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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
第二部 ep.1 ドキドキ小旅行
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旅行のはじまり

「え~とりあえず、自由行動は地域限定、教師が監督するということで」


 学年主任の教師の話など誰も聞いていない。空港から、男子生徒は浮かれ騒ぎ、女子生徒はある一点を見ては大騒ぎしていた。いや、ある一人、だ。


「いや~冴木先生、私服も格好良い~!」


 うすうす覚悟はしていたものの、遥は複雑になる。

 玲一との旅行は嬉しい。けれどいつもより大勢の生徒を監督しなくてはならない彼は、すでに多忙そうだ。学校ではない、いつもより近い姿に生徒達も遠慮がなくなっている。ーー特に、女子生徒は。


「遥、そんなに見つめちゃって。冴木先生の傍に行かなくていいの~?」


 ユミが遥にニヤニヤと言う。


「……行けないよ」


 なんだか保健室より、距離が遠い。でもそれは、ワガママだとわかっているから。せめて目で追ってしまうくらいは、許して欲しい。たとえそれが、他の女生徒に囲まれる姿でも。


「お仕事だもの。私は私の時間を楽しまなくちゃね!」


 さりげなく苦笑いで返す遥を見て、ユミが少し困ったように笑った。隣に居る芽衣はそんな彼女を小突いて明るく言う。


「じゃあ、私達女子で固めよう!遥を自由行動に誘おうとする勇者が、大勢いるからね。冴木先生に知られたら血を見るよ」

「最強魔王だもんね」


 ……否定できない。



 一方、点呼をとっていた真由子は慌てていた。慣れない作業に手元が狂う。


「え~っと、B組は」


 横から伸ばされた綺麗な長い指が、真由子の持つリストをめくった。


「武藤先生、これがB」


 見上げれば玲一が居た。


「えっ、あ、冴木先生!ありがとうございます!」


(うわああ、近くで見ても格好良い!髪、サラサラ)


 真っ赤になる真由子に、隣にいた年配の女教師が苦笑する。


「あらら、ダメよ武藤ちゃん。冴木先生、婚約者いるから」


(え~そうなんだ~そりゃそうだよね、こんな超美形)


 ちょっぴり落胆して、彼の端正な横顔を見た。その玲一は他の教師達に、にこやかに肩を叩かれている。


「いや~お手柄ですなあ、冴木先生。理事長を置いてくるとは」

「絶対理事長もついてくると思ってましたよ。これで危険度が下がりましたね~」

「皆さんに安心して頂けたなら何よりです」


 聞こえてくる会話に真由子は疑問を感じる。


「あのう、冴木先生って、理事長の……?」

「「「飼育係」」」


 いくつもの声が重なった。



 飛行機の窓から見えた、白い雲の隙間のブルーとエメラルドグリーンの海。それが今、目の前に広がっている。


「うわあ……!」


 遥は思わず歓声をあげてしまった。遥の住んでいるのは東京の市部だから、こんなに綺麗な海を間近で見ることは少ない。ユミ達と一緒に、波打ち際で裸足になって笑う。珍しくはしゃぐ遥を、生徒達の後ろから玲一が目を細めて見た。


「冴木先生、顔ニヤけてる。エロ」


 松本拓海が近付いてきて、ボソッと呟く。玲一は遥から全く目を逸らさないまま、さらりと言い放った。


「……松本、まず海中から沖縄を満喫してみる?」

「すみません、ごめんなさい」


**


 武藤真由子は困っていた。


「おねーさん、可愛いねー遊びに行かない?」

「いやいや、無理。私仕事中なんで!生徒が待ってるから!」

「え、先生なの~?ガキ相手にしてないで俺たちに課外授業して~」


 ど、どーしよ。

 ハイシーズンではないとはいえ、サーフィンに来ている人も多い。そんな大学生らしき一団にナンパされ、真由子は逃げられずにいた。彼女は押しに弱いというか、そういうあしらいが実にヘタで。オロオロと行く手を塞ぐ男たちを見回す。


(誰か~!)


「武藤先生、教頭先生がお呼びですよ」


 不意に後ろから柔らかな声がかけられた。それが高い女の子の声だったことにびっくりして、真由子は振り向き、更に仰天する。


(うわ……!)


 彼女を見ていたのは、サラサラ流れる長い髪と、大きな黒目がちの瞳の美少女だ。

 真由子の名前を呼んだからには泉学園の生徒。生徒数の多い泉学園で、まだ真由子は全員の顔を覚えていないのだがーーこんな子なら忘れない!

