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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.3 秘密の約束
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初めてのデート

 放課後、学校から少し離れた公園で待ちあわせ、玲一の車に乗せられた。

 過呼吸騒動の時や、遅くなった時に何度か送ってもらったことはあるが、完全にプライベートなのは初めてで、なんだか後ろめたいような気恥ずかしいような思いで遥は助手席で控えめに座ってしまって。そんな彼女を見て、玲一は楽しそうに笑っていた。


 数十分のドライブはすぐに終わって、遥の自宅の最寄駅よりも数駅先の、大きな駅ビルのコインパーキングへ駐車した。まず玲一に誘われて、訳もわからないままにビルの中を連れられて、ショップで服を試着させられる。


「これと、これ、着てね」

「はい……て、どうしてサイズぴったりなのかは、聞かない方が良いんですよね、これ」


 にっこり返された微笑みが答えだ。遥のことで玲一に分からないことなんて無いに違いない。

 ここに来るまでに誰かに見られないかとドキドキしたけど、そもそも白衣を脱いで、ジャケットを羽織り、サングラスを掛けた玲一が教師だとは誰も思わないだろう。立つ姿勢も綺麗だし、モデルかと見間違ってしまうくらい。


 (うぅ……もうなんか倒れそう)


 学校できゃあきゃあ言う子達の気持ちが、よくわかる。とにかくビルに入った瞬間から、すれ違う女性にチラチラ見られたり、あからさまに視線を送られたりーーとにかく彼はモテる。


 (もうよくわかりました!……なんの拷問なのこれ)


 なんて考えてしまう遥は、自分が玲一につり合うのか不安になる。彼から見れば子供そのものだ。自分のどこがいいのかわからない。こうして彼が学校以外でもモテているのを見てしまえば、余計に。悩んでも仕方ないことだけれど。

 試着室を出ると五分と離れていないのに、もう玲一はOLらしき二人連れに声をかけられていた。


「また……」


 微妙に落ち込んで、遥は俯く。制服姿の彼女を連れていたって、彼は何度か声を掛けられていたのだ。制服の少女は妹だと思われたに違いない。独りにした途端、ここぞとばかりに寄って来たんだろう。けれど出てきた彼女に気付いて、玲一から近寄ってきた。


「顔、上げて遥」


 ……なんだか悔しいが、玲一が選んだワンピースだ。見てもらいたい。

 えいっと顔を上げれば、彼は一瞬目を見開いた。すると後ろで様子を窺っていたOL達が、

「本当だったんだ」「ほらあ」

 などと言い交わしているのが聞こえた。そして残念そうにすごすごとそこから離れて行く。なんだろう。入れ替わるようにショップの店員が寄って来るのが見えたが、玲一は頷いてそれを止めた。


「ヘンかな……?」


 じいっと向けられる視線に、遥は途端に自信がなくなる。


「似合う。うん、いいね。すみません、このまま着ていきます」


 玲一がニッコリと微笑み、遥を褒めた。店員を呼んでタグを切らせる。


「お似合いですよお!さすが彼氏さんのお見立てですね!」


 店員は感心したように言って、遥の制服を袋に入れてくれた。

 

(そっか、この格好なら“彼女”に見られるんだ……)


 鏡に映る自分の姿は、落ち着いた良いとこのお嬢さんみたいだ。淡い色味のきちんとしすぎず、カジュアルすぎない少し大人っぽいワンピース。今の遥でも無理せずに着られる。彼女に似合うものも、好みも良く分かっている上でのチョイスはさすが冴木玲一だ。


「あの、これ」

「プレゼント。俺のワガママだから。気にしなくていいよ」


 合わせた靴も、玲一が買ってくれた。遥が遠慮する暇など与えない。ならばせめて、目一杯の笑顔で「ありがとう」と伝えたら、彼は嬉しそうに頷いてくれて。


「たまにはこういうのも、楽しませて」

「こういうの?」

「色々着せるの。いつもは脱がしてるもんな~。ああでも、男が女に服を贈るのは脱がすためだって説が」

「れ、れいいちッ!!何てこと言ってるのよ!」


 悲鳴を上げかけて気付く。公共の場所だ!

 周りに聞かれないように咄嗟に声を抑えて、遥は真っ赤になって抗議する。店員は至近距離でばっちり聞こえたのか「あらごちそうさまでーす」と言って、ますます遥を赤面させた。そんな彼女を愉しげに眺めながら、お店の鏡を借りて玲一が遥の髪を纏めて留めてくれる。手慣れた仕草に、ちり、と嫉妬心がうずいた。


「上手だね」


 そう言えば、こんなショップを知っていたり、やたら慣れた様子なのは、今までも女の子に服を買ってあげたりしていたのだろうか。せっかく嬉しかった気分も、そこに気付いてしまったら急降下一直線で。


(嫉妬深いな、私。子供だから?)


