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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
サイドストーリー 3.
38/75

悠の物語・後

 冴木に連れて来られた病院で、これまた美形な男が眠そ~に出てきた。


「時間外診療受付はあちらですけど~ぉ?何で俺を呼ぶの、冴木」


 水瀬という医師は、やる気無さそうに言う。


「他に行くと警察沙汰になるからだ。この馬鹿が原因だからな。内密にしてくれ」


 厳しい表情で言う冴木には、俺が何であんなことになったのか、全部お見通しなんだろう。あのオンナ見て、何かいいたげに俺を見たし。


「ええ、不審な患者が来たら通報義務あるんだよ?困るな~厄介事は」


 そう言いながら水瀬医師がワクワクしてるように見えるのは俺だけ?


「ね~アンタ冴木センセーの友達?」


 水瀬に聞けば、彼は俺の腕を見ながら笑う。


「そう。俺アイツの親友。で、ここアイツの元勤務先」


 え!?

 それを聞いて俺は思わず冴木を振り返って。


「アンタ医者だったの?なんで学校のセンセーなんてやってんの?医者のほうがモテるじゃん!」


 冴木に言えば、彼は思いっ切り眉をしかめた。


「水瀬、代われ。俺が縫ってやる、麻酔無しで」

「嫌だ!嫌だーっ!!」

「あはは、冴木のほうが俺より上手いよ~」


 そりゃ懲りない俺が悪いんだけど!なんとかしろ!!

 

 何とか冴木による治療と言う名の拷問は免れて、その後に連れてこられたのは、小綺麗なマンション。どうやら冴木の家らしい。


「玲一っ……」


 ドアを開けると、パタパタと駆け寄ってくる可憐な美少女。その夢のような光景に思わず両腕を広げて迎えてしまいそうになり――バシッと叩かれた。


「痛ぇ!!」


 しかも怪我した方の腕を。

 叩いた張本人、冴木は俺に冷たい目を向けたまま、飛び込んできた遥を抱き締める。あああ、い~なあ~。


「大丈夫なの?電話では怪我したって」


 遥の問いに、冴木が顎で俺を示した。


「怪我したのは水樹」


 遥が心配そうに俺を見る。


「悠君、大丈夫?」

「うん、死ぬかと思った」


 ここぞとばかりにアピールしてみた。ところが、遥はにっこり笑う。


「カッターナイフじゃ死なないわ。良かったわね?」

「……すみません!冴木先生を合コンなんかに誘ってほんとにすみません!」


 お、お、怒ってる……!

 おかしい。俺のシミュレーションでは『私を置いて合コンなんて、玲一ひどい!

やっぱり私を想ってくれる悠君と付き合うわ!』の予定だったのに。いや、そう言ったらマキには『アンタは馬鹿か』と呆れられていたけど。最近遥が、冴木に似てきてる気がするな……。

 俺の視線に、遥がこちらを向いて、笑顔のまま聞く。


「ねぇ、悠君。……玲一、モテてた?」


 そりゃあもう。


「アラブの石油王みたいでした」


 オンナ共をはべらせてたもんね。

 余計なことを言うな、という冴木の目を無視して、正直に答えてみた。


「そう」


 遥がニコニコと笑顔のままなのが、逆に怖い。言葉を挟む隙がない。


「じゃあ、私はこれで失礼するわね?悠君、お父さんには連絡しておいたから……怒られて」


 え?えええ?

 ボソッと呟いた彼女がリビングから出て行くのを、唖然として見送ってしまう。スタスタと玄関に向かう彼女を冴木がゆっくり追いかけた。


 なんであんなに冷静なんだろ。俺ならすぐ走って捕まえるのに。

 そう思って玄関を見れば、遥がまさに扉の取っ手を掴んで開けようとしたところを、冴木が後ろから伸ばした腕で止めていた。


「玲一、手をどけて」


 ドアを向いて俯く遥の表情は見えない。冴木は遥の背後からドアを押さえたまま、彼女のうなじにキスを落として。


「……ヤキモチ焼くなら最初から言えばいいのに。……行くなって」


 聞いたことも無いような声音で優しく、優しく囁いた。


「だって、言われた時は平気だと思ったんだもの。我慢できるって。なのに、ナイフとか、怪我とか……っ」


 遥の声が震えて。泣いてるのかな、と思うと、やっぱりチクリと胸が痛んだ。


「お前に我慢なんか、させたくないんだよ……まあその顔が見たくてワザと水樹に乗ったんだけど」


「……!ズルい!……玲一の馬鹿ぁ……」


 冴木が遥を後ろから抱き締めて、笑った、ような気がした。

 

 ……。

 なにこれ。なに、この甘々展開。あの、俺が居ること忘れてませんか、二人とも。

 放っておくと玄関でコトを始めそうな冴木を止めようと、ワザと大きな声で呼びかけた。


「冴木センセー、今日泊めて!」

「断る」


 こっちを見もしないで冴木が言い放った。畜生。だから遥にキスすんのを止めろ!!

