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第五章(1)

 一通の書状がアフィルメスに届けられ、それを読んだカルロは顔を蒼白にした。

 今日、アレネス国の使者を名乗る獣によって届けられた物。おそらく召喚獣なのだろうが、今までとは違う、あまりに急で直接的な受け渡しに、カルロはすぐさま封を切った。


 もしかしたらリーファからか、もしかしたらまた会談を開きたいという要請か、と微かに抱いた淡い希望。それが、一瞬にして崩れていく。


「そんな馬鹿な……」


 口に出しても、書面が変わらないことは分かっていた。それでもなお、どこかに間違いがあるのではと繰り返し口に出して読み上げる。

 そして、最後に書かれたレイアの名前を五回見た時、カルロは部屋から飛び出した。

 人を呼びつける間もおしかった。リーファが出て行った日のように、なりふりかまわず走り、バランの部屋の扉を叩く。


「バラン、僕だ! 入る……」

「殿下、ダメです! お逃げください!」


 悲鳴にも似た叫び声に、カルロは一瞬、開けようとした手を止めた。だがその刹那、扉の方が内側から吹き飛び、カルロの体ごと背後の壁へと盛大にぶつかる。


「がっ! ……つ、何、が……」


 扉と壁に挟まれるように身を打ちつけ、カルロは床へと倒れこんだ。全身に裂傷ができ、左肩は折れたのか上手く動かない。

 それでも何とか扉から這い出るように顔を上げると、数人の兵士に囲まれ、ボロボロになったバランが見えた。


「バラン!」

「で、殿……逃げ……っ」


 生きている。だが、床には彼の体から流れ出た赤い血が水溜りを作っていた。

 カッとなったカルロは、部屋の中へ入ろうと身を起こした。しかし、突然誰かに左肩を後ろから踏みつけられ、床に引き戻される。今まで感じたことのない痛みが全身を駆け巡った。


「あああぁぁあっ……くっ、う、ぁ」


 頭に響く痛みで視界が滲み、吐き気が沸き起こる。今すぐ気絶したい衝動に駆られたが、その滲んだ視界に見慣れた足が映りこんだ。


「これはカルロ殿下。今から貴方の部屋へも伺おうと思っていたのですよ」

「ザー、グ!」


 頭も押さえつけられ、首と目を無理やり動かし上を睨みつける。丁寧に、だが耳に不快な声の主は、見えなくてもその顔を浮かべることができた。

 カルロは両脇から別の兵士達に起こされると、痛む肩や頭を固定され、宰相だった男の目の前に跪くように引き出された。


 ザーグは、まるで勝ち誇ったようにカルロの手にあった書状をもぎ取る。それを一読すると、鼻で笑いながら破り捨てた。


「自国が危ないというのに、謝罪も同盟の件も書かず兵を引けとは。あの国の女王はどうにも己の優位を信じて疑わぬようですな」

「ザーグ、貴様、兵をアレネスに向けているとはどういう了見だ! あの国に戦争を仕掛けるつもりか!? 今すぐ引かせろっ。あの国に手を出すのは早い!」


 クツクツとあの女王を嘲笑う彼に、カルロは叫んだ。


 今アレネス国と戦争を起こせば、その期に乗じて一度屈服させた他国がまた動き出すかもしれない。属国となった場所に、まだ完全な治世をしけたとは言えないのだ。

 原初の一族に牙を剥くなど、という大義名分を掲げ襲って来たらどうするつもりなのか。それ以前に、あの国と戦って無事ですむわけがない。


「何を言っておられます。アレネス国は同盟を拒んだ。この大陸の西側で覇者とさえ言える我々と同等の地位を拒んだのですよ。そのような国に頭を下げる云われも恐れる必要もない。潰してしまえば終わりです」

「貴様狂ったか!? アレネス国に住まう者が、どういった力を持っているか忘れたのか! お前もその力の片鱗を見たはずだろう!」

「ははははっ、確かに素晴らしい力でしたよ。あの女王の力は欲しい。ですけどね殿下。誰もがあの小娘のように強い力というわけではない。女王はアレでも、原初の一族と謳われた民が全て同じというわけじゃない。貴方が王子といえど何の力も持っていないようにね」

