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保健室の恋人  作者: 実月アヤ
ep.2 扉の向こう側
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気掛かり

 その日の放課後、病院に行くという玲一に、遥も一緒についてきた。怪我をした時に玲一が運ばれた大学病院で、彼の元勤務先でもあるという。

 外からは真っ白で大きく、厳粛な建物であるそこは、一歩入った途端その雰囲気ぶちこわしの黄色い歓声で騒がしくなった。


「きゃ~冴木先生っ。お久しぶりです~」

「もう、戻られないんですかあ。私達待ってるのにー」

「何ならプライベートで呑みに行きましょうよお」


 看護師達の懇願と甘いお誘い混じりの言葉に、玲一は冷静に「どーも」と返すのみ。その淡白な反応に、アプローチしようとした女性たちは玲一の隣を歩く遥に気がついて、驚きに目を見張る。彼女たちの嫉妬混じりの視線を浴びて、遥は思わず一歩下がってしまった。近くに居た若い看護師が同僚と頬を染めて言う。


「冴木先生と水瀬先生が揃えば、もう最高なのに~」


「僕がどうかしました?」


 柔らかい声が掛けられる。 医師の水瀬陸(ミナセリク)だ。

 玲一とは高校の時の同級生で、腐れ縁の友人らしい。こちらもかなり端正な甘い顔立ちの若い男性で、そこに居並ぶ看護師達へ甘い微笑みを浮かべる。


「こらこら。患者さん達がお待ちですよ。君たちが居ないと困ってしまいますから、お願いしますね」


 は~い、とハートがいくつもついたような返事をして、看護師達は仕事へ戻って行く。極上の笑顔のまま、水瀬が呟いた。


「……ったく。俺様という天からの贈り物的なイケメンを毎日拝めるだけで、満足してろってんだよ」

「お前、相変わらずイイ性格してるよな」


 玲一は呆れ顔で称した。このイケメン医師は二重人格といっても良いくらいの外面の良さなのだ。水瀬はふと遥に目を向ける。


「あれ?冴木の彼女ちゃん。冴木の退院以来だね」

「こんにちは」


 遥は頭を下げた。水瀬がにこにこと言う。


「いや~女子高生っていうから、冴木ってばロリコンかよ、とか内心ドン引きしたけど、君みたいな子なら全然アリだよね。どう、俺に乗り換えてみない?君のためなら喜んで犯罪者になるよ」

「え、え、あの」

「大丈夫、大丈夫。俺、夜の診察も大得意よ。何ならそこの空き部屋で試してみる?」

「……お前のボキャブラリーには問題発言しかないのか……」


 目を丸くする遥に、玲一が水瀬を睨んだ。


「いやだなあ。冗談だよ、冴木」

「ならその手を離せ。オペ出来ないようにされたいの?」


 玲一の顔を見て笑顔の固まった水瀬は、遥の両手を握りしめていた手を離す。玲一は廊下に備え付けてあった消毒用アルコールを遥の手に吹きかけた。水瀬が「なにそれヒドイ」と呟いたのはもちろん無視だ。


「あ、あのところで、何で今日は病院に?冴木先生の怪我は治ったんじゃ……」


 不穏な空気を振り払おうと、遥は慌てて聞いた。水瀬が手をヒラヒラと振って、遥に答える。


「あ~大丈夫、大丈夫。むしろ冴木は肺を心配するべきだよね」


 え、と遥が聞く。聡い彼女はその意味をきちんと読み取ったのだが。


「先生、煙草吸うの?」


 遥が驚いたように玲一に問いかけるのを聞いて、水瀬がニヤニヤと笑い出す。


「へぇ、遥ちゃん知らなかったんだ?」


 完全にからかいネタを見つけたといった顔で玲一を見る水瀬に、彼はさらりと微笑んで口を開く。


「頭の診察が必要なのはお前だよな、水瀬。俺が開頭してやるよ」

「冴木、脳外科じゃなかったよね……」

「言っておくけど、お前より上手いよ」

「知ってますよ!だが断る!」


 二人のやりとりは気心知れた友人であるからだと気付いて、遥はクスクスと笑って。それから最初の質問を思い出す。玲一の体調がどうこうで病院に来たわけではないなら、何の用事なのだろう。

 玲一は曖昧に笑って、友人を指し示す。


「今日は水瀬に、俺の個人的な用事。遥、飲み物買ってきてくれる?」


 暗に席を外せと言われたのを正しく理解し、遥は控えめな笑顔で頷いた。



「……どう、思う」


 彼女が充分に離れてから、玲一が水瀬に問う。問われた彼は先程とは打って変わった真剣な顔で、遥が消えた方向を見ていた。


「んー……精神的なことは専門外だけど、やっぱり気になるね。アンバランスっていうか。俺が手を握った時、かなりビクッとしてたし」


 玲一は溜め息をついた。


「お前でもそう思うか」

「でも、冴木の見舞いに来てたときよりかなり落ち着いたんじゃないの。……大事にしてるんだね」


 今日水瀬を訪ねたのは、玲一自身が彼に用事だったわけではなかった。彼女にそうとは知らせずに、水瀬に遥を診察させるためだ。

 水樹桜ーー遥の姉の死の真相が明らかになったあの事件は落ち着いたが、玲一はその後からずっと、遥の精神的なダメージを心配していたのだ。最初から彼女は同年代の生徒よりも落ち着いてはいたが、ごく稀に感情を持て余しているような姿があったり、物憂げにじっとしていたり。美少女のそれはそれで大変目の保養にはなったがーー何度か繰り返されていることに気付いて心配になった。


「大事にしてる、って?」


 玲一は何が、と目で問い掛ける。水瀬はふ、と笑顔を見せた。


「遥ちゃんが気付かないくらい、彼女の前で煙草を吸ってないってことだろ。ヘビースモーカーだったくせに」

「まあ、あいつの制服に香りが移って、校長あたりにバレると面倒だしな……」


 このご時世、彼の職場では煙草を吸っている人間はごくわずかだ。品行方正な彼女自身の喫煙が疑われるよりも、頻繁に出入りしている保健室の主との噂の方が先に立つだろう。答える玲一に、水瀬は可笑しそうに笑う。

 彼の知る冴木玲一は、面倒臭いことが嫌いで、周りに興味を示さない、淡々と生きていたーー生きようとしていた男だったから。


 ……すっかりハマっちゃって。いい傾向じゃないか。

 彼を変えた少女には、興味を引かれた。それがとても綺麗な子だったから余計に。そして話してみて、その無垢さに苦笑した。

 ああ、冴木みたいな悪い男に捕まっちゃって。可哀想に。きっと君を苛めて、からかって、ドロドロに甘やかして、とことん愛し抜くだろうね。

 そう言ったら、遥がすべてを受け入れるように穏やかな瞳で微笑んだのも、水瀬にとっては好印象だった。


「そういう面倒な手間かけても、遥ちゃんと一緒に居たいわけだろ?……そういうお前がついてれば、大丈夫なんじゃないの。後は保健室でケアしてよ、先生?」


 水瀬の言葉に、玲一はしっかりと頷いた。

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