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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.2 扉の向こう側
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扉の向こう側

 昼休みの廊下は生徒でごった返していたが、無表情でズンズンと歩く玲一の妙な迫力に、周りの生徒が思わず道を開ける。


 ど、どうしたんだろ。

 遥は他の生徒の手前、玲一を止めることができずただついていく。2年生の教室まで来ると、中をぐるりと見回してーーその瞳が細められた。滅多に来ない美形教師の来訪に、周りにいる女生徒がきゃあきゃと歓声を上げている。もう目立ち始めているここで下手に声はかけられず、遥はそれを黙って見ているしか無い。


「松本」


 玲一がよく通る声で彼を呼び、健吾と談笑していた拓海は、ビクリと顔を上げた。くい、と顎をあげて玲一がさりげなく拓海から視線を外す。

 

 「表に出ろ、ってか」


 健吾がほう、と面白そうに呟いた。拓海の顔が引きつる。


「拓海」


 健吾がポンと彼の肩を叩きーーそれはそれは良い笑顔で呟いた。


ってこい」

「健吾さん、本当に僕の親友ですか……」



 玲一は二人を振り返りもせずに歩いていく。その後を拓海と、少し離れて遥が追う。拓海がついてくるのを確信しているかのような態度がシャクで、彼はいっそ逃げ出してしまおうかと思った。……思った瞬間に、玲一が止まる。

 うわわ、読まれた?すみませんすみません!

 拓海は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

 気がつけば裏庭まで来ていて、そこにはもう枝ばかりの大きな桜の木がある。


 なんだろう。裏庭リンチ?もしかして、埋められる!?


「冴木、先生?」


 木の下で、拓海はおずおずと尋ねた。

 刹那――視界を何かがかすめて。運動部ゆえの反射神経か、考えるより先に体がそれを避けようとした。が、後ずさった足が桜の根につまづき……背中が木に当たる。


「玲一っ……」


 遥の悲鳴と。


 ヤバい、殺されるっ……。

 バアン――!


 と、鋭い音と共に、へたり込みかけた拓海の頭のすぐ脇の木の幹に――靴がめり込んだ。


「――ッ!!?」


 拓海も遥も絶句する。正しくは拓海は声も出なかった。つまり、完全にビビって。玲一は腕組みをしたまま、拓海の傍から、めり込ませた片足をゆっくり下げた。拓海はハッと我に返る。


 い、今の蹴り入れるってレベルじゃねぇ!完全に潰す気だった!!

 何を、とかどこを、なんて考えたくもない。とにかくヤバい。命の危機だ。

 半ばパニックになっている拓海の前で、玲一は彼を一瞥した。


「……で?お前は遥の為に何をしてやれるの」


 白衣の養護教諭は淡々と、問う。拓海は言葉が出ない。

 問われた意味も、その答えもーー何も。

 ーーふ、と玲一が冷笑した。


「じゃあまだお前にもやれないよ、出直してきな」


 その声は冷酷で、だけど瞳には遥への激情を秘めていて。

 ーー壮絶に、綺麗だった。

 そして心配そうに見守っていた遥へ手を差し伸べる。


「おいで」


 泣きそうな顔で遥が駆け寄ってきて、玲一へ抱きついた。


 ああ……。

 拓海はその姿にチクリと胸を刺される。


「かなわねぇな……」



 いつかのように、玲一は遥を抱き上げて保健室に連れ帰った。

 予鈴がなった後であったから、生徒には殆ど会わずに済んだし、見られても堂々とした冴木の態度と、顔を覆ったままの遥は、違和感なく見過ごされた。

 そう、遥は俯いて両手で顔を覆っている。

 保健室に入り、二人きりになれば、玲一は遥の腕を捕らえて顔を上げさせた。その目が赤く潤み、頬が上気している。


「何泣いてる」


 玲一が優しく聞いた。遥は小さく呟く。


「嬉しくて……」


 立場を考えもせずに行動したのは決して褒められることではない。教師である彼が、生徒に対して恫喝するのも。ーーでも。

 遥の為に、何をしてやれる?と。そんな言葉が出るのは、彼が遥のために何かをしたいと想ってくれているからだ。そして同じように彼女を大切にする男でなければ、スタートラインにすら立たせないと、はっきり意志表示した。

