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第二章(2)

 薄暗い回廊に、窓から月の光が差し込む。

 真っ直ぐに続くそこを、レイアはひたすら奥に向かって歩いていた。

 この城で、何よりも重要な場所。それを示すかのように回廊の壁や床、果ては天井にまで侵入者を撃退する魔方陣が描かれている。


 一人響く足音を聞きながら、レイアは最深部に辿り着いた。

 目の前には華麗にして荘厳な雰囲気の大扉。彼女はその扉に手を触れる。その瞬間、手を中心に扉の文様が光を放った。ゆっくりと、内側へと開いてゆく。


 レイアは慣れた足取りで中へ進んだ。

 円上に広がる巨大な部屋。天井は全てガラス張りで、夜空に煌めく星々がハッキリと見える。逆に、窓のない壁には、色とりどりの色彩で絵が描かれていた。

 この世界の誕生からを描いた絵。

 一際目立つのは、黒い仮面で顔を半分覆った者、青い髪を流れるように翻す者。紅い炎の服を纏った者。そして、四枚の風のような羽根を広げた者。それが――


「バラグレオ、ファルゲーニス、ミルゲフォルナ、ストレカッツァ……」


 世界を、全ての命を作り上げた四人の王。

 彼らが世界や自然を、そして人間や竜族、エルフ達を生み出す過程が描かれ、やがてそれは魔族や神族、霊魂族の生まれる絵へと変化していく。


 レイアはそれを見回しながら、部屋の中央へと歩みを進めて行く。そこに一際高くなった場所と祭壇が設けられていた。周りに四つの支柱が伸び、その先端に拳大の四つの玉。色は四人の王に合わせ黒、青、赤、白の四色。


 そして、祭壇の上には王が持つべき宝玉のついた装飾品が置いてある。それにはめ込まれた宝玉もまた、先の色と同じ。


「レイア様……」

「マルファス。ごめんなさい、無理を通してしまって……」


 後ろからかかった声に、レイアは振り向かず答えた。


「いいえ、公務の方は私共でもできるものが多い。レイア様が花畑に行く時間ぐらい割けます。どうぞご安心を」

「ありがとう。でも、もう毎日行く必要はなくなったから」

「では……」

「うん……彼、だから。会いたかった人……」


 フッと顔を上げて、レイアは目を閉じた。

 もうずいぶん昔からだ。まだ幼かった頃から、レイアは何度も夢を見てきた。一般人なら、それがどうしたと言える。だが、レイアに関してその言葉は通じない。

 アレネスの直系王族は、原始の王の一人を守護王として生まれる。そして同時に彼らの特性を象った能力を与えられるのだ。


 レイアの守護王はストレカッツァ。与えられる能力は予知夢。そのおかげで危険を回避できたこともあれば、どうあっても変えられぬ歴史を見せられたこともある。

 そして、その中でも印象に残っている予知夢が二つあった。一つは、今日叶ったもの。もう一つは、未だ起こっていない。


「彼はしばらくここに滞在するわ。できる限り、自由にさせてあげて」

「はい」

「それと、結界の強化を。時空の穴とはいえ、早々結界を越えられては厄介だから」

「はい」

「あとは、仕事。それも明日から……」

「レイア様」


 まだ、前を向いたまま言葉を続けていると、マルファスはそっと名を呼んだ。


「できる限り自由な時間はおつくりいたします。どうか、ご自分のために時間をお使いください。誰も、咎めはいたしません」

「……ありがとう」


 彼が出て行く音を聞きながら、レイアは天を見上げた。ガラス張りの天井の向こうに美しく広がる星が幾千も見える。


「まだ、大丈夫。どうか、もう少しだけ……」


 そう、小さく呟いた女王を冠する少女の顔を、夜に瞬く星だけがそっと見ていた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 魔王アウリュは、広い雪原の上に一人立っていた。全身が黒いその姿は、果てなく続く白の世界の中でも大きく目立っている。


