君を見つけるその日まで(後)
夕刻になって、そろそろ帰る、と言ってとディルスは立ち上がった。どうやら、メラ達にも内緒でここまで来たらしい。
「あ、そうだ」
馬の手綱を解きながら、ディルスは何か思い出したかのように振り返った。
「お前、ザンデルに会ったか?」
「ザンデル? 誰それ」
聞き覚えのない名前に考え込むが、思い当たる知り合いはいない。しかもディルスが知っているとなると、幅は狭まるはずなのだが――
「会ってないのか。魔王アウリュルシードの子供だよ」
「へえ………………は?」
ああ、そうか。と頷きかけて、リーファは固まった。今、とんでもないことを聞いた気がする。
「だから、魔王の子供だよ。消える前に恋人が身篭ってたみたいでな。混血児が生まれてんだ。今十四歳。確か、あいつらもセルドゥガルロの郊外に住んでたはずだし、俺が話のついでにお前の名前出したから……その内会いに行くんじゃね?」
魔王の子供。いや、あの魔王の妻になった人間も驚きだが、その子供がどんなものか想像がつかない。
「会っても……わ、分からないかも」
「大丈夫だろ。父親そっくりだ」
それはそれで嫌だ。
顔に出ていたのかディルスは笑い、ふと真顔になって言い出しにくそうに口を開いた。
「なあ、お前が結婚とかしてないのって……」
顔を見ていれば何が言いたいのかよく分かる。心配性と言うか気にしすぎだ。
「単純明快な答えだ。レイアほど愛せる女性がいないだけ」
「……軽く惚気るなよ」
はぁと溜息をついて、ディルスは馬を引っ張った。
「お前、毎年この日に来てるんだよな」
「ああ」
「じゃあ、俺は来年からこの日は避けるわ」
もしかしたら、毎年この日に会いに来るかもと思っていたリーファは、意外な答えに瞠目した。
なぜなら、今日はレイアが世界を救ったあの日だから。
目線で問いかけたリーファに、ディルスは意地悪そうに笑った。こういう笑いをすると昔と同じだ。
「せっかくお前と二人っきりなのに、邪魔したらレイアに呪われそうだ」
「君もレイアをそんな風に見てるじゃないか」
互いに笑って、同じように森を見る。
今はもう、触れることすらできない霧の森。タイミングを計ったようにその森から目線をはずし、二人は正面から向き合った。
「じゃあな、リーファ。また」
「ああ。またな、ディルス」
もう、お互い会うことはないと分かっていたかもしれない。今回はたまたま。そう、たまたま十五年ぶりに再会しただけで、ここに来なければリーファはディルス達を探さなかったし、ディルスもセルドゥガルロと繋がりのあるリーファには近づかなかっただろう。
今回は偶然、まるでレイアが引き会わせたようにも思う。
それでも、いつかまた会えると感じた。それは、レイアともまた会えると確信しているように、いつかまた、再会するのだろうという思い。
だから、リーファはそれだけを言ってディルスと別れた。特別な別れの言葉など必要ない。
それから数時間、リーファは最初と同じように木にもたれかかり目を閉じていた。傍目に見れば眠っているようなそれ。
だが、月も西に傾き、夜が更けた時間に彼は目を開ける。その顔には、満足そうな微笑があった。
「そろそろ帰るよ。明日もテスタの勉強見ないといけないし……あいつは大魔導士になるよ。人一倍努力家だ。セルドゥガルロの初代黒魔道五賢者に推薦するつもりなんだ」
カルロが作った新しい制度。それもレイアに教える。『先生が良いからだよ』と笑う声が聞こえた気がした。
「俺がそっちに行くまではまだ時間がかかるし、もう一度会うためにはもっと時間がかかるけど……それまで待っててくれよ。俺は、必ず君を見つける」
どんなに多くの人の中にいても、どれほど遠く離れた場所に生まれても、必ず彼女を見つけ出して、その手を取ってみせる。
リーファは立ち上がり、魔法陣の描いてある岩に手を当てた。魔力を込め、青い魔力光を放たせる。
最後にもう一度だけ、霧のかかる森を振り返った。
「俺が君を見つけるその日まで、楽しみにしててくれ。必ず、幸せな人生だったって、君のおかげだって、伝えて見せるから」
『うん、期待してる』
そんな優しげな声を耳に残し、リーファは転移した。
人の気配を感じなくなった花畑に、鮮やかな花弁と優しい空気が舞う。
『見失ったりしない。どんなに長い時間会えなくても、どんなに大勢の人がいても、私がたどり着くのは、貴方の隣よ。リーファ……』
それは、互いが互いを見つけるその日まで続く確かな約束。
どれだけ時が流れても変わらない、誓いにも似た始まりの言葉。
永遠に終わらぬ物語を紡ぐために、彼らは前を見据えて歩き、その時を待ち続ける。
これにて、このお話も本当に完結です。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。




