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EP1《放課後の視聴覚室で、ギャル神は君の影を拾った。》EP1《放課後の視聴覚室で、ギャル神は君の影を拾った。》──消えたかった私に、影だけが遅れてついてきた──

放課後怪異録・第1話です。

放課後の学校で起きる“心のバグ”を、ギャル神カナが修復する物語。

ここからシリーズが始まります。どうぞ。

◆1 放課後、使用禁止の扉の前で



放課後の三階の廊下は、

まるで誰かが音を吸い込んだみたいに静かだった。


そして──空気の奥底で、

“何かの影だけが先に歩いていく”ような気配がした。


階下の体育館から聞こえるバスケ部の声だけが、

遠い別世界のノイズみたいに響いてくる。


廊下の()()


色あせた貼り紙が、風もないのに微かに揺れていた。


【使用禁止】

【関係者以外 立入禁止】


その前にある“階段の上り口の欠けた縁”。

一年前、三年の神奈(カンナ)カナ先輩が転落して亡くなった場所だ。


近づくと、空気がひとつ層をズラしたような

“温度のない風”が頬を撫でていく。


昔からこの視聴覚室には噂がある。

深夜にスクリーン裏で濡れた足音がするとか、

戦後すぐ“隔離教室”だったとか。


理由は誰も知らない。

でも、生徒はなんとなく避けている。


その扉の前に、

僕――ハヤトとアカリは立っていた。


僕は黒縁メガネの陰キャ。

アカリは金髪寄りの茶髪に濃いアイラインのギャルで、

まるで“平成ギャルの亡霊の生き残り”みたいな風格をまとっている。


男子のほとんどが目を合わせられないのに、

僕だけは幼なじみだから普通に話せる。


……話せるはずなのに。


「……ハヤト、行こ」


アカリの声は小さかった。

けれど、この一ヶ月ずっと続いていた、

“どこかの続きを見ている”みたいな虚ろな目よりは、

ずっと現実に戻ってきているように見えた。


「また……あの変な通知?」


アカリはスマホを握りしめ、唇を噛む。


「……“マブイ座標が揺動中。視聴覚室**へ**同期してください”って……」


指先が小刻みに震えていた。


「無理なら帰るよ。僕はただ……」


言い終わる前に、


――カリ……ッ   カリ……ッ。


黒板を爪で引っかくような音が、

扉の奥から聞こえた。


アカリが息を呑む。


「……来た」


「な、何が……?」


「“カナ先輩”」


一年前に死んだ、アカリの憧れで――

僕の初恋の人。


アカリは扉に手をかけた。


胸の奥で、薄い膜が剥がれるようなざわつきを感じる。


──今日、僕たちはもう戻れない。




◆2 ギャル神、降臨



視聴覚室の中は、昼なのに夜の匂いがした。

遮光カーテンに閉ざされた空間は、

客のいなくなった映画館みたいに冷たい。


プロジェクター台の上。

非常灯の逆光の中、人影が腰掛けていた。


金髪ゆる巻き。

フチ盛れカラコン。

ストーンネイル。

ほのかに漂うバニラ系の甘い香り。


すべてが “ギャルの最終進化形”。


──死んだはずの神奈カナ先輩がそこにいた。


「ちーっす♡ ログイン遅延ユーザー、やっと来たじゃん〜」


軽い声なのに、奥底に“深海みたいな層”が潜んでいる。


アカリの喉が震えた。


「……カナ先輩……?」


カナ先輩はゆっくり顔を上げる。

黒目の奥で、星座みたいな光が揺れていた。


「生きて……るんですか……?」


アカリの声は弱かった。


カナは明るく笑う。


「死んだよん、一年前にね。

 でも“マブイ様”はログアウトしないの♡」


軽く言うな。


「正式名称、“マブイ様 第七十三代・現世アバター 神奈カナ”☆

 ギャルの言霊ってね、魂バグとの相性、バカ強いの」


僕は引きつった声で言う。


「……ギャル神って、本当に……?」


「うん♡ 可愛さ・根性・メンタル総合点で継承されるガチ資格ね。

 第七十三代ってのは、“世界の心のバグ”を直せるギャルって意味〜」


軽いのに、言ってる内容だけ異様に重い。




◆3 一年前の真実──落ちたのは誰か



カナが指を鳴らす。

スクリーンが降り、プロジェクターが勝手に点灯した。


映ったのは、一年前の廊下。

階段の欠けた縁の前に、当時のアカリとカナが立っていた。


『ねぇ、ここマジ事故るんだけど〜』

『人生ログアウトポイント〜ここ』


笑っているはずのアカリの顔が、一瞬だけ影った。


『……一回くらい……全部ログアウトできたら、楽なのかな』


その一秒。


視聴覚室の奥の闇が呼吸した。


アカリの身体が縁に引っかかる。


胸から――

透明な光の輪郭がふわりと浮かび、視聴覚室へ吸い込まれた。


その瞬間、映像の端で、

カナ先輩が何かに引かれるようにふっと後ろへ傾いた。


次の瞬間、アカリの身体だけが崩れ落ちる。


映像が止まった。


アカリは震え、口を押さえる。


「……私……本当に……消えかけてたの……?」


カナは静かに言う。


「アカリンの“しんどさ”が世界に届いちゃったんよ。

 ギャルの言霊、強すぎなんだわ」




◆4 魂肩代わりと“平穏スロット”



