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死神が死ぬ夜

作者: メガネ

 

 暗い廊下、ゆっくりと歩く影。人影は細身で肩幅が広く、男だと分かる。

 

 コツ、コツ、コツ。

 

 人影は靴音を鳴らし、ゆっくりと歩く。そのリズムは一切乱れがなく、まるで機械のように正確だ。


 コツ、コツ、コツ。


 通路を歩く先に待つものは死。にも関わらず、その足音は無機質で一定だ。死を振りまく死神のごとく。死のメロディのように。

 

 コツ、コツン。

 

 その歩みも終わりを迎える。旋律のすえにたどり着いたドア。その前で死神はピタリと止まり、 取っ手に手をかけ扉をスライドさせる。


 中の部屋は診察室なのだろう。暗がりの中でうっすらと輪郭ふぁ浮かび上がる。室内にはいすが二つと机、診察用のベッドが一つ備えられていた。すべて何の変哲もない備品だが、所々にさびや黄ばんだ部分が見られる。そんな殺風景な部屋に、目新しいものがひとつ。ベッドの上にある大きな膨らみだ。盛り上がっている位置は肩と腰を連想させ、そのシルエットは人間だとうかがえる。


 死神がドアを開いたときのかすかな音に気づいたのか、膨らみは動きをみせる。死神もその挙動に気づき、声をかける。


「ああ、起きてたのか」


 死神なのだから感情など存在しないだろう、そう予想できた彼の声には、 かすかではあるが予想に反した優しげな声音が感じ取れた。


 膨らみの主は体を動かし、死神を正面に見すえる。起き上がることなく、寝たままの姿勢で視界にとらえる。言葉を発する。その物言いはゆったりとしていて、不自然なほど遅い。


「清くん・・ここは・・どこ?」


 清、それが死神の名前なのだろう。名前を呼ばれた男はその問いに答える。


「ここは捨てられた病院の診察室だよ。麻子には少し、薬で眠ってもらったんだ」


 いくつかの情報が汲み取れる。ベッドの主は麻子。場所は廃病院。


「ええー、薬って・・なんでそんなこと・・だからこんなに体が動かないのか。しゃべるのも・・しんどいし」


 どうやら彼女の話すスピードは、薬のせいで遅いようだ。


「いや、麻子の話しかたが遅いのは元々でしょ。のんびり屋さんだからね」


 どうやらそうでもないらしい。


「うわー、起きてすぐに冷たい言葉かけられたー・・、もういいもん、ふて寝する」


 そう言って麻子は壁のほうに寝返りをうち、口をつぐむ。


「麻子。この前27になったのに、いつまでも子供みたいな振る舞いはどうかと思うよ」


 彼はため息をつき、麻子を諭す。しかしその面持ちは、叱咤するつもりはなく優しげな微笑を浮かべている。 いつも通り、といったその面持ちから、二人は長い付き合いだと伺える。

それでも麻子はそっぽ、もとい体をむこうに向けたまま、動きを見せない。


「麻子」


 何も言わず名前だけ呼ぶ。二度目は素直に従う、お決まりのやり取りなのだろう。麻子はその一言だけで、素直に応じる。


「はーい」


 頬を少し膨らませながらも、 体を元の方向に戻す。さきほどのふて寝をする拗ねかたもそうだが、彼女の振る舞いは幼い。しかしその仕草は27という年齢にしてはなかなか様になっている。おそらく彼女の口調や性格と、幼さを残した外見、低めの身長が大きな理由だろう。


