拓海の物語
俺、松本拓海。泉学園高等部3年B組。あ?金○先生とか言ったの誰?……残念ながら、教師にイイ思い出なんてないよ。
だって!!俺のマイエンジェル、高嶋遥さんは教師に取られちゃったんだもん――!!
くっ……。あの、鬼畜教師、養護教諭の冴木先生に。
……といっても、彼らの交際が公になって、もう半年以上経つし。そろそろ俺も新しい恋とかしちゃおうかな~って思うわけ。うん、俺もいつまでも子供っぽくグチグチしてらんないっしょ?あ、健吾が鼻で笑いやがった……。
「と言ってもさ~高嶋さん以上の可愛い子なんてそうそう見つからないよなー彼女が欲しい~」
机に突っ伏して言えば、後ろの席の健吾が俺に一瞥をくれる。こいつとは今年も同じクラスなんだ。
「まず基準が高嶋さんてとこから難易度高すぎ。で、お前はヘタレっぷりを何とかしろ」
健吾は相変わらず毒吐くなあ。
「何とかしたくて何とかなるなら、今頃俺はモテキングなんだよ!!」
……自分で言ってて、泣けてきた。
そんなある日。
「あの……松本先輩、私、先輩のことが好きなんです」
キタ――――ッ!!!待ち望んでた、春到来だ――っ!!
俺を呼び止めたのは一年生の女子だった。高嶋さんレベルじゃないけど(失礼)割と可愛い子。
「返事すぐじゃなくていいので、考えておいて下さいっ」
真っ赤な顔でそう言って、逃げてく彼女に、ちょっとドキドキした。
健吾に報告したら、
「チッ、つまんねぇ……誰か、ワラ人形とか持ってない?」
って“呪い百選”とかいう怪しげな本を愛読してた。……それどうすんの?健吾君、俺の親友だよな?
部活中の仲間に、告られたことを話すと、みんなに生暖かい目で見られた。
「そっか~やっと高嶋さんから卒業できるわけか、おめでとうタクミ」
「幸せになれよ~」
涙ぐんでる奴までいる。
……なんで皆俺が高嶋さん好きだったこと知ってるの?
横目で健吾を睨むと、素知らぬ顔でバスケットボールを磨いてやがる。ネタにしてやがったな。健吾は俺の抗議の視線なんて全く介せず、聞いてきた。
「で、その一年生なんて名前?」
へ?
……。
「忘れた」
言ってたっけ。言ってたよな。健吾が呆れ顔で、俺を見て口を開いた。
「あのさあ、タクミ――」
「タクミ、危ねーっ!!」
被さるように他の声がして。俺の顔面に、ボールがぶち当たった。
今日はあいつが来てる日なんだ。正直、保健室には行きたくない。けど、鼻血出しっぱなしも格好悪い。
保健室の扉を開けると、奥のベッドから冴木先生が出てきた。
「何だ、お前か」
チッと舌打ちが聞こえたんですけど。
「わ、私行くね」
冴木先生が出てきたベッドのカーテンの間から、高嶋さんが出てきた。その頬が少し赤い。目が、潤んでる。危ない感じがにじみ出てますけど。
けれど彼女自身は気付いていないのか、俺にニコッと笑いかけ、パタパタと保健室から出て行く。
「……冴木先生。何してたんスか」
にや、と冴木が笑う。
「そりゃもちろん「嫌だ――っ!聞きたくねぇっ!!」」
思いっきり遮った。この鬼畜エロ保健医!!!
けれど冴木は俺の顔を見て、からかいの色を引っ込めて怪訝な顔をした。
「どうした?」と座るよう促す。胸ポケットから縁なしの眼鏡を出して掛けた。俺の顔を上向かせて診察する。
……あ、まともに診てくれるんだ。てか、間近で見ても、本当この人はどえらく綺麗な顔をしてる。男の俺でも、つい顔が赤くなってしまう。それに気付いたようで、冴木が不快そうに顔を歪めた。
「頬を染めるな、キモい」
……生徒に対して何て言い種だ。
だけど、この人は大人で。超がつくモテ男で。……高嶋さんの恋人で。
「ねー先生、高嶋さん以外に告られたらどう思う?」
気付けばそんなことを、聞いてしまっていた。冴木は少し驚いたような顔をして、それからニヤリと笑った。
「告白されたんだ?画面の向こうの彼女じゃなくて?」
「失礼な!ちゃんと現実ッスよ!」
……多分。
冴木が面白そうに言う。
「いや、岡本が『拓海の成分の半分は妄想でできてます』とか言ってたから」
健吾ぉおっ!!……あと半分は何だよ?気になるな。『ヘタレ』?……言いそうだな、あいつなら。
冴木は眼鏡を外した。
「真っ直ぐな気持ちなら、単純に嬉しいと思うよ。……俺は遥以外の誰にも応えるつもりはないけど」
柔らかく言われた言葉に驚いた。聞いといてなんだけど……素直に教えてくれるとは思わなかったから。
「でも俺、あの子の名前知らない。……顔もロクに覚えてもいないんだ」
告られたことに有頂天になって。
でも、俺、相手を見てたか?
