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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 秘密の約束
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息が止まるほど

 白い壁と幕に囲まれた空間に、パシャ、と乾いたシャッター音が響く。

 玲一はモデルの経験こそ少ないが、昔から一流モデルである玲奈や、彼女の仕事仲間達に囲まれて育って来た。その姿勢や目線の取り方、一挙一動が自然と釣られて美しくなるのはもちろん、天性の勘の良さも手伝って、プロのモデルと並んでも見劣りしない。撮影を眺めていた雑誌社のスタッフが感嘆の声を上げた。


「いや、ホントに凄いですね……素人なんて思えませんよ。もったいない」

「でもこれで助かりましたよ。エアリエルの服が美しく着られる日本人モデルは少ないですからね。この特集は日本進出してもらえるかどうか、社運を賭けた目玉企画だし、どうしても成功させないと」


 興奮気味に話している彼らの傍で、一人の若い社員がじっとカメラの先を見つめて頷く。その強いライトの下で、玲一と背中合わせに立つ玲奈が、小さく呟いた。


「あの子、訳ありなのね」


 遥は別室で支度をさせられているから、ここには居ない。けれど、玲一からの返事はない。


「あの子に“もう”辛い目にあってほしくないって言ってたわよね」

「あいつを利用するな」


 玲奈の言葉に、玲一が短く応える。


「そうね……」

「あらあ、玲ちゃんじゃない!!」


 玲奈の言葉を遮って、響き渡る低い声。見れば派手な色の服を来た男性が、ツカツカと近寄ってきた。


「あ~、新城さんか。相変わらず凄い趣味だな」

「そろそろアタシの愛に応えてくれる気になった?」

「そろそろも何も、最初からお断り申し上げてるでしょう」


 彼を見て玲一が苦笑する。相手はオネエ口調のヘアメイク、新城だ。以前、遥が桜になりすますためにメイクをしてくれたのが、彼だった。新城は外見こそモデル顔負けの甘い顔立ちのイケメンだが、本人はゲイだと公言して憚らない。

 ちなみに玲奈とは高校の同級生で、昔から親友同士なのだ。


「玲ちゃんは相変わらずドSよね。とうとうこの業界に入ってくれる気になったの?アタシ創作意欲湧くわ~」

「あ、無理。俺生涯、イチ教師なんで」


 玲一が棒読みで断る。もうこれも昔から変わらずのやり取りだ。


「で、遥は?」

「ああ、あの小娘、玲ちゃんのだったの?ーー上手く出来上がったわよ」


 彼の意味深な微笑みに、玲一はきょとんと視線を返した。その腕を姉が引く。


「玲、やっぱり遥ちゃんはあんたにはもったいないわ……」


 玲奈の口調が変わったのに気づき、玲一がそちらを見る。

 瞬間、言葉を失った。


 華奢な身体に纏わり付くように、緩く巻かれた長い髪。

 いつもは真っ直ぐ下ろされた前髪も横に分けられ、その強い瞳が露わになって、ぐっと大人っぽい。そこに扇のように広がる長い睫と、口紅を引かれた唇も強調するように鮮やかな色を乗せられていて、ひとつひとつが妙に目を惹く。真っ白なワンピースを着ているのに、どこか艶めいて妖しい雰囲気を滲ませて。それでいて……あどけない少女。


「遥……」


 茫然と呼ぶ玲一に、彼女が目線を合わせた。射抜くように強く光る瞳に彼は息を吞む。けれど次の瞬間、頬を染め、はにかんだ様子で遥が微笑むと、その空気は一瞬で変わった。少女は小首を傾げる。


「どう、かな」

 

 ストンと玲一が座り込んだ。


「お前は、俺を殺す気か」


「え?」


 ぼそりと零された言葉に、戸惑いの表情で遥が聞き返す。


「あの」


 ヘンなのかな、私。

 遥の様子に玲一が首を横に振った。


「全く、本当に楽しませてくれるよな、お前は」


 玲一の視界の隅で、玲奈が微笑むのが見えた。

 まんまと彼女の思うツボとなったのが悔しいが……そんなことがどうでもいいくらい、


「綺麗だな。似合ってるよ、遥」


 手を差し伸べて恋人を誘う。


「おいで」



 スタジオに響くシャッター音、立て続けに光るストロボに、もう遥は圧倒される。


「遥ちゃん、玲一君を見て、笑って」


 カメラマンの指示に、顔がこわばる。


「それ、不安な顔。じゃなくて、笑顔ね」


 ダメ、こんなんじゃ。役に立ちたいって、頑張るって、言ったのに。

 けれどますます顔は引きつる。


「遥」


 愛しい声に。ふ、と力が抜けた。玲一を見上げれば、もう彼の微笑みしか見えない。自然と、頬が弛む。


「いいね~その表情」


 カメラマンの声が遠くに聞こえた。 玲一が遥を引き寄せて、そのこめかみに唇を寄せる。


「もう倒れそう」


 そう言って苦笑いする遥の、手を掴んで引き上げた玲一は、彼女の手の甲にキスを落とす。


「俺も。お前が可愛くて倒れそう」

「玲一……熱でもあるの」


(だ、誰ですか……)

 冗談まじりに言われたけれど、その瞳は真剣そのもので。なんだかくすぐったかった。


「小娘、ちょっとこっちいらっしゃい」


 新城が手招きして、遥のメイクを直す。


「ありがとう、新城さん」


 見上げれば、彼は遥の鼻をつまんだ。


「全く、アタシの玲ちゃんとイチャイチャして!羨ましいったらないわ」


 けれど言葉とは裏腹に、新城は微笑んでいた。


「玲ちゃんがまたカメラの前に立つとはね。こっちから見てごらんなさいよ」


 言われるままにカメラマンの後ろに立つ。レンズの先を見て気付いた。

 ここは玲一の視線を、モロに真正面から受け止めてしまう場所。

 遥に気付き、彼は挑むように、不敵に、妖艶に、……微笑んだ。


「う……わ。私、息止まりそう……」


 遥が真っ赤に染まった頬で呟く。新城は……床に膝をついていた。


「ああっやっぱり玲ちゃんてば最高!!いつか必ずアタシのモノに」

「あげませんよ」


 さっくりと、遥がツッコミを入れる。


「小娘……意外と図強いわね」

「だって大事な人だもの」



 大事な、人だから。

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