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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
第一部 ep.1 桜の下で
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名物保健医

 ホームルーム後、ざわめく生徒の中で担任が話を終える姿を横目に、遥のまわりには何人かの女子が集まっていた。姉の情報収集が目的の編入だといっても、友人を作らないつもりなどない。ガールズトークは楽しいし、クラスメイトもいい子たちばかりだ。女子高生らしく、彼女達の話題はもっぱら人気のある男子の話になって。


「あーバスケ部の松本君とか、岡本君とか」

「格好良いよね。あ、あとほら」


 一人が指し示したのは、ちょうど教室に入ってきた担任教師だった。

 穏やかな笑みを浮かべる真面目そうな、まだ若いこの担任ーー谷村貴史は、結構生徒に(主に女生徒だが)人気があるという。


「でもね、一番はやっぱり冴木先生よ」


 ユミを含む、まわりの女生徒が遥へ語った。


「谷村先生と同期なんだって。スッゴい格好いいの~」

「産休代理で来てる保健室の先生でね。冴木先生に看てもらいたいって、も~仮病続出。先生は相手にしないけど」

「クールなんだよね~!それがまたイイんだ」


 口々に出る彼の話題に、なんとなく遥は思う。


 さっきの人かな……。

 彼女達から聞いた容姿が当てはまって居るような気がする。確かに凄く……格好良かったし。


「高嶋、これ保健室に持っていってくれるかな?君の書類なんだけど…」

「はい、わかりました」


 担任の谷村が、プリントを差し出す。それを受けとって頷いた。隣の席の麻里が笑って言う。


「噂をすれば。見物してきてごらんよ、我が校の名物」

「名物……ね」


 しかしそんな可愛いものではないことを、数分後に彼女は実感することになった。



 保健室は一階の比較的に分かりやすい場所にある。

 ドアをノックすると、中からよく通る低い声が応じた。


「どうぞ」

「失礼します……」


 そこには遥が半ば予想していた通り、桜の木の下で助けてくれた、あの人がいた。

 彼は寄りかかるようにデスクに立ち、今は縁のない眼鏡をかけて本に目を落としている。長い睫毛が瞬きと共に動いた。サラサラと風に揺れる髪は少し明るい茶色で、けれど染めているわけでもなさそうな綺麗な色。遥もだが色素が薄いのかもしれない。その均整のとれたスタイルは白衣を着ていなければモデルのようだ。美しくて長い指がページをめくった。


 そこまで凝視して、見惚れてしまっていたことに気付いた遥は、ハッと我に返って彼に声を掛ける。


「え、と、冴木先生?これ、谷村先生に頼まれたんですが」


 プリントを渡そうと近づくと、冴木が目を上げて遥を見た。遥はなんとなく、ドキッとする。


 やっぱり、綺麗な人。ていうか、目力ありすぎ。遠くから見てる分には良いけど、ちょっと怖いかも……?


 先程よりじっくり見たことで、やはり彼が他人よりもかなり優れた容姿をしていることを改めて認識した。綺麗、がしっくりくる。イケメンなんて言葉では足りない。美形、だ。

 それでも、あの時に遥を抱きとめた腕の力強さは、確実に男性のもので。今のその視線の強さにも、異性を意識させる。遥は思わず気圧された。


「……あ」


 彼が呟いた。先程助けた少女だと気付いたのか、遥の手からプリントを受け取りながら口を開く。


「あんなところで何してたんだ?」


 この人、声までカッコいいんだ。艶のある、低いのによく通る声。高校の養護教諭がこんなにフェロモン全開で良いのだろうか。良くない。断じて良くない!

 彼の色気に当てられそうで、視線を逸らして。遥は一瞬迷い、口ごもる。


「え、と……」


 そんな彼女を見て、冴木が口の端で笑った。


「姉さんへ花でも手向けに行った?」


 冴木の言葉に遥は硬直した。一気に青ざめる。

 なぜ桜と遥の関係を知っているのか。離婚した両親にそれぞれ引き取られている彼女達は苗字が違う。母が事情を話したのはごく一部で、ここに通う知り合いも居ない。

 冴木は遥の顔色を見て、苦笑した。


「そんな怖い顔するなよ。養護教諭って立場上、各家庭環境は調べるし」


 デスクから離れた身体が遥に近づき、彼は遥の顔を覗き込んだ。その独特な色をした瞳が近づく。


「お前の姉さんはちょくちょく貧血で倒れては、保健室に運ばれてきてたんだ。お前はよく似てるよ」


 冴木の言葉に、遥は気を緩める。憧れの桜に似てると言われて、単純に嬉しかった。

 だけど桜は、体が弱かったのだろうか。記憶にある姉は明るくて優しくて……いけない。遥はもの思いに沈みそうな自分を現実へ引き戻す。目の前の養護教諭へと問いかけた。


「先生は姉と親しかったんですか?何か聞いてませんか」

「別に」


 不自然なほど間髪入れず、冴木は答える。


「そんなに親しくもなかったから」


 その目が伏せられ、遥と視線が合わない。それにひっかかりを覚えた。


 冴木センセイは、何か、隠してる?

 そういう勘は働く方だ。この人はーーうわべだけを見ても掴めない気がする。


「……本当のことを知りたいんです」


 真っ直ぐに見つめる遥の視線をかわすように、冴木はニヤリと笑った。


「俺のことならいくらでも、教えてあげるよ。ーー遥チャン?」


 その顔が、遥の顔に触れそうなほど近付く。 イタズラめいた光が浮かぶ瞳を間近に見つめてしまって。妙に艶っぽい雰囲気を感じて今度は大きく心臓が跳ねた。


ーーこのひと!

 ワザとだ。自分の魅力を充分わかっていて、それを効果的に使う技も心得ている。タチ悪い!

 一瞬絶句した遥は、次の瞬間真っ赤な顔で冴木を押しのけた。


「センセ、セクハラですよ……!」

「……くっ」


 すると冴木は笑い出し、遥の頭をポンポンと撫でた。


「そういうセリフは、まだまだ。あと5年くらい早いねぇ」


 完全にからかわれてる!

 遥は悔しくて恥ずかしくて、身を翻した。


「教室に、戻りますっ」


「……っ」


 ふと、遥のその手が、大きな男の手に掴まれた。咄嗟に振り払えないほどの強さ。


「え……?」


 振り返れば、真剣な顔をした冴木が、遥の腕を捕らえていた。


「……冴木センセ?」


 遥は恐る恐る、冴木を見上げる。その視線の意味を問いたくて、でも少し躊躇して。


「……っ」


 彼はハッとしたように手を離した。しかし気を取り直した様子で笑う。


「遥、お前俺の下僕……いやいや、保健委員になりなさい」

「は!?何でいきなり?私、今日転入したばかりですよ?というか今、下僕て言いましたよね……?」

「ハイ決定。谷村に言っておくからな」

「ちょ、ちょっと待っ……」


 有無を言わさず、一方的に冴木のペースに巻き込まれ、結局、遥は頻繁に保健室に出入りすることになってしまった。


 ……何故かそれが嫌だとは、思わなかったのだけれど。

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