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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第九章 修練の3層5区

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23話 魔蝶蘭

 3層5区、鈴鹿はいつも通りそこにいた。ただ、いつもの淵の番がいるエリアではなく、別のエリアである。


「いやぁ、まさか二人同時に終わらすなんて、あいつら仲いいよなぁ」


 昨日ヨキと灰ヶ峰がどちらも鈴鹿が課していた特訓を終わらせた。ヨキは2層5区のエリアボスである辰砂大鬼しんしゃのおおおにを倒してみせた。満身創痍であったが聖魔法を使えば全快することができるので、非常に便利である。今まで聖魔法は自分のためにしか使ってこなかったが、聖魔法は本来仲間を支援することにけた魔法だ。パーティを組んだことで遺憾なく、と言えるほどは使っていないがスキルの重要度が上昇したことは間違いない。


 そんなヨキは、まだ夜ご飯まで時間があるからもう一体エリアボスを倒すとやる気に満ち溢れていた。周囲を見れば鬼の集落が燃えていたので火に関する魔法が発現したと理解し、泥濘戦機乙型でいねいせんきおつがたを指定して戦わせてみた。結果、こちらも何とか倒したようでヨキの成長が著しい。この調子なら2層5区を終わらせるのも時間の問題だ。


 一方灰ヶ峰はというと、こちらも淵の番を相手に倒すことができた様だ。倒すとレベルが上がるので倒さないようにと言っていたのだが、灰ヶ峰曰く武器を壊したら淵の番も消えたらしい。煙は吸収されずレベルも上がらなかったので、良しとした。


 鈴鹿も淵の番を相手に負けず劣らずの戦いができるまで成長したため、三人全員がようやく次のステージへと上がることになった。


「という訳で、久々のエリアボス配信だ。狂鬼の面を着けてと。準備できたな」


 ヨキが周りにいないのは良いとしても、灰ヶ峰も鈴鹿と一緒にいなかった。理由は簡単。鈴鹿がエリアボスを倒してしまうと灰ヶ峰がエリアボスを倒せなくなってしまうからだ。そのため、手分けしてエリアボスを倒すことにしたのだ。といっても鈴鹿は残り4体、灰ヶ峰はすでに淵の番を含む3体を倒しているそうなので、倒す数が異なるのだが。


「こんにちは~。狂鬼チャンネル始めていきます」


【久しぶりのエリアボスですね! とても楽しみです】


【待ってました!!】


 最近は配信も控え気味で夜にたまに配信するくらいしかしていなかったので、ちゃんとした戦闘の配信は間が空いてしまった。


 ただ、淵の番との配信をした時と比べると視聴者数は少なくなっているようだ。蜥蜴の粛清について断定できずとも鈴鹿が関与していることは察している者もいるようで、そのやり方に異議のある者や灰ヶ峰を許せない者などが狂鬼チャンネルから離れていったようだ。警察に通報するとかお前の家族も殺されろとか、いろいろとコメントが荒れて億劫だった。あることないこと信じて、自分の妄想もミックスさせてコメントするのは勘弁願いたい。


 そんなコメントは極僅かとはいえ、不快なコメントは目立つのだ。嫌なら見なければいいのにと思うのだが、正論を言ってもしょうがない。彼らは嫌なものを見ることで得られるドーパミンに支配されているのだ。自分のオナニーをコメントで見せつけることほど醜悪なことは無いと思うのだが、世の中いろんな性癖の者がいる。愛する人を殺すことに喜びを感じる蜥蜴の構成員と同じ人種なのだろう。


 無論、鈴鹿のやり方が気にくわなくて動画から離れていく人がいるのは当然だと鈴鹿も理解している。別に鈴鹿は動画で食っているわけではないので、視聴者は極論一人もいなくても別にいいのだ。自分の記録のために撮っている面もあるし、今はパーティを組んでいるのでコメントで寂しさを埋める必要もない。ただ、それでも楽しみに待ってくれている人もいるので、その人たちのために鈴鹿は配信を続けている。


