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第五章(11)

 一瞬の浮遊感。ぶれた視界。それを感じた刹那、リーファは勢いよく放り出された。

 背を打ちつけた痛みと、舞い上がる花弁にしばし呆然とする。


「ここ、は……」


 花畑だった。レイアと出会い、彼女の本当の姿を見た花畑。

 それを確認して、リーファは飛び起きた。

 辺りを見回し、少し先にある森に向かって駆け出す。



「こんな終わり方っ、誰が……!」


 転移する瞬間に言われた言葉。それが幾度も頭の中をめぐる。

 泣きながら笑った綺麗な顔に、もう一度という気持ちが消えない。


「レイアッ」


 名を呼んで、森へと伸ばした手。その時、リーファの目の前で凄まじい光が溢れた。同時に、伸ばしていた右手が激痛と共に弾かれる。


「ぐっ……!」


 焼けるような痛みに、リーファは花の上を転げた。指先から痺れる痛み。押さえた左手に感じる生温かい血の感触。

 呼吸を整えながらそっと窺うと、赤どころか黒く変色した腕がそこにあった。


「今、のは……」


 何が起こったというのか。痛みに立つこともできず、リーファは仰向けに倒れた。

 その目に、信じられないものが映る。


「あ……」


 嘘だ、と誰かが叫んだ。自分が声に出したのかもしれない。

 リーファの目の前に広がる、蒼い蒼い、抜けるように澄み切った空。ほんの数瞬前まで、暑く黒い雲に覆われていたはずの空。


 何を言って良いのかも分からぬまま、リーファは首を傾けた。迷いの霧を常にまとった森。その森が、今や木の幹が見えぬほど白く覆われている。

 リーファは体を引きずるようにしてその森に近づいた。左手をそっと伸ばし、触れるか否かの瞬間、鋭い痛みと共に弾かれる。


「っ!」


 左手を流れる赤い雫に、リーファはいつかしたレイアとの会話を思い出した。




『もっと凄い霧がここにかかる時があるんだ。さて、いつでしょう?』

『もっと凄い霧って……』

『うん、完璧にどんな人でも締め出しちゃうの。この森に触れるのもままならなくなる濃い霧よ。触っただけで怪我もしちゃうし』

『何か、国をあげての儀式とかがある時?』

『ブッブー、残念はずれ。答えは、王が死んだ時だよ』

『……は?』

『だから、王が死んだ時』




 楽しそうに笑って言ったレイア。まだそんなことは考えなくても良いと言った自分。そんな愚かで、けれど楽しかった時が鮮明に思い出される。


「どうして……」


 リーファはその場に膝を突き、痛む右腕を振り上げた。


「どうしてっ、どうして!!」


 何度も、何度も阻む霧に撃ちつけ、赤い雫が花弁に飛び散る。それでも、リーファはやめなかった。

 自分の力のなさに、失ってしまった温もりに、痛みなんてどうでも良くなっていた。

 一際大きく突き出した右手。再び弾かれそうになるそれを力で押し留めて、リーファは蹲った。


「俺は……」


 生きてと言ったレイア。


「俺はまだ君に……」


 笑っていてと、幸せになってと望んだレイア。そして、彼女が最後に残した言葉――



――リーファ、私は貴方を……”愛しています”――



「っ! 俺はまだ君に……何も伝えてないっ!」


 大切な想いを、何より言うべき言葉を、何一つ言えないまま。


「――――――っ!!」


 頭上に広がる蒼穹の空。彼女が世界を守った証。

 誰もが久方ぶりの蒼空に喜んだその日。晴れ渡る空の下で、たった一人、青年が言葉にならない悲痛な叫びを上げた。


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