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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
第二部 ep.1 ドキドキ小旅行
44/75

本気

 小旅行は二泊だから、明日には帰ることになる。

 生徒たちと早目の夕食をとった真由子は、一人散歩に出た。夜の7時過ぎとはいえまだ明るく、ついつい警戒心もなくホテルの近くをブラブラと歩いて。向こうからやってくる青年達に気付いた。


(あ、昨日の)


 ビーチでナンパしてきた男達だ。見つからないよう回れ右をしたときにはすでに遅かった。彼女の顔を見た途端、彼らはすぐに追いついて回り込んでくる。


「あれ?昨日のおねーさんじゃん」

「イイとこで会ったね~これから飲みに行こうよ」


 良くない、良くない。


「すみません、私戻るとこなので」


 にへら、と笑って言ったのが良くなかったのか、


「行こ、行こ」


 と、彼らは真由子を引きずって連れていこうとした。まったく彼女の意向など無視だ。男たちの視線の先に車が見えた。もし、あれに引きずり込まれでもしたら。


 嘘、ヤバい?


 真由子の背中に冷たい汗が流れる。今回は都合良く遥や玲一が現れるわけもない。一気に恐怖が膨れ上がって、足が震え出す。


「や、やめて」

「武藤ちゃん!」


 え?


 真由子を取り戻すように肩を掴んだ、同僚教師。


「美山先生?」


 そこに現れたのは、確かに彼。真由子を見下ろして、焦ったような表情を浮かべている。


「なにしてんの、行くよ」


 そこから立ち去ろうとした美山だったが、男達が声を掛けた。


「ちょっと待てよ、おねーさんは俺達と飲みに行くんだけど」


(勝手に決めないで欲しい)


 真由子の抗議など聞く耳持たないだろうが。美山は振り返って口を開く。


「昨日の怖~い先生を呼ぶよ?」


 は?

 真由子も含め、呆然とした面々の隙をついて、美山は真由子の手を掴んで走り出した。


(えーっ!?)


「み、みやませんせっ」

「悪い、僕喧嘩弱いんで」

「えええ~っ?」



 ホテルまで戻った時には、二人はゼイゼイと肩で息をして。真由子は何とか汗に塗れた顔を上げた。


「み、美山先生、ありがとう、ございましたっ」

「や、武藤ちゃんに、話あって、ストーキング、してました」


 整わない息のままお礼を言えば、美山からは思いもよらない言葉が返ってくる。真由子は目を見開くが、彼は構わずに。


「でも」


 美山が背筋を伸ばして、真由子を見た。その手が繋がれたままだと、今更気付く。


「冴木先生みたいに、格好良く助けられなくて、ごめん」

「そんな!」


 真由子は慌てて否定したが、美山の顔は真剣だ。

 