 鈴鹿は聖人系配信者をやるつもりもないので、これからも自分が楽しいと思ったことをやるのみ。ただ、ヤスや希凛たちに怒られたので、ダンジョン外で暴れるときはもう少し考えて行動するつもりであるが。


 それでも、エリアボス戦ともなるとやはり注目度は高いのか、コメントが常に流れていて賑やかである。今は一人でダンジョンを散策していることもあって、昔に戻った気持ちだ。


【今日はヨキちゃん一緒じゃないの? 画面に映ってないだけ?】


【気になってた! ヨキちゃんが戦ってるところ見れないの?】


【ヨキちゃんの戦闘を狂鬼さんの大迫力カメラワークで見れると思って全裸待機してるのですが……。どこをとは言いませんが、ヨキちゃんのヨキちゃんをry】


「ああ、ヨキね。ヨキは別で特訓中だよ。ちなみに灰ヶ峰くんも別。まだ俺たちレベル差があるから、個々で特訓してるんだよねぇ。だから服着ていいよ」


 他の探索者は自動追尾のドローンを使って撮影しているため、どうしても戦いの迫力が欠けてしまう。俯瞰しての撮影がメインで、たまに右に動いたり左に動いたりする程度だ。それにレベルが上がりだすと魔法も派手に飛び交ったりするため、ドローンも壊れないためにより離れて撮影するので、画質は粗いし遠いしで余計見えなくなってしまう。


 アメリカでは専門のドローン部隊がいて大迫力の撮影をするケースもあるそうだが、日本では自動ドローンばかりである。それ故、狂鬼チャンネルの戦闘シーンは人気コンテンツとなったのは当然といえる。そのカメラワークでヨキのような見目麗しい探索者が戦っていれば、さぞや人気がでることだろう。


 ただ、ヨキは現在2層5区のエリアボスと戦っているため鈴鹿が近づくことはできない。鈴鹿がいると適正外とみなされ、エリアボスが出現しなくなってしまうからだ。みんなが期待するような三人で戦うエリアボス戦はこの先あるのだろうか。戦ってみたい気持ちもあるが、ステータスやスキルは取り返しがつかないので下手なことができないのが痛いところである。


【特訓ってダンジョンで一人で戦ってるってこと? 狂鬼さんみたいに?】


「そうだよ。ヨキも灰ヶ峰も強いからね。ダンジョンで一人でも活動できるくらいには」


【狂鬼さんと組むにはソロ探索できることが必須なのか……?】


【そんなことできる探索者って狂鬼さん以外にもいたんだ】


【元々そこそこいたのか、狂鬼さんが現れたことでソロ勢が動き出したのか】


 ソロなんて強くなれるかもしれないけど死にやすいからおすすめできない。現に鈴鹿含めて三人ともよく死んでしまうし。コメントでもよく『狂鬼さんは特殊な訓練を受けているため真似しないこと』と、注意喚起を流してくれる視聴者がいてくれて助かっている。


 雨道うどうも一人になって250の先を目指そうとしたが、パーティが必要だと感じたと言っていた。やはり一人ではいずれ行き詰るのだろうか。早くその景色を見てみたいな。


 のんびりとコメントと会話しながら美しい3層5区を進んでゆく。3層5区の標高の高い山にある景勝地のような風景を、鈴鹿は気に入っていた。


「お、あれかなぁ。ここもまた、すげぇ綺麗だな」


 そこはまさに天上の花園はなぞのだった。一面の花畑。緑の絨毯の上に赤色や紫色、青色や緑色に黄色など様々な色の花が咲き誇っている。3層5区では美しい花々を目にする機会がままあるが、ここは一段と咲き乱れていた。何かありますと教えてくれているようだ。


