EP3《放課後の美術室で、ギャル神は君の顔を奪った。》──“いい子の顔”ばかり重ねて、本当の私が消えた話──
早瀬ハヤト
→ 他人の“心のバグ”に触れると、その代償を肩代わりしてしまう体質の男子。
星野アカリ
→ 明るさに依存する繊細ギャル。誰にも言えない“欠けた時間”を抱える。
神奈カナ
→ 一年前に死んだ “ギャル神アバター”。放課後の怪異を儀式で修正する存在。
◆1 放課後、美術室の扉の前で
放課後の廊下は、空気が薄い。
ついさっきまで満員だったはずの校舎が、急に“置き去りになった世界”みたいになる時間帯だ。
だけど――美術室の前だけは、異様に静かだった。
「……ハヤト、今日ちょっと付き合って」
幼なじみのギャル・アカリに腕をつかまれ、僕はずるずる引きずられていた。
「なんで僕? 帰宅部だよ? 美術経験ゼロだよ? 筆が泣くよ?」
「大丈夫大丈夫。泣かせないって。……たぶん」
「“たぶん”で僕を連れてこないで!?」
アカリは、美術室の前で小声になる。
「ヤバい絵、できてんだって」
「……“天才”的に? “動く”的に? “呪う”的に? どれ?」
「“あっち”的に」
「やっぱそっちかああああぁぁぁぁ!!」
逃げようとしたらフードを捕まれ、死亡。
「ハヤト、“平穏スロット”もう残ってないんでしょ?」
「やめて言わないで……! あれマジで心に来るんだよ……!」
僕は前回の儀式で“影の遅延”というバグを抱えた。
魂座標の代償で、僕の影だけワンテンポ遅れて動く。
「帰るという選択肢は……?」
「ない」
「圧が強い!!」
そんな抗議を無視して、アカリがドアをそっと開けた。
◆2 理想に寄りすぎた自画像
放課後の美術室は、夕日に照らされ、乾きかけた油絵と石膏像の匂いが漂っていた。
奥のイーゼルの前に座っていたのは――
「あ、綾瀬さんだ」
黒髪をきっちり結んだ女子。
美術コンクール常連、“天才”と噂される綾瀬 ミオ。
「アカリさん……それに、ハヤトくん……?」
「よっ、ミオちゃん。見学させて?」
「ぼ、僕はただの通りすがりです。通りすがって帰りたいです」
「聞こえてるよ?」
僕はキャンバスを覗き込んだ。
「……すげ」
あまりに上手い。けれど――
「これ……綾瀬さん……だよね?」
「……“だったもの”です」
キャンバスの中の“ミオ”は、現実よりも“盛れすぎて”いた。
肌は完璧、目は理想化、輪郭は教科書みたいに整っている。
「めちゃ上手いけど……“盛れてる”って感じ?」
ミオの肩がびくっと震える。
「……やっぱり、そう見えるんですね……」
「悪い意味じゃないからね!?」
「最初は私に似ていたんです。でも……だんだん線が勝手に変わっていって……」
「線が……勝手に?」
ぞくっ。
「鏡を見て描いていたのに……途中から“鏡の方が嘘っぽくて”。
私の顔が分からなくなって……」
ミオの声は震えていた。
「ね、ミオちゃん。スマホで撮ってみよ」
アカリがカメラを向ける。
――その瞬間、
画面の中のミオの顔だけが、ざざざっとノイズになった。
「ぎゃあああああ!?」
僕は悲鳴。影はまた逃げようと壁へ逃走。
「私には……何も映ってません。真っ白で……」
アカリが息を呑む。
「……これ、もう間違いなく“あっち”」
「呼ぶの……?」
「呼ぶよ」
「出たァァァァァァ!!」
◆3 ギャル神、額縁ログイン
美術室の空気が――ねじれた。
風もないのに、壁にかけられた“静物画のガラス面”がふわりと波打つ。
レモンが、かすかに揺れた気がした。
「……動いた?」
次の瞬間。
額縁の奥が、鏡のように“光の層”へ反転し、
そこから金髪の影が立ち上がってくる。
