表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
保健室の恋人  作者: 実月アヤ
サイドストーリー 2.
36/75

拓海の物語

 俺、松本拓海(マツモト タクミ)。泉学園高等部3年B組。あ?金○先生とか言ったの誰?……残念ながら、教師にイイ思い出なんてないよ。

 だって!!俺のマイエンジェル、高嶋遥さんは教師に取られちゃったんだもん――!!

 くっ……。あの、鬼畜教師、養護教諭の冴木先生に。

 ……といっても、彼らの交際が公になって、もう半年以上経つし。そろそろ俺も新しい恋とかしちゃおうかな~って思うわけ。うん、俺もいつまでも子供っぽくグチグチしてらんないっしょ?あ、健吾が鼻で笑いやがった……。



「と言ってもさ~高嶋さん以上の可愛い子なんてそうそう見つからないよなー彼女が欲しい~」


 机に突っ伏して言えば、後ろの席の健吾が俺に一瞥をくれる。こいつとは今年も同じクラスなんだ。


「まず基準が高嶋さんてとこから難易度高すぎ。で、お前はヘタレっぷりを何とかしろ」


 健吾は相変わらず毒吐くなあ。


「何とかしたくて何とかなるなら、今頃俺はモテキングなんだよ!!」


 ……自分で言ってて、泣けてきた。



 そんなある日。


「あの……松本先輩、私、先輩のことが好きなんです」


 キタ――――ッ!!!待ち望んでた、春到来だ――っ!!

 俺を呼び止めたのは一年生の女子だった。高嶋さんレベルじゃないけど(失礼)割と可愛い子。


「返事すぐじゃなくていいので、考えておいて下さいっ」


 真っ赤な顔でそう言って、逃げてく彼女に、ちょっとドキドキした。

 健吾に報告したら、


「チッ、つまんねぇ……誰か、ワラ人形とか持ってない?」


 って“呪い百選”とかいう怪しげな本を愛読してた。……それどうすんの?健吾君、俺の親友だよな?

 部活中の仲間に、告られたことを話すと、みんなに生暖かい目で見られた。


「そっか~やっと高嶋さんから卒業できるわけか、おめでとうタクミ」

「幸せになれよ~」


 涙ぐんでる奴までいる。

 ……なんで皆俺が高嶋さん好きだったこと知ってるの?

 横目で健吾を睨むと、素知らぬ顔でバスケットボールを磨いてやがる。ネタにしてやがったな。健吾は俺の抗議の視線なんて全く介せず、聞いてきた。


「で、その一年生なんて名前?」


 へ?

……。


「忘れた」


 言ってたっけ。言ってたよな。健吾が呆れ顔で、俺を見て口を開いた。


「あのさあ、タクミ――」

「タクミ、危ねーっ!!」


 被さるように他の声がして。俺の顔面に、ボールがぶち当たった。



 今日はあいつが来てる日なんだ。正直、保健室には行きたくない。けど、鼻血出しっぱなしも格好悪い。

 保健室の扉を開けると、奥のベッドから冴木先生が出てきた。


「何だ、お前か」


 チッと舌打ちが聞こえたんですけど。


「わ、私行くね」


 冴木先生が出てきたベッドのカーテンの間から、高嶋さんが出てきた。その頬が少し赤い。目が、潤んでる。危ない感じがにじみ出てますけど。

 けれど彼女自身は気付いていないのか、俺にニコッと笑いかけ、パタパタと保健室から出て行く。


「……冴木先生。何してたんスか」


 にや、と冴木が笑う。


「そりゃもちろん「嫌だ――っ!聞きたくねぇっ!!」」


 思いっきり遮った。この鬼畜エロ保健医!!!

 けれど冴木は俺の顔を見て、からかいの色を引っ込めて怪訝な顔をした。

 「どうした?」と座るよう促す。胸ポケットから縁なしの眼鏡を出して掛けた。俺の顔を上向かせて診察する。

 ……あ、まともに診てくれるんだ。てか、間近で見ても、本当この人はどえらく綺麗な顔をしてる。男の俺でも、つい顔が赤くなってしまう。それに気付いたようで、冴木が不快そうに顔を歪めた。


「頬を染めるな、キモい」


 ……生徒に対して何て言い種だ。

 だけど、この人は大人で。超がつくモテ男で。……高嶋さんの恋人で。


「ねー先生、高嶋さん以外に告られたらどう思う?」


 気付けばそんなことを、聞いてしまっていた。冴木は少し驚いたような顔をして、それからニヤリと笑った。


「告白されたんだ?画面の向こうの彼女じゃなくて?」

「失礼な!ちゃんと現実ッスよ!」


 ……多分。

 冴木が面白そうに言う。


「いや、岡本が『拓海の成分の半分は妄想でできてます』とか言ってたから」


 健吾ぉおっ!!……あと半分は何だよ?気になるな。『ヘタレ』?……言いそうだな、あいつなら。


 冴木は眼鏡を外した。


「真っ直ぐな気持ちなら、単純に嬉しいと思うよ。……俺は遥以外の誰にも応えるつもりはないけど」


 柔らかく言われた言葉に驚いた。聞いといてなんだけど……素直に教えてくれるとは思わなかったから。


「でも俺、あの子の名前知らない。……顔もロクに覚えてもいないんだ」


 告られたことに有頂天になって。

 でも、俺、相手を見てたか?

