第四話
「真子〜」
お昼休み、購買で残り物のパンを買っていたら、誰かが私の名前を呼んだ。声がした方を振り向くと、そこには愛里がいた。その瞬間、急に罪悪感に襲われた。
「あのね、あのね! 椎名君とさっき喋っちゃったの!」
愛里の口から出たのはいつも通りののろけ。聞き飽きたし、喋った程度ではしゃぐ彼女を見ると、さらに罪悪感が積もる。
この子の好きな人を好きになっちゃったんだ、私って……。
「そ、そうなんだ」
「あれぇ? 反応悪いよぉ? どうしたの?」
「うぅん、何でもない」
「そう? 具合とか悪いんじゃなくってぇ?」
「うん、平気平気」
ニッコリ笑った私を見ると、愛里はまたのろけの続きを話し始めた。
人の気も知らないで、カズのことを嬉しそうに話す愛里が少し憎らしくて、でもその笑顔はまぎれもなく恋する女の子だと思った。
痛い……。ズキズキと、少しずつ傷が大きくなっていく感じがした。
「・・・で、椎名君笑ってくれたのぉ。すっごい嬉しい!」
「そう……」
今度は痛くなかったけど、イラッときた。これがヤキモチというやつだろう。またヤキモチを妬いてしまった自分に、吐き気がする。自分は他のみんなと違って汚いんだって、そう思ってしまう。
「よかったじゃん!」
「うん♪」
自分の演技の上手さに自分でビックリ。愛里は、教室に戻っていった。
胸が痛い。痛い、痛い。愛里を見ると、志帆先輩を見ると、カズと喋ってる人を見るとイライラする。こんな醜くなるんだったら、やっぱり好きってこと気づくんじゃなかった。
「カズ……」
一人、冬の寒い屋上に座りこんでカズの名前を呟く。
「カズ……」
何を伝えたいのか解らないけど、ただただカズの名前を叫びのように呟く。何度呟いても、冬の強い風のせいで、それはかき消されてしまう。そのせいで、私はますます切なくなった。
「何でカズなの……? 何で愛里はカズの事が好きなの? 何でカズは志帆先輩のことが好きなの? …なんで私はカズの事が好きなの?」
誰もいない屋上に静かに響く。それはまるで悲痛のように。
「カズ……」
昼休み終了のチャイムがなっても、私はそのまま座り込んでた。
放課後になった。生徒達が運動場に出始めてから、私は教室に戻った。さすがに体も冷えきっていた。
私たち二年生の階は、人っ子一人いなかった。そのせいなのか分からないけれど、今の私にとって一組までがとても長く感じた。すると、他のクラスは真っ暗なのに、一組からは明かりがもれていた。誰かいるのかな、と思いガラスから中を覗き込んだ。
「!」
そこには、カズと志帆先輩がいた。驚きとショックで、目が見開いてしまったけど、私は気付かれないようにその場を去ろうとした。でも、見つかってしまった。
「真子……!? お前何やってたんだよ、今まで!」
「……屋上でサボってた」
「アホか!体冷えんだろうが!」
「大丈夫だって!」
私の腕をつかもうとしたカズの手をふりはらい、叫んでしまった。叫んでから後悔した。
「あ……ごめん」
「い、いや」
嫌な沈黙が私たちの間を流れた。私からは何を言って良いのか分からなかったから、つい黙ってしまった。そして、ついに沈黙が破られたと思ったが、意外にも破ったのはカズではなく志帆先輩だった。
「真子ちゃん、だよね?」
「はぁ」
「サボりは暖かい日にしなね。それじゃ、カズ、しっかりね」
前見たまんまの、かわいらしい笑みで、それだけ言い残して先輩は教室から出てった。また、妙な沈黙が流れる。このままだとずっと沈黙が続きそうだったから、私は急いで何か話題を探した。
「ご、ごめんね、せっかく志帆先輩と喋ってたのに私邪魔しちゃってさ」
「別に」
「そ、そう?」
「それより……俺、お前に話したいことあるんだけど」
話したいこと?嫌な場面が私の中を駆け巡る。もしかして私、カズの事怒らせた?
