玲奈の物語・中
恭一郎の気持ちはわからないまま。
それからいくらか経って、文化祭の季節がやって来た。
「玲奈、似合う!!」
クラスメイトの歓声に、くすぐったい気持ちになりながら照れる。
文化祭でうちのクラスは喫茶店をやることになって、私は放課後クラスメイト達とその衣裳の試着をしていた。
ハイウエストの、ひらひらミニスカート。フリルのついた可愛いエプロンのウェイトレス。(今みたいにメイドさん、とは言わなかったけど)
恥ずかしいけど、でも可愛いなって、自分でも気に入ってた。
ユキが後ろから近寄って、にっこり笑いながら、私の脚を撫でる。
「玲奈、足なが~い。綺麗~……羨ましい」
その、『羨ましい』が、恨みがましく聞こえるんですけど!!
……ほんとはあんたも着たいとか思ってるんじゃ……。
そこへ、恭一郎が通りかかった。私の格好を見て、ギョッとする。……失礼な。
で、更に私の脚を見て、眉をひそめた。
ん?……あ。
「ちょ、ちょっと、ユキ、離して離して」
ユキが私の脚を撫でたままだった!!
やば~はしたないとか、思われたよね。ユキ見た目は男だし。
「っ、泉先生、可愛い?」
ごまかすつもりで首を傾げてクルリと回れば、
「エロい」
不機嫌いっぱいの顔で、恭一郎が呟いた。
……は?なんか今、思いっきり恭一郎らしくないセリフが。
「高校生相手にエロいって。泉先生、日頃玲奈をどんな目で見てるんですか?」
ユキがニヤニヤと笑いながら言って、恭一郎はムッとしたように口を尖らせた。
あ、その顔が可愛いとか思ってしまった私はビョーキ?
ある意味病気か。恋の病だもんね。
……いやいや、呑気に考えてる場合じゃなかった。
油断していた私に、恭一郎はとんでもない爆弾発言をしたんだ。
「どんな目でもないよ。大人をからかうもんじゃない。……心配しなくても君の彼女に色目使ったりしません」
「は?」
私は、呆然。ユキは一瞬目を見開いて。
大爆笑、した。
*
……本当に呑気にしてる場合じゃなかった。
「誰が誰の彼女よおぉっ!どうやったらゲイでオカマの彼氏が出来上がるわけ!?」
私はユキに掴みかかりながら、リビングで叫んだ。
「落ち着きなよ、玲奈」
ユキは私達が恭一郎の家に住んでるのを知っている。だから今日は思わず、連れてきてしまった。いつもなら友達なんて誰も連れてこないけど、こんな内容の話をそこらでするわけにはいかないし、ユキの家は遠い。どうせ恭一郎も玲一も帰りは遅いしね。
「俺の性癖知らないんだから仕方ないんじゃないの。言っていいのに」
ずず~っとジュースを啜りながら、ユキが言う。
「だって……ユキの秘密ペラペラ喋れないよ。恭一郎さんのことは信用してるけど、ユキは大事な友達だもん」
私がまだ彼に出会う前のことだけれど、彼はそのことが友達にバレた途端、陰口を叩かれて随分嫌な目に遭ったって聞いていたから。
俯いてそう言えば、ユキは優しく微笑んで、抱き締めてくれた。
「俺、玲奈のそゆとこ大好き。ずっと親友ね」
「うん。私も大好きだよ」
私もユキを抱き締め返した。
――と。
ガチャン、とリビングの扉が開き、私の目に入ったのは。
「ただいま、れ……」
不自然に、途切れた声。ごと、と床に落ちた鞄。目を見開いて、立ち尽くす恭一郎。その後ろに玲一。
ーータイミング悪すぎるわぁっ!!
つい、私もユキも、硬直。すると弟がひょっこりと顔を覗かせた。
「うわ~やるね、玲奈」
玲一っ!写メを撮るな!!
「あ、あの」
慌ててユキから離れる私に、恭一郎が冷たい目を向けた。
「……君も高校生だし、どこで誰とイチャつこうが勝手だけど。僕の家では止めて欲しいな」
突き放した言葉。軽蔑を含んだ目。
私の言い訳なんて、聞く気もない、彼のその冷えた瞳をまともに見てしまって、息が詰まる。
どうして、理由も聞いてくれないの?恭一郎は、私のことなんてもうどうでもいいの?私が誰と何をしていても、そんな目を向けるの?
なかったことにされたキス。
簡単に突き放してしまえる関係。
ーー私は、彼にとって何なのだろう。
悔しくて、悔しくて、涙が滲んだ。
違うのに、違うのに。言いたいのに、言葉が出ない。
涙が、零れた。
「……なら、出てく」
意固地になった口からは、そんな言葉しか出ない。立ち上がった私を、恭一郎が驚いたように見た。
と。
「……っきゃああっ、氷の貴公子~っ!!」
緊張感のない、悲鳴が響き渡って。
ユキが猛ダッシュで、玲一に飛びかかった。
……は?
「いや~本物~!!実物も格好イイ~!あ、俺ね、新城由季ね、よろしくぅ」
玲一が、自分に抱きつく男子高校生を冷静に指差した。
「この人、玲奈の友達?面白いね」
いやいやいや!抵抗しようよ!
私は玲一からユキを引きはがそうと引っ張る。
「ユキ!人の弟ターゲットにしないでよ!!玲一はノーマルなんだからね!」
何だか嫌だ。ものすごく嫌だ。
「……え?」
恭一郎が、茫然と呟く。あ、忘れてた。
ユキを見れば、“言って良いよ”と頷いてくれて。私は恭一郎へと説明した。
「ユキは、ゲイなの。恋愛対象は男の子なのよ」
「はいぃ!!?」
あ、ぶっ飛んだ。
恭一郎は頭を抱えて、
「本当に?うちの生徒が?それってアリなの?」
とか何とかブツブツ言ってたけど。やがてピタリと動きをとめて、ぎぎぎ、とぎこちなくこっちを向く。
「じゃあ、玲奈の彼氏ではないの……?」
と、おずおずと私を見た。私は首を横に振って、否定。
「そんな……僕はてっきり……」
がくりと、彼の肩が下がった。
何なのかしらね、この反応。やっぱりこの人、私の事、好きなんじゃないのかしら。……なんて、希望を持ってみたり。
黙ってしまった恭一郎と私を見て、ユキが玲一の背を押して出る。
「玲一君、お邪魔だから俺達は場所変えようか~」
「とか言って、玲に何するつもりよ?弟はダメだからね、ユキ!!」
結局、誤解は解けたものの、収集着かないまま。
……ああ、もう。




