。言葉を選ぶように考えて、言いにくそうに口を開く。


「……中学の時に、男子バスケ部の部長が色々面倒を見てくれて」

「つまり惚れられて」


 遥はストレートな芽依に苦笑しながら否定せず、続けた。


「それが女子バスケ部の部長の気に障ったみたいで」

「ほう、妬まれて嫌がらせされたと」

「……芽依は本当に有能な通訳ね」


 遥は肯定の意味を込めて言う。理解ある友人を持って嬉しいやら、困るやら。


「そーか、そーか。じゃあバスケ自体が嫌いではないのね?」


 ユミが勢いこんで聞いてきた。


「う、うん」

「やったあ!ならバスケだねー!優勝したら商品、クラス全員に食堂の食券10枚ゲットだよー」


 そう言って、彼女はガッツポーズでもう一人のクラス委員に話しに行く。遥は笑いながら見送って。この親友達の明るさには、いつも助けられている。 きっと今回の行事も、楽しく過ごせるだろう。

 

(球技大会か……玲一、忙しくなりそうだなあ)

 保健室の先生である恋人を思い浮かべて、彼女はそっと息を吐いた。



 球技大会当日。

 体育館には、すでに多くの生徒が居た。もう試合が始まっているチームもある。やはり通常授業ではないからか、賞品まであるからか、ちょっとしたお祭り状態で、理事長からのご褒美というのもあながち間違いではなさそうだ。応援席も盛り上がっている。


「よぉっしゃ!」


 ユミが立ち上がる。チラリと遥を見れば。

 長い髪をポニーテールに結わえて、クラスカラーのTシャツに、ハーフパンツで、凛と真っ直ぐに立つ姿。同じ服装なのに、どうしてこの友人はこんなに綺麗なのだろう。他のクラスどころか、後輩まで遥に見とれている男子がいっぱいいる。なのに彼女はそんなことを鼻にかけることなく、気さくで、優しくて、意外に頑固で、たまに鈍感で、放っておけない。つまり。


「……遥ーー!大好きだーー!!」

「ユミ、恥ずかしい」


 芽依が突っ込んだ。


「あはは、私もユミと芽依が大好きよ」


 ニコリと返す遥の背後から。


「ライバルが多いな」


 艶めいて響く、低い声。


「れ、……冴木先生」


 そこに居たのは保健医の冴木玲一、遥の恋人だ。いつも通りの端正な顔立ちに、バランスの取れた長身。眼鏡を胸元に引っ掛けた白衣姿の養護教諭。


「遥、バスケしてたんだって?意外だな」

「皆そう言うんです。そんなに意外かな?」


 誰にも隙を見せない、クールビューティな教師が、遥にだけ向ける柔らかな表情。その隣で、ふわりと微笑む美しい友達。

 ユミはこの二人の姿を見るのが好きだ。ホントに、理想のカップルって感じがする。ユミの憧れと言ってもいい。


 遥が転校してきたとき、その美少女っぷりに惹かれた。クラス委員として接して、他の生徒より先に仲良くなったことに優越感もあった。

 それがもっと複雑な思いになったのは、彼女がどこか思い詰めた瞳で、校舎を眺める姿に気付いた時。笑っているのに、寂しそうな、だけど踏み込めない壁を作られていると気付いた時。

 この友人の、親友になりたいと心から思った。

 そして養護教諭の冴木先生と接するようになった彼女は、その壁を少しずつ崩していった。ユミや芽衣との距離も、近くなっていった。

 冴木玲一と遥が付き合っていると知った時は、驚いたけれど納得した。あのふたりはどこか似ている。まるで元から対だった一つのもののように、二人でいるのが自然で。


「ーー良かったね、遥。もう一人じゃないね」


 どうしてだか、つい出てしまった言葉。けれどそう言ったユミと芽衣に、遥は初めて本当の笑顔を見せてくれた。本当の意味で遥に踏み込めるようになったのは、このときからだった。

 そして、遥は彼とのことだけではなく、泉学園に編入してきた理由ーー彼女の姉のこともユミと芽衣に話してくれた。


「二人は、私の親友だから。知っていて欲しい」


 そう言ってくれた時、ユミは嬉しかったのだ。

 遥を変えたのは冴木玲一だ。

 自分では出来なかったそれを、彼が成し遂げてくれた気がした。

 だから。


「調子に乗んなよ」


 玲一が怪我人に呼ばれて、その場を離れたのを見計らったのか、すれ違い様にぼそりと呟かれた、悪意ある言葉。それを言ったのが、他のクラスの女子――よく冴木にまとわりついているグループだと気付いて、ユミは彼女たちを睨みつけた。向こうも彼女に気付いて何見てんだよ、と睨んでくる。


「ユミ、いいのよ。大丈夫」


 遥は彼女達からユミを守るかのように間に入り、その視線を遮った。傷ついていないはずがないのに、彼女はそんなことはおくびにも出さず。


「だって、遥」


 ユミのあげた声に、遥は黙って首を横に振る。


「あんな挑発に乗ることないってこと」


 芽依もユミを諫めた。けれどその顔は、ユミと同じように怒りを含んでわずかに赤く染まっている。


「だって、悔しいじゃん……っ」

 

 実はこんなことは珍しくない。遥は綺麗で凄くモテるから目立つし、校内でも絶大な人気を誇る教師との付き合いを認められていて、女子の嫉妬を浴びまくっている。それでも遥はそれにさりげなく、一人で毅然と立ち向かっていて、恋人を頼ろうとしない。そういう彼女を良く知れば、絶対好きになるのに。実際に遥を悪く言うのは彼女をよく知らないものばかりで、クラス内や周りには、とても好意的に応援されているのに。悔しい。


「あたしの遥が色々言われるの、嫌なんだもん」

「あんたのか。まあ、あたしも悔しいんだけどさ」


 ユミと芽依の言葉に。遥は嬉しそうに笑った。


「二人が私のことを想ってくれるから、私は大丈夫なんだよ」


 それにね、と続けて。


「……ちゃあんと仕返しはするから、ね」


 珍しく遥がそんなことを言う。その悪戯めいた不敵な笑みに、ユミも芽衣もぽかんと見惚れて。


「遥、冴木先生みたい……」

「えぇー……」


 複雑そうに、遥が呟いた。

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