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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 秘密の約束
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秘密の約束

 そしてーー平和な平和な、昼下がりの保健室。いつものように遥は玲一と過ごしていた。


「やっぱり、ここが落ち着くな」


 遥が窓辺に座って言う。風に煽られたカーテンが彼女を半分覆い隠して、その隙間からさらさらと揺れる遥の髪を、玲一が眩しそうに眺めていた。少女が振り返るその前に、一房捕らえて弄ぶ。


「そう?ここじゃ思う存分啼いてくれないじゃん……」

「せんせいっ!!」

「あ~早く帰りたい」


 (何を言うのよ、この不良教師!!)

 真っ赤な顔で、遥は玲一を諫める。何食わぬ顔をして遥を眺める彼の余裕そうな表情が悔しい。どうにも彼女が慌てふためくのを愉しんでいるのだからタチが悪い。けれどその視線が柔らかく緩むのを見れば、文句も言えなくなってしまって。

 ズルい。綺麗な人は何やっても良いのか。

 ふと遥は、玲一が松本拓海から取り上げた雑誌がデスクの上にあるのに気付いた。思い立って、彼を見る。


「そういえば……三上さんに言った『そういうセリフは俺が言うもの』ってどういう意味?」


 確か遥を助けに来た玲一がそう言っていた。あの時は意味を問う暇も無かったが、どういうことだろう。ん?と玲一は聞き返し、思い出して遥へ微笑んだ。


「あいつがなんて言ったか覚えてる?」


 遥は頷く。


「ビデオが」

「いや、そこじゃなくて」


 ちょっと顔をしかめて訂正されてもう一度思い出す。そうじゃなくて?


「あんたは一生俺のものだって……」


 言いかけて気づく。同じ言葉でも全く意味合いが違う。玲一が言えばまるで、


「遥は一生俺のものだって、俺の台詞だろう?」


「プロポーズ、みたい……」


 思わず頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまって、遥は俯いた。

 それはちょっと図々しい。恥ずかしい。

 けれど頬を撫でられて顔を上げれば、思いもよらない彼の真剣な瞳にぶつかって。目を見開き、息を吞む。


「“みたい”じゃなくて。ご褒美くれるんだろ、遥。……お前の一生を俺にくれる?」


「ーーっ……!」


 遥を見つめて、玲一が優しく微笑んで。その言葉が彼女の捉えた通りだと伝える彼に、遥は真っ赤に頬を染めたまま、何度も頷く。


「約束、な」


 遥の左手をとり、玲一が薬指にキスを落とす。彼女の瞳に涙が滲んだ。


「格好良すぎだよ、玲一……」

「ふ、俺の本気はこんなもんじゃないよ?……覚悟して」


 彼の腕が柔らかく遥を包み込む。優しく繰り返されるキスに、遥も応えて抱き締め返した。


「大好き」


 ずっとこの暖かさを感じていたい。遥は目を閉じて玲一を受け止めていた。




 玲一と遥が幸せな約束をしていたその裏で。


「ねぇ冴木君、これ君だよね」


 理事長室で、主はニッコリ微笑む。その手にはあのファッション雑誌。玲一は負けず劣らず、極上の微笑みで、一蹴。


「人違いです」

「私が君を見間違うわけがないよね。どうせ玲奈の差し金だろ?」


 理事長は革張りの椅子を回転させて、玲一に向き直った。緩やかに手を組んで、にこりと微笑む彼の真意は掴めない。遥が見たら似た者同士と言うかもしれない。


「ねぇ、冴木君。教師の副業は禁止だよね」

「ギャラは出てないので、副業ではありません」


 にこやかに返し、玲一は口を開く。理事長は雑誌に載ったもう一人を指差した。


「じゃあ、こっちは?2-Aの高嶋遥だろう」

「人違いです」

「僕が自分の生徒を見間違うわけないよね」

「全校生徒の名前と顔を覚えていらっしゃるんですか。さすがですが、記憶違いということもあり得るでしょう」


 有無を言わせず、玲一が言い切る。


「ああそう。ねぇ、冴木君……。

ーーせいぜいバレないようにやってね?」


 それは、モデルのこと?

 それとも、生徒との恋愛?


 玲一は微笑みを全く崩さないままに、口を開く。


「ん~、なんだかあんたに言われると、すっげぇムカつくのは何故だろうねぇ」

「あははは、冴木先生、理事長に対する不敬罪で姉妹校に飛ばしてもいいんだよ?小学生相手に困り果てる冴木君が見てみたいな~」


 玲一は凄絶な笑みを浮かべる。


「ふぅん。俺がガキ相手に手間取るとでも?」


 良い知れぬ冷気に当てられたような気がして、理事長は気分的に一歩下がった。


「……君なら赤ん坊でも悩殺しそうだね」

「おわかりなら、無駄なことはなさらずに」


 玲一は一礼して理事長室を後にする。扉を閉めかけて、思い出したように理事長に言った。


「玲奈から、伝言」

「えっ、なになになに!?」


 理事長は身を乗り出して、玲一の言葉を待つ。


「『一発殴らせろ』なお、俺が代理行使を委任されてまーす」


 玲奈そっくりの人の悪い完璧な微笑みを浮かべてみせて。扉を閉める直前、バタリ、と理事長が机に突っ伏したのが見えた。



「遥ちゃんっ、やっぱりあなたモデルやらない?もったいないわ~」


 土曜日、玲一の部屋に来ていた遥に、訪ねて来た玲奈が抱きついて言った。


「もうやめときます。玲一が心配するし、学校もバイト禁止だから」


 遥が苦笑して断ると、玲一もそうだそうだと同意する。


「チッ、全く玲は過保護よねっ!学校なんてあの狐ヤローを言いくるめたら良いのよ」


 あれ、この表現、前にも聞いたような。

 遥はおずおずと聞いてみた。


「……狐ヤローって?」

「「理事長」」


 玲奈と玲一の声が揃う。


(……本当に、どういう関係なんだろう……)


 遥の笑顔が引きつった。

 玲一がお茶を入れにキッチンに立つと、玲奈が遥へ向き直る。


「本当に、ありがとう。遥ちゃんのおかげで、色々助かったわ」


 ニッコリと綺麗な微笑みを浮かべるその顔は、やはり玲一によく似ていて。遥も自然と笑顔になった。


「良かったです。玲奈さんが喜んでくれて」


 玲奈は嬉しそうに笑って、遥へ耳打ちした。


「玲を、宜しくね」

「はい」


 遥は笑顔で返事をした。

 ーーその左手を、幸せそうに見つめて。



ep3・fin

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