 近づけば、中央には巨大なつぼみがあった。棘に覆われた緑と赤が混ざり合った太さも様々な何本もの茎が寄り集まり、大きな蕾を支えている。


 魔蝶蘭まちょうらん:レベル192


魔蝶蘭まちょうらんだって。あいつがエリアボスみたいね。植物? 初めてのタイプだな」


【すんごい不気味】


【俺なら引き返す。花畑の中とか怖くて入れない】


【花は綺麗なのにな。誘われてる感が強い】


 確かにこのあたり一帯はとても美しいので、それに釣られてやってきた探索者を魔蝶蘭まちょうらんが捕食するのだろうか? 美しい薔薇には棘があるのと同じく、美しい景色には罠が潜んでそうだ。


「う~~ん。搦め手っぽいなぁ。じゃ、戦っていきますか」


 その途端、白き雷がつぼみへと落っこちた。鈴鹿の雷魔法による攻撃。まずはけん制だ。どんな攻撃をするのか見てみたい。


 しかし、魔蝶蘭まちょうらんはこれといった行動をしなかった。避けることもせず、雷は直撃し蕾が燃えている。


【え、またワンパン?】


【また瞬殺? 狂鬼さんどうなってんの?】


「いや、死んでないと思うけど……煙になってないし」


 鈴鹿の予想では、某配管工のゲームに出てくる牙の生えた植物よろしく、蕾が動いて鈴鹿に襲い掛かるのかと思っていた。それか蕾が咲いて中から妖精みたいなのが出てくるとか、そんな展開かなと。しかし、予想に反し蕾は動かないし燃えている。


 雷撃には一撃で消し去るんだという気合も入れていないし、過剰なスキルである滅却の力も加えていない。煙も出ていないしこれで終わりではないはずだが……。


 そう思っていると、魔蝶蘭まちょうらんが燃えながら蕾が開いてゆく。中から現れたのはこれまたカラフルな蝶。それも何十匹もだ。蝶らしく風に翻弄されるようにランダムに飛んでいる。その蝶たちが、鈴鹿を標的に捕らえた。


「んーーー、とりあえず殴るか」


 雷撃で撃ち落とすこともできたが、不規則な動きの蝶を的確に攻撃するのも面白いなと殴ることにした。


 ここ最近淵の番師匠と戦いまくったおかげで、近接戦はかなり自信がついた。特に気にしていた技量。これがかなり成長を実感することができた。そんな簡単に身に付かんだろと思っていたのだが、淵の番のおかげで急激な成長を遂げたのだ。


 淵の番というパワー一辺倒ではない突出した技量を持ったエリアボスは、こちらの意図を汲んでくれたかのように鈴鹿の組み手に付き合ってくれた。淵の番とは確実に意思の疎通が取れていた。狂鬼のように話すことはできなかったが、常に武の達人として鈴鹿に稽古を付けてくれたのだ。


 これにより、鈴鹿は高すぎる技量を要求される戦いにどっぷりと浸かることができた。


 それだけでなく、鈴鹿が腕に着けているミサンガ。これも鈴鹿の成長を促してくれる最強のアイテムである。名を『魔封じの藕糸ぐうし』といい、狂鬼からドロップしたアイテムだ。恐らく狂鬼の額にある滅却の魔眼を封印していた糸なのだが、これには望むものを封じる力が込められていた。なので、ヨキにミサンガに編んでもらいスキルを封印したのだ。


 というのも、特訓時にはスキルが邪魔なのだ。できるだけスキルを抑えながら戦うのだが、どうしても出てきてしまう。武神や体術のスキルでもう十二分なほどだったのに、淵の番の宝珠で得た『武芸百般の極致』なんて追加されてしまっては、余計だ。


 そこでこのミサンガ。武神に武芸百般の極致、体術、見切りを封印し、たまに身体操作や身体強化も封印する。このミサンガのいいところは封印の指定も解除も簡単に行えるところだろう。さすが狂鬼からドロップしただけはある。狂鬼の面といい、効果が頭一つ抜けている気がする。直接的な強さに関わらないからこその性能なのだろうか。ダンジョンの仕様はわからないが、便利なのでありがたく使わせてもらっている。