「まず拗ねる前に、なんで薬を使ってまで眠らせたか。それを聞くべきだと思うんだけどなあ」


 その言葉を耳にし、麻子は首をかしげる。


「え? それは・・清くんがお医者さんだから・・でしょ?」


「いや、たしかに僕は医者だから薬を簡単に入手できるよ。でも、それが動機にはならないでしょ」


「あー・・たしかに」


「おかしいな。薬の効果は筋肉の弛緩だから、思考にまで影響しないはずなんだけどなあ。麻子の将来が心配だよ」


「むうー、またそうやっていじめるんだから。・・まるで私が元からノロマみたいな言い方する」


 どうやら話す速度だけでなく、頭の回転も元から良くないようだ。


「僕はそんなこと、一言もいってないけどね」


 言外にノロマだと言っているようなものだ。いつも通りのやりとりなのか、二人は笑顔で見つめあう。死神は話題を変える。


「麻子はいつまでたっても相変わらずだね。最初に会った時のこと、覚えてるかい?」


「もちろん。初めて会ったとき、『極楽坂』って不思議な苗字の人だなー・・って思ったもん」


「確かに。僕の苗字は珍しいからね」


「そうだよー・・そういえば清くんと会ってから、もうすぐ10年になるね」


「早いな、もう10年か。あの時僕は大学の2回生。麻子は高校3年生だったか」


「そうそう、会って一ヶ月で付き合い始めたから、同好会のみんなもすごい清くんをイジッてたよねー」


「あれはひどかった。新入りが女子高生に手を出した、ってみんなが騒ぎ出したからね」


「そうそう、特に・・男の人たちが怒ってたよね。ふふっ」


「同好会か・・最近は顔を出してないな。顔見知りのメンバーも減ったしなあ」


「そう・・だね。それはまあ、目的が安楽死(・・・)の同好会だもん。半分は亡くなっちゃって、半分はあきらめたもんね」


「そうだね。麻子は僕より三年早くあの同好会にいたから、色んな人たちに助けてもらってきたんだろうね」


「うん・・メンバーのみんなが、せめて高校を出てから死ぬかどうか決めろってうるさかったよ」


 麻子の言葉にうなずき、同調する。


「死ぬために集まったくせに、妙に律儀なやつが多かったからね。そう、特に会長だ」


「そうそう、会長! 私より前にいて・・今も現役なのって会長だけだよね?」


「うん、会長が一番の古株だ。会長・・あの人、10年経ってもほとんど外見が変わってないんだけど、一体何歳なんだろう?」


「私も知らないよ? 私がはじめて会ったときと比べても・・見た目はほとんど変わってないかな?」


「13年外見が変わらない人間・・興味深いな」


 眼鏡のブリッジを指で上げる死神。光源がほとんど無いにも関わらず、レンズが不気味に光る。


「ふふっ、清くん、今お医者さんの顔してるよ? 今すぐ会長を解剖したいって顔」


「気のせいだよ、気のせい」


 素知らぬ顔ではぐらかす。


「うそだー、目がギラギラしてたもん」


「それも気のせいだよ。でも会長って、 引退も旅立つこともせずに、なんで現役なんだろう?」


 知識・洞察力ともに豊富な死神が首をかしげる。


「会長も生きる理由を見つけたんだよ・・きっと」


「どういうことだい?」


 麻子がすぐに返答できると予想していなかったのだろう。死神は驚きと疑問の表情を浮かべ、聞き返す。


「会長がいつまでも同好会にいるのは、みんなに生きることと死ぬことについて考えさせてるんじゃないかな? そうじゃないと、死ぬための同好会なのにみんなで遊ぶ必要なんかないも

ん」


 自身の考察を語る麻子。いつもの鈍い彼女からは想像できないほど的確で饒舌だ。


「つまり、会長は同好会のみんなに楽しい経験をさせて、本当に死にたいのか考えさせるようにしてるってこと。うーん・・旅立つ前にいる、番人みたいな?」


 死神は目を見開き、その物言いを受け止める。


「なるほど・・確かにそうだ。そんなこと鋭い意見を言うなんて、麻子が急に大人びて見えるよ」


「そういう言い方やめてよね。まるで私が子供みたいじゃない」


「気のせいだよ、気のせい」


 わざとらしく三度目の『気のせい』を使う。笑みから一転、真剣な表情になり麻子に問いかける。


「麻子、いまだにお母さんには会ってないのかい?」


「・・・・うん、1ヶ月くらい前に電話をしたきりかな。また男の人を連れこんでるみたいだった」


「そうか・・。お父さんのほうは?」


「そっちも相変わらず。でもそろそろ婚約する、みたいなこと言ってたかな。お母さんと別れたときとは、違う人みたいだけど」


「そうか・・・・」


「清くんのお父さんとお母さんは?」


「元気だよ。相変わらず、少し距離を置かれてるけどね」


「そっか・・・・ふふっ、お互い苦労しますなあ、お兄さん」


「いきなり年上扱いはやめてよ、年をとったみたいだ」


「えー、二つ年上だし良いじゃない。で、なんで急にそんな話をし始めたの? ・・家にいたらこんな話・・しづらいとは思うけど、なにもこんな所でしなくても良かったんじゃない?」


