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月下の台所ー異世界辺境食記ー  作者: おこげ


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10/16

10

その日の夕方、作業場の空気はいつもより重かった。

 籠いっぱいの甘草茎が、作業台の上に積まれている。

 泥を落とし、根を切り、同じ長さに揃える。

 遼は一本を手に取り、包丁で縦に裂いた。

 繊維がびし、と音を立てて割れる。

 断面は白い。

 ほんのりと、青臭さの奥に甘い匂いがある。

「本当にこれで砂糖になるのか」

 リシアが腕を組んで覗き込む。

「ならなくても、甘味は出る」

 遼は裂いた茎を鍋に放り込む。

 水をひたひたに注ぐ。

 火を入れる。

 ぱちぱちと薪が爆ぜる。

 やがて鍋が小さく震え始める。

 青い匂いが立ちのぼる。

 最初は、ただの草の匂いだ。

 兵士が鼻をつまむ。

「これ食うのか?」

「黙ってろ」

 煮立つ。

 ぐらぐらと泡が弾ける。

 時間が経つにつれ、匂いが変わる。

 青臭さが抜け、代わりに丸い匂いが混ざる。

 遼は木匙で掬い、息を吹きかけてから舐めた。

 苦い。

 そして――

 遅れて、甘い。

 舌の奥に残る甘味。

 砂糖のように鋭くはない。

 だが、確かに甘い。

「出てる」

「本当か」

 リシアが奪うように匙を取る。

 舐める。

 眉が動く。

「……薄いが、甘いな」

「煮詰める」

 遼は火を強める。

 水分を飛ばす。

 量が減っていく。

 色が、淡い茶色に変わる。

 とろみが出る。

 さらに煮る。

 焦げないよう、底を絶えずかき混ぜる。

 汗が落ちる。

 腕が重い。

 兵士たちが無言で見守る。

 いつの間にか、周囲が静かになっている。

 皆、知っているのだ。

 これが成功すれば、砦は王都に頭を下げなくて済む。

 ぐつ、ぐつ。

 泡が大きくなる。

 粘度が増す。

 木匙を持ち上げると、ゆっくりと糸を引く。

「もう少し」

 火を弱める。

 最後は慎重に。

 焦がせば終わりだ。

 やがて、どろりとした液体が鍋底に残った。

 量は、元の三分の一以下。

 遼は小皿に垂らす。

 冷めるのを待つ。

 誰も喋らない。

 静寂の中で、外の風の音だけが聞こえる。

 指で触れる。

 粘る。

 舐める。

 甘い。

 薄いが、はっきり甘い。

 砂糖のような結晶感はない。

 だが、団子のタレに混ぜれば十分だ。

 遼は顔を上げる。

「いける」

 小さく言っただけなのに、周囲の空気が弾けた。

「本当か!」

「王都の砂糖いらねえのか!?」

「落ち着け」

 遼はすぐに首を振る。

「まだ量が足りない。手間もかかる」

 だが可能性はある。

 団子のタレに、試しに混ぜる。

 煮詰めた甘草液を少量。

 いつもの発酵液。

 少しだけ王都の砂糖。

 火にかける。

 香りが立つ。

 いつもより、少し青い。

 だが甘い。

 団子に絡める。

 兵士に渡す。

 噛む。

 飲み込む。

 顔が変わる。

「……ちょっと違うな」

「でも甘い」

「後味が長い」

 遼も食べる。

 確かに違う。

 砂糖だけの甘さより、遅れて残る。

 舌の奥にじわりと留まる。

「混ぜれば使える」

 リシアが言う。

「全部これにするのは無理だが、量は増やせる」

 壺の底を思い出す。

 残り三割。

 だが今は、時間が伸びた。

 甘味を自分たちで作れるという事実が、胸の奥で重く光る。

 そのとき。

 外でざわめきが起きた。

 門の方から怒鳴り声。

「王都の使いだ!」

 空気が一変する。

 甘い匂いが、急に遠く感じる。

 リシアが槍を手に取る。

 遼は鍋を見つめる。

 まだ湯気が立っている。

 自分たちの甘味。

 その前に、王都が来た。

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