 そしてこの封印。これがめちゃくちゃよかった。最初はスキル全開で動く。次に多くのスキルを封印して動く。そうすると、動きの違いがとても分かりやすかった。それに、完璧な動作が身体に染み付いているためか、どう身体を動かせばいいのか身体が覚えてくれるのだ。意識してやっていたことが、月日を経て無意識下でできるように、スキルによって最適な動きをし続けた結果、スキルを封印しても理想に近い動きを再現することができたのだ。


 これにより、何倍も速く上達できた。達人の技を見るのではなく、自分の身体で実感できるのだから再現しやすいというものだ。それは何も淵の番との戦いだけでなく、ただ歩くだけだったり座っているだけでも、スキルをオンオフするだけで違いを理解できる。これを繰り返し続け、鈴鹿は自分でも多少は納得できるだけの技量を身に付けることができた。それ故、淵の番に別れを告げて新たなエリアボスに挑むことにしたのだ。


 そんな技量が底上げされた鈴鹿は、武神、武芸百般の極致、体術、見切り、身体操作、聖神の信条(・・・・・)を封印し、今回のエリアボスに挑んでいた。そう、鈴鹿の生命線、不死も封印している。


 これについてはアホでしかない。死んでしまったらお終いというのはもちろんだが、鈴鹿が死ねば死ぬ前提でソロで戦わせているヨキや灰ヶ峰も生き返ることは無く、パーティメンバーをただひたすら危険に巻き込んでいるだけの愚行である。なのだが、何故か本人はドヤ顔で不死を封印していた。


 聞かなくてもわかるのだが、理由は強くなるから。狂鬼と戦った時だって実質封印されていたようなものなので、封印したって戦えるはず。自己再生のスキルはそのままだから、多少怪我しても継戦できるし問題無し。何が問題無しなのか全くわからないが、いつも通りひらめきと何も考えていないふわっとした勢いで強すぎる縛りを設けて戦っていた。


 だからこそ、鈴鹿は初見の魔蝶蘭まちょうらんに対しけん制のために雷魔法を使ったのだが、何故相手の攻撃と思われる蝶については殴ろうと思うのか。鈴鹿を理解しようとするだけ無駄なのかもしれない。


 不規則に鈴鹿へと迫る蝶を鈴鹿は的確に捉え殴りつける。武を極めた者から見ても合格ラインを貰えそうなほど、鈴鹿の動きは流れるように洗練していた。とてもスキルを封印しているとは思えないほどに。


 赤い蝶と鈴鹿の拳が接触した瞬間、爆発が生じた。夜天やてんの毒手であれば対処できるが、これを身体で受けたらなかなかのダメージを喰らいそうな威力はある。


 赤い蝶は爆発。次に迫るは緑の蝶。こちらも夜天の毒手で打ち抜けば、無数の風の刃が辺りを切り裂く。その後も数十の蝶が鈴鹿に休む間もなく群がってくる。


 赤は爆発、緑は風の刃、紫は溶解液、黄色は痺れる雷撃、水色は周囲を凍てつかせる。色によって効果の違う様々な蝶だが、鈴鹿を殺しきるには足らない。


「ああ……これはまた、熱烈な歓迎だな」


 蕾を開花し燃え尽きた魔蝶蘭まちょうらんだが、同じ蕾が周囲から何本も出現する。それは鈴鹿の付近にもだ。当然蕾を殴りつける。しかし、花弁が舞い中からカラフルな蝶が飛び出すだけで、本体にダメージを与えた手ごたえはない。