 声を掛けたことで俺の存在を思い出してくれたのか、さすがに遥は顔を真っ赤にして、冴木から離れる。


「ゆ、悠君、私が今日悠君ちに泊まるよ。一緒に行ってお父さんとおばさんにちゃんと説明しなくちゃ」


 !!!

 目を輝かせた俺に気付いたのか、冴木が睨み付けてくる。


「遥、そこまでしてやること無いよ。もう大人なんだから自分で説明くらい出来るよね、悠君?」


 嫌みたっぷりの口調なんて今の俺には通用しない。


「遥ちゃんが居てくれるなら心強いなあ~さあさあ、帰ろうか……痛い!!!」


 思わず抱きつきそうになった俺の腕を、また冴木が叩いた……。



 冴木の車でうちまで送ってもらって。家の扉を開けた瞬間、右フックが飛んできた。


「この馬鹿息子ぉぉっ!」


 物凄い形相で俺を殴り倒したのは、実の母。


「だからフラフラ女遊びしてんじゃないって言ったじゃないの!!天罰よ!」


 いいパンチしてるじゃねぇか、クソババア……。

 倒れた俺など構わずに、ババアは冴木へ向き直る。


「冴木さん、本当にごめんなさいね?うちの色ボケ馬鹿息子がご迷惑お掛けして」


 こ、声も人格も変わってますが、母上!?

 後ろから出てきた義父も、冴木に頭を下げた。


「遥ばかりでなく、悠まで助けて頂いて……本当にありがとう!!」


 あ!?冴木の株を下げるどころか、父も母もすっかり奴に心酔してる!

 冴木教信者と化している両親+遥。こ、こんな筈じゃ……!


「いいえ、大事にならずに良かったです。では僕はこれで失礼しますね」


 誰!?この爽やか好青年は誰!?

 唖然とする俺の耳元に、冴木が鋭く囁いた。


「遥に手を出したら……殺すよ?」


 ……!


「まあ今夜はそれどころじゃないと思うけど」


 ふ、と含み笑いをして、恐ろしく綺麗な悪魔は俺から離れる。そして遥の頭を撫でて、何かを渡して、出て行った。

 何となく悔しくて立ち尽くす俺の肩に、ポンと置かれたのは義父の手。


「……悠。反省会」


 遥そっくりの笑顔。

 お、怒ってます……よね。



 ……痛い。

 ……熱い。


 冴木がそれどころじゃない、と言った意味が身にしみて分かった。怪我は痛むし、熱も出てきたみたいだ。

 眠れずにいると、小さなノックが聞こえた。


「悠君、起きてる?」


 遥。

 返事をすれば、彼女が入って来る。水と、小さな袋をトレイに載せていた。


「玲一がね、今夜辛いだろうからって、置いてったの。これ痛み止め。飲んで?」


 気遣う声に胸が熱くなる。


「ありがと。優しいね」

「うん、玲一は本当は優しいのよ」


 遥に言ったつもりが、そう返された。あの鬼アクマが優しいもんか!!

 反論しかけたけど、ふわりと微笑む遥のその顔を見たら、何も言えなくなった。

 ……まあ助けてもらったけどさ。

 遥は、俺が身を起こすのを手伝ってくれる。

 ふわ、と甘い香り。さら、と俺にかかる柔らかな髪。すぐ傍に、遥の顔が。その瞳が、俺を見上げた。


 ヤバい。我慢できない。

 さっき見た、冴木と遥のキスシーンが頭をよぎる。柔らかそうな、唇が妙に艶めかしく見えてきて。


「遥ちゃん……」


 もう、冴木に殺されてもいい。この子が、手に入るなら。


 その唇に触れようとした瞬間。


 “ベチッ”


「いっ……ってぇ!?」


 遥の手が、俺の怪我を叩いた。


「あ、ごめんね。玲一が、悠君の1メートル圏内に入ったらこうしろって」


 ―――!!!あの、ヤロー!危機管理能力バツグンだな……!!