絵の中から抜け出すみたいに。
「ちーっす♡ ギャル神・神奈カナ、美術室にログイ〜ン☆」
ラメが舞い、ギャル神・カナが降臨。
アカリがほっとする。
「よかった……ミオの絵じゃなくて……」
「当たり前じゃん♡
アタシは治す側なんで〜。
バグの本体から出てくるワケないでしょ?」
カナは、盛れたキャンバスを見て「ふーん」とつぶやく。
◆4 “盛られミオ”が目を開ける
カナがキャンバスに触れる。
「これ、“盛られミオちゃん”ね」
「盛られ……?」
「ママの“綺麗に描きなさい”、先生の“才能ある子”、周囲の“天才キャラ”。
全部、ミオちゃんが自分で塗り重ねた結果〜」
ミオの指が震える。
「……母は、“美しい絵”をずっと……」
カナが指を軽く弾く。
――パチッ。
キャンバスのミオが、ゆっくり目を開けた。
「ぎょえええええ!!!」
僕は悲鳴。影も逃亡中。
理想ミオが、声なしで囁く。
「こっちに来てよ。
ずっと“美しいね”って言われるよ……?」
ミオの足が一歩前に出る。
アカリが抱き止める。
「それ、ミオちゃんじゃない!」
ミオの胸がしめつけられる。
(楽になりたい……でも……違う……これは私じゃない……)
「やだ……消えたくない……!」
理想ミオの笑顔は完璧で、だからこそ不気味だった。
◆5 ギャル神の儀式と、右目の色
カナが指を鳴らす。
「このバグ、直すね。
ただし、“代償”は発生するよん♡」
ミオは息をのみ、震えて言う。
「……代償は……なんですか?」
「――ミオちゃんの右目の“色”、もらうね」
ミオの影が揺れる。
理想ミオが嘲るように囁く。
「完璧になれるよ? 戻ってこれないけど?」
ミオの右目の色が、じわりと滲みはじめた。
「いや……いやだ……!」
カナの表情は静かだ。
「綾瀬 ミオ。
アンタ、誰かに“美しい”って言われるためじゃなくて、
自分を見るために絵を描いてきたんだよ」
ミオが震える声で叫ぶ。
「……私……私の顔が……知りたい……!」
その瞬間、
右目から“色”がふっと抜けた。
理想ミオのキャンバスが、ガラスのように砕け散る。
残ったのは――真っ白なキャンバスだった。
ミオは膝から崩れながら、それでも笑った。
「……右目、色が……ないのに……
輪郭が……ちゃんと……見える……!」
本物のミオの顔だった。
カナは満足げに微笑む。
「はい、儀式完了♡」
◆6 新しい自画像と、夕焼け
数日後。
ミオはスケッチブックに線を走らせていた。
右目は無彩色の世界。
左目だけが色を持っている。
「……でも、不思議です。
色がなくても、形って、すごく綺麗なんですね」
描かれた自画像は――未完成で、荒くて、優しかった。
「前よりも……“私”を描けてる気がします」
夕焼けが、キャンバスとミオの左目を染めた。
◆7 平穏スロットは、今日もゼロ
昇降口で僕は頭を抱えた。
「今回も死ぬかと思った……寿命、減ってない?」
「減ってるよ〜」
「やめてそれぇ!!」
アカリが笑う。
昇降口を出ると、空は半分オレンジ、半分モノクロ。
「――あ、そういえば。
隣のクラスの子、“自分の声が自分のじゃない”って言ってるらしいよ」
「もうやだこの学校ーーーーーッ!!」
僕の悲鳴が夕焼けに消えた。
平穏スロットがゼロでも、明日はまた放課後が来る。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
第4話「放課後の踊り場で、ギャル神は君の足音を眠らせた」も公開していますので、続きを読んでもらえると嬉しいです。
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