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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.4 キスを贈る場所
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恋敵出現

 声の主は生徒ではない。振り返ると、二人の視線の先に居たのは長身の青年だった。私服の、おそらく大学生だろうか。ラフそうで、けれどそう見えるようにセットされた茶色の髪、片耳にピアスをしていて、服装もファッション誌に載っていそうな、さりげなく流行を押さえているようなもの。いわゆる今時のモテるタイプのイケメンだ。手には小さな花束を持っている。


「……悠君?」


 遥が記憶を辿るように名を呼ぶ。


「遥ちゃん、久しぶりだね。すっかり綺麗になっちゃって」


 ユウと呼ばれた青年は、遥へと近寄って、躊躇いも無くその手を伸ばして彼女の頭を撫でた。……ピクリと玲一が眉をあげる。


「本当に、久しぶり……あ、先生、こちらは水樹悠ミズキユウ君」

「ミズキ?」


 玲一がその名字を問い返す。


「桜ちゃんの、血の繋がらないお兄さん」


 遥が懐かしい、と彼を見た。そして玲一のことも悠へ紹介する。


「悠君、こちらは養護教諭の冴木先生」


 悠は玲一を見て、にこりと微笑んで。


「水樹悠、大学3年です。事情をご存知なのかな。うちは子連れ同士の再婚なんです」

「悠君は大学の寮に入ってるから、めったに会わないんだけど……」


 そう付け足して、遥が悠の持つ花束に目を留めた。


「桜ちゃんに?」


 悠は頷いて、目を伏せた。


「血が繋がらないとはいえ妹が死んだのに、留学中で葬式にも出られなかったからね。遅くなったけど」


 派手な外見からは意外なほど、真面目な様子で悠は言う。しかしその手を遥の肩に回すのを見て、また玲一の眉が上がった。


「案内してくれる?遥ちゃん――じゃあ先生、失礼します」


 そのまま有無を言わさず遥を連れて行く。玲一は一瞬迷うが、まさか死んだ妹に花を手向けにきた高校で、真っ昼間からやましいことをするわけもないか、とそのまま校舎へと戻る。


 ……面白くはないが。



「あれ先生、高嶋さんは?」


 保健室に未だ残っていた拓海に、八つ当たりしてみる。


「後から来る。ベッド空けとけ、仲直りするから」

「何する気だよ、先生!?」


 涙目で叫ぶ拓海を放置して、玲一は考えていた。

 水樹桜からは遥の話ばかりで、兄が居るとは知らなかった。水樹桜を悼む兄と妹。なら、間違いなく玲一は部外者だ。

 ただ何となく、水樹悠の遥に向ける目が、気に入らなかった。慣れた様子で彼女の肩を抱く手も、連れ去る手際も。


 ーーああ、要注意かな、あれは。


「ねえ、しばらく入室禁止の札下げといて。声がしても入るなよ」

「だから、学校で何するつもりだよ、先生!!!」



 手を合わせて目を伏せていた悠は、ふと遥が校舎の方を見ているのに気づいた。


「何か、用事があった?そういえば先生と話をしてたもんな」


 彼女へ問いかければ、遥は慌てて首を横に振る。


「そうじゃないの、冴木先生とは……また後で話すから」


 柔らかく微笑む遥を見つめて、悠は軽くまばたきをした。


「……そういうこと」


 小さな呟きは、遥の耳には入らなかった。悠が持って来た花束に目をやって、微かに微笑む彼女。悠は思わずその横顔を凝視してしまう。艶やかに揺れる髪、長い睫毛に縁取られた目、赤い唇。華奢だが女らしい身体。

 それからーー制服の隙間から見える白い首筋に、赤い跡。


「遥ちゃん、前にうちに来たとき、桜が言ったの覚えてる?」

「あ、去年の秋だよね」


 思い出話を始めれば、遥は目を輝かせて、嬉しそうに乗ってくる。桜の兄、というだけで、遥の警戒心は無くなるらしい。悠が遥にさりげなく体を寄せても、頭を撫でても、彼女に拒まれる様子はなかった。


(ふうん……)