 高嶋さんを、諦めなくちゃって、どこかで思ってて。誰でもいい、とか思ってなかったか?


「それはこれからお前が相手を知ろうとするか、でしょ」


 冴木の落ち着いた、低くて通る声が俺に届いて。

 おいおい、この人、声まで格好良いんだな、今気付いたけど。


「……冴木先生ってちゃんと教師なんだねー……」

「おいコラ、何だと思ってたんだ」


 不覚にも。ちょっと泣けたんだ。



 俺は悩んでた。

 ん~~。あの子は俺の何が好きなんだろう。


「よし、聞いてみよう!」


 考えててもわかんねぇし。


「拓海、髪一本ちょうだい」


 後ろの席から、健吾が唐突に言った。その手にある本の題名は『カンタン★黒魔術のススメ』

 ……健吾さん、何する気ですか?



 一年生の教室の近くをうろついて、あの子を捜す。

「あ」と声がして、俺に寄ってきた子がいた。


「松本先輩」


 えーと、この子だよな?うん、間違いない。俺の姿を見れば向こうから出てきてくれるだろうって目論見は、当たっていたらしい。


「あのさ、ごめん。もいっかい名前教えて」


 裏庭まで着いてきて貰って俺が聞くと、彼女はちょっと傷ついた顔をした。

 そりゃそうだよなーうん、俺が悪い。


「相沢夏です」


 あいざわ、なつ。その名前をちゃんと覚えた。


「あのさ、俺のどこが好きなの?」


 俺は彼女に単刀直入に聞いてみる。夏は真っ赤になって、口を開いた。


「覚えてないかもしれないけど……私、入学したばかりの頃、松本先輩に助けてもらったんです。校舎の中で、迷って、三年生の棟に入っちゃって」


 あ。そういえばそんなこともあったか。とにかくこの学校は広いし、入り組んでいる。4月にキョロキョロと心細げにしている子を見かけて、声を掛けたことがあった。



「どーしたの、誰かに用?一年生?」


そんな声に見れば、男子二人に左右から声を掛けられて、オドオドしている女子生徒がいた。リボンの色で入学したばかりの一年生だとわかる。俺はそいつらに近付いて、うりゃ、と蹴っ飛ばした。


「校内ナンパ禁止~教育的指導~」

「痛って、何だよ松本ぉ」


 そいつらは俺を見てブーブー言ったけど、俺は奴らと女子の間に割り込むように立った。


「保健委員として注意をね?」

「なんで保健委員が注意なんだよ。それ言うなら風紀委員だろ」

「いや健全な若者の交際を推進するという、ある意味、保健委員の本領発揮よ?」


 俺の強引かつ独創的な理論で、そいつらはも~い~や、と引き下がった。


「あ、あの」


 小さな声に振り返れば、その子が頭を下げた。


「ありがとうございます」

「いや別に。……迷った?」


 頷く女子に苦笑して、一年生棟に続く階段まで見送ってあげたっけ。



 ……それだけだ。相沢夏には悪いけど、毎年こんなことは珍しくない。俺が助けたのも夏だけじゃない。なのに、この子はそんなことを覚えててくれたのか。


「……それから先輩のことを色々知りたくて、バスケ部の試合にも応援に行きました。先輩はいつもお友達に囲まれてて、笑ってて。……目が離せなくなっちゃいました」


 赤い頬で話す夏。そんなことで、俺を好きだって言ってくれるんだ。


「あのさ」


「あれ?松本君」


 柔らかな声がして。校舎から一人の女子生徒がやって来たのに気付く。高嶋さんだった。


「高嶋さ……ん」


 ああ、そうだった。ここは彼女が良く来る場所でーー。


「……あ、ごめんなさい」


 彼女は俺と、そこにいた夏に気づいて、回れ右をする。咄嗟に呼び止めてしまいそうになって、息を吞んだ。

 “見られたくなかった”そう思ってしまったんだ。


「高嶋先輩っ!」


 ところが、俺ではなく夏が高嶋さんを呼び止める。


 え??な、何で!?


「あたし、松本先輩に告白したんです」


 何を言っちゃってるの、君はぁあぁっ!?

