EP8《放課後の中庭で、ギャル神は君の明るさを外した。》──笑うほど壊れていく“明るい役割”を外した話──
早瀬ハヤト
→ 他人の“心のバグ”に触れると、その代償を肩代わりしてしまう体質の男子。
星野アカリ
→ 明るさに依存する繊細ギャル。誰にも言えない“欠けた時間”を抱える。
神奈カナ
→ 一年前に死んだ “ギャル神アバター”。放課後の怪異を儀式で修正する存在。
◆1 放課後の中庭で、揺れる笑顔
放課後の中庭は、今日もにぎやかだった。
スマホのライトが点々と光り、笑い声が重なるたび、花壇の花まで揺れそうなほど熱い。
その中心にいるのが、御園生 生。
クラスの真ん中でいちばんよく笑う太陽みたいな子で、盛れ角度を本能で知っているタイプだ。
「セイ〜!この音源で撮ろ!伸びるやつ!」
「今日テンション高くない?どうしたん?」
生は笑う。
完璧で、可愛くて、眩しい。
……でも。
アカリが僕の袖をぎゅっとつまんだ。
「ねえハヤト。セイちゃん、リア充なのにさ……目だけ死んでない?」
その時だった。
音が消えるように、パンジーが一輪、色を抜かれたみたいに白っぽくなり、しゅんと首を垂れた。
「え……?」
生が笑うたび、次の花も色を失い、しおれていく。
背中を嫌な汗が伝う。
僕の平穏スロットが、見えない爪でゆっくり削られるみたいに軋んでいた。
◆2 楽しそうなのに、目が笑っていない
生が輪から離れたタイミングで、アカリが声をかけた。
「今日の写真見せて?」
スマホには何十枚もの“完璧な笑顔”が並んでいる。
ただし——。
「うん、かわいい。……でもセイちゃん、楽しそうなのに目が笑ってない」
「ひど〜。褒めてる?それ」
生は癖で笑う。
その笑いが、どこか無理に見える。
僕は花壇を指差した。
「……セイちゃんが笑うと、花が枯れてる」
「やだ、そういうネタ?」
その瞬間、一輪がばさりと崩れた。
そして僕の耳には、生の笑い声が半拍遅れて聞こえる。
「遅れて……聞こえたよな?」
「うん。これ……“残響”だよ」
残響が花壇を撫でるたびに、花が色を失って崩れていく。
アカリは固い表情で言った。
「ハヤト……これ、怪異だよ」
僕は喉を鳴らす。
「……呼ぶ?」
「呼ぶ」
アカリは深く息を吸い込み、中庭の空気を割るように呼んだ。
「カナ!来て!」
◆3 芝生の裂け目から、ギャル神が笑う
中庭の芝生が、風もないのに“ふわり”と波打った。
波紋が中央に集まり、そこだけ刃物で切ったみたいにぱっくり裂ける。
裂け目の中は、光の柱で満たされていた。
その中心から、金髪ゆる巻きのギャルがひょいっと現れた。
太もも全開。逆光完全対応。
この世の理不尽が人型になったような存在だ。
「呼ばれたから来たでー。ウチ、神奈カナ。
第七十三代ギャル神。放課後限定、心バグ修正サービスや」
生はぽかんと目を丸くした。
カナは生を上から下まで見て、即座に判断した声で言う。
「御園生生。
“明るい生が好き”って言われすぎて、笑顔が勝手に上書きされる体質。
……魂の表面に、薄ーい笑顔フィルターがかかっとる」
「フィルター……?」
「せやで。
本間の顔の上に“作り笑い”が勝手に乗っかるんや。
貼りすぎて、もう剥がれへんタイプ」
◆4 笑顔フィルターの露出
カナが指を鳴らす。
空気がバキッと割れたように揺れ、生の顔の上に“白い膜”がふわりと浮かび上がった。
——笑顔フィルター。
目の穴は真っ黒。
口だけが完璧に笑っている。
ひび割れが走り、黒い液が滲み、花壇に落ちた瞬間、その花が色を失って崩れた。
生は息を震わせながら言う。
「……笑ってないと、みんなガッカリするから。
明るいセイじゃないと、私……いらない気がして」
アカリの手がわずかに震えた。
「……わかるよ。役割って……外れないよね」
アカリの瞳が、一瞬だけ揺れた。
その揺れは、小さな“ひび”のように見えた。
◆5 儀式前の承諾:弱さと恐怖の告白
カナが生に向き直る。
「セイ。
儀式は“ええ魔法”ちゃう。
痛む。
心の奥の、触れたくなかったとこ……全部触るで」
生の肩が震えた。
「……触られたら……どうなるの?」
「戻らん。
元の“明るいセイ”には戻れへん。
代わりに、進める。ズレを直せる」
アカリが、生の背中にそっと手を置く。
「セイちゃん……怖いよね。
でも、このままのほうが……もっと苦しいよ」
生は唇を噛み、呼吸が乱れた。
長い沈黙。