「な、何改まっちゃって。あ、もしかして恋の相談ですか?」
わざと明るく振舞う。でも、カズは首を横に振った。
「じゃ、じゃぁ何?」
「いいか? 逃げるなよ? 驚いても決して逃げるなよ。」
「う、うん、わかった」
「実は俺、ずっと」
その瞬間ものすごい勢いでドアが開いた。カズが何かを言いかけたけど、それさえも止まってしまった。
教室のドアの方に目を向けると、そこに立っていたのは愛里だった。
「あ、愛里……」
一番会いたくない人に会ってしまった。さっきのカズの言いかけの事などすぐに頭から離れてしまったほどだ。今まで通りに振舞えと必死に脳は命令してるけど、なかなか体が言う事を聞かない。
「ま、真子……ごめん、何か話してた?」
「う、うぅん、大丈夫」
「そう、それより椎名君、話があるの」
愛里がカズの方に歩み寄る。一大決心をしたような顔。いつもと喋り方さえ違う。それですぐに分かった、告白するんだって。
「私、椎名君のこと好きなの。一年生の時からずっと」
「えっ……」
愛里が何でいきなり告白にうつったのか解らない。昼休みまで、のろけばっかしてたのに、それに私は何も聞いてない。それよりも、もしカズが良い返事をしてしまったらどうしよう。でも、私はずっと愛里のことを応援してた。私は愛里とカズが付き合うことを望んでるはずだ。そう、自分に言いきかせながら、カズの返事に耳を傾けた。
「ごめん」
カズの口から出たのは、ごめんの三文字。嬉しいような悲しいような複雑な心境になってしまった。しかも、次にカズが言ったことによってさらに複雑になってしまった。
「俺、真子のことが好きなんだ」
真子って誰・・・・・・いや私だ。私以外、真子なんて子いない。……え、カズが私の事好き!?有り得ない!
「お前は?」
頭が真っ白になった。これが真実なら、正直嬉しい。地球が爆発しても笑っていそうなほど嬉しい。でも、愛里の前だ。私はうつむいて黙った。結局、出した答えはこれだった。
「考えさせて……」
「しぃ〜!!」
部活中の詩織を呼び出した。
「私……カズに告られたの!」
「マジ?良かったじゃないの」
「でもね、愛里の前で告られたのさ」
「うわ・・・・・・まさに修羅場ね。って言うか椎名君は志帆先輩の事好きなんじゃないの?」
そう、それが一番の謎だ。一瞬、冗談かと思ってしまった。
「ところで、なんて答えたの?」
「普通はそれ一番最初に聞くよね。……考えさせてって言っといた。」
「で、わざわざ私にどうしたら良いって聞きに来たの?」
「その通り!良く解ってますね……」
「私何もアドバイスなんか言ってあげれないよ?恋愛経験少ないし」
……正直私は、ウソつけって思ってしまった。実は詩織はモテるんです。美人で運動神経抜群で、男女問わず仲良いんです。そんな子がモテないわけがないでしょう。
「ま、素直な気持ちで答えてあげたらどう? 愛里とか関係なく、自分の気持ちでね」
「うん……解った」
「じゃ、部活あるから」
「ばいばい」
詩織はそのまま体育館に入ってった。私は、詩織が完全にいなくなるのを見届けてから、学校を後にした。
私はどうしたら良い?
私が良い返事を出しても、悪い返事を出しても、誰かは傷付いてしまう。
どうしたいいんですか?
どうするべきなんですか?
この答えは誰も教えてくれなかった。
第四話です。主人公、迷ってますね……。気持ちがぐらついてますね。さぁ、これからどうなるのか!それは作者の気分次第。(オイ
次回はカズと真子の出会い編に入っていきます。