 至る所で花が咲く。花が咲いては蝶が舞い、開花をトリガーにまた別の場所で蕾が現れる。空間を埋め尽くすほどの蝶の大群。ひらひらと風に揺蕩たゆたうようでいて、明確に鈴鹿に狙いを付けて蝶たちが迫りくる。


 普通なら雷撃で誘爆を狙うべきだろう。叩き落したいなら見えざる手で手数を増やしたっていい。だが、鈴鹿にはそんな発想が出てこない。これは勝負なのだ。鈴鹿おれ蝶蘭おまえの真剣勝負。どちらの方が手数が上なのか、わからせるためのバトルなのだ。


 多くのスキルを封印した鈴鹿が、迫りくる蝶の群れを迎撃する。触れれば生じる様々なダメージを夜天の毒手が無効化するが、あまりにも蝶の数が多すぎた。一匹叩き落した穴を埋める様に三匹の蝶がやってくる。三匹倒せば次は十二匹。倍々以上にひどい物量で、蝶が鈴鹿へ殺到する。


「はっはっはっハッハッハッッハァアアア!!! さすがにさぁ!! やっていい数と悪い数があるだろうがッ!!!」


 もはやそれは個ではなくなっていた。奔流ほんりゅう。カラフルな蝶が、花びらの濁流のように空間を埋め尽くしながら狂鬼を飲み込む。


 蝶の奔流が過ぎ去った後には、ぼろきれの鈴鹿が残されていた。爆破による火傷、氷結による凍傷、風の刃に切り裂かれ、雷撃が肌を焼き、溶解液で溶けた耳がジュワジュワと不快な音を届けてくれる。自己再生によって回復はしつつあるが、聖神の信条と比べるのも烏滸おこがましいほどの遅々とした治癒。それでも、第二波までにはある程度回復出来るだろう。スキルレベル8は伊達ではない。


「ッは! ハッハッハッ! これを拳で迎撃だって? クックックッ。無理ゲーだろ」


 もはや笑えてくる。蝶を叩き落すとなどと言うレベルではなかった。降り注ぐ豪雨から濡れないように雨粒を殴ると言っているようなものだ。アホなんじゃないか。そう笑ってしまうほどの無茶難題。


「完全にふざけてる。だからこその特訓。達成してこその成長。ねじ伏せてこその自信」


 ぼそぼそと配信にも拾われないような声で呟く。蝶の奔流は攻撃範囲が広すぎて、スマカメは鈴鹿から俯瞰するようにしか撮影できていなかった。そのおかげか、鈴鹿の言葉は視聴者たちには聞こえない。


 鈴鹿は痛む身体に鞭を打ち、第二波のためにそこかしこで生まれる蝶を見る。美しく広がる花畑に優雅に舞うカラフルな蝶。まるで楽園の光景。しかし、先ほどの攻撃を見た後では、獲物をおびき寄せ喰らう食虫植物の罠のようにしか見えない。


「スキルは自由。けど、雨道たちは言ってたんだ。レベル250の先に進むには神のスキルかレベル10のスキルがいると……本当か?」


 ずっと引っかかっていたその仮説。事実、剣神を持つ両名はレベル250を超えているが、それ以外の者は超えられていない。猛虎伏草を始めとした西の特級ギルドも、それらを所持していないからレベル250を諦めて神のスキルを持つ探索者を探すことにしたと、灰ヶ峰も言っていた。


 これに、強い違和感を覚える。はたして、ダンジョンはわざわざそんな通行手形みたいな制度を取るのだろうか。そんな運要素絡む項目が必須条件なのだろうか。そう思う。


 神のスキルを持たない特級探索者がレベル250に挑み、死に物狂いでスキルをレベル10にすることで通過できる。それは理解できる。だが、その先は神のスキルを持っていても探索が詰まると言うではないか。神スキルでも詰まるのなら、それよりも下に感じるレベル10のスキルなんて余計超えられないのではないか。そう思えてしまうのは当然だろう。


