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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.2 扉の向こう側
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少年の恋

「何あれ!天使!?つうか、女神降臨……!?」


 転入生を見た、松本拓海の第一声が、これだった。


「あー、タクミまた変な妄想入っちゃった。おーい帰ってこーい」


 後ろの席に座る彼の親友、岡本健吾おかもとけんごが呆れ顔で言う。拓海は気にも留めずに天を仰いだ。


「あんな可愛い子が入ってくるなんて!神様ありがとう、俺はやるぜ!」

「うん、神様もお前に用意したつもりは無いだろうけどな」


 親友の冷静なツッコミなど全く耳に入らず、拓海はガッツポーズをして立ち上がる。


「そうと決まれば早速アピールしてくるぜ」

「うん、早めに砕けてきな。傷は浅いほうがいいしな?」


 ふふん、バカめ。俺だってやるときはやるんだ。

 勢いこんで、拓海は隣のクラスへ向かう。ちょうど転入生――高嶋遥が教室から出てきた。よしっ!


「あのさっ」


 うわずったかもしれない声はあえて気にしないことにした。遥が拓海を見上げる。その瞳に、思わずドキン、と胸が高鳴った。

 うわ、やっぱ可愛い!睫長い!髪サラサラ!


「はい?」


 軽く首を傾げて問う彼女の、可憐さに動揺する。近くに寄ったら、なんかいいにおいまでする。


「あ、あの……高瀬、いる?」

 俺のアホーッ!!


 頭の中はグルグルと回り、頬が熱い。何かもっと別のことを言いたかったのだが、結局は何も考えつかなかなった。遥は教室を一瞬振り返り、それから拓海を見上げてニコリと微笑む。


「さっき先生に呼ばれて職員室に行ったみたい」

「そ、そっか」


 言葉が続かず、拓海は視線を迷わせる。遥は拓海の困った様子を見て、更に続けた。


「戻ってきたら、あなたが来たことを伝えるね。ごめんなさい、名前を教えてくれる?」


 さらりと簡潔に答えて、しかも親切。彼女の頭の良さに少し驚き――ときめいちゃったり。それに名前を聞いてくれた。チャンスだ!ありがとう高瀬!部活が一緒なだけの、大した仲でもない奴と思って悪かったよ!!

 拓海が口を開いた時。


「あれぇ、どしたのお前~?」


 後ろから高瀬の声がかかった。タイミング悪く戻ってきたらしい。

 遥は「良かったね、じゃあ」と行ってしまった。


「高瀬……やっぱりお前は、カスほどにも俺の役にたたない奴なんだな……」


 ガックリと肩を落として、拓海は呟いた。


「はあ?それよりお前、高嶋さんと何話してたんだよ~」


 高瀬が聞いてくる。

 こいつも彼女に憧れてるのか!


「うっせぇ!何も話してねぇよ!!」


 そう、何も。何も話せなかった……。

 意気消沈したまま席に戻って来た拓海を見て、健吾がボソッと呟く。


「ヘタレ」


「うわあぁん!わかってるよ俺だって~!!誰か!俺に回復呪文かけて!ケ○ルして健吾!」


「無理。俺ドラ○エ派だから」


 親友にあっさりそう返されて、拓海は机に突っ伏した。


「拓海ぃ」

「……」

「アレ○ズ(そせい)のほうがいいんでない?」

「……」


 知ってるんじゃないか。

 しょっぱながソレで。気がつけばいつも彼女を目で追っていた。遥は転入生というだけでなく、その容姿はかなり人目を引くものであったし、なぜかいつも考えこむような様子で、キャッキャと騒ぐ他の女子とは違って見えた。背筋を伸ばして凛と歩く姿も綺麗で。

 そもそも松本拓海は、そこそこ女子に人気のある男子生徒だ。バスケ部では異例の、一年生からのレギュラーだし、勉強も出来ないほうではない。加えて男子とも女子とも屈託なく話すほうで、友達もそれなりに多い。



