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EP4《放課後の踊り場で、ギャル神は君の足音を眠らせた。》──足音を消したのは、誰にも迷惑をかけたくなかったから──

早瀬ハヤト

→ 他人の“心のバグ”に触れると、その代償を肩代わりしてしまう体質の男子。


星野アカリ

→ 明るさに依存する繊細ギャル。誰にも言えない“欠けた時間”を抱える。


神奈カナ

→ 一年前に死んだ “ギャル神アバター”。放課後の怪異を儀式で修正する存在。

◆1 放課後、踊り場でだけ完璧な子


放課後の階段は、理由もなく怖い。


授業がある時間帯は、上り下りする足音でぎゅうぎゅうに満たされているのに、

チャイムが鳴ってしばらくすると、急に“音の抜け殻”みたいになる。


誰もいないはずなのに、誰かの気配だけが紙みたいに貼りついている。


僕――早瀬 早人(ハヤセ ハヤト)は、掃除当番で三階へ向かいながら、

「今日こそ放課後怪異もギャル神案件も起きないでほしい」と、心の中で五十回くらい祈っていた。


祈りは、だいたい届かない。


足音が、消えたのだ。


階段は軋まず、風も鳴らないのに、

空気だけが薄く震えて、僕の皮膚を撫でた。


(……また、やばいやつだ)


嫌な既視感がする。

視聴覚室で“影が遅れた夕暮れ”と同じ、世界が少しだけズレる気配。


踊り場に――ひとりの女子が立っていた。


久遠(クオン) リサ。

地味で、教室の隅で本に溶け込むように座っている子。


そのリサが、踊っていた。


つま先から指先まで線が通っていて、

身体の軸がびくともしない。

優雅で、怖いほど完璧だった。


だが音がしない。

スカートの布擦れも、靴の接地音も、一切。


ただ――


影だけが遅れてついてくる。


リサがターンすれば、影は半拍遅れて回り、

床の上に黒い渦を残す。


「ひっ……」


僕はバケツを落としかけ、ぎりぎりで持ち直した。


「久遠、さん……?」


リサが振り返る。

汗ひとつない。息も乱れていない。


「早瀬くん。どうしました?」


「ど、ど、どうしたもこうしたも……今の……」


「ストレッチです。ちょっと癖で」


いや、それは癖じゃない。

影が遅れるストレッチは世界大会でも存在しない。


混乱している僕の顔を見て、

リサは本気で普通のトーンで言った。


「変でした?」


「普通より……ホラー寄り……」


そこへ明るい声。


「ハヤト~? なんで階段で死にかけとるん?」


アカリが降りてきた。

ギャルで、幼なじみで、そして“ギャル神の呼び役”だ。


アカリはリサを見るなり、目を細めた。


「……リサちゃん、今日なんか足の重心がえぐい。

体、軽いんやない?」


その一言に、リサの肩が震えた。


「踊るつもりは……ないんです……。

でも身体が……勝手に……」


嫌な予感しかしない。


アカリと僕は同時にうなずいた。


「呼ぶしかないな」

「呼ぶしかないやつだよね」


アカリは踊り場の壁の「転落注意」ポスターに手をかざした。


「ギャル神さま、お願いしまーす」


ビリ、と紙が裂け、そこから金髪ゆる巻きが現れる。


「呼ばれて飛び出てギャル神参上☆

ギャル界のツインテール番長、神奈カナ〜ん✌︎」


今日もギャル神が降臨した。




◆2 “ズレた身体”が引きずる世界



カナはリサを見て、ヒールをコツンと鳴らした。


そして世界が、ひずんだ。


階段の段数が、増えたり減ったりする。


(……え? 十七? 十九? どっち?)


