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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
サイドストーリー 1.
35/75

玲奈の物語・後

 結局は恭一郎の気持ちは確かめることなんて出来ず、気付けば私は高等部の三年生になっていた。高校生活も、モデルのバイトも、それなりに充実していたけれど、いつだって私の心には、恭一郎とのことがひっかかっていた。


 そんなある日、理事長室から恭一郎と、彼に続いて綺麗な大人の女性が出てきたのを見かけて。談笑する二人に嫌な予感がした。


「泉先生――」


 思わず声をかければ、恭一郎より先に女性が私を見て、その目を見開く。でもそんな顔も上品で、大人で。口紅を塗った綺麗な唇が言った。


「あら、モデルのレナ、よね。本当にここの生徒だったのね、凄いわ」


 ああ、私を知ってるのね。

 恭一郎が曖昧に笑って、彼女を私に紹介した。


「僕の、婚約者」


 ……え?


 目の前が、真っ暗になった。


 婚約者って。結婚するってこと?私は何だったの?

 あのキスは……何だったの?

 ねえ、恭一郎。私は、あなたの何だったの?


 何度も心の中で繰り返した問いは、結局彼に一度も告げることもないまま。



 その後、どうやって帰ってきたのかは、わからなかった。

 何もせず、ベッドに潜り込んで。ただ、ただ、泣いた。涙が溢れて、ポロポロと零れて。頭が痛くなるまで。


「玲奈ぁ、ごーはーんっ!」


 バタンと部屋の扉が開いて、玲一がズカズカ入ってきた。私が泣いてることに、気付いていたくせに、無理矢理布団から引きずり出して、テーブルにつかせる。


「食べたくない」


 そう言った私の前に、玲一が並べたのは、私の好物ばかり。


「モデルは体が資本でしょ。……それに失恋にはやけ食いだよ」


 ……あんたって、ほんとにイイ男になるわ。

(本当に、この頃の玲一は可愛かったのよ!!!)


 弟の優しさに、また涙が出て。私はそれを全部食べた。

 私には玲一がいる。両親が居なくなっても、変わらずに傍に居てくれる。恭一郎は私に居場所をくれて、優しくしてくれた。もう、それだけで良い。それだけで良いんだ。



「レナちゃん、高校卒業したら本格始動しない?」


 突然モデル事務所の社長にそう言われたのは、それからすぐのことで。


「映画の話もきてるんだ。女優デビュー!」


 失恋した私は、仕事に打ち込んで視野をどんどん広げたいって思ってた。恭一郎に護られた場所から出て、彼を忘れたくて。


 だから。


「恭一郎さん、私、高校卒業したら家を出ようと思う」


 躊躇わずに、そう言った。


「……何で」


 彼が硬い声で聞く。


「社長が、事務所の近くに部屋を用意してくれるって。忙しくなるし」

「ダメだよ。出て行くなんて」


 引き留める言葉に、期待してしまいそうで、私は無理矢理笑った。


「何で?」

「僕には玲奈が必要なんだ。傍にいてよ」


 ―――っ!!


 その言葉に私は。

 恭一郎を、殴り飛ばした……。……ああ、二回目。


「酷いよ、玲奈あ~」


 なんだと!?


「酷いのはどっちよ!!散々人を振り回しておいて、なにが“傍にいてよ”だ、紛らわしいっ!婚約者がいるくせに!」


 彼が何を考えているのか、分からない。目に涙をいっぱいに溜めて、ブルブル拳を握りしめた私と、頬を押さえて立ち尽くす恭一郎の姿はなんだか異様で。ふと、彼が口を開いた。


「……玲奈、僕のこと、好きなの?」


 っ!

 っ!


「ふざけんなあぁぁっ!」


 私が振り上げた手を、恭一郎が掴んだ。覗き込む目はからかいのそれではなくて、ただただ真意を問う為だけのもので。嘘をつく気にも、意地を張る気にもなれずに、力が抜ける。


「ふざけるな、馬鹿……好きに……決まってるじゃないのよ……」


 ふぇ、と泣く私の瞼に、温かい感触。

 え?と思う間もなく、唇にも同じ感触が、降ってきた。


「何で……」


「可愛い、玲奈。……君が、好きだよ」


 そう言って、もう一度。

 恭一郎が私にキスをした。


「君のことが、ずっとずっと、好きだった」


 優しいキスが、私を撫でて。恭一郎が甘く甘く囁く。


「だって、婚約者……」


 混乱した頭で、何とか問いかければ。


「ごめんね。あれ、嘘」


 ……?


