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第五章(10)

この辺りからBGMはYou Raise Me Upでした(笑)

場面細切れのおかしな書き方ですが、ご容赦ください。

 嗚咽だけが、祈りの間に響く。最後に触れた温もりは、消そうにも絶対に消えないもの。


「リーファ……ッ」


 嬉しかった。来てくれたことも、守ろうとしてくれたことも何もかも。自分のためにそこまでしてくれたリーファ。だからこそ、レイアも強くなれる。


 外からはどんどんと近づく軍勢の音。負に飲まれ、望まない暴走をしている音。

 レイアはグッと涙を拭うと、祭壇に向かって歩き出した。




  ※ ※ ※ ※ ※




 淀んだ雲がずっと空を覆っている。彼のように綺麗な黒ではない。全ての汚らわしいものを空にはなったかのような色。


「アウリュ、また、来てくれるわよね」


 そっと自分のお腹を慈しむようになでながら、レイチェルはアウリュに向かって呟いた。




   ※ ※ ※ ※ ※




 スッと息を吸い。レイアは両手を胸の前で組み、杖を握った。


「創造の理に従いて、我は現下に扉を造らん」


 コンッと床に突いた杖を中心に、花開くように魔法陣が出現した。赤、青、白、黒の四色で色分けされた魔法陣。

 この世で、レイアにしか使えない召喚術。


「暁に連なる扉造りて望むは、全てを創世せし王達。器を創りし王・バラグレオ。命を注ぎし王・ファルゲーニス。力を与えし王・ミルゲフォルナ。知を築きし王・ストレカッツァ」


 言葉を重ねるごとに力を奪われていくのが分かる。魔力だけではない。もっと根源的な、命の力だ。

 それでも、レイアは続ける。




   ※ ※ ※ ※ ※




「くそっ、邪魔だぁ!」


 斬りかかってきたアフィルメスの兵士を沈め、ディルスは水の魔法を放った。それは、敵にぶつかると同時に、雪原の冷気で凍っていく。


「ディル!」

「皆を連れて逃げろメラ! ここは俺がっ」


 横手から斬りかかってきた兵士を斬り伏せ、ディルスは叫んだ。

 ここまで来たのだ。ここまで守ったのだ。レイアが生きて欲しいと言った命。せめてそれを守らないでどうする。


「ディル、後ろ!」

「っ!?」


 吹雪に隠れ、呪文を唱えている兵士がいた。それももう終盤。防御が間に合わない。


「雷よ!」

「ぎゃああぁぁぁ!!」


 咄嗟にかばった顔の向こうで、その兵士が吹き飛ばされる様が見えた。強力な雷の魔法。それを放ったのは――


「マルファス!」

「ディルス殿。貴方も行きなさい。ここは私が抑えます」


 召喚獣を三匹従えた状態で、彼はディルスを背にかばった。その目からは、レイアにも似た決意が見える。


「何言ってる。あんた一人じゃっ……」

「お前には、守るべき者がいるだろう!」


 一喝され、マルファスは後ろにいるメラを示した。

 守れと、共に生きていけと、そう、彼の目が言っている。


「マルファス……」

「行け!」


 その一言に、ディルスは弾かれたように立ち上がり、メラと他の民を促した。


「全員走れ! 何があっても生きるんだっ!」


 マルファスを止めようとするメラを抱きかかえ、ディルスは走った。

 レイアが、そしてマルファスが繋いでくれた未来を無駄にしないために。後ろを振り返らず、ただ、走った。




 ディルス達の気配が消えるのを待って、マルファスは微笑んだ。これで良い。老い先短い老いぼれより、彼らの命の方がレイアの望んだものを紡いでくれる。

 マルファスは、老体に似合わぬ殺気と気迫で目の前の兵士に杖を突きつけた。負に侵食され、殺すことに躊躇いのない兵士達。


「これ以上、負の暴走などに未来ある者の命を摘み取らせはせん。来い」


 襲いくる兵士達を、マルファスは己の全てをかけて迎え撃った。




   ※ ※ ※ ※ ※




「扉を造りし我が名はレイア。我が呼び声聞こえたれば、契約の名のもと、我が望みのために来たれ」


 杖を握る手が、膝が震え始める。息苦しくて、呪文を唱えることすら億劫だ。

 レイアは唇を噛み締め、気絶しそうになる意識を何とか保った。

 止めるわけにはいかない。倒れるわけにもいかない。目を閉じればすぐに思い浮かぶ、大切な人達が生きる世界を守りたいから。


「扉を造りし代償に、我は汝らが与えし鍵を差し出さん!」


 軍勢の声はより大きくなる。それでもレイアは、覚悟を緩めなかった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 カツンっと硬い音がして、鉄格子の前に誰かが立った。その顔を確認して、カルロは強く睨みつける。弱みなど見せてたまるものか。


