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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
第二部 ep.1 ドキドキ小旅行
41/75

南の島にて

「綺麗だね~」


 外を見つめていたユミの声に遥も頷いた。

 自由時間に観光名所は色々回ってみたけれど、やはり海が一番綺麗だ。ずっと眺めていても飽きない。ホテルにチェックインし、割り当てられた部屋のバルコニーから見える海に、彼女たちはうっとり見とれている……


「あ、あそこB組の男子の部屋じゃん、手振っちゃえ」

「嘘、岡本君居る?岡本君」


 ……だけではないようだ。


「遥は良いよね~あんな格好良い彼氏がいるもん。私もカレシ欲し~」

「ユミは鈍感だからなー」

「そーゆー芽依だって、この旅行に賭けてるって言ってたじゃん~」


 仲良しの友人二人の会話に、遥は笑いながら思う。

 楽しい。

 玲一との時間はもちろん大切だけれど、こんなふうに同世代の友人達との時間もかけがえないもの。しかも教師の玲一と付き合っている遥に、『彼氏の話』を友達と出来る日がくるなんて。

 ずっと秘密にしなきゃいけないと思っていた。嘘をつかなきゃならないと思っていた。だけど今は、笑って一緒にわかちあえる。


「ところでさあ、遥は夜どーすんの?」


 芽依がニヤニヤと聞いた。


「どうするって?」


 キョトンと聞き返すと、ユミも芽依もますます笑みを深くする。


「冴木先生のお部屋にお泊まりかしら~ってことよ」

「アリバイ工作は任せてね」


 二人の言葉に、遥は真っ赤になる。


「そ、そんな予定はありませんっ!」


 否定するが二人は顔を見合わせて言った。


「そーかなー?多分冴木先生が我慢できなさそうだよね」

「うん、さっきも遥に告ろうとした男子、どっか連れて行っちゃったしね。あいつ無事に帰れないかもだよね」


 ……何したんだろう。



 夕食の時間になって、真由子は大広間でクラスメートたちとテーブルを囲んでいる遥を見つけた。近付いて、声を掛ける。


「あの、高嶋さん」


 見上げた彼女はやはり可愛い。まっすぐに見つめてくる瞳は気持ち良いし、柔らかく微笑まれると同性でもどきりとする。

 同世代の生徒達と一緒の今は、美少女の印象なのに、玲一と視線を交わした姿は、艶めいて綺麗だった。年齢差があるはずなのに、その雰囲気は確かに玲一と並んでも違和感がないくらい。それを思い出し、遥にじっと見つめられて、真由子は何故か顔が赤くなってしまう。


「あの、昼間はありがとう」


 その言葉に、遥はふわりと微笑んだ。それを見た真由子は密かに思う。


(わ、可愛い)


「いいえ、私は何もしてませんから。先生が無事で良かった」


 遥は穏やかに言葉を継いだ。彼女の言葉に真由子は照れ笑いをする。


「ううん、大人のくせに頼りなくてごめんね。助かりました」


 その時、二人の横からユミがあ、と声を上げた。


「冴木先生だ。……っと」


 不自然に切った言葉。真由子は視線の先を見て、納得した。


(冴木先生、モテモテ……)


 玲一の両側に女子生徒がまとわりついている。行きがけに空港で纏わり付いていた生徒とはまた別の生徒だ。玲一は特別に相手をしている様子も無いが、強く拒否している様子も無い。放っておいている、といったところか。


(って、これはいいの?)


 真由子はチラリと遥を見た。ユミも心配そうにしていたから、同じことを思ったに違いない。しかし彼女は気にした様子も無く、食事を続けている。確かにそちらを見たのに。一同の視線に気付いて、遥が首を傾げる。


「早く食べないと時間無くなっちゃうよ?」


 真由子は内心驚く。


(この子、大人だなあ。私なら絶対ジェラシーだけど)