 その可憐な少女に茫然として、男たちは思わず真由子を放す。助けてもらった、と一瞬安堵したが、彼女の存在は逆効果だった。男達がたちまち色めき立つ。


「かっ……カッワイー!!」

「うわ、すげーイイ!」

「俺らと遊ぼー」


 自分の時より血相変えて迫る男たちに、真由子は微妙に複雑だ。

 男って……な、なんて正直な……!


「お断りします」


 美少女――遥がキッパリと言った。柔らかな表情が、一瞬にして凛として。彼女は茫然としている真由子の手をサッと掴んで引く。逃げられると気付いた男の一人が、遥に向かって一歩踏み出した。


「は?来いって……」



「そこまで」



 彼女に伸ばされた腕を、捕らえた大きな手。男と遥の間に入ったのは。


「冴木先生……」


 玲一は男達を一瞥し、手に力を込める。

 

「触るな」

「痛っ!わ、分かった!放せよ!」

 

 よほどの力だったのか、腕を掴まれた男は痛そうに顔を歪めて玲一を振りほどき、「おい、行くぞ」と仲間と走り去っていった。

 彼が真由子を見る。


「武藤先生、大丈夫ですか」

「はっ……はい!すみません!」


 それから、彼は遥を見た。そのクールな顔が、少しだけ崩れたことに気づいて、真由子はあれ?と首を傾げる。玲一は軽くため息交じりに息を吐いた。


「無茶するなって、言ってるだろ――遥」


 その視線に、ただならぬ雰囲気を感じ、真由子は思わず二人を見比べてしまう。


「冴木先生が、来てくれると思ってたから」


 ふわり、と微笑む彼女に、なぜか真由子がドキドキしてしまって。


(こ、この二人って)


 立ち尽くす真由子に、年配の女性教師が駆け寄った。


「あら大丈夫!?武藤先生」

「え!?は、はい!」


 慌てて頷く真由子。その教師に玲一が声をかける。


「市川先生、宜しくお願いします。私は高嶋を連れて行きますので」

「ええ、大丈夫ですよ」


 玲一は会釈すると、真由子を市川に任せ、遥の背に軽く手を添えて二人で離れて行った。


「あ、あの、市川先生、あの女子生徒って」


 その背を見送りながら真由子が聞けば、彼女はウットリと答えてくれる。


「ああ、3-Aの高嶋遥ね、綺麗な子でしょう。お似合いよね」


 ん?


「あの子よ、冴木先生の婚約者」

「えぇえぇ!?だって生徒ですよ!?そんなのアリなんですか!?」

「アリなんです」


 妙なところでユルい学園だとは思っていたが、どうやら予想以上の凄さらしい。叫んだ真由子は茫然と二人の背中を見送ってしまって、気付く。


(あ、私、高嶋さんにお礼を言ってない……)


***


 真由子たちから見えなくなったところで、玲一は岩場の陰に遥を引き込んだ。その両腕に恋人を閉じ込める。


「危ないことはするな。ただでさえこっちは気が気でないってのに」


 はあ、と吐き出された息には、確かに焦りと安堵の色が含まれていて。遥は玲一を見上げて謝る。


「ごめんなさい。つい」


 ちゃんと視界に玲一を捉えていての行動ではあったが、彼の言うとおり無謀だったかもしれない。玲一に甘えすぎているのも自覚している。


「心配させようとしたわけじゃないんだけど。ちょっと……寂しかったのかも。玲一が“皆の先生”なのが」


 遥はことんと玲一の腕に頭を乗せ掛けて呟いた。玲一の溜め息が聞こえる。


「……お前はたまに物凄い小悪魔発言をするよな」

「え!?そ、そんなつもりじゃ……」


 赤くなって否定する彼女に、玲一は顔を寄せ、軽くキスをして微笑むが、


「……ところでどうして気が気でないの?」


 思いもよらない遥の問いに黙り込む。年下の恋人に近付くガキ共に嫉妬するなどと、言える筈がない。


「色々と」

「え?」


 首を傾げる遥には、全く自覚が無いのか。

 ……この天然小悪魔め。分からせてやろうか。

 良からぬことを考えた彼を制するように、ちょうどユミたちが遥を呼ぶ声が聞こえた。


「行かなきゃ」

「こらまて、遥」


 玲一の腕から抜け出た彼女の手を掴んで引き戻し、玲一はもう一度キスをする。


「男子どもに呼び出されても、一人で行くなよ」


 せっかくごまかしたというのにーーなにを心配しているのか、これでは白状してるも同然だ。


「……なるべく、ね」


 照れ隠しのように付け足された玲一の言葉に。


「はい」


 遥は嬉しそうに笑った。

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