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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.2 扉の向こう側
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脅迫?

 二人きり。

 放課後の誰もいなくなった廊下を、玲一が遥の手を引いて歩く。


「どこいくの……?」


 遥が不安げに問うが、玲一は答えない。

 人の気配はないものの、こんな風に手を繋いでも良いのだろうか。泉学園の廊下には監視カメラがいくつもあるのに、玲一はまるでカメラの死角を知っているかのように通路を選んでいた。


「先生……?」


 そうしているうちに階段をいくつか上がり、遥は自分がどこに向かっているのかに気付く。


「やだ……先生、行きたくない」


 震える唇で、遥は拒否した。玲一の手を振り払おうとするが、彼は遥の手を強く引く。足を止めない。


「やだ、嫌だってば!」

 先生、何で!?


 玲一は無表情で、何を考えているのかわからない。こんなことは初めてだ。


 とうとうあの教室の扉の前まで来てしまった。扉を玲一が開け、遥を振り返った。静かな瞳が遥を見据える。


「ここで、お前の姉は死にたくなるようなことをされた。お前も」


 遥は強く目を瞑る。

 掴まれた腕の感触。背中に当たる固い床。嘲笑う声。玲一に助けられなかったら、どうなっていたか。ひとつも思い出したくない。忘れたい。

 玲一が中に入った。遥を振り返る。


「……だけど、俺が初めてお前にキスしたのも、初めてお前を抱いたのも、ここだよ、遥」


 遥は目を見開いた。


「そうは思えない?忘れたくなるような記憶か?遥」


 玲一の瞳は静かだ。どこか、哀しんでいるような色をしていた。


「忘れたくなる記憶にするなよ。お前の息を止めるほどの辛い記憶にするな」


 遥の目に涙が浮かんだ。何かを言いかけてーー何を言ったら良いか分からない。 けれど彼が、遥の為にそこに居てくれるのは分かった。

 一瞬だけギュッと目を瞑り、彼女は足を踏み出して教室の中へと入る。


 怖い、怖いけど。今はもっと大事なことがある。


 一歩入ったら、もうそのまま玲一に駆け寄り、彼に縋り付いた。遥は精いっぱい背伸びをして、長身の玲一の首を抱き締める。


「ごめんなさい……」

 ……私は彼を、傷つけてた。


 ポロポロと涙を零し、遥は謝り続ける。玲一は遥を強く抱き締め返した。その背を優しく撫でる。彼女が落ち着くまでずっとそうしているつもりで。

 やがて身を離し、遥が玲一の目を覗き込んだ。そっとキスをして、囁く。


「して?」


 小さな声は、涙と同じようにぽろりと溢れて。

 一瞬玲一は何を言われたのかわからない。


「ここでもう一度、して」

「遥」


 初めて遥から、玲一を誘ったことに、彼は驚いた。

 しかしこの場所にトラウマを抱えた彼女が、どれほどの覚悟を持ってそう言ったかを思い、心底愛おしく感じる。


「愛してるよ、遥」


 彼女の耳元で囁く。遥の睫が震えた。その瞼にキスして、玲一は遥の肌を唇でたどる。制服のブラウスのボタンを外し、指を潜り込ませれば、指先に遥の鼓動が伝わってきた。


「すっげ、速い……」


 玲一は今更ながら、彼女が生きてることに涙が出そうなほど安堵する。その温もりに縋るように、遥が玲一の首筋にキスをした。


「冴木センセ……」


 潤んだ瞳で見上げれば、彼は目を細めて、


「玲一、だろ。……呼べよ、遥」


 遥の耳元で囁く。玲一の、そのあまりに妖艶で綺麗な表情に遥は逆らえない。


「……れ、いち……玲一……っ」


 手を伸ばして。応えてくれるその唯一人を夢中で呼んだ。


「玲一……好き」


 それを聞いて彼は優しく微笑み、


「知ってる」


 彼女へキスをした。



 それから数日後、遥は一人で四階への階段を上がっていた。脚が震えることもなく、呼吸が止まることもない。


「よしっ」


 上がりきったところで、彼女は息をつく。玲一の“リハビリ”は大分効果があるようだ。


 本当に玲一のおかげ……よね。

 ふとそう考えて、遥は頬を染める。つまり、すんなり下の名前が呼べるほど、あのやりとりが何度も繰り返されたということで……。

 耳元に甦る、甘い声。力強い、腕。見下ろす艶の滲む瞳ーーって、うわーっ!!

 顔が真っ赤になるのを自覚して、慌てて遥は頬を押さえる。


「うぅ……私ヤバいかも」


 まるで完全に危ない人だ。仕方ない。彼氏が規格外過ぎるのがよくない。そう思って、ふと思ってしまう。

 玲一は平気なのかな。大人だし、モテるし、いつだって余裕って感じだもんね……。何だか悔しい。優しさも、想っていてくれるのも感じるけれど。私ばっかりドキドキさせられてるような……。


 そこまで考えた時、遥は目の前に誰かが立っていることに気付く。顔を上げると、男子生徒が立っていた。見たことのある生徒だから、おそらく同級生だろう。その男子生徒が口を開いた。


「あんた、保健医の冴木と付き合ってんの?」


「……」


 唐突に核心に迫られ、ギクリとする。が、遥は表情を崩さない。


「……何のこと?」


 保健室に頻繁に出入りしていることで、この手の詮索をされることはある。下手に反応してはいけない。……しらばっくれよう、うん。

 ところが相手は引き下がらなかった。


「この先の視聴覚室で冴木とヤッてたよな」


「……っ!」


 今度は明らかに血の気が引くのを感じた。

 見られた――?

 遥は動揺を抑えきれず、声が震える。


「……あなたに、関係ない」


 彼女が睨みつければ、少し怯んだのか、彼は早口で言った。


「俺、隣のクラスの松本拓海。別に言いふらそうとか思ってねーよ」


 ……ほんとかな。

 思い切り疑いの目をすれば、拓海は遥から目をそらす。それがやましいことを考えていますと白状しているようなもので、遥はますます警戒を込めて彼を見た。

 その目に気圧されて、拓海は一番まずい言葉を口走ってしまう。


「そのかわり、俺と付き合ってよ」

「嫌」

「……即答ッスか」


 反射的に出た遥の否に、拓海が傷ついたような顔をした。


「だって嫌だもの。ていうか、無理。意味不明」

「うわ……全否定ッスか……」


 清楚可憐な外見の割りに、遥は結構、容赦無い。しかも彼の発言は、彼女の警戒レベルをMAXまで引き上げてしまったようだ。もはや虫けらを見る目だ。

 遥がガックリと肩を落とす拓海の横をすり抜けようとすると、腕を掴まれた。


「ちょ、高嶋さん、ちょっと待って」


 その手に、


「――!」


 途端に恐怖が蘇る。


「――嫌っ……!!」


 遥の顔色は一瞬で蒼白になり、悲鳴まじりに相手を拒絶する。彼女の剣幕に驚き、拓海は手を離した。何かしたかと顔色をうかがってくる。息を大きく吐いて、少女は男子生徒との距離を取った。


「……わかるでしょ?私、彼以外には触れないの。……ごめんなさい」


 遥は彼の表情を見ずに身を翻し、足早にそこから立ち去った。その場に一人残され、拓海は呟く。


「え。何……ツンデレとかそういうアレ?未だに流行ってんの?てか俺フラれたのコレ」


 ペラペラと流れる独り言に誰も答える筈もなく。


「……んだよ~」



 拓海はいつまでも遥の消えた先を、目で追っていた――。

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