「ご機嫌いかがかな、カルロ殿下。たった今吉報が入った。アレネスへ到達したそうだ」


 告げられた言葉に、息を呑む。大丈夫だと言い聞かせても、不安なことに変わりはない。

 鉄格子が開けられるのを見ながら、カルロはタイミングを計った。

 焦ってはいけない。一瞬の隙。ザーグが勝利を確信した時にできるその隙が欲しいのだ。


「これでお前の命もお役ごめん。勇敢なる王子として死んで頂こう」


 先に護衛が一人入ってくる。その護衛から後ずさるように離れ、カルロは待った。

 ザーグが牢屋に入った、その瞬間、


「我が言の葉にて灯さん!」

「なっ」


 カルロはエレミルから借りたペンダントを握り締め、魔法を使った。明かりを灯すだけの簡単な魔法。それを、護衛の目にぶつけたのだ。


 一瞬だけで構わなかった。その一瞬で護衛の腰にかかった剣を抜き放ち、ザーグに斬りかかる。だが、予想外にもザーグは持っていた杖で剣を受け止めた。そして、目を潰された護衛の伸ばした手が、運悪くカルロの足を引く。


「お兄様ぁ!」


 叫ぶエレミルの声を聞きながら、カルロは上から振り下ろされる杖を見た。先端の尖ったそれは、真っ直ぐカルロの胸へと――


「え……?」


 感じたのは痛みではなく、幼い頃から知っている温もりだった。常に見ていた背中が、追いかけていた背中が、目の前にある。


「っ、カルロ!!」


 渾身の叫びだった。胸に杖を刺したまま、息子の名を呼んだ父。

 それに応えるようにカルロは飛び起き、父を貫いているその杖を握った。

 目の前にいるザーグを睨みすえ、最大の威力で魔力を構成として編み上げる。


「ま、待っ」

「我が言の葉にて誘わん!」


 冷たい牢屋の中に、煉獄の炎と、耳障りな断末魔が響き渡った。




「父上っ、父上!」


 呼びかける声に、父は少しだけ反応した。すぐにバラン達を牢屋から出し、回復魔法をかけたが、もともと体力の限界だったのか、目の光も淀み始めている。


「立派に……なっ、た」


 消え入りそうな声で呟き、父は笑った。


「く、に……を、頼……」


 落ちてしまいそうになる手を握り、カルロは何度も頷いた。馬鹿みたいに頷き続けた。だが、父はそれで安堵したのだろう。微笑んだまま、静かにその瞳を閉じた。


「お父様ぁ!」


 すがり付いて泣くエレミルを騎士達に任せ、カルロは立ち上がった。零れる涙を拭い、足元に転がる黒い塊を見つめる。すでに形もない。欲に溺れた男の姿。

 それを忘れぬよう脳裏に刻みつけ、カルロは声を張り上げた。


「宰相ザーグは謀反人として処罰した。これよりザーグにつく者は容赦なく切り捨てる。この言葉、アレネスに侵攻している軍に伝えろ。進軍を止めろと。これは、アフィルメスの国王、カルロの厳命だ!」

「「はっ!」」


 跪く部下の間を抜け、カルロは地上へと出た。王子としてではなく、一国の王として。




   ※ ※ ※ ※ ※




 レイアは息を吸い、溢れそうになる恐怖を飲み込んだ。

 これで、終わる。


「我が器、我が命、我が力、我が意思を代償に……」


 ふっと浮かんだ愛しい青年の顔。何度も見た温かい笑みに、心が軽くなる。


「いざ来たれ。我が召喚せしは創世者っ」


 大丈夫。貴方の存在が、私を強くするから。


「原始の王!」


 ずんっと体が何倍も重くなった。これ以上立っていることはできず、床へと倒れこむ。

 足元に広がる魔法陣は眩いばかりに輝き、レイアの周りを光の壁が包んだ。


「ねえ、リーファ……」


 死ぬ感じはしなかった。ただ、今までにない眠気がレイアを襲う。

 閉じた瞼の向こうでは、やはり、彼の微笑んだ顔が見える。


「もし、生まれ変われるなら……」


 レイア、と優しく呼ばれた気がした。


(貴方と、幸せになりたいな)


 天にまで届きそうな光の中で、レイアは微笑みながら眠りについた。


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