ep.2-2 プロローグ
泉学園が進学校たるゆえん。
それはひとえに、アメと鞭。
「どーして、旅行のすぐ後にテストなのぉ?」
遥が机に突っ伏した。
「理事長センセのイジメだああー」
隣でユミも同じく突っ伏した。
「しかし意外ね。ユミはともかく、遥も追試候補なんて」
芽依が言った。その言葉にユミが反論する。
「めいちゃーん、ユミはともかくって何」
遥はうう、と唸った。
「ここ、本当に進学校なのよね。テストのたびに実感する……」
公立高校に通っていた時には、遥はどちらかといえば成績上位だった。けれど泉学園ではベースが違いすぎる。テストの度に必死になってなんとか切り抜けてきたが、未だに慣れない。芽衣が遥を見た。
「遥は、冴木センセに教えて貰えば?先生○大医学部卒じゃなかったっけ」
彼女が挙げたのはトップレベルの有名な国立大学だ。もちろんそれは遥も知って居た。けれど、ん~と遥が返事ともつかない声を上げる。
「そう、だけど。……追試ギリギリとか、知られたくないし。第一、冴木先生とじゃ勉強にならない……」
芽依がおお?と笑う。
「別のお勉強で?」
「違うわよ!緊張して」
真っ赤になって否定する遥に、ユミが目を丸くする。
「婚約までしてるのに、今更緊張するの?遥ってば、可愛い……」
「からかわないのっ。ほら、勉強、勉強!」
仕方ない。あの隙のない美形の恋人は、未だに傍に居るだけで彼女をドキドキさせるのだから。傍に居たいが、彼の顔を眺めているうちに勉強どころでは無くなってしまう。
遥はドン、と参考書を取り出し、溜め息をついた。
(しばらく玲一のとこには行けないなあ……何て説明しよう……)
しかし確かに一人で勉強を進めるのは限界が来ていた。クラスメート達との勉強会も彼女のペースまで下げてもらうわけにもいかない。各教師に聞いて回るのも時間のロスでーー。
「あ、そうだ。適任が居た」
遥はにっこりと微笑んで、メールを打った。
*
「悠君……教えて?」
上目遣いの遥に、悠は鼻血噴出寸前。
「は、はるかちゃん、俺、冴木センセーに殺される!」
「ダメなの?」
「……もう殺されてもいい!!」
遥に抱きつこうとした手は虚しく空を切った。彼女が鞄から参考書を出すために屈んだからだ。ぱっと満面の笑みで掲げてみせた本には『数学』の文字。
「はいっ!悠君、数学担当だもんね?」
……す、すうがく?
「別のお勉強じゃないのか……」
なんてお約束な。ガックリうなだれる悠の様子など構わず、遥は意気揚々とノートを広げ始めた。
「く……」
色々残念になりながらも悠も教科書に目を落とす。せっかく彼女が頼ってくれたのだ。冴木ではなく、自分を!これは期待に応えなくては。
結局のところ、問題を見ていればすぐに二人で夢中になった。
「あ、ここね。ここはさ……」
「あ、そうか……ありがとう、悠君」
微笑む遥はやっぱり可愛い。抱き締めたい。ちゅーとかしちゃいたい。
そんな邪な考えを浮かべた悠に釘を刺すように、ふと遥の携帯が鳴った。一瞬迷い、彼女は悠に断って電話に出る。
「あ、玲一?ん、ごめんなさい、今日は」
電話の相手が冴木玲一だと気付くとつい意地悪をしたくなり、悠は遥の携帯を取り上げた。
「あ」
「もしもしセンセー?遥ちゃんは今俺と2人っきりで、オトナのお勉強中だから、邪魔しないでね?」
相手の反応など聞かずにぶち、と電話を切ってやる。遥が驚いた顔のまま、悠を茫然と見ていた。
「あ、ごめん。遥ちゃん」
謝れば、彼女は首を振る。
「いえ、私はいいんだけど……悠君、15メートル飛び込み台とか平気な人?」
え、何されるの、俺?
*
悠の家で試験勉強を終えて。遥は一人で帰り道を急いでいた。送る、という悠を、まだ明るいからと断って駅へと向かう。
彼も自分のレポートがあったはずだ。邪魔し過ぎても良く無いと思ったからだった。
「あ」
駅前のロータリーに見慣れた車が停まっているのを見て、遥は近づく。中を覗き込むと、運転席から、乗れ、と視線で言ってくる、端正な顔。
「わざわざ迎えに来てくれたの?……ありがとう玲一」
助手席に乗り込めば、彼は無言のまま車を出す。
(あ、あれ?怒ってるのかな)
遥はつい恐る恐る、彼の様子を窺う。
「玲一?」
彼は答えない。ポーカーフェイス過ぎて、怒っているのかもわからない。けれどいつもと違うのは確かだ。
今日もともと父の家に行く予定は伝えていた。目的が悠とのテスト勉強とは言っていないが。しかし彼があんな対応をしたので、後から勉強を教えてもらっている、とフォローのメールは入れたのだがーー。
(どうしたんだろう……)
車の窓の外を見た彼女は気付く。気付けば向かっているのは遥の家ではない。玲一のマンションだ。
「あの、玲一……」
「お母さんには連絡しておいた。今日はうちに泊まり」
「え?どうして……」
戸惑う遥をよそに、車はあっという間にマンションに着き、玲一はエレベータのボタンさえも少し乱暴に押した。あっけにとられている彼女の腕を引いて部屋へと入る。玄関の扉を閉めた途端、玲一が遥を壁に押し付けた。
「嫉妬、しないと思ってる?」
悠と二人きりでいたこと。
そう囁かれて、遥は戸惑う。彼女を覗き込む彼の瞳が強くて、逸らせない。
「え、え、あの」
え?嫉妬って、言った?ヤキモチ、焼いたの?
思っても見なかった彼の問いに、答える前に強く肩を掴まれて、玲一にキスされた。
「ーー!!」
びっくりしてつい玲一の肩を押し返すが、ビクともしない。拒否ではない、ただ驚いただけだ。けれども彼はますます力を込めてくる。
「んーー!」
激しいそれに、息が出来ない。
「れ、っ……いち」
やっと放されたそれに、涙目で荒く息をつけば。彼はそれまでの真顔はどこへやら。満足そうに笑った。
「イイ顔。今日は寝かせないからね」
「えっ……!」
真っ赤になって硬直した遥の手から、玲一が鞄を取り上げて。
……参考書を出した。
「朝まで、お勉強」
……ああ、そっち……。
「紛らわしい……!」
まんまとからかわれたことに気付いて、遥は頬を膨らませた。そんな彼女を見て、彼は飄々と言ってのける。
「え?……俺はそっちでもイイけど?」
「すみません、勉強しますっ!」
やっぱり玲一は、ドSだ……!