 そこで、鈴鹿はスキルについて考えた。最近使い始めた便利なアイテムによってスキルをお手軽に封印できるようになり、スキルの恩恵を強く感じることができるようになったおかげだろう。いろいろと思うところが出てきた。


 その最たる疑問が、スキルって必要なのだろうかという点だ。


 スキルが成長するには二通りある。そのスキルの成長を渇望したときと、修練の果てである。後者の修練の果ての成長は、技量が現状のスキルレベルよりも高い状態になることで、スキルレベルが持ち主の技量に合わせて成長するということだ。剣の達人が剣術のスキルがレベル1のままではないように、本人の技量に合わせてレベルが上がる。


 つまり、本人の技量がそのスキルレベルに見合うものであった場合、スキルとは必要ないのではないか。そう思ったのだ。例えば翻訳のスキルがあったとして英語でスピーチの文面を作る時、低レベルのスキルでは2000年代の翻訳ツールレベルで全然使い物にならないが、高レベルでは現在の生成AI並みにしっかりとした英語のスピーチ文章を作ることができる。しかし、英語を話すことができればそもそもツールを使わなくてもスピーチの文面を作ることができてしまう。これだけで考えれば、翻訳ソフトであるスキルは必要ないと感じてしまうだろう。


 だが、『英語のスピーチ文面を作って』というコメントだけでジョブズも驚きのスピーチの原稿ができたら、その生成AIは重宝される。それは英語に翻訳するという能力に加え、文面も生成するというツールの自由度を上げているのだから。これがいわゆるスキルの解釈による自由度の拡張と言える。これこそが、スキルの必要性といえた。


 そこで、そもそもスキルの自由度を拡張できるのはどのレベルのスキルなのか、それを考えてみると神の名を持つスキルやスキルレベル10に至ることで、解釈によるスキル効果の拡張ができるようになった。スキルの頂にたち、ようやく手に入れることができるスキルの自由度。そこに鈴鹿は感じるものがあった。


 それって守破離しゅはりで言う破じゃね、と。


 スキルはレベル1~3は守であり基礎、レベル4~6は破であり応用、レベル7~は離であり創造と言われていた。これこそが根本的に違うのではと鈴鹿は考える。レベル10に至ってようやくそのスキルの解釈を拡張するという応用ができるというのなら、レベル9までが守であり、レベル10や神のスキルを手に入れてようやく破の段階と言えるのではないかと。


 そうなると、レベル9までのしゅが自分の技量で到達できるレベルなら、レベル10より先のの領域においてもきっと自分の技量で成しえるのだろう。スキルというアシストがなくとも、きっと実現できるはず。レベル10で優れたスピーチ文面を生成できるようになったところで、本人の文才が溢れていたらそんな機能を必要としないように。きっと、スキルの拡張であろうとも自力で成しえるはず。


 だからこそ、鈴鹿はスキルを封印して戦うのだ。この馬鹿みたいな数の暴力のような攻撃だって、スキルを使いこなせれば防ぐことができるはずだから。ひるがえって、スキルで成せるなら自力でも成せるはずだから。


「拳一発がたった一撃ってのがおかしいんだよ。非効率だ。一発殴ったら何十発も殴るのと同義でもいいだろ。効率よく行こう。俺の攻撃を何十も再現すればいいだけなんだから」


 それは鈴鹿が良くヨキに吹き込むあることないことの話の一つ。淵の番なら戦斧を一回振り下ろせば何十も斬撃が発生するというもの。それを鈴鹿は拳で実現する。スキルと言うアシストに頼らずに。


 魔蝶蘭まちょうらんから噴出されたカラフルな蝶が、鈴鹿を殺すために全方位から群がってくる。最初はわずかに開いていた隙間も、すぐさま埋められ流れる水のようにとめどなく鈴鹿に襲い掛かってくる。鈴鹿の拳と衝突することで発生するカラフルな爆発が空間をいろどり、鈴鹿の身体をむしばんでゆく。