高嶋さんを、諦めなくちゃって、どこかで思ってて。誰でもいい、とか思ってなかったか?
「それはこれからお前が相手を知ろうとするか、でしょ」
冴木の落ち着いた、低くて通る声が俺に届いて。
おいおい、この人、声まで格好良いんだな、今気付いたけど。
「……冴木先生ってちゃんと教師なんだねー……」
「おいコラ、何だと思ってたんだ」
不覚にも。ちょっと泣けたんだ。
俺は悩んでた。
ん~~。あの子は俺の何が好きなんだろう。
「よし、聞いてみよう!」
考えててもわかんねぇし。
「拓海、髪一本ちょうだい」
後ろの席から、健吾が唐突に言った。その手にある本の題名は『カンタン★黒魔術のススメ』
……健吾さん、何する気ですか?
一年生の教室の近くをうろついて、あの子を捜す。
「あ」と声がして、俺に寄ってきた子がいた。
「松本先輩」
えーと、この子だよな?うん、間違いない。俺の姿を見れば向こうから出てきてくれるだろうって目論見は、当たっていたらしい。
「あのさ、ごめん。もいっかい名前教えて」
裏庭まで着いてきて貰って俺が聞くと、彼女はちょっと傷ついた顔をした。
そりゃそうだよなーうん、俺が悪い。
「相沢夏です」
あいざわ、なつ。その名前をちゃんと覚えた。
「あのさ、俺のどこが好きなの?」
俺は彼女に単刀直入に聞いてみる。夏は真っ赤になって、口を開いた。
「覚えてないかもしれないけど……私、入学したばかりの頃、松本先輩に助けてもらったんです。校舎の中で、迷って、三年生の棟に入っちゃって」
あ。そういえばそんなこともあったか。とにかくこの学校は広いし、入り組んでいる。4月にキョロキョロと心細げにしている子を見かけて、声を掛けたことがあった。
*
「どーしたの、誰かに用?一年生?」
そんな声に見れば、男子二人に左右から声を掛けられて、オドオドしている女子生徒がいた。リボンの色で入学したばかりの一年生だとわかる。俺はそいつらに近付いて、うりゃ、と蹴っ飛ばした。
「校内ナンパ禁止~教育的指導~」
「痛って、何だよ松本ぉ」
そいつらは俺を見てブーブー言ったけど、俺は奴らと女子の間に割り込むように立った。
「保健委員として注意をね?」
「なんで保健委員が注意なんだよ。それ言うなら風紀委員だろ」
「いや健全な若者の交際を推進するという、ある意味、保健委員の本領発揮よ?」
俺の強引かつ独創的な理論で、そいつらはも~い~や、と引き下がった。
「あ、あの」
小さな声に振り返れば、その子が頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いや別に。……迷った?」
頷く女子に苦笑して、一年生棟に続く階段まで見送ってあげたっけ。
*
……それだけだ。相沢夏には悪いけど、毎年こんなことは珍しくない。俺が助けたのも夏だけじゃない。なのに、この子はそんなことを覚えててくれたのか。
「……それから先輩のことを色々知りたくて、バスケ部の試合にも応援に行きました。先輩はいつもお友達に囲まれてて、笑ってて。……目が離せなくなっちゃいました」
赤い頬で話す夏。そんなことで、俺を好きだって言ってくれるんだ。
「あのさ」
「あれ?松本君」
柔らかな声がして。校舎から一人の女子生徒がやって来たのに気付く。高嶋さんだった。
「高嶋さ……ん」
ああ、そうだった。ここは彼女が良く来る場所でーー。
「……あ、ごめんなさい」
彼女は俺と、そこにいた夏に気づいて、回れ右をする。咄嗟に呼び止めてしまいそうになって、息を吞んだ。
“見られたくなかった”そう思ってしまったんだ。
「高嶋先輩っ!」
ところが、俺ではなく夏が高嶋さんを呼び止める。
え??な、何で!?
「あたし、松本先輩に告白したんです」
何を言っちゃってるの、君はぁあぁっ!?