「っ!」


 ザーグの言葉に、カルロは飛びかかろうと体をもがかせた。しかし、ほんの少し身じろぎができるだけで、痛む左肩をさらに握りこまれる。


「結界も、迷いの霧とかいうやつも魔石の連続使用で越えられる。私が編み出した技術は最高傑作だ。あんな小生意気な娘が治める国など一捻りっ」


 クッと笑んだ彼は、そのまま自分の両手を頭上に掲げた。


「殺して殺して、あの古き国は血と屍で埋まるんだ! あははっ、あはははははははは!」


 目の前でたけり狂ったように笑うザーグ。カルロはその姿にゾッとした。

 自分の作戦の成功を疑わず、人を殺すことに何の迷いも抱いていない。笑う姿は無邪気な子供にも似ている。けれど、その内に渦巻いているのが、常軌を逸した狂気であることは一目で分かる。


 周りの兵士を見れば、彼らの目の中にもザーグと似た感情が読み取れた。王子に反旗を翻した罪悪感や正義感より、人を虐げることへの喜びが見える。

 いつからこの国は、こんな風に壊れてしまったのだろう。

 カルロは唇を噛み切り、流れ落ちそうになる涙を痛みで食い止めた。


「兵を止めろ、ザーグ……ッ」


 搾り出すように低くうめいたカルロを、ザーグは鼻で笑った。


「分からん小僧だな。アレネス国さえ消えれば名実共にアフィルメスが最高の国! あれを消そうとして何が悪……」

「違う!」


 抑えられた頭を振り上げ、カルロは胸をそらした。それはただの虚勢だったかもしれないし、ようやく自覚した王子という自分の誇りの表れだったのかもしれない。


「力があれば最高の国か? 他者を屈服させていれば最高の国だと言えるのか? 違うだろう! 最高の国というのは、誰もが笑っていられる国だ! そういう世界を作り上げられる国のことだ!」


 いつか、この国から追い出されたリーファが戻ってこられるような、そんな国にしようと決めたはずだった。辛く、苦しいことがあっても、最後には誰もが笑っていられるような国。それがカルロの目指していた国だった。


「だというのに、己の欲に負けて、邪魔なものを排除することしかできないような国を、最高の国なんて呼べるわけがない!」


 叫んだのは、つい先日の自分に向かってだったのかもしれない。己の不安と甘えに負けて、王子という地位を着て、ザーグ達を消してしまえばと考えていた自分。リーファすら拒絶してしまった自分。


『貴方の敵は、貴方自身です』


 そう言った彼女の言葉が正しいなら、この国の敵は、今までこんな風に国を築いてきた自分達だ。変えるべきなのも、滅ぶべきなのもアレネス国ではない。今この国に巣くっている自分達の意識だ。


「戯言は終わったか?」

「ザーグッ!」


 自分の思いを訴えても、返ってくるのはげひた笑いだけだった。

 痛みのせいか、次第に気持ち悪さが増してくる。頭痛までし始め、気を抜けば今すぐにでも意識を失ってしまいそうだ。


「数日後には先発隊がアレネス国へと入れる。その道を通り他の部隊もだ。もちろん被害はこちらにも出るがな。その代償は……」


 見下ろしてくるギラついた目の持ち主には、カルロの言葉など何一つ届いていなかった。


「お前の尊い犠牲ということだ。外界と触れ合わず常に支配するように君臨したアレネス国。それに鉄槌を下そうと自ら乗り込み命を落とした勇敢な王子。その王子の意志を継いだ妹が私の伴侶となり、この国を支える。良い筋書きだろう?」

「貴様……っ!」

「おっと、殺すのはまだ早い。兵がアレネスに踏み込むまでは大人しくしてもらう。地下牢にでも入って頂こうか。勇敢なるカルロ殿下?」

「誰がお前なんかの言いなりに……っ!」


 ぐらぐらする意識の中、ここまで来たのなら、最後まで反抗してやろう。そう決意したカルロの目に、兵に引きずられて来る二つの人影が目に入った。その顔を認めて、カルロの背筋が凍る。


「お兄、様……」

「エレ、ミル……父上っ」


 縛り上げられ、卑しい笑いの兵に囲まれている妹。そして、物のように引きずられている父親。その二人の姿に、カルロは愕然とした。彼らの後ろには、護衛につけていた騎士達の無残な姿も見える。


「余命少ない父の死に様を見たいか? 妹が目の前で辱められる姿を見たいか? 妹とて、殺した後替え玉くらい、いくらでも用意できるんだぞ」


 顎を持ち上げられ、あの狂気の色に染まった表情で告げられた。

 もう、何を言っても届かない。自分の力では、何も止められない。悔しいのか、悲しいのか、その判別もつかなかった。

 体の痛みと相まってぼやけた視界。その中に、なつかしく、何よりも力をくれた彼の笑顔を見た気がした。


(リーファ……すまないっ)


 言葉にできない謝罪を胸に、カルロは全身から力を抜き、くず折れるように意識を失った。


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