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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 秘密の約束
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姉の事情、弟の葛藤

「……誰?」


 遥は茫然と呟く。

 玲奈が学校には絶対わからないと言った意味がよくわかった。



 翌日、彼と共に訪れたスタジオは、住宅街の中のおしゃれな一軒家にしか見えない建物だったが、中に入ればたくさんの機材と、新品同様で生活の為ではないインテリアがあるだけ。その一角のソファで「待っててね」と玲奈とスタッフに言われ、出してもらった飲み物を口にしてーー数十分。

 着替えとヘアメイクを終えて出て来た美しい青年が、最初は誰だか分からなかった。

 スタジオの白い幕の前に立った玲一は、まるで別人だったのだから。

 茶色の髪は毛先が遊ぶようにセットされ、いつもより更に若く見える。元々色素の薄い瞳には、グレーのカラーコンタクトが入っていて、まるで外国人モデルのようだ。

 前をはだけたシャツに、細身のパンツで玲奈と共に立つ姿は、妖艶といって良いくらい、フェロモン垂れ流しで。


「ものすごく、格好いい……鼻血とか、出そう」

「まあ、出しても治療してあげるけどね?」


 現役女子高生の身でそれは辛い。彼氏に鼻血の処置してもらうなんて。出来れば避けたい。

 頬を染め、両手を組んで目を潤ませ、ジッと玲一を見つめる遥に、彼は内心やって良かったかな、などと思ってみたりする。普段、他人の容姿についてはそれほど感心を示さない遥に、まさか『見惚れてます!』と全開でハートマーク飛ばされるなんて思わなかったのだ。彼女も年相応にミーハーなところがあったらしい。


「レーイチ、始めるよ!」


 カメラマンが片手を上げて、シャッター音が響き始めた。撮影が始まれば、張り詰めた緊張感と、高揚感が周りを包む。


「視線やや下で。——レナの方を向いて」


 ひとつひとつ指示される度に、彼は完璧に応えてみせる。やがて玲奈はフレームから外れ、玲一だけの撮影が始まった。


「凄い……」


 遥は動じない玲一を尊敬の目で見て、同時にふと思う。


「元医者で、モデル経験ありの、養護教諭って……」


 どれだけハイ・スペックなのだろう。


「……何者なのかしら」


 もう一つ二つ、驚きな肩書きが出て来てもおかしくなさそう。

 遥の呟きを聞きつけて、可笑しそうに玲奈が笑った。


「うちね、母が医者で、父が教師だったのよ。二人とも私達が小さいときに事故で亡くなったんだけど。玲一は見事に両親の影響を受けてるわよね」


 ああ、だから。

 彼の命に対する構え方や、教師としての姿を思って納得した。そして、大切な人を一度に亡くしたと知ってーー最初に感じた、相手には踏み込むくせに、自分には踏み込ませない玲一の薄い壁の正体が、ちょっとだけ分かったような気がした。

 

「多分どっちでも良かったのよ、良い意味でね。両親の道を辿ってみたかったんじゃないかしら。それで両方やれちゃうとこが、要領良すぎてムカつくけどね」


 玲奈の言葉を聞きつけて、休憩に入った玲一が反論する。


「たまたま、うちの大学の医学部で、養護教諭の免許も取れるって教授が言うから、取っておいただけだ」


 遥はふふ、と笑った。


「私のシスコンを笑えないね、玲一」


 遥が家族を大事に想う気持ちを理解してくれるのは、彼自身もそうだからなんだと。玲奈に対してだって、荒い口調と冷たい態度をとっても、結局は姉のために動いているのだから。また玲一の新しい一面を知り、遥は嬉しくなる。