カナは僕を指さす。


「んでハヤトくんが、アカリンの魂座標の“半分”拾った」


「僕が……?」


「“消えるな”って願った瞬間ね〜。

 陰キャの執念、ほんとつよ〜い」


アカリの瞳が震える。


僕は逃げずに言う。


「……きみが消えるのは……嫌だったから」


アカリは固まり、耳まで赤くなる。


「……そんな言い方……反則でしょ……」


カナは指を三本立てる。


「魂肩代わりすると、“平穏スロット”が1個削れます♡」


「平穏……?」


「“ここだけは壊れないでほしい場所”のことね。

 恋愛、家、未来……そういうの」


アカリは震えた。


僕は喉を詰まらせる。


「……きみが生きてるほうが……僕は大事だから」


「だめ……っ! 良くない……!」


アカリは叫んだ。




◆5 儀式開始前──選択の時



カナは床に円を描く。


「さ〜儀式開始するけど、やめるなら今ね。

 リスクはガチ。ほんまガチ」


僕はのけぞる。


「ちょ……“今”って……急に命の二択出すのやめて……!」


カナは笑いながらも、目は真剣だった。


「今日逃したら、アカリンは戻れんよ?」


アカリは肩を震わせる。


「……怖いよ……

 でも……もう一度だけ、世界をちゃんと見たい……」


僕は拳を握る。


「僕も……怖い。ほんとに……

 でも、きみがいなくなるのは……もっと怖い」


カナは優しく笑う。


「覚悟、確認」




◆6 儀式──影が消える音



円が生き物みたいに脈動する。

アカリの胸が光を放つ。

その光が震え、空気がキィンと張り詰めた。


「ちょ、これ……やばくない……!? カナ先輩!?」


「だいじょぶ〜。だいたいね♡」


「“だいたい”は不安しかない!!」


視界の端で、僕の影が揺れた。


――と思った瞬間。


僕の影が、床から“剥がれた”。


べり……り……。


皮膚を内側から剥がされたような音。


アカリが泣きそうに叫ぶ。


「ハヤト……影……! やだ……やだよ……!」


カナは軽い声で言う。


「影は魂と世界を同期させるための“最後のネジ”だからね〜。

 リンク解除には……まあ飛ぶよねん♡」


「♡つけるなぁぁぁ!!」


アカリが叫ぶ。


「ハヤト……お願い……離れないで……!」


僕は震えながら言う。


「離れない……から……! 絶対に……!」


そして――


僕の影がべり……と剥がれた瞬間、


視聴覚室の空気が“ひび割れたガラス”みたいに軋んだ。


アカリの胸の光が強まるたび、


足元で影が千切れたフィルムみたいに震えた。


耳の奥で、誰かの呼吸と僕の心音がズレて響く。


世界が一瞬だけ、僕を認識し忘れたみたいだった。


アカリの胸の光が吸い込まれ、


カナが言う。


「成功♡」


僕は崩れ落ちた。


アカリが涙で言う。


「……バカ……なんでそんな震えてるのに……助けるの……」


「……きみが……消えるほうが……嫌だから……」




◆7 ギャル神の最後の言葉



カナの身体が淡く溶けていく。


その瞬間――。


僕の影が床に映っていなかった。


「え……?」


遅れて、じわ……っと現れる。

まるで“僕の存在だけ世界と同期が遅れている”みたいに。


アカリが不安げに見つめる。


「ハヤト……影……遅れてる……」


カナは静かに言った。


「平穏スロットの代償ね。

 影は世界との同期に使う部品だから〜」


そしてウインク。


「気をつけなよ。

 “世界とのズレ”は最初は可愛いけど……

 だんだん、“誰かの命綱”になることもあるんよ」


「じゃ〜ね〜。“ギャル神オフ会”行ってくる♡」


ラメが舞い、カナ先輩は消えた。




◆8 ログイン続行



夕陽の廊下。


アカリは深く息を吸う。


「……戻ってこれた……」


「……おかえり」


言うと、僕の頬が熱くなった。


すれ違った後輩が首をかしげる。


「……先輩、さっきそこにいました?

 なんか……気配が薄くて……」


アカリが僕の袖をつかむ。


「……ねぇハヤト。

 影……やっぱり……遅れてるよ……」


夕陽に伸びた影は、僕だけ一拍遅れて動く。


アカリは少し笑った。


「……でもね。私はちゃんと見つけられるから」


その一言が胸に刺さった。


「私、これからもきっと……バグる。

 強がって、無理して、消えたくなったりする」


「知ってる。

 ……だからずっと見てるよ。

 ズレても、隠れても。

 きみの影、僕は見失わない」


アカリは泣き笑いで言う。


「……じゃ、ログイン続行」


夕陽に伸びる二人の影は、前より少しだけ重なっていた。

けれど僕の影だけ、一歩遅れてついてくる。


その“遅れ”が、これから僕たちにどんな波紋を落とすのか――

まだ誰も知らなかった。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

第2話「放課後の体育館で、ギャル神は君の本音を映し出した」も公開しています。

続きも読んでいただけると嬉しいです。


もし作品を面白いと感じていただけましたら、画面下の評価(星)とブックマークをどうかお願いいたします。 続きの更新の大きな励みになります!

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