 動揺して二人を凝視する俺の前で、高嶋さんは振り返って「そう」とだけ、言った。その表情からは、何も読み取れない。

 夏が悔しそうに叫んだ。


「高嶋先輩は、松本先輩のこと、どう思ってるんですか!?」


 あ、この子知ってるんだ。俺が、高嶋さんを好きだったこと。

 直感的に思った。

 でも同時に、冴木先生と彼女が付き合っていることだって知っているはずだ。あれはめちゃくちゃ大騒ぎになったんだから。俺が振られるのは確実なのに。

 夏は、高嶋さんの口から、俺を否定させたいんだ。それを俺に聞かせたいんだ。……酷い女だなあ……


 高嶋さんは、ちょっとだけ考えて。俺を見た。


「松本君が私に直接聞かないことを、あなたに話すことはできないわ。あなたの気持ちと、私の気持ちとは別の話でしょ?」


 彼女は、優しくて、綺麗な笑顔で、そう言った。敵意混じりの目で見られていることなど、気にならないように。ふ、と自分の口元が緩む。


 だから、高嶋さんて好きなんだよな。


「高嶋さん……ありがとう」


 呼びかければ、彼女はクスリと笑って頷いてそこから去っていった。

 夏は俯いて、「ごめんなさい……」と小さな声で謝った。一応、自分がマズいことをしようとしたってのはわかったらしい。


「あのさ、俺、高嶋さんのことは好きだよ」


 そう言ったら、夏の目から涙がこぼれ落ちた。


「……憧れ、だから。今は友達として好き、なんだ」


 自分でも、今までハッキリわからなかったけど。うん。

 だって、もう、痛くない。冴木先生のとこに行く高嶋さんを見ても、胸が痛くないんだ。……冴木にはムカつくけどさ。


「相沢夏」


 俺が呼ぶと、夏がピクリと肩を震わせた。


「俺、お前のこと、何も知らないんだ。そんなんで、好きも何もねぇじゃん」


 夏が涙を零す。そうじゃないんだ。


「だからさ、お前のこと教えてよ」


 彼女が驚いたように顔を上げた。


「知らないからって断るにはもったいねぇし。……お前割と可愛いからさ」


 一生懸命俺を見てくれたとことか。高嶋さんに嫉妬せずにいられなかったとことか。


「ちゃんと、見たいから」


 俺が真っ直ぐに言った言葉に、夏が顔を真っ赤にして微笑んだ。

 可愛いじゃん。ちょっとだけ、ときめいた。



 次の日。俺は健吾に報告した。とりあえず夏とはお友達ってことで。

 それを聞いた健吾は苦笑してた。


「まあ、お前がちゃんと決められたなら、いいんじゃない?」


 健吾も気付いてたんだな。最初に俺が告られたとき、きちんと相手を見てなかったこと。そういえば。


「健吾、俺の成分の“妄想”以外の半分て何?」


 気になってたんスよ、それが。

 健吾が笑った。


「“優しさ”かな」

「け、健吾ぉっ……!」


 やっぱりお前は親友……!

 感涙にむせぶ俺に更に健吾が続けた。


「そしてそれを人は“優柔不断”、“ヘタレ”と呼ぶ……」


 結局それか!!


「しかし案外効くもんだな」


『これでイチコロ!黒魔術二巻』を片手に健吾がぼそりとつぶやいた。


!?


「健吾さん!?俺のこと呪ったのーッ!?」


 ……しかも二巻?シリーズものかよ!

 涙目の俺に健吾が生暖かい目を向ける。


「やだなあ拓海。俺はお前に彼女が出来るように、おまじないを少々嗜んでみただけさ」


 う、嘘臭いーー!あ?あれ、でも。


「彼女が“出来る”ように?」


 意外な言葉に俺はついニヤける。なんだ、やっぱり親友だよな……。

 そこへ長くて綺麗な指がのばされて、俺のおでこを弾いた。


「いてっ」

「邪魔」


 見れば犯人は冴木先生。なんでここに。奴は俺になんて構わずに、健吾に本を渡した。


「どーも。勉強になりました」

「は?健吾が冴木先生に本を貸したの?」


 見れば、『図解☆よくわかる四十八手』

 あああ怪しげな本を貸すなああっ!!そして勉強の成果を発揮されるであろう彼女が、気の毒で仕方ないわ!!!


「先生、こいつ後輩と上手くいきそうですよ」


 健吾が冴木先生に報告した。先生はニヤリと笑う。


「ふぅん……効いたんだ?」


 え、何?健吾の呪い、もといおまじないのこと?


「先生も応援してくれたんスか?」


 ちょっとだけじ~んとして、聞いてみれば、冴木がふ、と皮肉気に笑って健吾の肩を叩く。


「いつまでも遥の周りをうろちょろされても面倒だしな。岡本、お前使えるな」

「いやいや、冴木先生程ではありませんよ」


 はっはっは、と笑いあう二人。

 こ、こいつら、


「結託すんなーーッ」


 ――最凶コンビ……!!!



 ……俺の話はこんな感じ。

 来週には、夏とデートもするしさ。高校生活、楽しまなきゃね。……ところで。


「ね~なんで理事長が個人面談するんスか?しかもなんで恋バナなんスか?」

「え~生徒の実態を知っておきたいって教師心だよ。決して面白そうだからとかではなく……」


 ……怪しい。


「で、他には?僕を楽しませなきゃ卒業させないよ?」

「どこの専制君主ですか!独裁政権っスか!?」


 

 それから日が暮れるまで、俺は延々と喋らされた。

 ……本当、変な学校……





拓海の物語<完>

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