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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.4 キスを贈る場所
31/75

君を得るために

 玲一が保健室の扉を開けると、悠が一人廊下の窓を開けて煙草を吸っていた。

 校内は禁煙だが、今それをどうこう言う場面でもない。


「あれ終わったの、先生」


 彼は玲一を見て、つまらなそうに呟く。その静かさに、玲一は怪訝な顔をした。あたりを見回しても、あれだけ騒いでいた生徒達は居なくなっている。授業が始まっている時間だとはいえ、あれだけの騒ぎを起こしたのだから、生徒や教師の質問攻めくらいは覚悟していたのだが。


「他の生徒なら授業だろっつって帰したよ。一応口止めしたけど、まあ無理だろーね」


 玲一は驚いたように悠を見る。


「口止め?」

「間近で見つめてぇ、『君可愛いね。俺が何もかも忘れさせてやるよ』っつったら、大抵オンナノコはぶっ飛ぶのよ?」

「そりゃ便利……」


 正直、玲一を良く思ってなさそうな彼が、そこまでやってくれるとは思わなかった。玲一の視線に気付き、悠は煙を吐く。


「先生のためじゃない。遥ちゃんのためだよ」


 そう言った瞳に真剣な色を見つけて、玲一は言葉を失う。悠の遥への興味はもっと軽薄なものだと思っていたが……これは。

 彼の思いに気付いたのか、悠は自嘲気味に呟いて、


「俺もね、結構遊んできたつもりだけど。遥は……別なんだよな」


 その瞳が揺らいだ。

 ああ、やはり。玲一は予感が現実になったことを知る。

 遥と接していれば、遊びや軽い気持ちなんかではいられなくなると、彼自身が一番良く分かっていた。あの、凛としているくせに柔らかくて、無防備なくせに弱くはない彼女は、人を強く惹き付ける。悠が本気になるのも、仕方ないことで。


「あ?そういや遥は」


 聞いてきた悠に、玲一は保健室を示す。ドアの隙間から見えるベッドの上で、遥は眠っていた。


「……気絶させるまでヤルって、どんだけ激しいの、先生」


 呆れたように言う悠に否定せず、ほっとけ、と返して玲一は悠の手から煙草を奪って一口吸う。


「抑えがきかなかったんだよ。俺だって普通の男だからな、嫉妬くらいする」


 玲一の本音に、意外そうに悠は眉をあげ、溜め息をついた。


「ちぇ、逆効果だったか」


 そして二人は、目を合わせて。

 どちらともなく、同じ少女を想って微笑んだ。



「女生徒と特別な関係にあるというのは本当か?冴木君」


 翌日。

 理事長室に呼ばれ、理事長にそう問われ、玲一は微笑んだ。


「本当です」



 遥は俯いたまま、玲一を待っていた。

 1日経てば、すでに校内では、玲一と遥の噂が蔓延していた。


「保健医とデキてるって本当かよ、やらしー」


 と、からかってきた男子は松本拓海に鉄拳制裁をくらったし、遠巻きに妬む女子たちは、玲一の静かな視線に負けてまだ何もしてはこない。

 何より当事者の遥が、はたからみても当惑するほど真っ白な顔をして、今にも倒れそうな風情で登校してきたので、間近にいた生徒は誰も話題には触れなかった。

 ただ、ユミは

「応援するから!絶対お似合いだもんっ!!」

 と興奮気味に言ってくれたけれど。


 ……周りの噂などどうでも良い。自分のせいで玲一の立場が悪くなる。それが怖かった。


 そのとき、彼女の前でガチャンと音がして、扉が開いた。


「遥」


 理事長室から出てきた玲一が、彼女を見て目を見開く。


「どうだった……?」


 遥の問いに、玲一は微笑む。


「養護教諭は、辞める」


 遥はギュッと目をつぶった。ドアを開けて、理事長室に飛び込む。玲一が止める間もない。驚いた顔をしている理事長に、勢いこんで言った。


「私、私が処分でも何でも受けます!だから冴木先生を辞めさせないで下さい……!」

「遥」


 諫める玲一を振りほどいて、遥は理事長に訴えた。


「お願いします。先生は何も悪くない……私が、学校を辞めますから」


 理事長は遥の訴えを黙って聞いて、静かに言った。


「冴木先生にはけじめをつけてもらわなくてはならない。それは彼本人が認めていることだよ」

「でも」


「遥、聞いて」


 なおも食い下がる遥を、玲一が止めた。その顔に苦笑が浮かぶのを見て、遥は戸惑う。


「あのな、遥。どっちにしろ、もう辞めるのは決まってたんだ」


 どういうこと?