 しばらく撮影が進んでから、スタジオの隅でカメラマンとスタッフらしき人間がひそひそと話を始めた。どうもイメージしていた写真と違うらしい。


「ああ、そうだ。彼女、一緒に撮ってみたいんだけど」


 ふとこちらを見て、遥を指差す。


「え!?」


 言われた遥は茫然とした。玲一が玲奈を睨みつける。


「最初から遥を巻き込むつもりだったのか」


 弟の氷そのものの視線を受けて、玲奈は密かに冷や汗をかきながら、しかし見た目は平然と答えた。


「まあそうなるかも、と少しは思ったわよ。だけど私はあんたを引っ張り出したかっただけ。ねぇ玲一助けてよ、私達これにかけてるの」


 玲奈の神妙な様子に遥が反応する。

 彼女の様子は、玲一の部屋で話をしていた時から気になっていた。


「……どういうことですか?」


 傍で聞いていた編集部の担当者が口を開く。


「うちは今年創刊15周年の記念号を出すんだ。だけどその企画をライバル社にリークされちゃってね……」

「え?」


 重々しい雰囲気に、遥は戸惑った。


「当初の企画も盗用されて、予定してたモデルも根こそぎ引き抜かれたんだ。残ってくれたのはレナさんだけだし、スパイを警戒して新しい人間も入れられない。玲一君なら引き抜かれる心配はないって、レナさんが掛け合ってくれたってわけ」


 玲一は眉間を押さえて溜め息をつく。


「ほら、玲奈の話に乗るとロクなことがない」

「ここの雑誌の創刊号で私デビューしたの。長年お世話になってるし、愛着もあるわ。だから何としても成功させたい」


 玲奈の真摯な言葉に、遥は心が揺らぐ。


「遥ちゃん、モデルをやって貰えない?騙すつもりじゃなかったの、本当よ」


 玲奈の目は真剣で。……玲一に似ている。

 普通ならモデルのオファーなんて、一介の女子高生には嘘みたいな幸運だろう。けれど遥は自分の容姿に無関心だし、撮影を見学していて、一朝一夕で出来るような甘い世界では無いことなど、子供にだって分かる。特に玲一の様子を見れば、受けないほうがいい。

 ……だけど、玲奈をはねのけることなどできない。玲一を見上げれば、彼は苦々しい顔をして姉を睨んでいる。


「あんたの仕事に対する姿勢は感心するよ。尊敬もする。だけど俺や遥には関係ない。あんたの事情に巻き込むな」


 厳しい玲一の言葉。正論とわかっているから、玲奈は反論しない。

 弟や、出会ったばかりの少女を利用しているのはわかってる。だけど。


「私だって、譲れない」


 凛とした玲奈の声に、背中を押された。


「私で、お役に立てるなら……」


 小さな、声が二人に割って入る。


「遥!」


 玲一が遥を振り返った。驚愕というよりは、半ば危惧していた通りになったという顔で。


「簡単な事じゃないんだ。素人だろうが容赦ないし、俺はお前くらいの時に一度雑誌に出ただけで、生活がメチャクチャになった」


 以前に彼がモデルをした時ーー周りに騒がれ、有る事無い事面白おかしく言われ、可愛らしい好意を寄せられるだけならともかく、ストーカーまがいの被害にすらあった。校内外問わず因縁をつけられることもあったし、玲一の知らない『彼女』と名乗る女など何人いたか。自称『彼氏』もいた気がするが黒歴史だ。教えてもいないメールアドレスや携帯番号が流出した時には、携帯を川に投げ捨てた。そのうち、女の大半は水瀬が籠絡してターゲットを逸らせてくれたが、あいつのは趣味だから別に感謝はしていない。いやそんなことはどうでもいい。


 今の彼なら対応できるが、遥はあの頃の彼以上に無防備で、傷つきやすい。彼女に負担をかけるようなことはさせたくない。

 

「お前にはもう辛い目にはあってほしくない」


 彼の深い愛情を知らされて、遥は胸が熱くなる。玲一の手をとって、指を絡ませた。


「ありがとう」


 玲奈は黙って二人を見ている。

 

 玲一は後悔した。

 遥は“姉”という存在に過敏なのだ。遥にとって、亡くなった姉の桜は絶対的で、憧れの存在だったから。玲奈が玲一の姉でなければこんなところにすら来なかっただろう。玲奈に会わせるべきではなかった。引き受けるべきではなかった。


「玲一、私は大丈夫」


 遥がまっすぐに彼を見て言った。それに込められた想いに、玲一は目を見開く。

 彼の葛藤も全て理解した上で、遥は言っているのだ。


「玲奈さんは玲一のお姉さんだもの。……好きな人の家族が困ってるのよ、放っておけない」


 彼女の言葉に、玲一は言葉を失う。

『俺の』姉だから?


「やらせて?私、頑張れるよ」

「遥……」


 その目に、諦めと、優しさが浮かぶのを確認して。遥は玲奈に向き直った。


「よろしくお願いします」

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