少年の恋
「何あれ!天使!?つうか、女神降臨……!?」
転入生を見た、松本拓海の第一声が、これだった。
「あー、タクミまた変な妄想入っちゃった。おーい帰ってこーい」
後ろの席に座る彼の親友、岡本健吾が呆れ顔で言う。拓海は気にも留めずに天を仰いだ。
「あんな可愛い子が入ってくるなんて!神様ありがとう、俺はやるぜ!」
「うん、神様もお前に用意したつもりは無いだろうけどな」
親友の冷静なツッコミなど全く耳に入らず、拓海はガッツポーズをして立ち上がる。
「そうと決まれば早速アピールしてくるぜ」
「うん、早めに砕けてきな。傷は浅いほうがいいしな?」
ふふん、バカめ。俺だってやるときはやるんだ。
勢いこんで、拓海は隣のクラスへ向かう。ちょうど転入生――高嶋遥が教室から出てきた。よしっ!
「あのさっ」
うわずったかもしれない声はあえて気にしないことにした。遥が拓海を見上げる。その瞳に、思わずドキン、と胸が高鳴った。
うわ、やっぱ可愛い!睫長い!髪サラサラ!
「はい?」
軽く首を傾げて問う彼女の、可憐さに動揺する。近くに寄ったら、なんかいいにおいまでする。
「あ、あの……高瀬、いる?」
俺のアホーッ!!
頭の中はグルグルと回り、頬が熱い。何かもっと別のことを言いたかったのだが、結局は何も考えつかなかなった。遥は教室を一瞬振り返り、それから拓海を見上げてニコリと微笑む。
「さっき先生に呼ばれて職員室に行ったみたい」
「そ、そっか」
言葉が続かず、拓海は視線を迷わせる。遥は拓海の困った様子を見て、更に続けた。
「戻ってきたら、あなたが来たことを伝えるね。ごめんなさい、名前を教えてくれる?」
さらりと簡潔に答えて、しかも親切。彼女の頭の良さに少し驚き――ときめいちゃったり。それに名前を聞いてくれた。チャンスだ!ありがとう高瀬!部活が一緒なだけの、大した仲でもない奴と思って悪かったよ!!
拓海が口を開いた時。
「あれぇ、どしたのお前~?」
後ろから高瀬の声がかかった。タイミング悪く戻ってきたらしい。
遥は「良かったね、じゃあ」と行ってしまった。
「高瀬……やっぱりお前は、カスほどにも俺の役にたたない奴なんだな……」
ガックリと肩を落として、拓海は呟いた。
「はあ?それよりお前、高嶋さんと何話してたんだよ~」
高瀬が聞いてくる。
こいつも彼女に憧れてるのか!
「うっせぇ!何も話してねぇよ!!」
そう、何も。何も話せなかった……。
意気消沈したまま席に戻って来た拓海を見て、健吾がボソッと呟く。
「ヘタレ」
「うわあぁん!わかってるよ俺だって~!!誰か!俺に回復呪文かけて!ケ○ルして健吾!」
「無理。俺ドラ○エ派だから」
親友にあっさりそう返されて、拓海は机に突っ伏した。
「拓海ぃ」
「……」
「アレ○ズ(そせい)のほうがいいんでない?」
「……」
知ってるんじゃないか。
しょっぱながソレで。気がつけばいつも彼女を目で追っていた。遥は転入生というだけでなく、その容姿はかなり人目を引くものであったし、なぜかいつも考えこむような様子で、キャッキャと騒ぐ他の女子とは違って見えた。背筋を伸ばして凛と歩く姿も綺麗で。
そもそも松本拓海は、そこそこ女子に人気のある男子生徒だ。バスケ部では異例の、一年生からのレギュラーだし、勉強も出来ないほうではない。加えて男子とも女子とも屈託なく話すほうで、友達もそれなりに多い。
そんな彼が、人生で初めて、綺麗だなと思ったのが遥だった。それなりに可愛い子や、付き合った子だっていたけれど。高嶋遥は特別に見えた。
なのになあ……。
あの日、見てしまった。
その日の放課後は、拓海が宿題のプリントを忘れ、教室へと戻ってきたのだった。
テスト前週間で部活もないため、もう誰もいない。静かな廊下を足早に歩いていると、かすかに話し声が聞こえた。
「……?」
階段を見上げれば女生徒が上の階へと上がるところだった。その横顔を見れば確かに高嶋遥で、拓海は思わず後を追う。
ラッキー!一緒に、帰ろうとか言ってみよーかな。
そんな軽い気持ちだった。
拓海が上階に着いたとき、遥は視聴覚室に入るところだった。誰かに手を引かれているようだ。教室に近づけば、ボソボソと遥らしき女子の声と、低い男の声がする。
あれ……他にもだれかいる?
堂々と開けて入る勇気がなく、つい拓海は小さく扉を開けた。
そして目を疑った。机に座った遥と、彼女にキスする男。相手は生徒ではない。
白衣を着た大人の男――養護教諭の冴木玲一だった。
え……えーーっ!?
拓海は自分の目をこすってみる。
やべー俺ついに幻覚を……。いやいやまさか高嶋さんと教師って。
しかし目の前の光景は、消えたりはしない。
遥の髪をサラサラと弄びながら、玲一が彼女を机の上に押し倒す。彼の手が遥の頬に触れた。
「遥」
呼び慣れた様子で玲一が遥の名を呼ぶ。
「玲一……」
遥も呼び返して玲一へ手を伸ばす。
その光景を目の当たりにした拓海は、慌てて後ずさり、逃げるように立ち去ってしまった。
今俺は何を見たんだ?
何で冴木?もっとよく見とけば良かった…じゃない!てことはあいつら、付き合ってんの?
そして遥の気を引きたくて、くやしくて、あんなことを言ってしまったのだ。拓海は頭を抱える。
「俺最低!?だけどあんなに綺麗で可愛くて巨乳が、全部他の男のものなんてっ!!ていうかもしやあの巨乳は冴木の手によるものなのかっ!!羨まし……いや許すまじ!」
「拓海、また妄想の海に……。おーい誰か国語辞典持ってきて」
健吾がクラスメイトから借り受けた辞書を、拓海の頭に落とした。
「ギャー!!痛ってぇっ!」
「拓海、お前下ネタオヤジ臭い」
「うわ、居たのかよ、健吾。てか引っかかるところ、そこですか」
後ろから冷静に言う親友に、また驚かされる。
「……そうか。高嶋さんて冴木先生と付き合ってんだ」
彼はしっかりと拓海の言葉を聞いていたらしい。
「あ」
喋らないって約束。破っちゃった。まあ、健吾だから。
遥と話した内容を健吾に報告すると、親友は呆れて言った。
「完璧脅迫じゃん。お前、高嶋さん困らせてどうすんの」
「う……仰る通りで…」
「バカ。マヌケ。考えなし。ヘタレ。ゲームオタク。サバの味噌煮」
「……健吾さん、後半おかしくないッスか」
「うるせー、俺の嫌いなもんだ」
拓海はうなだれた。健吾は更に続ける。
「中途半端なことしやがって。
どうせなら『バラされたくなかったら俺の奴隷になりな』くらい言ってこい」
「……あの、健吾さん?」
思わぬ方向に、拓海の顔が引きつった。
「んで、冴木先生に一撃粉砕されてこい。俺の予想だとあの人笑顔で人潰すタイプだな。骨は拾ってやるからな」
「……健吾くん、僕の親友だよね?」