 彼女の視線に、玲一はゆっくりと説明した。


「そもそも産休代理だっただろ、俺。で、元々の養護教諭が戻るんだよ。専任ではないけど、週二日通いの補助の養護教諭としては残れることになったんだ。だから実質的にはお咎めなし」

「は……?」


 遥はへなへなと崩れ落ちる。

 お咎め無しなんてそんなことあり得るのか。先ほどまで真っ暗だと思っていた先が、あるのか。

 混乱に泣き出しそうな彼女を見て、理事長が軽く玲一を睨みつけた。


「全く。いたいけな女生徒に心配かけて。やるならバレないようにしろと言ったろう」

「あんたも悪ノリしたろ、たった今」


 その二人のやりとりの気安さに、遥はまた驚いて彼らを見た。玲一が人差し指をたててシーと言いながら笑う。



「理事長、俺の義兄」


 え……。


「玲奈の、旦那だよ」


「えええぇっ!!?」



 遥が絶叫した。


 玲奈さん、結婚してたの!?


 驚くとこはそこだけではないが、もうどこから突っ込んで良いかわからない。彼女の様子も気にせず、理事長がつまらなそうに呟く。


「玲奈は旧姓で仕事してるから、未だに冴木って名乗るんだよね~。……淋しい」


 て、展開についていけない……。

 遥は茫然としたまま、恋人の顔を見上げた。


「だから大丈夫って言っただろ?」


 玲一の、不敵な微笑み。


「大丈夫じゃないよ、冴木先生。淫行は犯罪ですよ」


 ぶちぶちと、子供のように理事長が呟く。


(……いくつなんだろう、理事長先生)


 実は玲一や他の教師とそう変わらない外見の理事長の年齢は、生徒達には泉学園の七不思議の一つだ。いつも穏やかで端正な顔立ちは、生徒にも保護者にも人気だが、いまいちプロフィールは知られていない。玲一が学生の頃から教師をしているというのだから、それなりの年齢のはずなのだが。

 遥は素朴な疑問を感じてしまい、それどころじゃない、と玲一に向き直った。いくら理事長の身内でも、生徒に手を出す教師など、名門私立で許されるはずも無い。しかし玲一は遥を引き寄せる。


「大丈夫。だって俺ら、結婚を前提にした、至って真剣なお付き合いですから」


 いつか約束した、遥の左の薬指にキスをして。

 玲一がそう言った。


「――っ!!」


 遥の顔が真っ赤に染まる。


「ん~それで外野が納得してくれるかな~?」

「させろ。俺にも遥にも借りあんだろが。こんな寄付金の馬鹿高い学園、治外法権なのが唯一の取り柄だろ」


 首を傾げる理事長相手に、えらそうに宣ったのは、以前に学園乗っ取りを防いだ件のことらしい。


「え~この際やっぱり姉妹校に飛んでおくってのは……」

「玲奈に言いつけるよ?」

「……うん、金だの口だの君の色気だのを使えば、なんとかなるかも!」


 なんだか怖いやりとりは、聞かなかったことにして。


「本当に……まだ一緒に居られるの?」


 遥がおずおずと呟いた。


「……うん」


 玲一が、頷く。優しい声で。


「もう……私ばっかり心配して、馬鹿みたい……」


 遥は俯く。

 彼を想うと、悔しくて愛しくて、涙が止まらなかった。


「ごめん遥。……ありがとう」


 玲一の腕が遥を引き寄せた。その胸に抱きしめる。


「……あ~ゴホン。悪いけど、外でやってもらえる?」


 理事長の咳払いに、遥は慌てて玲一から身を離そうとするが、彼はがっちりと力を込めた。


「羨ましいの?また玲奈を怒らせたんだって?」

「……玲一君、騒ぎを治める変わりに、玲奈のご機嫌直す必勝法を教えてくれる約束だよね!?」


 玲一に切実な目を向ける理事長。

 

 ……そんな取引してたんだ……。

 

 遥は何とも複雑だ。

 理事長がふ、と彼女を見る。その姿勢を正して、微笑んだ。


「高嶋遥さん。君は真摯に人を愛することができる、とても純粋な人だね。僕は理事長として、我が校にそんな生徒が居ることを誇りに思います。冴木先生との交際を認め、応援しますよ。……ただし、イチャつくのはバレないように」

 

 そう優しい目で言われた言葉に、


「はい。……ありがとうございます」


 遥はふわりと、柔らかな笑顔で応えた。

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