10
その日の夕方、作業場の空気はいつもより重かった。
籠いっぱいの甘草茎が、作業台の上に積まれている。
泥を落とし、根を切り、同じ長さに揃える。
遼は一本を手に取り、包丁で縦に裂いた。
繊維がびし、と音を立てて割れる。
断面は白い。
ほんのりと、青臭さの奥に甘い匂いがある。
「本当にこれで砂糖になるのか」
リシアが腕を組んで覗き込む。
「ならなくても、甘味は出る」
遼は裂いた茎を鍋に放り込む。
水をひたひたに注ぐ。
火を入れる。
ぱちぱちと薪が爆ぜる。
やがて鍋が小さく震え始める。
青い匂いが立ちのぼる。
最初は、ただの草の匂いだ。
兵士が鼻をつまむ。
「これ食うのか?」
「黙ってろ」
煮立つ。
ぐらぐらと泡が弾ける。
時間が経つにつれ、匂いが変わる。
青臭さが抜け、代わりに丸い匂いが混ざる。
遼は木匙で掬い、息を吹きかけてから舐めた。
苦い。
そして――
遅れて、甘い。
舌の奥に残る甘味。
砂糖のように鋭くはない。
だが、確かに甘い。
「出てる」
「本当か」
リシアが奪うように匙を取る。
舐める。
眉が動く。
「……薄いが、甘いな」
「煮詰める」
遼は火を強める。
水分を飛ばす。
量が減っていく。
色が、淡い茶色に変わる。
とろみが出る。
さらに煮る。
焦げないよう、底を絶えずかき混ぜる。
汗が落ちる。
腕が重い。
兵士たちが無言で見守る。
いつの間にか、周囲が静かになっている。
皆、知っているのだ。
これが成功すれば、砦は王都に頭を下げなくて済む。
ぐつ、ぐつ。
泡が大きくなる。
粘度が増す。
木匙を持ち上げると、ゆっくりと糸を引く。
「もう少し」
火を弱める。
最後は慎重に。
焦がせば終わりだ。
やがて、どろりとした液体が鍋底に残った。
量は、元の三分の一以下。
遼は小皿に垂らす。
冷めるのを待つ。
誰も喋らない。
静寂の中で、外の風の音だけが聞こえる。
指で触れる。
粘る。
舐める。
甘い。
薄いが、はっきり甘い。
砂糖のような結晶感はない。
だが、団子のタレに混ぜれば十分だ。
遼は顔を上げる。
「いける」
小さく言っただけなのに、周囲の空気が弾けた。
「本当か!」
「王都の砂糖いらねえのか!?」
「落ち着け」
遼はすぐに首を振る。
「まだ量が足りない。手間もかかる」
だが可能性はある。
団子のタレに、試しに混ぜる。
煮詰めた甘草液を少量。
いつもの発酵液。
少しだけ王都の砂糖。
火にかける。
香りが立つ。
いつもより、少し青い。
だが甘い。
団子に絡める。
兵士に渡す。
噛む。
飲み込む。
顔が変わる。
「……ちょっと違うな」
「でも甘い」
「後味が長い」
遼も食べる。
確かに違う。
砂糖だけの甘さより、遅れて残る。
舌の奥にじわりと留まる。
「混ぜれば使える」
リシアが言う。
「全部これにするのは無理だが、量は増やせる」
壺の底を思い出す。
残り三割。
だが今は、時間が伸びた。
甘味を自分たちで作れるという事実が、胸の奥で重く光る。
そのとき。
外でざわめきが起きた。
門の方から怒鳴り声。
「王都の使いだ!」
空気が一変する。
甘い匂いが、急に遠く感じる。
リシアが槍を手に取る。
遼は鍋を見つめる。
まだ湯気が立っている。
自分たちの甘味。
その前に、王都が来た。