記憶の段数と、目で見える段数が一致しない。


「うっ……!」


平衡感覚がぶれ、膝ががくんと折れかける。

胃が浮いて、視界が波打つ。


アカリも顔をしかめた。


「これ完全にズレとるやん。重力のかかり方おかしい」


カナは飽きたように言う。


「アンタの身体が、まだ“舞台の座標”に居座ってんのよ。

心はとっくに降りたのにね」


「舞台の……座標……?」


「そう。“ここ”だけが正しい舞台。

踊り場に立つと、身体が勝手に思い出すワケ」


リサは唇を噛む。


「……やめたはず、なのに。

でもここに来ると、身体がうれしそうで……」


アカリが静かに訊いた。


「リサちゃん。バレエ、やっとったん?」


リサは小さくうなずき、語り出した。




◆3 舞台で“止まれなかった”あの日のこと



「……コンクールで、隣の子が転んだんです」


リサの声は震え、でも落ち着いていた。


「本番で、足が引っかかって、その子は派手に倒れて。

会場が、ざわって……

でも私の身体は、止まらなくて」


リサは遠くを見る目で続ける。


「止まりたいのに、止まらなくて。

心は“やめなきゃ”って叫んでるのに、

身体が……喜んでたんです」


その瞬間の“音のない衝撃”が伝わってくる。


「泣いてるのが見えたのに……

スポットライトの熱が気持ちよくて。

回ったときの遠心力が、怖いくらい完璧で。

……自分が怖かった」


会場が静まり返り、誰かの息づかいすら重くなる空気。


「終わってから、その子のお母さんが私を見たんです。

何も言われてないのに……

“なんであんたは転ばないの”って責められてる気がして」


リサの手が震えた。


「家に帰ったら、自分の足音が全部“汚い音”に聞こえて……

なのに、踊り場だけ身体が嬉しそうで……

それも、怖かったんです」


カナはあっさり言った。


「心が“踊りたくない”で止まってて、

身体が“踊りたい”で走り続けてる。

ズレたままだと、世界はひん曲がるのよ」


リサの喉が鳴る。


「……どうすれば?」


「決めるのはアンタ。

踊りたい? 踊りたくない?」


長い沈黙の末――


リサは震えながら言った。


「……踊りたいです」


泣き出しそうな、それでいて決意に満ちた声だった。




◆4 ギャル神儀式:白い無世界のバレエ



カナが指を鳴らした。


空間から、“段差”が消えた。


真っ白な無世界。

上下も距離も消えて、ただ落下の錯覚だけが続く。


「う……っ」


胃が反転し、耳鳴りがする。

僕はアカリの袖を握って耐えた。


「ここがアンタの“ゼロ段目”」


カナの声がやけに鮮明に響く。


「ここに、一度きりの“完璧”を置いていきなよ」


リサは白い床の中央に立った。

舞台袖のような緊張と、罪を抱く人の静けさ――

その両方をまとっていた。


「……見ておきたいんです。

“本当の私の足”を」


リサは息を吸い、手を広げた。


一歩目。

空気が震える。


二歩目。

影が床に焼きついていく。


三歩目。

世界が呼吸を忘れた。


僕は足が震えて立っていられない。

吐き気とめまいで意識が飛びそうなのに、

目だけはリサから離れなかった。


それほど――美しかった。


ターンに入った瞬間、

影が渦を巻き、

空間そのものが歪んだ。


(止まらない……!)


目が回り、膝が崩れそうになる。

けれどリサは――止まった。


完璧に。


その瞬間――

黒い影が一斉に階段の形に変わり始めた。


“零”だった世界に、

一段、また一段と段差が生まれる。


十九段。


階段が完成した瞬間、世界がはじけた。




◆5 代償と、三人のあたたかさ



僕らは踊り場に戻っていた。


息苦しさが残り、胸がばくばくしている。

リサは膝をつき、汗で前髪が頬に張りついていた。


カナはあくびしながら言う。


「儀式完了。

アンタの“完璧”はここに封印。

舞台に立てば普通の子。ここに立てば完璧。

それで両方、アンタの人生になる」


リサはゆっくり呼吸を整えながら言った。


「……それで、いいです。

普通でいい。

でも、ここでは……一度だけ、あの子と違う私を置いていけたから」


その声が震え、でもどこか解放されていた。


アカリがそっとリサの背を撫でる。


「怖かったやろ。でもがんばったね」


僕は息を飲みながら言う。


「……ほんとすごかったよ。

怖いくらい綺麗だった」


リサは泣き笑いみたいな顔でうつむいた。


「よかった……見ててもらえて……

ひとりでやってたら、崩れてたと思います……」


胸がじんわり熱くなる。

儀式の余韻が、怖さだけじゃなく、

“生きて戻ってきた”温度をくれた。


カナはポスターへ戻りながら手をひらひらさせた。


「じゃ、次のバグもよろしく〜。

放課後は働き時ネ☆」


アカリが笑う。


「はいはい。また呼ぶし」


静けさが戻った踊り場で、

リサは小さく一歩踏み出した。


コツン。


ごく普通の、やさしい足音。


「……この音なら、歩けます」


その言葉は、涙の代わりに光って聞こえた。




◆6 次の放課後のすすり泣き



数日後の放課後。


また階段掃除になった僕は、

踊り場でリサが静かに踊る姿を見つけた。


影は足元に寄り添い、

ここだけは舞台の名残を抱いていた。


「今日も……リハビリです」


「うん。特等席で見させて」


そんなやり取りのあと――


……すすり泣きが聞こえた。


下の階。

家庭科室の前の薄暗い廊下。


アカリが顔を出し、険しい目をした。


「ハヤト、聞こえた? 次のバグやで」


リサが不安そうに僕を見つめる。

僕は階段の手すりを握り、深く息を吸った。


怖い。

でも――逃げない。


「……行こう」


アカリが笑う。


「うちら、放課後怪異対応班やし?」


僕らは薄暗い階段を下りていく。

踊り場では、まだリサの完璧な余韻が

静かに揺れていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次の第5話「放課後の家庭科室で、ギャル神は君の温度を片づけた。」も公開しています。

続けて読んでもらえると嬉しいです。


もし作品を面白いと感じていただけましたら、画面下の評価(星)とブックマークをどうかお願いいたします。 続きの更新の大きな励みになります!

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