「玲奈が、素直になってくれないから……意地悪、しちゃった」


 ……。

 ……。


「ーーふっざけんなあぁああっ!!!」



「玲奈~玲奈ちゃあん、ごめんねってばあ」


 頬を腫らしたまま、恭一郎が私にまとわりついて、手を合わせる。


「ウザい。キモい。あっち行け」

「酷いよ~だって玲奈がなかなか告ってくれないからー」


 恭一郎の脳天気なにやけ顔が、ムカついて仕方ない。何なのよそれは。どうして10歳も年下からの告白を、つまんない策略巡らせて待ってるのよ。てめーから告ってこい!!


「だいたいずっと好きだったって、いつからよ、このロリコン!変態教師!」


 私に抱きつく恭一郎を押しのけて、睨みつければ、彼はふわりと微笑んだ。


「最初からだよ。俺には、君が必要だって最初から思ってた」


 その顔が。

 憎たらしくて。愛しくて。


 その後。散々私が泣いたことを知っている玲一は、そりゃあもう怒り心頭。氷河期そのものの冷酷な視線で、恭一郎を突き刺して、ネチネチ虐めてたなあ……。姉想いの弟だ。(何度も言うけど……この頃は!可愛かった)


 10年以上経つ今でも、恭一郎への態度は変わらない。

 てか、最近私への態度も恭一郎と同化してきてない?こないだ「迷惑夫婦」とか言ってたんですけど。一緒にすんな。


 そしてユキは、


「ん~?気付いてたよ。だって泉先生の俺を見る目、半端なく嫉妬してます~って感じだったもん」


 ……わ、私は気づかなかったわよぉ……。

 ユキも恭一郎へ、ちゃあんとお仕置きしてくれた。


「ねぇ、泉先生。俺ね……ゲイじゃなくて、バイなの。あんまり玲奈を泣かすと……奪っちゃうよ」


 真偽は定かではないけど……恭一郎は真っ青になって、私に謝ってきたから、ユキには大感謝だ。

 彼は高校卒業後に専門学校へ行き、メイクアップアーティストの道へ。今じゃオネエ言葉全開の、売れっ子ヘアメイクさん。私とは仕事でも、プライベートでも、未だ大親友。



 そして、今に至る。

 ある休日。私は仕事で行った海外のお土産を渡す名目で、弟とその彼女を自宅に招いていた。


「……で。いつご結婚されたんですか?プロポーズはどっちから?」


 目を輝かせて聞く、弟の彼女、遥ちゃん。

 ああ、この子は本当に素直で可愛いなあ~。玲一みたいなひねくれ男に捕まっちゃって、良かったのかしら。


「……玲奈、聞こえてる」


 玲一のブリザード発生。冷たいったらないわ。


「結局、恭一郎の希望で大学まで行かせてもらって、モデルを続けて。私の卒業と、恭一郎の理事就任と同時に結婚したの」

「大学在学中も、散々結婚してくれって義兄さんに泣きつかれたんだよな」


 玲一が面白そうに言う。

 そうなんだけど。だってすんなり言うこと聞くの、悔しいじゃない。


「女子高生と先生の恋愛ものってさー高校卒業と同時に結婚!てパターン多いじゃない?何でかしらねえ?若気の至りでうっかり丸め込まれてないか、見極める期間て必要よね」

「ひどいなあ〜。僕、玲奈とキスした回数より、殴られた回数の方が多いよ」


 あははは~と恭一郎が呑気に笑った。馬鹿。

 だけど、自分のことがあるから、玲一たちにも協力的だったのよね?

 ……ただ単に面白いからだったのかしら?


 玲一と遥ちゃんが帰った後、恭一郎は私を手招きして、膝の上に座らせた。

 いつもなら嫌よ恥ずかしいって殴るところだけど、時々ふと、穏やかで何も言えなくなるような優しい目をするからーー私はつい、その腕に身を任せてしまう。


 恭一郎は、私に居場所をくれた人。

 そしてこれからも、私の傍に居てくれる人。


「初耳だったな。玲奈が僕のことをそんなに好きでいてくれたなんて」

「どこをどう聞いたのよ?」


 あんたが私にベタ惚れだっつー話でしょ?

 まあでも。そういうことに、しておいてあげる。


 私の愛しい旦那様………だもんね?





玲奈の物語<完>

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