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第二章(3)

 親友がいなくなって、すでに三ヶ月以上が経っていた。

 当初は困惑していた城も、一週間後には落ち着いた。指名手配になったのだ、すぐに捕まるだろう、と。


 カルロは父である王の寝室に足を運んでいた。この三ヶ月、彼の病気は悪化。昏睡状態が度々訪れ、意識のある方が少ない。おそらく死期も近いだろうことが予想される。

 それなのに、一向に息子であり、王子である自分に政権を任せる気配がない。


 一人の騎士と魔導士を連れ、カルロは伺いをたてに急いだ。

 この二人はそれぞれの部隊でもかなりの実力を誇る者。そしてリーファと仲が良く、宰相であるザーグの考えに反発を抱いている者達だ。彼らを筆頭に、カルロの周りには宰相への反対派が集まりつつある。

 あとは、政権さえ握れば、ザークを出し抜くことも可能なのだが。


 王の部屋への扉が見えてきたその時、突然それが内側から開いた。出てきたのは、宰相のザーグ・ジュラル。彼はカルロの姿を認めると、脇によりすっと腰を折った。


「これはこれは、カルロ王子。国王陛下へのお見舞いですか?」

「ああ。お前は何をしている、ザーグ」


 見上げてきている目が、どうにも見下しているようだとカルロは感じた。


「もちろん私も見舞いを。それと、街道工事に関する許可をお伺いに……」

「なぜ先に私に通さない。お前はいつから私を無視できる立場になったんだ?」

「無視などと、そのような。ただ、この間の魔導士の裏切り騒ぎがあり、街道工事という小さな仕事でお手を煩わせるのはと思い」

「貿易の要になる街道工事のどこが小さい仕事だ。それに心配は無用だ。たかだかあの程度の騒ぎで落ちる私ではない。その工事の資料、私の執務室にも出しておけ」


 媚びた態度とその口調が気に入らないものの、カルロは冷静に返した。こういったところで激昂すれば、まだ子供とまた政権から遠ざけられるだけだ。

 一瞬、ザーグは小さく顔を顰めたが、御意、と返事をすると去っていく。


「ザーグ。最近城の地下で再び何かしている、という噂を聞いたが? 命令を忘れたわけではないな。あの部屋の使用は禁じたはずだ」

「もちろんでございます。ただの噂にございましょう」

「……そうか」

「ただ……」


 含んだ声色に、カルロは振り返った。暗い、けれど、どこかギラついたザーグの瞳と正面からぶつかる。それは、一瞬息を呑まざるを得ないほどにぞっとする色だった。


「この城の土地は曰くがあると噂されておりました。無念の死を遂げた者の魂が住み着いているのやもしれませんね……」

「戯言を……」

「油断して、襲われることのなきよう……心からお祈りしております」


 ニイッと、不快な笑みを残して、ザーグはその場から去った。

 残されたカルロは、いつの間にか額を伝っていた冷や汗を拭う。見れば、他の二人も強張った顔をしていた。百戦錬磨の彼らですら、あの異様な雰囲気に慄いたのだ。


「お兄様……?」


 後ろからかかった小さな声に、カルロはハッと振り返った。王の私室から、二つ年下の異母妹が顔を覗かせていたのだ。


「エレミル。父上の様子はどうだ?」


 カルロは妹に微笑みかけながら部屋へと入る。だがエレミルは疲れきった表情で首を振るだけだった。労わるようにそっと背をなでると、カルロはベッドの天蓋をまくる。


「父上、僕です。カルロです」

「お父様、お兄様が来てくださいましたわ」


 兄妹二人、そっと父の手を握ってみるが、反応はない。今日も眠り続けているようだ。

 カルロは眉間に皺を刻むと、周りの医師団を見回した。


「悪いがしばらく外へ出ていてくれないか」

「え? い、いえ、そのしかし、陛下の病状は一時でも!」


 目に見えて狼狽する医師団を、カルロはきつく睨んだ。


「ほんの少しだ。問題があればすぐ声をかける。命令だ。出て行け」


 低く有無を言わせぬ言葉に、しばし逡巡したものの、すごすごと下がっていく。扉がきっちりと閉まるのを見計らってから、カルロはついてきた魔導士のバランを呼んだ。

 彼は王の脈を取り、口元に鼻を寄せ、その瞼を開き様子を見る。


「バラン、どうだ?」

「間違いありませんね。これは毒物による症状です」

「毒!?」


 青ざめた声で叫ぶエレミルを、カルロは抱き寄せ宥めた。


「回復の見込みはあるか?」

「服毒期間が長すぎます。この先、毒を摂取しなくとも……そう長くは……」


 突きつけられた父の死に、ワッと胸の中で泣き崩れる妹。カルロもまた口をきつく噛みながら、クソッと強く拳を握り締めた。


「……お兄様……ザーグなのですか?」

「エレミル?」

「最近あの者の様子は目に見えておかしいのです。昔からどこか得体の知れない者ではありましたが、あのような異様な目をする者ではなかった……」


 兄の衣服をつかみながら、彼女は震えを耐えていた。


「どこか狂気じみたあの目。このごろは私を嘗め回すように見てきて……」


 その目を思い出したのか、彼女は一際強く服を握る。その言葉でカルロも察しがついた。おそらく、国王を亡き者にした後はカルロなのだろう。一旦は王位につけても、その後カルロを殺し、エレミルを妻として王族に入るつもりなのだ。


「あいつは……っ」


 怒りの声を、カルロは止められなかった。


「あのような者の妻になるなど嫌! そんなことになるのなら、あの者を殺して私もっ」

「エレミル!」


 何を言い出すのかと、叱咤するカルロを、エレミルは涙で滲んだ目で見上げた。


「でも、本当に最近そんなことばかり考えてしまって……私……私もおかしくなってしまったのでしょうか……」

「父上の看病で少し疲れているんだ。しばらくゆっくり休むと良い。大丈夫、ザーグにこの国をのっとらせたりはしない。お前に辛い思いもさせない。兄を信じてくれ」


 カルロは涙を拭ってやると、彼女を騎士に託した。


「シェルゼルク。エレミルを部屋へ。それと、この子の警護はしばらくお前とお前の信頼のおける者でしてやってくれ」

「かしこまりました。では殿下の警護も新しい者を送ります」


 妹の肩を支え、二人は寝室を後にする。


「バラン、早急に新しい医師団をたててくれ。実績もいるが、なによりザーグの息のかかっていない者を。父を見る時も、魔導士と兵士を何人かつけるように」

「御意」


 彼も部屋を後にし、カルロはもう一度天蓋をまくった。弱りきってしまった父、不安にさいなまれる妹姫。そして、あいつの手中に治まりつつあるこの国。

 未だその問題を改善できない自分が腹立たしかった。


(いっそ、さっき会った時にこの手で……)


 そこまで考えて、カルロはハッとした。


(これではエレミルと同じだ。僕も、最近こんなことばかり考えている……)


 ザーグだけではない。自分の意のままにならない者は全て消してしまえば。そんな風な考えが幾度も浮かんでくる。それでは、あのザーグと同じになってしまうというのに。

 カルロは天蓋を下ろし、窓から見える空を眺めた。この同じ空の下、どこかにあの親友がいるはずだ。


「リーファ……お前は、今何を……」


 ポツリと呟き、出てきそうになる弱音をカルロは飲み込んだ。

 彼に頼ってはいけない。頼るにしても、それはここを彼が戻ってこられる場所にしてからだ。だから、まだ――

 カルロは再度ぐっと拳を握り、沈みそうだった目をしっかりと見開いた。


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