 美形の彼氏を持つのも大変だ。何となく、彼女を見つめてしまった。


**


「お疲れ様でしたー」


 ホテルの一室で、教師陣が缶ビール片手にねぎらいあう。反省会という名の飲み会だ。しばらく飲みながら、真由子は隣に座っている玲一を見た。


「冴木先生、さっき女子に囲まれてましたよね。あの、大丈夫なんですか、高嶋さんの前で」


 おずおず問えば、彼が真由子を驚いたように見た。それはそうだろう。つい先ほどまで、真由子は遥の心配をするほど彼女と親しくなかった。けれど真由子なりに、あのわずかな時間ですっかり遥のことを気に入っていたし、彼女は味方してあげたいと思わせるような生徒だったのだ。


「あ、余計なお世話はわかってます。生徒に慕われてるのは良いことだし、構われて避けられるわけないですよね……」


(失礼だったかな)


 彼女の様子に、玲一はクスリと笑った。


「ご心配頂きまして、ありがとうございます」


 そのポーカーフェイスからは解らないが、気分を害した様子もない。


「なんだか、余裕ですね」


 つい、真由子は口を尖らせてしまう。女子的にはもうちょっとリアクションが欲しい。真由子達の話を聞いていたのか、反対隣に居た教師が話に参加してきた。


「いやいや、冴木先生は意外と情熱的ですよねぇ~!何せ事が公になったキッカケが、生徒の前で高嶋にキス、ですもんねー!」

「ええぇっ!!?」


 真由子は驚きのあまり叫んで玲一を見る。玲一は苦笑した。


「その節はお騒がせしまして」


 他の教師も集まって来た。どうやらこの話は散々、教師陣の酒の肴にされているらしい。


「全く!私は反対しましたからね、生徒となんて!理事長が全面支援などと言うから仕方なく」


 榊原校長はブツブツ言うが、概ね他の教師は祝福ムードだ。真由子には信じられないが。

 え、淫行とかじゃ無いの?良いの?生徒と恋愛とか、あまつさえ学校でキスなんて。

 けれど泉学園の自由すぎる校風と、理事長の飛びっぷりを思い出せば、あり得るような気もしてくるから怖い。


「高嶋遥は本当に美人ですもんね〜すっごくしっかりしてるし、対応も大人びてるし。いや、こんなこと思うのはマズいけど、やっぱり他の生徒とはちょっと違いますよ」

「あの妙に艶っぽい雰囲気とか、ちょっとドキッとしますよね」


 他の男性教師がそんなことを言えば、玲一はにっこりと微笑んだまま、


「……私のですから、ダメですよ」 


 さらりと言ってみせる。でも目が笑っていない。向けられた無言の威圧にその教師達は「「もちろんです!!」」と声を揃えた。


(……冴木先生って、案外独占欲強いんだ)


 真由子は、玲一が淡白そうに見えてそうでもないと分かってホッとする。他の女生徒に囲まれている姿よりも、遥を想う彼の方がいいなと思って。

 どうやらすっかり遥と玲一のファンになってしまったみたいだ。


「でぇ?冴木先生、夜はどうするんです~?」


 その間にも酔っ払った若い教師が、玲一をつつく。彼はにっこり、隙のない笑顔を見せた。


「どうするも何もありませんよ、私は養護教諭として引率してるんですから」

「で、本音は」

「……遥と寝たい」


 ぎえぇえっ!!?


「さっ、冴木先生!?酔ってます!?」


 真由子の方が慌ててしまうが、校長はすでにベロベロで聞いていなかったようだ。クールで、こんな端正な容姿で、トンデモ発言をする彼にビックリした真由子には、何となく婚約者である遥の苦労が見える気がした……。