 それが、泣きたくなるほど嬉しかった。玲一はその言葉にキスをする。


「私を手放さないで、玲一」


 深く深く繰り返されるキスに、熱を帯びながら言う遥に、彼は微笑んだ。


「まだまだ、簡単には手放せないよ。俺が一番お前を愛してるうちはな」


 いつだって。欲しい言葉を返してくれる。

 ああ、玲一は私の全てを受け入れてくれる。それを知って遥は満ちたりていく。


「……うん」


 彼の存在を、想いを感じながら、遥は玲一を抱き締めたーー彼に抱き締められていた。



「……拓海」


 戻ってきた彼の顔を見て、健吾はにっこり微笑む。


「……ヘタ」

「うわああん!わかってる!わかってるから、俺の親友に戻ってくれ健吾!」


 拓海が泣きつくと、健吾はふぅ、とわざとらしく息を吐いた。


「……拓海」

「……なんだよぉ」

「少なくとも、扉の向こう側には行けたんだろ」


 見るだけだった、憧れてた、何も言えなかったーーその先へ。


「それだけで大した進歩じゃん」

「け、健吾……お前、詩人……!!」


 拓海は感極まった表情で顔を上げた。


「そうだよな……うん。俺進化してるよな?……よし、俺諦めねえ!!ありがとう健吾!」


 天を振り仰いで絶叫する拓海を見て、他のクラスメイトが健吾に言う。


「拓海また暴走してるけど。……健吾、何ニヤニヤしてんの」

「いや、まだまだ面白くなりそうだなって」



 保健室へとやってきた遥は、扉の前に立つ拓海に気付いた。


「……松本君?」


 拓海はビクッと振り向き、遥だとわかると顔を赤らめる。


「あ、高嶋さん」

「そんなところで何してるの?」

「いや、最強魔王に挑もうと……」


 真剣な顔で扉を睨む彼に、遥はつい笑みを零した。


「それは大変そうね。……ところで、私中に入りたいんだけど、そこいいかな」


 扉を塞ぐ拓海に問い掛ける。


「いや、待った。俺があける」


 彼はぎこちなく手をかけた。

 扉を開けた先には、机に寄りかかり、長い脚を組んで座る、美形。ふちの無い眼鏡の奥の瞳が、こちらを見た。途端に不機嫌な色を帯びるそれに、気圧される。


 ああ……既になんか色々イロイロ負けているような!

 早くも弱気な拓海であった。


「……何、松本。……殺されにきたの?」

「センセっ!」


 玲一の呟きに、拓海が青ざめ、遥が血相を変える。


「……冗談に決まってるだろ。俺も一応教師だよ」


 嘘だ!目が笑ってねぇ!!

 拓海は内心悲鳴を上げる。彼が決意したのはある意味、自殺行為だ。けれど、ここで引いたら負けだ――!


「おっ俺!保健委員やります!!」

「間に合ってまーす」


 玲一に瞬殺された。

 拓海はガックリと膝をつく。神様のバカ……。

 少年の落ち込みっぷりに、遥が気遣わしげに彼を見る。


「センセ、松本君が可哀想よ。こんなに保健委員やりたがってるのに」


 あああ、違う、違うんだよ、高嶋さん!だけど俺のことを気遣ってくれてるんだね!


「お前、Mだな」

「冴木先生は間違いなくドSッスよね……」


 今にも遥へ飛びつきそうな拓海に、玲一は冷ややかに言葉を投げた。と、何か思いついたのか、その瞳が意地悪く細められる。


「まあいいけど?つまりそれは、俺らが毎日こうしてるのを見ることになるけど」


 玲一が遥を引き寄せて、その腰を抱きかかえる。少女の頬が瞬時に真っ赤に染まった。


「ちょっと!玲一っ」

「このエロ教師ーーッ」


 それぞれの悲鳴を聞きながら、玲一はクスクスと愉しげに笑っていた……。

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