動揺して二人を凝視する俺の前で、高嶋さんは振り返って「そう」とだけ、言った。その表情からは、何も読み取れない。
夏が悔しそうに叫んだ。
「高嶋先輩は、松本先輩のこと、どう思ってるんですか!?」
あ、この子知ってるんだ。俺が、高嶋さんを好きだったこと。
直感的に思った。
でも同時に、冴木先生と彼女が付き合っていることだって知っているはずだ。あれはめちゃくちゃ大騒ぎになったんだから。俺が振られるのは確実なのに。
夏は、高嶋さんの口から、俺を否定させたいんだ。それを俺に聞かせたいんだ。……酷い女だなあ……
高嶋さんは、ちょっとだけ考えて。俺を見た。
「松本君が私に直接聞かないことを、あなたに話すことはできないわ。あなたの気持ちと、私の気持ちとは別の話でしょ?」
彼女は、優しくて、綺麗な笑顔で、そう言った。敵意混じりの目で見られていることなど、気にならないように。ふ、と自分の口元が緩む。
だから、高嶋さんて好きなんだよな。
「高嶋さん……ありがとう」
呼びかければ、彼女はクスリと笑って頷いてそこから去っていった。
夏は俯いて、「ごめんなさい……」と小さな声で謝った。一応、自分がマズいことをしようとしたってのはわかったらしい。
「あのさ、俺、高嶋さんのことは好きだよ」
そう言ったら、夏の目から涙がこぼれ落ちた。
「……憧れ、だから。今は友達として好き、なんだ」
自分でも、今までハッキリわからなかったけど。うん。
だって、もう、痛くない。冴木先生のとこに行く高嶋さんを見ても、胸が痛くないんだ。……冴木にはムカつくけどさ。
「相沢夏」
俺が呼ぶと、夏がピクリと肩を震わせた。
「俺、お前のこと、何も知らないんだ。そんなんで、好きも何もねぇじゃん」
夏が涙を零す。そうじゃないんだ。
「だからさ、お前のこと教えてよ」
彼女が驚いたように顔を上げた。
「知らないからって断るにはもったいねぇし。……お前割と可愛いからさ」
一生懸命俺を見てくれたとことか。高嶋さんに嫉妬せずにいられなかったとことか。
「ちゃんと、見たいから」
俺が真っ直ぐに言った言葉に、夏が顔を真っ赤にして微笑んだ。
可愛いじゃん。ちょっとだけ、ときめいた。
次の日。俺は健吾に報告した。とりあえず夏とはお友達ってことで。
それを聞いた健吾は苦笑してた。
「まあ、お前がちゃんと決められたなら、いいんじゃない?」
健吾も気付いてたんだな。最初に俺が告られたとき、きちんと相手を見てなかったこと。そういえば。
「健吾、俺の成分の“妄想”以外の半分て何?」
気になってたんスよ、それが。
健吾が笑った。
「“優しさ”かな」
「け、健吾ぉっ……!」
やっぱりお前は親友……!
感涙にむせぶ俺に更に健吾が続けた。
「そしてそれを人は“優柔不断”、“ヘタレ”と呼ぶ……」
結局それか!!
「しかし案外効くもんだな」
『これでイチコロ!黒魔術二巻』を片手に健吾がぼそりとつぶやいた。
!?
「健吾さん!?俺のこと呪ったのーッ!?」
……しかも二巻?シリーズものかよ!
涙目の俺に健吾が生暖かい目を向ける。
「やだなあ拓海。俺はお前に彼女が出来るように、おまじないを少々嗜んでみただけさ」
う、嘘臭いーー!あ?あれ、でも。
「彼女が“出来る”ように?」
意外な言葉に俺はついニヤける。なんだ、やっぱり親友だよな……。
そこへ長くて綺麗な指がのばされて、俺のおでこを弾いた。
「いてっ」
「邪魔」
見れば犯人は冴木先生。なんでここに。奴は俺になんて構わずに、健吾に本を渡した。
「どーも。勉強になりました」
「は?健吾が冴木先生に本を貸したの?」
見れば、『図解☆よくわかる四十八手』
あああ怪しげな本を貸すなああっ!!そして勉強の成果を発揮されるであろう彼女が、気の毒で仕方ないわ!!!
「先生、こいつ後輩と上手くいきそうですよ」
健吾が冴木先生に報告した。先生はニヤリと笑う。
「ふぅん……効いたんだ?」
え、何?健吾の呪い、もといおまじないのこと?
「先生も応援してくれたんスか?」
ちょっとだけじ~んとして、聞いてみれば、冴木がふ、と皮肉気に笑って健吾の肩を叩く。
「いつまでも遥の周りをうろちょろされても面倒だしな。岡本、お前使えるな」
「いやいや、冴木先生程ではありませんよ」
はっはっは、と笑いあう二人。
こ、こいつら、
「結託すんなーーッ」
――最凶コンビ……!!!
*
……俺の話はこんな感じ。
来週には、夏とデートもするしさ。高校生活、楽しまなきゃね。……ところで。
「ね~なんで理事長が個人面談するんスか?しかもなんで恋バナなんスか?」
「え~生徒の実態を知っておきたいって教師心だよ。決して面白そうだからとかではなく……」
……怪しい。
「で、他には?僕を楽しませなきゃ卒業させないよ?」
「どこの専制君主ですか!独裁政権っスか!?」
それから日が暮れるまで、俺は延々と喋らされた。
……本当、変な学校……
拓海の物語<完>