 なるべく顔にも声に出ないようにしたけど、ふ、と玲一が笑う気配がしたから、きっと彼は気付いたのだと思う。


「ああ、姉貴のをよく手伝わされてたから。俺んち両親が早くに亡くなってて、俺は手先が器用だし。ここも姉貴によく付き合わされる店」


 知らなかった。店員もそれに頷いて「いつもありがとうございます」とにこやかに告げた。遥は息を吞んで俯く。


「ごめんなさい……」

「何が。別に普通だろ」


 さらりと玲一は流す。遥の手をさりげなく引いて、ショップから連れ出した。

 大人だなあ……。遥は戸惑いを隠すように、わざと明るく微笑む。


「お姉さんは、何してる人?」


 玲一の家族の話は、初めてで。興味を覚えて聞いてみる。彼はちょっと顔をしかめて口を開いた。


「あ~モデル。ファッション雑誌の。女優業もしてるみたいだけど」

「えっ!?」


 驚いた。彼の容姿からすればその姉も綺麗なことは間違いないだろうが、続いて聞いた玲一の姉が載っているという雑誌は、遥みたいな女子高生でも知ってる有名なものばかりだ。名前を聞いたけど、玲一は「そのうちね」と答えずに曖昧に笑う。


「お姉さんと似てる?」

「姉弟いるっていうと皆それ聞くよな。異性なんだからそんなに似てないよ。水瀬は『お姉さんの顔で、体温マイナス25度にしたら冴木のできあがり〜』って言うけど」


 玲一の答えに笑ってしまう。水瀬医師なら言いそうだ。


「玲一もやればいいのに、モデル。似合うよ」


 彼女がそう言えば、彼は苦笑する。


「性に合わない」


 そうかなあ。


「自信家で、他人を蹴落とすのにためらいがなくて、人に見られようが動じない。うん、ピッタリじゃない?」

「……遥ちゃんが俺を正確に理解しててくれて嬉しいよ」



 二人でカフェでコーヒーを買って、屋上庭園で景色を眺めながらのんびりする。

 憧れてた、普通のデート。相手が教師では、叶わないと思っていた。だけど今、玲一と遥は堂々と手をつないで歩いている。始終幸せそうに微笑む遥を見て、玲一は苦笑した。


「お前がこんなに喜ぶなら、もっと早くこういうデートをすべきだったね。悪かったな」


 遥は首を横に振った。


「ううん、今だって嬉しい。ありがとう」


 今までの関係に不満などなかった。……そう、思っていた。

 けれど、やっぱり心のどこかでは、淋しかったのかもしれない。当たり前のように、隠しもせずに人前で一緒に居られる恋人達が羨ましかったのかもしれない。

 

(それを気付かせてくれたのも、玲一なんだ)


「不思議。一年前まで、私の世界には桜ちゃんしかいなかった」


 遥は遠くを見ながら、亡くなった姉の名を出す。玲一は静かに遥を見つめている。

 

 桜が全てだった、あの頃。

 自分は純粋で、狭い箱の中に居た。幸せだったけど、愚かで。

 大切な人を知ろうともせず、与えられたものだけを信じて。

 そこにはなかったものが、ここにある。


「だけど今は、玲一がいる」


 いつもと違う場所、隠さなくても良い関係。いつもなら恥ずかしくて言えない言葉も、すんなり口にしてしまえる。玲一の肩にこつんと自分の頭をのせ、遥は呟く。


「好きよ、玲一……」



 しばらく沈黙が流れた。


(……?)


 長い長い静寂に、遥は怪訝な顔で恋人を見上げる。

 玲一は目を見開いたまま、遥を凝視していて。無意識なのか片手で口元を覆っていた。その頬が赤い。


 うそ。

 遥は目を丸くした。

 散々普段あんなことやこんなことをしてるくせに、こんな一言で、照れてる……?

 遥の視線に気付き、玲一は我に返ったように顔を背ける。だけどその耳も赤い。


(か……可愛い……!)


 およそ成人男性に似つかわしくない形容詞を思い浮かべてしまうが、玲一は顔の緩んだ遥を見て、彼女の思いに気付いたのか。わざとらしい咳払いと共に遥の額を小突いて反撃してくる。


「こら。部屋まで待てずに、ここで押し倒してもいいのか?」


 遥はぶんぶんと首を横に振った。昼日中、太陽が降り注ぐ駅ビルの屋上庭園だ。とんでもない。


(玲一なら本気でやりそう……!)


 そして二人は顔を見合わせてーー笑い、立ち上がる。手を取り合って歩き出した。


「さて、そろそろ行こうか」

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