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EP6《放課後の放送室で、ギャル神は君の声を攫った。》──届かなかった想いほど、言葉より重く残る話──

◆1 放課後の廊下で揺れた声



放課後の廊下は、やけに静かだった。


僕の足音が、半拍遅れて返ってくる。

その“遅れ”が背中をぞくりと撫でた。


視聴覚室で影が遅れ、体育館で鏡の表情が先に動き、

踊り場では完璧すぎる足音が世界をズラした。


(……今日こそ、なにも起きないでくれ)


そんな願いは、たいてい通らない。


横を歩くアカリが眉をひそめる。


「ねぇハヤト、ここさ……音、こもってない?」


そう言われて気づいた。

空気が重い。息を吸うと胸がつまる。


そのとき——

放送室の奥から、“嗚咽”が聞こえた。


アカリと目が合う。

僕は小さくうなずき、扉を開けた。


放送室では、放送部の七海(ナミ) ナナミが机に顔を伏せて泣いていた。

机の上には「瀬川先輩へ」と書かれた原稿用紙。


ナナミの声は震えて途中で切れ、

その“未完成さ”がやけに胸に刺さった。


「……返事……ほしかっただけ、なのに……」




◆2 アカリの違和感と僕の遅れ



「ナナミちゃん、大丈夫……?」


アカリがそっと寄り添う。


ナナミは涙をぬぐわず、震える唇で言った。


「……告白したんです。瀬川先輩に……」


「そっか。よく言えたじゃん」


「でも……返事を言おうとした瞬間……

 先輩の身体が……消えたんです。

 音だけ置いて……」


僕は思わず声を上げた。


「えっ……お、音だけ……!?」


アカリがほんの一瞬だけ表情を曇らせた。

“どこか見覚えがある”ような顔。

でも、何も言わない。


その瞬間——

スピーカーが勝手に入った。


誰も触れていないのに、音量がじりじりと上がっていく。


『ナナミ……ごめ……き……』


瀬川先輩の声の“残骸”が、ノイズと一緒に流れ出す。


背筋が凍った。


(……これ、怪異だ……)


足元の影が、いつもより薄く見えた。




◆3 ノイズに混じるギャル神



アカリが深く息を吸い込む。


「——カナ先輩、来て!」


スピーカーの黒い網の奥で、ざざっと金色のノイズが走った。


ハウリングみたいなきらめきが弾けて、その真ん中から、金色の髪の束がするりと抜け出すように――

ギャル神・神奈カナが現れた。


金髪ゆる巻き。盛りカラコン。

いつものギャル全開の見た目なのに――

目だけが、いつもより静かに暗い。


「おーつ。ウチは第七十三代ギャル神・神奈カナ。

 声でも返事でも、バグっとるもん全部、直しにきたで?」


軽口の奥に、ザラつくノイズが混ざっている。


カナ先輩は部屋を見渡し、低く言った。


「……最悪の系統やん。“返事を奪う怪異”や」


アカリが顔をしかめる。


「今日のカナ先輩、なんか言い方怖いんだけど……?」


カナ先輩は僕を見ると、一瞬だけ怯えたみたいな目をした。


「ハヤト。アンタ今日は絶対に中心立つな。

 スロット残量……ゼロや」


「えっ……ゼロって……!? 僕、そんな……!」


「儀式のたびに代償の欠片、拾っとるからや。

 影、足音、ズレ、ぜんぶ“平穏”から引き算やで」


胸が冷たくなる。


(僕、もう……マイナスなんだ)