 またも鈴鹿はカラフルな蝶の攻撃を受けきることはできず、取りこぼしによって身体が破壊される。蝶が触れた箇所が火傷に切り傷にただれていくが、自己再生のスキルが癒してくれる。しかし、魔蝶蘭まちょうらんの物量が自己再生の回復速度を上回るほど、カラフルな蝶を吐き出し続けた。


 気が付けば花畑の至ることろから顔を出す魔蝶蘭まちょうらん。蕾が開き蝶を放出すれば、すぐにしおれ別の場所に蕾が咲く。無限ともいえるほど魔蝶蘭まちょうらんは蝶を放出し続けた。


 それに対し、鈴鹿はどれだけ身体が傷つこうとも封印を解きはしない。右腕が二の腕から千切れかけているし、脚が深々と風の刃で切り裂かれているし、背中は煙を上げながら溶け出し、顔の一部は凍り付いている。


 聖神の信条を封印していることで、回復が圧倒的に遅い。自己再生はレベル8もあるため十分回復速度が速いのだが、魔蝶蘭まちょうらんの物量がそれを凌駕していた。


 このまま続ければジリ貧だ。あと1回蝶の攻撃を受ければ鈴鹿の命に届くかもしれない。聖神の信条を封印しているため、それはそのまま死を意味する。それでも、鈴鹿は封印を解除しない。


 当たり前だ。鈴鹿は封印したまま勝つつもりでこの場に立っているのだ。その意見を変える選択肢は、鈴鹿には無い。


 殺しつくすと決めた蜥蜴の大幹部である灰ヶ峰を仲間にするという矛盾は、鈴鹿は許容できる。何故ならそちらの方が面白そうだと思ってしまったから。しかし、たかが死にそうだからとおめおめと自分可愛さに意見を変えることは鈴鹿の道義に反する。その意見を変えることはとてもダサいから。ダメだったとしても、男なら意地張って死ねと鈴鹿は思うから。何が何でも封印したまま勝つ。


「もう少しだ……今何発か出ただろ。次ならいける。魔力を使えば……再現できそうだ」


 拳を強く強く握り締める。視界を埋め尽くすほどの蝶の群れ。一発なら耐えられど、あれだけの大群に飲み込まれれば原形すら留めず死んでしまうことだろう。それでも、鈴鹿は魔法を使うこともしない。ましてや蝶を吐き出させないために蕾を刈り取ることもしない。凄まじい物量で押さえつけに来るというのなら、正面から打ち砕けるようになるだけ。それが成長であり、鈴鹿が先に進むために必要なことだと信じているから。


 自然と鈴鹿は笑みを浮かべ、黄金の瞳は熱を帯び輝きだす。


「ああ、懐かしい……。狂鬼の時もそうだった。猿猴よりも前はこれが普通だったんだ」


 ヒリついた空気。濃厚な死の気配。一寸先は闇で、一つのミスが死につながる緊迫した戦い。そもそも、ミスなく立ち回ろうとも死につながるような相手。自分の限界を超え、スキルに頼らず、自らの手で物理法則すら捻じ曲げた結果を手繰り寄せる必要があった。


 知らずと鈴鹿は存在進化を解放する。額から一本の角が生え、黄金の瞳は爬虫類のように瞳孔が縦長となり、鬼神種と至ったことで圧倒的な魔力が身体に満ち溢れる。


 その時、鈴鹿は理解した。存在進化の意義を。必要性を。重要性を。深く、深く理解した。まさに青天の霹靂へきれき。窮地に立ちながらも、死をいとわずに次の次元へと至るためにあがいたが故の気づき。


 ただ存在進化を解放しただけでは気づけぬだろう。鈴鹿はこれまでも何度も存在進化を解放しているが、それでも気づくことは無かった。存在進化とはただ強くなるだけだという認識しかなかった。だが、それは本質ではない。存在進化が最も重要な点。人間という存在から進化するという必要性。それは―――