「そうだね。・・・・少し、昔の話がしたくなったからかな。実際、僕の人生を振り返ると色んなことがあった」


「私もだよ。お父さんとお母さんの離婚で名字が子安に変わって、お母さんがひどいことばかりするから・・自殺を考えて、でも痛いのは嫌だから同好会に入って、そこで清くんと出会っ

て・・そこからの10年は一瞬だったかなあ。高校を卒業して、短大も卒業して。就職して働き始めてはや7年目!」


「僕は・・この世の中に価値を見いだせなくて、生きることをやめたかった。だから確実に死ねる方法を探すために医師を目指した」


 死神の言葉は、まるで自身に語りかけるような話し方だ。


「清くんすごいよね。医学部と医師国家試験に一発合格。それから研修も終わらせて、もう二年も前だよね? 一人前のお医者さんになったのって」


「そうか、もう二年前か。時がたつのは早いね。あっという間だったよ。この29年」


「すぐ感傷的になる。ほんとにおじいさんみたい・・ふふっ」


 清は麻子の言葉に答えず話を続ける。


「そう、本当にあっという間だった」


 年上であることをイジったのに、無視されたことはなかったのだろう。異変を感じた麻子は、死神の名を呼ぶ。


「・・清くん?」


 死神は安らかな微笑をたたえ、告げる。


「でももう、この人生を終わらせようと思う」


「え・・?」


 信じられない、麻子はそんな顔をした。


「清・・くん・・? まだそんなこと考えてたの?」


「やっぱり麻子は、もう死ぬことは考えてなかったんだね」


 戸惑う恋人と、動じない死神。相反する反応。


「え? だってそうでしょ・・? 私たちこんなに愛し合ってるのに・・なんで今さら死ぬことなんか考えるの?」


「たしかに麻子のことは好きだ。でも僕にとって死ぬこととは別の話さ」


 死神は冷ややかに告げる、愛と死は別物だと。


「うそ・・清くん・・」


 呆然とする麻子を意にかいさず、語り続ける。


「僕は大学に入ってから、 痛みのない、確実な、至高の安楽死を探していた。まあ安楽死の定義が苦痛のない死だから、あまり変わらないかも知れないけれど」


 そう言いつつも、冷たい表情は明瞭に語っていた。自身の目指すものは、ただの安楽死ではないと。


「そうして医学を学ぶうちに、安楽死についても学んだよ。でも僕の求める安楽死には当てはまらなかった」


 医者は眼鏡のブリッジを持ち上げ、そのレンズは不気味に光を反射している。


「だから探したよ。医師資格を取得しても、研修を終えてもひたすらにね」


「清くん・・」


「 一酸化炭素に硫化水素、睡眠薬や練炭を手始めに一通り研究したよ」


 執念。その一言でしか表すことができない。その気になればいくらでも命を終わらせることが出来た。にも関わらず求め続けたのだ。


「そしてようやく、見つけたんだ。・・でもその安楽死を行うには僕だけじゃダメなんだ。麻子もいないとね」


 笑顔を浮かべる。その笑みに、温かみを見出すことは出来なかった。


「え・・まさか私も一緒に・・・・ってこと?」


「・・・・」


 またしても、問いには答えない。


 死神は無言で作業を始める。あらかじめ打たれていたのだろう。麻子につなげてあった点滴装置に手を伸ばす。


