それぞれの夜
「あんなに盛り上がってたのに、あっさり帰しちゃうの、冴木先生」
美山がつまらなそうにビールを一口。上司ばかりの宴会場に戻る気はせず、割り当てられた部屋に帰ってから、彼はそう言って玲一に絡む。
「あなたと同室なのにどうしろっていうんです?」
玲一が横目で問いかけた。……教師は二名一室なのだ。
「ボクのことならお構いなく!空気になりきって鑑賞しますから」
「鑑賞言うな」
呆れる玲一に、ヒラヒラ手を振る美山。この若い教師は持ち前の遠慮のない性格で、赴任して間もないと言うのに違和感無く職場に溶け込んで、生徒とも仲が良い。玲一と歳も近いために何かと絡んでくる。
その時、部屋の扉が叩かれた。担任をしている教師が顔を出す。
「冴木先生、宜しいですか?熱を出した生徒がいて」
「すぐに行きます」
玲一は“養護教諭”の顔をして出て行った。美山は一人、ビールをあおる。
「人気者はお忙しいこと」
その背後でコンコン、と控え目なノックの音が響いた。
「はあい」
扉を開ければ、遥が立っていた。美山を見て挨拶をしたが、先程の騒ぎを思い出したのか、少し頬が赤い。
「冴木先生はいらっしゃいますか?携帯を忘れていかれたので」
その口調は完全な“生徒”だ。その顔に確かに先程の名残を残しているくせに。
美山は可笑しそうに笑って――遥の腕を掴んだ。
「あれ?」
真由子は就寝前の点呼へ向かう途中、美山と玲一の部屋の前に遥が立って居るのに気付いた。手に携帯を持って何か話している。中の相手は扉の影になって見えないが、おそらく玲一なのだろう。
突然男性の手が伸び、遥の腕を掴んで部屋の中へ引き込んだ。
(冴木先生ってば大胆だなあ~)
真由子は顔が赤くなるのを感じながらそこを通り過ぎる。部屋にまで引き込むのはさすがにマズいだろうが、先程の気まずさもあって、見なかったことにしてあげようと思う。そのまま階下へ向かって生徒達の部屋の前に来ると、一室から玲一が出て来たのに出くわした。
「あれ?冴木先生、こちらにいらしたんですか?」
ひどく驚いた真由子に、玲一が怪訝な顔をする。
「はい。体調の悪い生徒が出たので。……何か?」
え?だって。
「高嶋さんが、今、部屋に……」
あれれ?
「じゃあ、あれは?」
……。
遥の腕を捕らえた男の手を思い出した。
……。
「みっ、みやませんせー、もしかして」
一気に変わった真由子の顔色に、玲一が何かを察して苦笑する。
「なる程ね」
彼の落ち着き様に真由子の方がパニックだ。美山も教師だとわかっているが、玲一よりも余程軽いノリの彼を真由子は信用し切れていない。
「なる程じゃありませんよ!!大変!」
玲一がふ、と息を吐いた。
「彼女は美山先生如きにどうこうできる子じゃありませんよ」
軽く言われた言葉に真由子はストップする。
……今、スッゴく酷いこと言ってなかった?
*
「美山先生、何のつもりですか?」
遥が冷静に問いかけた。その身体は美山によってベッドに組み敷かれている。散らばる髪が妙に艶めかしい。……が、美山にそれを鑑賞する余裕は無かった。
「見かけによらず、凶暴だね、高嶋ちゃん」
美山の額に冷や汗。よくよく見れば、遥の足が美山の急所を蹴り上げる直前で止められている。
「ちょっと、先生再起不能になっちゃうよ。どこで覚えたの?そんな技」
遥はにっこり。
「冴木先生の教育が行き届いてますから」
「彼氏の調教の成果ですからの間違いじゃないの」
美山は遥を放して、ベッドの縁に座り直した。溜息をつく。
「全然動じないわけね」
彼の言葉に遥は笑う。
「本気じゃないことくらい、わかりますよ。……武藤先生にはもっとストレートに言わないとわかって貰えないと思いますけど」
若い教師はえぇ~っと嫌そうに叫んだ。
「そこまで見通すなよ、ガキのクセに~」
「玲一の教育の賜物です」
つん、と顎を上げて。美少女は嘯いた。
「美山先生――っ!早まってはいけませんっ」
バタンと大きな音を立ててドアを開く。血相を変えた真由子が部屋に飛び込むと。
なぜかそこでは美山と遥がトランプを並べて神経衰弱をしていた。
「へ?」
真由子は呆気に取られて口を開けたまま立ち尽くす。真由子の後ろから玲一が入ってきた。全く以て悠然としている彼に気づき、美山が玲一を見て呟く。
「躾の行き届いた婚約者殿で」
拗ねたような彼の態度に、玲一は皮肉気に笑った。
「お陰様で。最近は良からぬことを考える輩も多いですからね」
それには答えず、ふん、と美山がトランプを投げ出す。
「やめたっ。本当に神経衰弱してきた」
「記憶力の衰退は老化の一歩ですよ?」
玲一が毒を吐く。
……あんたらホントに教師ですか……
真由子は顔を引きつらせて溜め息をついた。
「武藤ちゃん、アンタの同室の先生、大部屋で潰れてたから、今夜一人部屋ですよね」
美山が真由子を見た。何故か流れでババ抜きをしている4人。あっさりとのっている玲一も不思議だが、きっと遥のお誘いだからだろう。疑問に思いつつも真由子だって、彼女のふんわりな微笑みに流されて。
ていうかもう消灯だけど、いいのかしら。
そんなことを考えていたから、唐突な美山の問いに、何も思わず頷いた。
「はあ。そうですけど、何か」
正直に答えた真由子に、美山はにや~っと笑う。
「行っても良い?」
は?
「だ、駄目です!!ダメに決まってるじゃないですかっ!」
その意味に気付いて、真由子が慌てて叫ぶと、美山は溜め息をついた。
「ホント、武藤ちゃんは難攻不落だよね」
「それ以前の問題ですよ、美山先生。戦略が甘いんじゃありません?」
遥がトランプをつまみあげながら、可笑しそうに呟く。女子高生とは思えない大人びた表情は、どこか玲一と重なるものがある。恋人同士は似て来るのかもしれない。
「た、高嶋さん?」
なぜか冷や汗がでるんですけど。
目を白黒させる真由子を、美山は興味深そうに眺めながら。
「それは僕にジョーカーが来てるってバレてるってことですかね!」
そんな風にまた言葉遊びを始めるから、真由子はますます真意が分からずに混乱する。からかってるだけ、だよね?
そんな彼女達を横目で見ながら、
「はい、上がり」
玲一が最後のペアを出す。
「私も」
遥がそれに続いた。
「じゃあ勝者はいちぬけます。遥、部屋まで送るよ、おいで」
玲一はそんなことを言って、彼女の手を差し伸べて。遥は微笑みながら自然な態度でその手を取る。その雰囲気に、教師二人は何となく見惚れたまま動けずに、二人は連れ立って出て行った。
「なんて言うか、凄い、ですよね。あの二人」
真由子がポツリと呟く。
「凄く信頼しあってて、ラブラブで、羨ましいな」
真由子が目線を上げれば、美山が彼女を見ていた。
(な、なに?)
その視線は、からかうものでもなく。けれど感情を読めない、不思議な色をしていて。彼から一度も向けられたことは無い種類のもので。改めて今ここに、二人きりだということを意識してしまった。
美山が口を開く。
「ね~武藤ちゃん。次に引くのが、ジョーカーだったら。
ーー俺と付き合って」
親睦旅行は……告白ラッシュ?




