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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 秘密の約束
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彼の部屋

 玲一の住むマンションは学校からそれほど遠くない場所にあった。

 いつも彼が生徒達に「せんせーのお家どこなの?」と聞かれ、曖昧にごまかしながら、ちょっとしつこい生徒には「電車で一時間くらい」と答えているのを聞いていた。確かに電車だと乗り換えもあって遠回りになるが、車なら20分もかからない。素直に教えないのが彼らしいと苦笑した。

 

 ちょっと緊張しながら足を踏み入れて、最初に感じたのはーー穏やかさ。

 白い家具が基調の、綺麗な部屋だった。シンプルで、物が少ない。だけどインテリアは凝っているのがわかる。ファブリックは深みのある色合いで、遥を落ち着かせる。センスのいい簡潔でスマートな、けれど無機質ではない重みのーー玲一らしい部屋。

 

 「座ってて」


 促されて、遠慮がちにリビングのソファに座った。

 キッチンに立って遥のために紅茶を入れてくれる彼の姿は、保健室からは想像できない。しかも、ちらりと見た手元はちゃんと茶葉の缶で、遥の母がよく購入してくれる彼女の好きな銘柄だ。


「あ、それ……」

「前に遥を送って行ったとき、お母さんが出してくれた。お前が美味しそうに飲んでたから」


 偶然かと思いきや、彼は分かっていたらしい。目元だけ緩めて笑う。


 何度か遥を送ったときに、彼は彼女の母親から幾度と無く家にあげてもらっている。玲一の容姿や落ち着いた態度はもちろん、桜の事件の際に遥を庇って怪我をした彼を、遥の母親は完全にヒーロー扱いしていて、『遥ちゃん、冴木先生って王子様みたいねっ』と含みのある笑顔で言われた時には、顔から火が出そうだった。絶対に母には二人の関係がバレている。親の立場なら咎めそうなものを、放っておいてくれるのは幸いだ。玲一も分かっていて母に接しているのだろう。母と話す時の彼は笑顔も爽やかさも三割増だ。

 とにかく、そのひとときで遥の好きなものまで把握していたのかと感心する。


「どーぞ」


 深い香りとほわりと湯気のたつ紅茶を受け取って、


「ありがとう」


 と、お礼を言って。控えめだが好奇心を隠せずに部屋を見回す遥に、玲一は苦笑した。


「今度からはひとりでも勝手に入ってきていいから。もうお前の部屋でもあるんだから緊張するなよ」


 今度は別の意味でドキッとした。

 

(どういう意味?)


 さらりと言われると、却って聞けない。遥は玲一が入れてくれた紅茶をひとくち。


「美味しい……」


 何でもできるんだな……と密かに感心する。器用っていうのは本当みたい。

 ふと気がつけば、隣に玲一が座って微笑みを浮かべて遥を見ていた。その優しいばかりの表情に、途端に心臓が跳ねる。


「な、なに?」


 どぎまぎと、遥は聞く。


「可愛いな、と思って」

「……っ!」


 不意打ちの攻撃に、遥は真っ赤になって言葉を失う。


(だ、誰ですか……?)


 いつもの彼なら、意地悪いくせに色気の溢れた、遥をからかう気全開の顔をするくせに。何だか玲一がいつもより優しくて無防備で、遥は落ち着かない。

 自室で気を許しているからか。学校では遥ですら時折感じる、薄い膜のような壁が無い。そう思えばいつもの玲一はやっぱり『先生』なんだなと思う。


「玲一、ヘンだよ」


 小さく言えば、玲一は笑った。


「さっきあんなに可愛いこと言っておいて、お預けくらわすからだろ」


 遥へ唇を寄せてキスしてくる。目を閉じてそれを受けながら、遥は先程のことを思い出した。


「ねぇ、私が試着室を出た時、女の人達がなんか言ってたよね」


『本当だ』とか何とか。玲一は、ああ、と答えて、笑った。


「逆ナンパされたからさ、『すみませんが、超美人のカノジョを待ってるんです』って断ったわけ」

「え」


 遥が驚いて玲一を見た。みるみるうちに顔が熱くなる。私なんか……と呟く声が聴こえて。


「綺麗なのは玲一だよ」


 玲一はこっそり溜め息をつく。

 水樹桜という桁違いの美人の姉がいた遥には、どうも自分がどれだけ男の目を惹くのか、分かっていない。しかももういない姉と比べたとしても、儚げで硬質な桜より、凛としているようでふわっと柔らかく笑う無防備な遥のほうが、男目線からみれば魅力的だ。


(まあ、自覚されても困るけど、警戒しないのもなあ……)


 実際一緒に外に出てみれば、遥に見とれたり、声を掛けようとした男共がかなり居たのだ。実行されなかったのは、ひとえに玲一が一分の隙もなくシャットアウトしていた成果。寄ろうとする男を一睨みで牽制し続けたせいで、目が疲れた。だいたい、玲一だって(これでも)かなり日頃セーブしてるつもりだ。本心では、誰の目にも触れさせたくない。

 赤い頬を両手で隠して俯く遥の、さらりと溢れた髪の隙間から覗くうなじに指先で触れた。びくん、とその身体が跳ねる。

 ああ、抱き締めたいな、とか。……彼女の無防備な姿を見るたびに思っているというのに。


「あ、そか。ここでは抑えなくていいんだっけ……」


 玲一の言葉に遥が「はい?」と聞き返す。その目がまんまるに見開かれていて、可愛い。とてつもなく可愛い。


「れ、玲一、それで遠慮してる方なの?」


 そこで、彼にいつもの笑みが上った。


「そうだよ。俺の本気、知りたくない?」


 ひどく魅惑的な表情で近付く恋人に、遥は必死で目を逸らす。


(ま、また始まった)


 どうしてこの人は、こう色気を振りまくの?

 いちいちそんなフェロモンを大売り出ししなくたって、彼の一言に一喜一憂させられているのに。もはや遥は涙目だ。それに釣られたように、さらさらと流れる遥の髪ごと彼女を抱きしめて、玲一は満たされる。遥がそうであるように。


「玲一、私、ここに居てもいいんだよね?」

「ここに、居ろよ……」


 耳元で囁かれる声が、甘くて、優しくて。

 遥は目を閉じた。

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