 悠はゆったりと、微笑んだ。



「お邪魔します」


 保健室の扉を開けたのは悠だった。


「先程はどうも」


 玲一は軽く驚きながらも、会釈を返す。彼が来るとは予想してなかった。


「は……高嶋は」


 遥と呼びかけて、言い直す。玲一の様子に気付かず悠は笑った。


「教室に帰しました。実は俺ここの卒業生なもんで、つい懐かしくて」

「……そうですか」


 コーヒーを淹れる玲一をじっと見て、不意に悠は言う。


「先生は桜と遥、どっちが好み?」


 一瞬、反応が遅れーー手を止めて、玲一は悠を見た。


「……は?」


 彼は先程までの真面目な顔など欠片も残さず、唇を歪めて笑う。


「桜は儚げな美人だったけど、なにぶん病弱だし、実は腹黒いし、俺的にはあまりタイプじゃなかったんだよね」


 まああんな綺麗な女はそうそういないし、間近で見られてラッキーだったけど、と悠がつぶやく。


「その点、遥は、芯の強いタイプ。純粋培養のクセになんだか色気があってそそる。一、二年前はただの子供だったのに女は変わるよな」


 悠が愉しげに評して、言った。


「もう男を知ってるって見ればわかる。誰のおかげかな」


 その目が玲一を射抜く。 玲一もまっすぐに悠を見返し、口を開いた。


「……あいつに手を出したら、許さないよ?“おにいさん”」


 ふ、と不敵に微笑む。悠は意外そうに答える。


「正直に答えちゃいます?俺が学校に密告するとか思わない?」


 玲一は彼の言葉に薄く笑った。


「生憎俺はこの仕事に未練はないし……。そうしたところで遥は手放さない。君に何かメリットが?」


 玲一の動じない様子に、つまらなそうに悠は言う。


「ふうん。つまんね。やっぱりあんた桜と同類だな。遥チャンのほうがからかい甲斐がある」


 その言葉に、玲一が咎めるような目で悠を見た。


「成人したいい大人が何を言ってるんだ」

「大人だからあ、余計イケナイことが楽しいんじゃん、先生?」


 悠はニヤリと笑って保健室を出て行く。玲一は厄介事の予想に、溜め息をついた。彼と入れ替わるようなタイミングで、遥が保健室へと顔を出した。


「先生、今日は私、もう帰るね」


 いつもなら放課後は玲一と過ごすのだが。


「何か、用事?」


 玲一が彼女に聞けば、遥は嬉しそうに笑う。


「悠君が、誘ってくれたの。お父さんのうちで夕食を一緒しようって。だからこのまま悠君と帰る」

「……ふぅん」


 嬉しそうなのは、父親と会えるから?

 悠が、誘ったから?


(……うわ、俺、マズい)


 いつになく余裕のない考えに頭が占められてしまう。あんな男に、彼女を奪われるなんて思わない。だけど。


「ねぇ。今回お前、警戒心無さすぎじゃないの」


 言ってしまってから、気付く。


(あ、それが気に入らないのか、俺は)


 遥が無防備に、あんな笑顔を悠に見せるから。簡単に、その距離を許してしまうから。


「え?……だって、桜ちゃんのお兄さんだよ?」


 キョトンと聞き返す遥から、目を逸らしてしまった。ーーそりゃそうだよな。

 散々な目に遭って来たくせに、ひねくれず人を疑いもしないそのまっすぐさは可愛いと思う。相手が悠で無ければ。


「ごもっともで」


 だけど俺は、そんなに心広くないんだ。


「玲一……?」


 覗き込む遥の顎を掴んで、無理矢理引き寄せた。噛みつくように、遥に唇を押し付ける。


「……ッ、痛っ」


 遥の小さな悲鳴。もしかしたら本当に噛んだのかもしれない。反射的に、彼女は玲一を押し返す。意外にも彼は、あっさりと手を離した。


「……な、何、どうしたの……?」

「……俺が聞きたい」

「は?……え?」


 遥は怪訝な顔で、それでも玲一に笑いかける。


「帰ったら、電話するね」


 遥が保健室を出た後、玲一は眉間を押さえてベッドに倒れ込んだ。どうにも制御できないイラつきに戸惑う。遥の無防備さは愛おしいけれど、同時にめちゃくちゃにもしたくなって。ああ、前にもこんなことを思ったな、と頭の片隅でちらりと考えた。自分だけを見ていろと、彼女を閉じ込めたくなってしまう——実際にそんなことをしたら、お互いに傷つくのはわかっているくせに。


「あ~……いい歳して、格好わる……」

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