***


 一方遥はというと。

 同室の女子生徒達と夕食後に、部屋でまったりガールズトークをしていると、ユミが携帯を差し出して言った。


「男子部屋でゲーム大会だって。お誘いメールきたよ~」


 行く?と盛り上がる友人達に、遥は辞退する。


「ごめんね、私はちょっと……」


 その手に携帯が握られているのを見て、芽依が笑った。


「冴木先生からお呼び出し?」

「あー、男子部屋なんて行ったらお仕置きされそうだもんねぇ」

「そ、そんなことは……ない、と思うわよ」

「「あるでしょ」」


 頬を染めて頷く遥の肩を叩き、散々からかってから、二人は出て行った。


「さて、と」


 遥は一人部屋を出て、階下へと向かう。頬が緩んでいるのは自覚していた。

 ホテルの裏はすぐプライベートビーチになっていて、人もまばらだ。柔らかな照明に照らされた夜の海が、幻想的で、少し怖い気もする。

 そこに、愛しい恋人が待っていた。


「玲一」


 駆け寄ると、彼が振り向いて微笑む。


「悪いな、友達といたのに呼び出したりして」

「ううん、皆男子部屋のゲーム大会に行っちゃったから」


 並んで座れば、玲一が苦笑する。


「婚約もしてるし、俺の部屋でも会ってる。何もわざわざ職場や学校行事の最中に、いちゃつくこともないんだろうけど」


 彼は遥の肩を抱き寄せた。


「我慢できないのは何でだろうな」


 遥は嬉しくなって、玲一を見上げた。


「私も同じよ。玲一と居られて、同じ景色を見られて、嬉しい」


 自分の時間の中に、愛しい人が居る。いつもと違う景色を一緒に見てる。それが、嬉しくて、幸せで。


「玲一、大好きよ」

「俺も、好きだよ。遥」


 唇が、重なった。



「マズいですよ~美山みやま先生~」


 真由子は困惑しながら、前を行く同僚に声を掛けた。


「武藤ちゃんも興味あるでしょ~」


 若い男性教師、美山は楽しそうに言った。二人は玲一と遥の様子を覗きに来たのだ。


(そりゃ~あるけど。だからってこれは、モラル的にどうなの?)


 しかし結局は好奇心に負けて、美山についていく。ホテルからビーチに降りるスロープの陰にコッソリ隠れようとした時、先客がいるのに気付いた。


「あ、あなた達!」


 遥の友人である生徒達――ユミ、芽依、拓海、健吾だ。

 美山が可笑しそうに呟いた。


「皆考えることは一緒だな」

「美山先生っ、注意しなくていいんですかっ」


 慌てる真由子の前で、健吾が冷静に手を上げる。


「後学のために」

「よし、社会見学だ。許可しま~す」


 美山の軽い許可に、真由子は目を剥いた。


「えぇえっ!?なに勝手に許しちゃってるんですか、当事者の許可は!?」

「武藤先生、し~っ」


 指し示された方を見て、真由子は息を吞んだ。皆の視線の先で、玲一と遥は寄り添うように座る。その肩を抱き寄せたのを見て、拓海が歯ぎしりした。


「冴木め、なんて羨ましい……」


(大丈夫かしら、この子)


 真由子の懸念など構わず、ギャラリーは盛り上がる。


「わ、わ、いくか?」

「きゃ~」


 慌てて見れば、暗闇の中で恋人達がキスをしていた。よくは見えないが、その分、雰囲気があって、映画のワンシーンのようだ。

 唇が合わさり、離れると、遥の額、頬、と玲一のキスが落とされていき、彼は彼女の首筋に顔を埋める。遥の手が玲一のシャツを握りしめた。


(わ、わ、きゃ~!)


 真由子は顔が真っ赤になって行くのを感じる。

 自分にだって男性と付き合った経験もあるが、憧れの二人の美しいラブシーンとなれば妙にドキドキしてしまって。

 ついつい皆と同じように、身を乗り出して凝視してしまった。拳を握りしめる。


 ふと、玲一が遥の体を放した。すっと立ち上がり、こちらへ真っ直ぐ顔を向ける。


「サービスはここまで。ここからは有料」


 全員が、弾かれたように立ち上がった。それを見て遥が目を見開く。


「え!?ユミ、芽衣、松本君と岡本君!?って、先生達まで!」


 見る見るうちに真っ赤になった彼女は、パクパクと声にならない抗議をする。真由子はちょっと気の毒になった。玲一の方は冷静に腕組みをしているのを見ると、彼だけは大分前から気付いていたのだろう。


(ば、バレてましたか……)


 えへへ、と決まり悪そうにする一同の中で、美山だけ飄々と言う。


「見物料払ったら続きが見られるの?」

「美山先生は駄目」


 玲一が冷たい視線と共に突っ込んだ。

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