 ーーこんな顔、するんだ。


 いつもふざけてて、チャラくて、何を考えているのか、わからなかったけれど。

 今の美山は、真由子を心から案じていた。ふざけることも無く、彼女をただ見つめていて。

 その好意も。まっすぐに向けられた気持ちも、今なら伝わってきた気がする。


「ありがとうございます。……格好良くはなかったかもしれないけど、素敵でしたよ」


 一瞬後に、美山が真っ赤になった。



「あれどう?」


 ホテルのロビーにて。ユミが後ろにいた友人達に聞く。


 健吾「ヘタレ風味。60点」

 拓海「ありきたり。70点」

 芽依「恥ずかしい。65点」

 遥 「ノーコメント……」

 玲一「場所が駄目。20点」

 ユミ「冴木先生、辛口~」


 皆の視線の先には美山と真由子。彼らが居たのはホテルの入り口、ド真ん中だ。つまり一部始終、見られていたわけで。当事者二人は気付かぬまま、顔を赤らめて俯いている。


「まあ、美山先生にしては頑張ったんじゃないの」


 玲一は興味無さそうに言って、遥の肩を抱く。


「何ならお手本を実践したのにな?」

「れ……冴木先生っ」


 遥が赤い頬で睨んだ。


「あ、それ是非俺に講義願います」

「あたしも!」


 健吾とユミが手を上げた。



「あれ?美山先生は?」


 玲一にメールで呼び出され、玲一と美山の部屋にやってきた遥だったが、そこに美山は居なかった。


「武藤先生の部屋。同室の先生、また大部屋に飲みに行ってるらしいし」


 どうしてうちの学園の教師は皆生徒そっちのけで自由なのかしら……。遥は疑問に思う。口を尖らせた。


「なんだ。またトランプ大会かと思ったのに。美山先生居なきゃつまらない」

「遥ちゃん?俺とじゃダメなのかな?」

「玲一には勝てないもの」


 完璧なポーカーフェイスをしてみせる年上の恋人に勝てるゲームなど無い。遥は膨れてみせる。玲一は笑って彼女にちらりと視線を寄越してくる。


「じゃあ、お前が勝てることをしようか」

「そんなのある?」


 玲一の言葉に、遥は首を傾げた。


「あるよ。遥にしかできないこと」


 彼の腕が遥を抱き寄せて、その唇にキスを落とす。


「俺を、幸せにしてくれること」


 遥の身体がキスごとベッドに倒された。視界には天井と、綺麗に微笑む恋人の顔だけ。さらりと、遥の髪をすくって、そこにもキスを落とす。


「それも、勝てないの」


 遥はふわりと微笑んで、恋人へ両手を伸ばした。

 窓の外で、波の音が響いていた。



 二泊三日の旅行も終わり、飛行機で帰るのみ。遥が機内に入ったとたん、美山が寄ってきた。自分の搭乗券をヒラヒラと揺らす。


「高嶋、席変わって?」


 遥はえ?と聞き返しかけて気付く。生徒が一人余ったからと、遥の席は真由子の隣になっていたのだ。


「先生……生徒より旅行に賭けてたんですね。なんだか中学生みたいで可愛いけど、思いっ切り大人げないですよね」


 呆れ顔で遥は言うが、美山はニコニコと聞いていない。


「まあまあ、俺の席はある意味ファーストクラス並みの特等席よ?」


 指し示したのは、もちろん、玲一の隣。その玲一は席についたばかりだというのに、やたらCAが寄ってきて、用はないかと聞いている。


「またモテモテ~」


 ね?と言う美山が何だかシャクに障るが、やっと真由子とラブラブになれて浮かれているなら、協力してやらなくては。それに。


(玲一の隣は嬉しいし)


 さり気なく寄って行って、長い睫を伏せて本に目を落とす彼に声をかけた。


「お隣、良いですか?」


 玲一は視線をあげて、苦笑する。


「美山か。まったく何しに来てるんだか」


 彼女の姿を見ただけで、事情を理解したらしい。玲一には何もかもお見通しのようだ。遥は彼の隣に座って、離陸を待つ。


「あっという間だったね。楽しかった。……帰るの寂しいくらい」

 

 そう呟けば。玲一が遥の手を握った。


「じゃあまた来る?」


 絡めた指を引き上げて、玲一がそこにくちづけた。


「――次は二人で、ね?」


 遥は嬉しそうに、恥ずかしそうに、頷いた。



 後日、泉学園理事長室にてーー


「酷いよ、冴木先生~!僕も行きたかったなああ」


 グチグチ文句を言う最高責任者、理事長の泉恭一郎に、玲一はどこまでも冷ややかな視線を投げる。

 このダメな大人が理事長とか。本当この学校大丈夫か。


「理事長にご足労頂くようなことは何もありませんでしたよ」


 冷たいまま、玲一がピシャリと言った。 理事長は玲一を横目で睨む。


「武藤先生と美山先生の話は?」


 “遊べるネタ”には異常なほど敏感な理事長の情報収集力に。


「……アンタ盗聴器でもつけてんの?」


 呆れ半分、疑念半分で玲一が聞くが、彼はニヤニヤするだけで答えない。


「君だって楽しかったんだろう?」


 まあ、それは否定しない。

 答えない玲一の前で、泉理事長は愉しそうに地図を取り出した。ーー世界地図を。


「さて、秋の修学旅行は、どこに行こうかな。冴木先生?」

「うん。ダーツは止めようね?」


 そこに残ったのは、楽しそうな理事長と、不機嫌な養護教諭ーー。




ep.2-1 fin.

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