「ここは永久に白の世界だな」

「私に関係あるわけではありませんよ。ここに住む精霊がそうさせているのでしょう」


 強く吹きすさぶ雪が、その場所だけやんだ。


「お久しぶりです。アウリュルシード」

「久しいな。アーストレリアダイジェリオ」


 黒の隣に、白の人影が現れる。

 白の装い、白の目隠し、白の肌に白の翼。流れる白の髪に、右手の甲についた黄金の目。それは全て神々の王、神王を現すもの。

 黒の魔王と白の神王。命ある者の負と正から生まれた、この世で最も似ていない双子。


「ここはいつも吹雪いているな」

「精霊はアレネス族に好意的ですからね。彼らの望みを聞き、国の北に吹雪を、南に花畑を、西に草原を、そして、東に湖を作っている。外にあまり出られぬ彼らへの、贈り物といったところでしょうか」


 アースはフッと優しい笑みを刻むと、あたりを吹雪く雪を見渡した。


「出会った」


 アースから目を逸らさぬまま、アウリュは端的に言う。それだけでも内容は通じたのだろう、アースはゆっくりと頷いた。


「はい、出会いました。やっと……最後の、安らぎに」

「これでレイアに『いつかな』とうるさく問われることもないな」


 若干、憮然とした表情を見せたアウリュに、アースは笑いをこらえた。

 二人がレイアに初めて会ったのは彼女が生まれた時。彼女の両親が生まれたばかりの少女を二人に見せてくれた。無邪気に笑いながら手を伸ばしてきた小さな命。無理やり抱かされたアウリュは戸惑っていたものだ。


 その後、しばらく彼女には会わなかった。人には長くても、不老の自分達には短い時間。数年という歳月を経て再会した時、レイアは初めて会った時と同じ笑顔で迎えてくれた。

 両親を失い、女王という重い責務に立たされた七歳になったばかりの少女が。


「レイアは、同じ笑顔でした。マルファス殿に聞けば、両親の死を聞いた時も、ただ一筋の涙を零しただけだとか……」

「……知っていたのだろう? そう、なると。あいつの守護王は予知夢という能力を授けるからな」

「ええ、そうですね。だから今も、あの時のように笑っている。知っているから。それでも彼女は強い。そして、私達も同じように知っています。この目のおかげで」


 アースは右手についた黄金の目を見つめた。アウリュも、左手についた同じ目を視界に収める。神王と魔王にのみ与えられた目。過去と未来を、見せてくれる目。


「けれど、彼女のように受け入れて笑えない」


 この目が見せる過去も未来も、決して変わらない。ただ見せるだけで、変えることを許してはくれないのだ。


「それとも《私達》ではなく、私が弱いだけなのでしょうか……」


 アースは静かに呟くと、アウリュを正面から見すえた。布に覆われた目だが、真っ直ぐに射抜かれていると分かる。その心情も、同じように真っ直ぐ伝わってくる。


「貴方も見たはずです。この先、貴方のたどる未来を」

「ああ……」

「でも、貴方は今とても穏やかだ。生まれ出た時以上に、ずっと……」


 どこか寂しげな表情のアースに近づき、だが手を触れることもせず、アウリュは佇んだ。


「大切だと思える者ができた。自分の全てを引き換えにしても、幸せでいて欲しいと思える者が……笑うか?」


 魔王という称号を持つ者からは考えられない台詞。きっとこの場に魔族などがいたらショックで消滅するのではないかと思うほど。


「……笑います。祝福の意味を込めて、ね」


 そういった兄弟に、アウリュも少しだけ口を歪めた。


「悲しい……いえ、きっと寂しいんでしょう、私は。けれど貴方が、そして彼女……レイアが決めた道なら……私は見守る役をしたいと思います。残された者を……」

「すまない……」

「言う相手が違いますよ」


 ビシッと、額を小突かれて、アウリュはそうだな、と静かに笑った。そうして、二人同時にアレネスの方を見やる。


「けれど、やらなければならないことがあります。それが終わってからにしてくださいね」

「分かっている。変えることはできなくとも、せめて後悔せぬよう」

「欠片でも良い、希望を抱いていけるよう」


 二人は同時のその場から消えた。再び彼らがいた場所に吹雪が襲い掛かる。

 真っ白に降り続く雪の中、黒と白の羽が静かに雪に埋もれていった。


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