 そんな彼が、人生で初めて、綺麗だなと思ったのが遥だった。それなりに可愛い子や、付き合った子だっていたけれど。高嶋遥は特別に見えた。

なのになあ……。


あの日、見てしまった。


その日の放課後は、拓海が宿題のプリントを忘れ、教室へと戻ってきたのだった。

テスト前週間で部活もないため、もう誰もいない。静かな廊下を足早に歩いていると、かすかに話し声が聞こえた。


「……?」


 階段を見上げれば女生徒が上の階へと上がるところだった。その横顔を見れば確かに高嶋遥で、拓海は思わず後を追う。

 ラッキー!一緒に、帰ろうとか言ってみよーかな。

 そんな軽い気持ちだった。

 拓海が上階に着いたとき、遥は視聴覚室に入るところだった。誰かに手を引かれているようだ。教室に近づけば、ボソボソと遥らしき女子の声と、低い男の声がする。


 あれ……他にもだれかいる?

 堂々と開けて入る勇気がなく、つい拓海は小さく扉を開けた。

 そして目を疑った。机に座った遥と、彼女にキスする男。相手は生徒ではない。

 白衣を着た大人の男――養護教諭の冴木玲一だった。


 え……えーーっ!?


 拓海は自分の目をこすってみる。

 やべー俺ついに幻覚を……。いやいやまさか高嶋さんと教師って。


 しかし目の前の光景は、消えたりはしない。

 遥の髪をサラサラと弄びながら、玲一が彼女を机の上に押し倒す。彼の手が遥の頬に触れた。


「遥」


 呼び慣れた様子で玲一が遥の名を呼ぶ。


「玲一……」


 遥も呼び返して玲一へ手を伸ばす。

 その光景を目の当たりにした拓海は、慌てて後ずさり、逃げるように立ち去ってしまった。


 今俺は何を見たんだ?

 何で冴木?もっとよく見とけば良かった…じゃない!てことはあいつら、付き合ってんの?


 そして遥の気を引きたくて、くやしくて、あんなことを言ってしまったのだ。拓海は頭を抱える。


「俺最低!?だけどあんなに綺麗で可愛くて巨乳が、全部他の男のものなんてっ!!ていうかもしやあの巨乳は冴木の手によるものなのかっ!!羨まし……いや許すまじ!」

「拓海、また妄想の海に……。おーい誰か国語辞典持ってきて」


 健吾がクラスメイトから借り受けた辞書を、拓海の頭に落とした。


「ギャー!!痛ってぇっ!」

「拓海、お前下ネタオヤジ臭い」

「うわ、居たのかよ、健吾。てか引っかかるところ、そこですか」


 後ろから冷静に言う親友に、また驚かされる。


「……そうか。高嶋さんて冴木先生と付き合ってんだ」


 彼はしっかりと拓海の言葉を聞いていたらしい。


「あ」


 喋らないって約束。破っちゃった。まあ、健吾だから。

 遥と話した内容を健吾に報告すると、親友は呆れて言った。


「完璧脅迫じゃん。お前、高嶋さん困らせてどうすんの」

「う……仰る通りで…」

「バカ。マヌケ。考えなし。ヘタレ。ゲームオタク。サバの味噌煮」

「……健吾さん、後半おかしくないッスか」

「うるせー、俺の嫌いなもんだ」


 拓海はうなだれた。健吾は更に続ける。


「中途半端なことしやがって。

どうせなら『バラされたくなかったら俺の奴隷になりな』くらい言ってこい」

「……あの、健吾さん?」


思わぬ方向に、拓海の顔が引きつった。


「んで、冴木先生に一撃粉砕されてこい。俺の予想だとあの人笑顔で人潰すタイプだな。骨は拾ってやるからな」


「……健吾くん、僕の親友だよね?」

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