 思うように身体が動かないようだ。麻子は手足を震わせるだけで、投薬への作業を成す術なく見守る。先ほどまでの、薬の効果を感じさせない饒舌が嘘だったかのように静かだ。


 麻子はおびえた表情のまま、自身が死ぬことより恋人の死に反応する。


「清くん、もう死ぬことを考えるなんてやめよう? 清くんが死ぬなんていやだよ」


 死神は聞く耳を持たない。


「麻子にとってはそうかもね。でも僕にとっては昔と同じだよ」



「何で? 私たち愛し合ってたよね?! 生きる理由を見つけたって思ってるよ・・私!」


 死神は冷たい瞳で見つめる。


「残念だけど、僕の生きてきた理由は最高の死に方を見つけること」


「分かってると思ってた・・・・言葉にしなくても通じてるって。もう私たちはお互いが生きる理由なんだって」


 死神の言葉は冷淡だ。


「僕は違ったってことさ」


「清くんのバカ・・・・」


「さようなら、麻子」


 死神の手に迷いはない。麻子につなげた点滴装置に、薬品の入った注射筒を投与する。


 ベッドの主は涙を浮かべ、最愛の人を見つめる。


 涙があふれ、視界がかすむ。


 まなじりから伝う雫。


 しかし、なんの変化も起きない。濡れた瞳は、いつまでたっても光を失わなかった。体に異変はない。強いて言うなら、依然ダルさが残っていることだ。


「え・・? 私、なんで生きてるの・・?」


 死神は麻子につなげた点滴装置から踵をかえし、医師用の診察いすに座る。


 そして自身にも点滴装置をつなげ、麻子とは薬品のラベルが異なる、別種の薬を流し込む。


「え・・? どういうこと・・? 清くん!もしかして!」


「そう、さよならだ。僕がこの世界と、そして麻子とね」


「・・なんで? 死ぬためには私が必要なんじゃないの!?」


「うん、必要なんだ。僕の考えた至高の安楽死は、確実でも痛みが全くないわけでもない。ただ一つの条件を満たすだけさ」


「え・・? それって・・」


「条件はただ一つ。愛する人に看取られながら息を引き取ること。それだけさ」


「え・・?私も一緒に死なせるんじゃなかったの!?」


「大好きな麻子を死なせることなんて、出来ないよ。麻子は僕にとってかけがえのない存在だから」


 死神は淡々と告げる。冷たい身体に、かすかな熱を宿しながら。


「じゃあ・・なんで一人で死のうとするの?」


「死ぬことが僕の目的だから」


 自身の目標を口にする。


「違う! うそだよそれ!」


 否定の言葉。


「・・え?」


 予想できなかったのだろう。動揺がはしる。


「死ぬことが理由だなんてうそだよ!」


 恋人は言葉を紡ぐ。


「だって清くん言ってたじゃない。この世から価値が見出せない、って。でも本当は価値のある世界だと思いたい、信じたいから探してるだけなんじゃないの?」


 薬の束縛に抗いながら。


「そんな・・そんなことはない」


「じゃあなんで!? なんで29年も生き続けたの!?」


 死神を諭すように。


「それは薬を簡単に手に入れられる医師免許が欲しかったか・・」


「うそっ!!」


 愛する人を説き伏せるために。


「そんなの、知識だけなら大学にいたときで充分なはず! その気になればネットにだって載ってるじゃない! 同好会のみんなだって、そうやって旅立っていった人だって大勢いる!」