『ヴー』

 そして遥のポケットから、携帯のバイブ音。


「あ、玲一からメール」


 もはや超能力か、監視カメラでも仕掛けてんのか!?


「悠君、玲一からお大事にって」


 絶対イヤミだ!!

 心底冴木玲一が憎くて、……羨ましい。

 俺の額に冷たいタオルを当ててくれた遥の、白い手を掴んだ。


「遥ちゃん、ごめん。今だけ、こうしてて」


 それくらい、いいだろ?


 遥はふわりと微笑んだ。



「ユウ、女に刺されたんだって?」


 大学に行けば、マキがそう言って寄ってきた。……なんで爆笑してるんでしょうか。一応俺、全治三週間の大怪我したんだけど。


「自業自得、因果応報」


 簡潔に言うマキの友情に涙が出るよ、畜生!


「もう、止めるよ」


 彼女の変わりは、居ないんだから。


「重い!」


 はい、すみません。

 冴木がうまく処理してくれたおかげで、オオゴトにはならなかったし。あの子にも、謝らなくちゃいけないよな。そうしたら。そのときは。


「正々堂々と冴木に勝負を挑むぜ……」

「うん、多分闇討ちしても負けるわよ」


 マキの冷静な突っ込みが、俺をぶっ倒した。



 後日。なぜか俺は冴木のマンションにいる。


「何故か聞きたいのは俺のほうだけど」


 冴木が冷たい目で言ってるけど、気にしない。


「何で冴木先生、あんなに強いの?」


 あの蹴りとか、カンフー映画みたいだったもんな。


「この顔で、子供の時から身の危険に晒されてるからなー……。やべぇ誘拐犯とか、迫ってくる女とか、その彼氏とか、因縁つける先輩、怪しげなスカウト、阿呆な大学生とか」


 すみません、最後は俺のことでしょうか。けど美形は美形で悩みがあるんだな、うん。


「だから何で、俺が君とこんな雑談をしなきゃならないわけ」


 嫌そうに、冴木が言う。


「遥ちゃん来るの、待ってんの」


 正直に答えたら、冴木が俺にあの芸術的な蹴りを食らわせた。

 ……養護教諭のクセに、俺を殺す気……?


「遥は俺の。……君が一番わかりきってると思うけどね」


 その口調に、あの『身代わり』のことを暗に責めているのだとわかる。つい、口を尖らせて、彼へ恨み言を投げてみる。


「先生はいいよね。あんなに真っ直ぐ愛してくれる遥がいて」


 それを聞いて。ふ、と。冴木が柔らかく笑った。


「そうだな」


 呟かれた言葉。その、表情。

 わかってる。遥があんなに冴木を信じているのは、冴木が同じだけ愛情を注いでいるからだと。


「俺はまだまだってことですかね~……」

「当たり前だ、阿呆」


 そこでやっとガチャンと扉が開き、遥が入ってきた。


「こんにちは。あれ?悠君、最近玲一と仲良しね」


 ニコニコ言われた言葉に、冴木が心底嫌そうな顔をする。失礼な。


「そういえば、悠君授業復帰はいつ?」


 遥が聞く。俺の教育実習は怪我で一時中断してたんだ。


「え、と。来週から」

「そう、良かった。悠君の授業、楽しみにしてる子沢山いるのよ。わかりやすいって」


 え。


「ほ、本当に?」

「うん」


 柄にもなく、嬉しい。すっげえ嬉しい。


「そ、か」


 なんで教育学部に入ったかなんて忘れたけど。

 だけど現金な俺は今、授業が楽しみだ。

 それでいいのかも。

 冴木がクス、と笑った。単純な俺が可笑しいのか、予想してたのか。


「なんとでも笑え!俺は必ず、良い先生になって、遥ちゃんみたいな可愛い子をゲットする!」


「目標はいいけど、目的が駄目」


 冴木のダメ出しなんて、聞こえない。


「頑張るぞ」


『あんたに一番似合わない言葉だわ』ってマキの声が聞こえる気がするけど。遥が笑ってくれる。


 これが、俺の物語。




悠の物語 <完>

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