◆4 返事が怪異になるとき



カナ先輩はスピーカーを指した。


「瀬川の“返事未遂”が怪異になっとる。

 告白された瞬間のYES/NOの揺らぎ。

 そこにナナミの“返事を求める渇望”が重なって、

 世界の誤差と共鳴したんや」


「誤差……?」


「返事ってのはな、“存在を確かめる音”なんよ。

 それが途中で切れたら、存在が抜け落ちる」


ナナミの喉が震えた。


「……先輩は……」


「分からん。でも返事怪異は“声”を喰う。

 ナナミの声が危ない」


そして、カナ先輩は僕を見た。


「ハヤトの声もな」


僕は息をのんだ。

喉が、きゅっと締まる。


いつもはズレたり遅れたりする“影”や“足音”が、

今はぜんぶ、喉の奥に集まっている気がした。




◆5 ギャル神儀式:声を満たす



カナ先輩が儀式の内容を告げる。


① ナナミが“本当に伝えたかった言葉”を言う

② 怪異にそれを渡す

③ 世界の誤差を“完了”させる


「ナナミの本音で、返事の穴を埋めるんや」


その瞬間——

照明が一斉に明滅した。


空気が“薄い膜ごと裂ける”ように震え、

放送室全体がひしゃげる。


胸の奥が押しつぶされるように苦しい。


「怪異は周囲の声も吸う。

 ハヤトは絶対に喋ったらアカン。

 声のスロット……もう残ってへん」


「そ、そんな……!」


喉の奥がじりじり熱くなる。

内側から誰かが押してくるみたいな異様な感覚。


スピーカーの穴が全部、

“開きすぎた瞳”みたいにこちらへ向いた。


『ナナミ……ごめ……き……』


音が流れるたびに、

足元の温度がすっと下がる。


ナナミは震える声で言った。


「……先輩……私……ずっと……あなたが好きでした……」


怪異の気配が、空気を噛むように揺れる。


(やめろ……来るな……)


次の瞬間——

喉の奥で、なにかが“反転”した。


声帯がひっくり返されるような痛み。


そして、僕の声が勝手に漏れた。


『……っ……やめ……』


自分の声なのに、

知らない誰かの呼吸が混ざっている。


吐き出された音が、僕のものじゃない。


部屋がぐらりと歪む。


「ハヤト!! 喋るな言うたやろ!!

 声が抜けていっとる!!」


怪異が、僕を認識した。


スピーカーの穴がひとつの巨大な“口”みたいに開き、

そこから、


『……ハヤト……返事……』


僕の名前が呼ばれた。


膝が抜ける。

息ができない。

喉に“返事しろ”と命令されているみたいだ。


(言ったら……僕も……消える……)


ナナミは涙をこらえながら前を向き、震える声で言った。


「……先輩に……言いたかった返事は……

 “ありがとう”でした……!」


その瞬間、

世界から音がふっと抜けた。


照明が戻り、空気の重さがほどけていく。


怪異は、静かな残響をひとつ落として消えた。




◆6 言葉が届いた瞬間



ナナミの声は残った。

ただ、言い始めが少し弱い。


それが代償。


アカリが肩を支える。


「ナナミちゃん……よかったじゃん。ほんとに」


ナナミは泣きながら、震えた笑顔を浮かべた。


「……ちゃんと、届いた……って、思っていいんでしょうか……」


カナ先輩が静かに言う。


「ナナミの本音が、瀬川の返事を完了させたんや。

 未読既読とかちゃう。もう、“気持ちは届いた”とこで止まっとる」


ナナミは目を閉じ、小さく「ありがとうございます」と呟いた。




◆7 遅れて響く僕の声



「ハヤト、一回喋ってみ」


言われて、試しに口を開く。


「……あ……」


声が、半拍遅れて出た。


アカリが息を呑む。


「ちょ……ハヤト、それマジでヤバいって……」


自分でも、気持ち悪いくらい違和感がある。

喉で言ったはずの音が、世界のほうでワンクッション置いてから返ってくる。


カナ先輩は目を伏せた。


「ハヤト……

 アンタ、“自己呼称の声”ひとつ持ってかれたな」


「じこ……?」


「“オレは”“ボクは”“私は”って、自分を呼ぶ声や。

 それの一部が、さっき怪異に食われた。

 だから、声の出だしが世界とズレる」


胸がゆっくり冷えていった。


(僕……本当に……減ってる……)


さっきまでナナミのために震えていた喉が、

今は、自分のために凍っている。




◆8 残響だけが残った



放送室が静かになった頃。


スピーカーがひとつだけ、澄んだ音を落とした。


『……せ……が……』


もう怪異ではない。

ただの“未整理の返事”。


なのに妙に胸に刺さる。


僕の声の遅れと同じリズムで響いて、

いつまでも消えなかった。


(……戻らないのか、僕の声……)


影の遅れ、足音のズレ、

そこに“声の遅延”が重なった。


その痛みだけが、放課後の空気に残った。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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