「そ、それは・・」


「それにお医者さんの仕事だっていつも楽しそうにしてたよ?! 会長の見た目が何で変わらないか 知りたいって、さっき言ってたじゃない!」


「・・違う」


「他にもあるよ! なんで私と付き合ったの!? 死のうと思ってるなら、付き合う意味が無いじゃない!」


 抱えている矛盾を気づかせるために。


「違う! 違う・・そうだ、別に麻子なんて好きじゃ・・」


「じゃあなんで・・なんで至高の安楽死が、私の前で死ぬことなの」


 愛する人に看取られながら、さきほどそう言ったのは紛れも無く死神自身だ。


「それは・・それは、麻子を愛してるから・・」


「そうだよね。それに他にもあるよ? なんで清くんは好きな私を、無価値だと思ってるこの世に残したまま死のうとしてるの?」


 気付く。内にあるのは死の呪縛ではなく、生への渇望だと。


「そう・・だね。そう、確かにそうだ。・・僕の考えは矛盾だらけだったんだ」


「うん、そうだよ」


「そうか・・もう麻子と出会ったときから気付いていたんだ。麻子がいる時点で、この世界に価値がないわけがないって」


 死神は、清は気付く。心が求めていた真の答えに。


「うん」


「そうか・・答えはいつも目の前にあったのか」


「うん、そうだよ。私の生きる理由は清くん。清くんの息る理由は私。それでいいんだよ」


「ははっ、今さら気付くなんて・・」


「何言ってるの、これからじゃない!」


 恋人は死神を励ます。まだまだ人生はこれからだと。



「もう遅いよ、麻子。僕は薬を投与したんだ、もう手遅れなんだよ」


「ふふっ、清くんって頭が良いのに時々お馬鹿さんだよね」


「・・え?」


「だって、私たちずーっと話してるのに、何も起きないじゃない?」


 いたずらっ子のような笑顔を浮かべ、清を見つめる。


「・・・・」


 視線を受け止めず、うつむいたまま告げる。


「・・違うんだ、麻子。僕に投与した薬は、効果が現れるまで時間がかかるんだ」


「え? ・・うそ!」


「ああ、僕に投与した薬は・・」


 薬をのラベルを確認する清。しかしその顔は、諦めの表情から一転、驚愕へと塗り替えられた。


「薬が違う!? 部屋に来る時に持ってきたはずなのに・・まさか!」


 いすから立ち上がり、その勢いで点滴装置に飛びつく。麻子の、点滴装置に。


「薬を取り違えた・・そんな馬鹿な」


 愕然とし、自身の行いを恨む。


「よかった・・清くんは・・死なないんだね」


 死に対して恐怖があったのだろうか。医者であるにも関わらず、薬を取り違えた。よく見ると麻子の息づかいは荒く、途切れ途切れになっている。


「そうだよ! でも麻子が・・!」


 麻子はベッドから立ち上がろうとするが、薬の効果が効いているのだろう、身体はほとんど動かない。清はあわてて麻子を支える。


「何言ってるの・・清くんの代わりに死ぬんだから・・私・・幸せだよ?」


「でも、でも・・」


「清くん・・私の後を追いかけるなんて・・ダメだよ、ぜっ・・たい許さないから」


 廃病院のため、薬はすべて廃棄されている。薬は自前で持ってきたものだけ。医者であっても成す術が無いのだろう。清は麻子の言葉に聞き入る。


「麻子、麻子・・」


「清くん・・」


 清は麻子を胸元に引き寄せ、抱きしめる。彼女の体温が、確実に失われていることを感じながら。


「こんなこと・・望んじゃいなかった。こんなことの為に医者になったんじゃない」


「聞いて・・清くん。私が・・いなくなっても・・幸せに生きて・・ください。自殺なんて・・絶対許さな・・いんだから」


 麻子は清の言葉に答えず、別れの言葉を語り始める。自身の身体である。もう時間が無いことも感じているのだう。


「立派な・・お医者さんとして・・色んな人を助けて、・・ほんとは嫌だけど・・・・好きな人も見つけて・・幸せにな・・てください」


 体が限界を迎えているのだろう。焦点は定まらず、声もかすれはじめている。


「麻子、麻子・・麻子・・」


 状況を受け止めきれないのだろう。恋人の名前を何度も呼ぶ。


「大好き・・だよ・・清くん」


 満面の笑みで、愛の言葉を口にする。温かな言葉とは裏腹に、身体は熱を失っていく。 死神は麻子を抱き寄せ、その言葉に答える。


「麻子! 僕も、僕もだ! 好きだ麻子!」


「うん、さよ・・なら・・せ・・いく・・ん」


「・・麻子? 麻子? 麻子!」


 言葉は返ってこない。魂は失われ、そこに残ったものは抜け殻でしかない。


「麻子! 麻子!! ・・麻子! ・・ま・・こ」


 死神・・・・いや、死神だった青年は生まれて初めて涙を流した。季節は初夏。山の麓にある廃病院で死神は終焉を迎え、恋人はこの世を旅立った。



 いかがでしょうか。楽しんでいただけたなら幸いです。

 安楽死をするために医者になった男がいたら・・という、ある友人のアイディア・助言によって始まったこの一作。今までで一番の長編に仕上がりました。

 地の文は三人称の固めな文章に挑戦。ストーリー自体も初のシリアスに挑戦。バッドエンドにも初挑戦といった、チャレンジばかりの今作でした。

 初めて尽くしですので、非常に評価が気になるところ。感想・レビューお待ちしています。

 それでは次回作で

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