「……怖い。ほんとに、怖い」
言った瞬間、自嘲みたいに、へにゃっと笑う。
「こんなの……ダサいよね。
いつもみたいに“余裕〜”とか言えたらよかったのに……」
笑いはすぐ崩れ、視線は足元へ落ちる。
スニーカーで芝生を細かくえぐりながら、絞り出すように言った。
「……でも。
この笑顔のまま生きるほうが……もっと怖い。
ずっと“明るいセイ”しかやれなくて……。
本当の顔、誰にも知られないまま……終わる気がする」
涙が落ち、震える息が漏れる。
ゆっくりと顔を上げ、にじむ視界の向こうでカナを見る。
「……お願いします。
儀式を、やってください」
カナは静かに頷いた。
「——ほな。始めよか」
◆6 儀式:笑顔ログの上映と、時間の裂け目
カナが手を払うと、中庭が再構築される。
芝生はステージに変わり、校舎の壁は巨大スクリーンとなった。
夕方の空気は一気に冷たくなる。
「セイの笑顔ログ、ぜんぶ出すで」
スクリーンが光る。
無数の笑顔。
動画。プリクラ。自撮り。
全部、口だけ笑っていて、目が濁っている。
生の胸がひび割れるような音を立てた。
「やめて……やめてよ……!」
フィルターのひびが深くなるたび、花壇の広い範囲が一気に色を失って崩れた。
その“色の喪失”はアカリの足元にも迫る。
アカリの影が、花と同じように——
一瞬、色を失い、鉛色に変わった。
僕の胸が跳ねた。
(……アカリに、触るな)
僕の胸の奥で何かが跳ねて、足が勝手に前へ出る。
僕は叫んだ。
「止まれ——ッ!!」
叫んだ瞬間——耳の奥で爆発音がした。
生温かい液体が耳を伝い、指先が赤く濡れた。
視界が白く弾け、世界の音が“遅れる”。
遅れていた足音が、初めて現在に追いついた。
花壇の崩壊が止まった。
カナの眉がかすかに跳ねる。
「……時間、ズレよった……ハヤトの声で。
その痛みな。
アンタの肉体の痛みが、怪異の時間ノイズを打ち消す“対価”になっとる。
ほんま危なっかしいで」
カナが指を鳴らす。
「——選別、完了」
スクリーンには、雨の日に傘を回して笑う“本当の生”だけが残った。
残りは全部、花びらになって消えていった。
◆7 本当の笑顔と、涙の代償
フィルターが剥がれ、生は呆然と自分の顔を撫でた。
「……私、こんな……顔だったんだ」
「そうや。
アンタの本物は、こっちや」
生は無意識に笑おうとして——ぽたりと涙が落ちた。
「えっ……なんで……?」
「無理に笑おうとしたら涙が出る体質。
それがアンタの代償や」
「やだ……最悪じゃん……」
「最悪かどうかは、アンタ次第やで」
アカリがそっと寄り添う。
「泣いてるセイちゃん……かわいいよ」
生は泣き笑いでアカリの肩に額を預けた。
「先輩……そういうとこ……ずるい……」
その日から、生はハヤトとアカリの前だけは、“笑うのをサボる顔”を見せるようになった。
◆8 新しい日常と、ひび割れる笑顔
翌日の中庭。
「セイちゃん今日撮らないの?」
「……今日はいい。顔すぐバグるし」
笑おうとして涙がにじむたび、クラスメイトが慌ててタオルを渡す。
生は昨日よりずっと自然な表情だった。
アカリが横に座る。
「明るいセイちゃんじゃなくても……いけそう?」
生は少し考えて——うなずいた。
「……うん。昨日よりは全然」
アカリの笑顔が、一瞬だけ揺れた。
◆9 余韻:アカリの“ひび”
帰り道。
校門でカナが立っていた。
「ハヤト。
あんたよう耐えたけどな……」
カナは僕の赤く濡れた指先をちらりと見て、目を細めた。
「今みたいな真似、次やったらマジで命持ってかれるで。
ウチでも全部は守りきれん」
アカリが一歩前に出る。
「ねえカナ。
今日、セイちゃんのログ見てて……私も“明るい私”のログを全部見られてる気がして……普通に怖かった。
……ムカつくくらいに」
カナの目が微かに曇る。
「……アンタのログも、溜まっとるで。
時期が来たら——全部、見せたる」
アカリの笑顔が、一瞬だけ剥がれた。
「……マジ?」
「マジや」
アカリは貼り直すように笑う。
でも、その奥に走った“ひび”をごまかすことはできなかった。
風が吹き、中庭で誰かの笑い声がした。
その笑いは遅れて響かない。
代わりに、何かが割れるような小さな音だけが残った。
——放課後の闇は、まだ浅い。
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