序章
ファンタジー小説の王道を地でいく物語……にしたいと思っています。
物語の舞台は、九つの種族が暮らす大陸フェレリア。
ここには、種族間で分かたれた幾つもの国家があり、それをまとめたさらにもう一回り大きなまとまりを、国としています。
正式には、タステリアやアルタイト、エルドロンは国ではありません。
帝国や共和国と同じで、国が幾つも集まって出来たまとまりと考えて下さい。
その昔、ティレシア大陸には緑栄える笛の音の国があった。
人は自然と栄え、獣と戯れ、神を敬い、生に喜び、一日という数ある一生を謳歌していた。
王都の中心には、光輝く大理石の噴水と、それを取り囲む豊かな自然庭園。
国中は、四方に緑が溢れ、例え王宮の最奥にかしこまっていても、窓から覗く深緑の森の木々が臨めたという。
王も臣民も天の恩恵と、余りあるほどの幸福とを一身に浴び、何者にも脅かされることのない、至福の毎日を送っていた。
しかし、それらの幸福は簡単に打ち砕かれる事になる。
海を渡って現れた漆黒の軍勢。
どこからともなく現れた、「猛き黒竜の軍」によって、森林は焼かれ、楽園都市は蹂躙された。
冥王と呼ばれたマルディン・ザッハークの治めるオルデア帝国の侵攻だ。
それまで、脅威や争いと言う物を知らずに育ったティレシアの国々は瞬く間に帝国に侵されていった。
帝国は虐殺と略奪を繰り返しながら、大陸の中心を目指した。
エデンと思しき平和な大陸は、焼け焦げた枯れ地に姿を変え、かつて光を浴びた群青色の透き通るように美しい湖は、ともに在った人と獣たちの血で汚れ、そしていつしか魚一匹住むことの出来ない、死影の沼地となった。
こうして、破壊と殺戮の限りを尽くし、オルデア帝国の軍はついに、ティレシア大陸中心のエスリン王国の王都エルディランを襲撃した。
街は狂炎に包まれて三日三晩絶えず燃え続け、そして焦げ炭も残らぬ荒野となった。
オルデア帝国はさらに、王城エスリニアを踏襲した。
黒き軍勢は、日食のごとく白い神兵たちを飲み込み、あっという間に王城は征服された。
もはや残すは国王のみとなったオルデア兵達は、一斉にグロリアイトで造られた黒剣を抜き放ち、王に突き立てた。
王の胸が、栄華をほこった真紅のローブが、赤黒く染まる。
最早、定まらぬ意識の中で、王は傍らの妻と娘の死体を抱き寄せた。
そして、オルデアの軍勢に向かって、最後の力を振り絞って呪い文句を吐き捨てた。
これが、エスリニア軍最後にして最大の反撃であった。
そして、エスリン王の最初で最後の罪となった。
王宮の中庭にただ一つ、燃やされずに残っていた樹があった。
神樹として大切に育てられた月桂樹だ。
その樹を取り囲むようにして、獅子型の大理石の彫刻から、アムリタと呼ばれる聖水が昼夜絶えず流れ続けていた。
王が呪い文句を放ったまさにその時、オルデア兵も、力尽きたエスリニア兵も誰も気づかなかっただろう。
神樹の周りを流れるアムリタの水が黒く濁り出したのだ。
かつて透き通るように透明で、美しかった水は泥水のごとく濁り、蠢き出した。
やがて、泥水はみるみる増水し王宮中に広まった。
異変に気づいた時はすでに遅かった。
汚しつくされた国中の湖や噴水や池の水がごうごうと唸りを挙げて、王宮を、王都を、そして国中を飲み込んだ。
160と2日の間、ティレシア大陸は水の底に沈んだ。
微かな息吹すらも許さぬ死の水の底に……
グロリアイトは、後に物語を進行する上で詳しく説明がありますが、鉱石のことです。
金や宝石のような価値はありませんが、頑丈で玉鋼のように硬く、魔力を宿しているため、よく武具の素材として扱われます。