「そうか……魔力への親和性。地球産の人間から、ダンジョン産の存在に至ることで身体が魔力に馴染むのか。だからこその存在進化。それに合わせた魔力! それ故の想像の具現化かッ!!」


 魔蝶蘭まちょうらんも何かに気づいたのか、先ほどよりも魔力の練り込まれた蝶たちが産み落とされる。まるで壁のように、極彩色の蝶たちが鈴鹿を飲み込んだ。


 炸裂する爆破音。鈴鹿の攻撃によるものか、蝶の奔流にいくつも穴が穿うがたれる。しかし、それは流れる川に石を投げ込んだようなもの。その程度で、川が堰き止められるわけがない。穿たれた穴は瞬く間に別の蝶に塞がれ、より密度を増した蝶の奔流ほんりゅうが生み出されるだけだ。


 蝶たちが過ぎ去った後に残っていたのは、瀕死の一匹の鬼。まだ生きていた。そのことに純粋に驚きを覚えるほどの攻撃であった。存在進化をしたことによって頑強になった身体だからこそ、原形を保てているのだろう。存在進化を解放していなければ、今頃鈴鹿は綺麗な花畑の養分に変わっていたはずだ。


 千切れかけていた右腕は失われ、足は氷で地面に縫い付けられ、左目付近は爆破の影響で火傷し爛れている。それでも、無傷の狂鬼の面は笑っていた。自然と笑みが洩れる。残された右の黄金の瞳は、好奇心に支配されていた。


「魔力か……魔力だったんだ。そうだよな。俺は理解できて当たり前だよな。大体全部魔力のおかげ。魔力万能説。そんな当たり前でありふれたことを忘れていたよ。この世界には、魔力があるんだ……魔力があるんだよ!」


 うわ言のように、満身創痍の鈴鹿は言う。魔力が重要だと。魔力こそが最も理解すべき項目だったと。


 魔蝶蘭まちょうらんが止めを刺すべく、蕾を開花し蝶を生み出し続ける。もはや蕾からは無尽蔵に蝶が湧き出でており、遠目で見れば美しい花畑に蝶でできた極彩色の川が流れる幻想的な光景が広がっていることだろう。蝶による攻撃から守るためにスマカメは俯瞰して撮影しているため、視聴者にはそう見えているはずだ。


「ああ……今は全てが愛おしい。ただただ、全ての事に感謝したい気持ちでいっぱいだ……! どうだ狂鬼。俺も少しはお前に近づけたか? なぁ淵の番。俺はお前のおかげで一歩進むことができたぞ」


 今度こそ骨一つ残さぬように、極彩色の奔流が鈴鹿を飲み込んだ。瞬間、奔流が逆に飲み込まれる。鈴鹿が放った衝撃が奔流を突き抜け、その余波で蝶たちが誘爆され花火のように空に美しい花を盛大に咲かせた。


「ありがとう魔蝶蘭まちょうらん。もう、先へ進む」


 氷結されていた足はいつの間にか融けており、一歩踏み出せば失っていた右腕が生え、もう一歩踏み出せば爛れていた左目に爛々と光り輝く黄金の瞳が戻っていた。


 それは自己再生であって自己再生ではない回復。自己再生では無理な速度での回復を、鈴鹿はいともたやすく実現して見せる。それは魔力操作の神髄。魔力を使った置き換え。鈴鹿はまた一つ、新たな次元へと足を踏み入れた。


「存在進化が一回じゃ、まだまだ足りないな。早く次を見てみたい。レベル200……もう、超えてもいいな」


 魔蝶蘭まちょうらんから恐ろしい魔力が込められた蝶が産み落とされる。一匹一匹が2層5区の雷鳥の本気の一撃クラスの魔力を宿していた。あの数の蝶が一斉に魔法を解き放てば、花畑が見るも無残に耕されることは間違いないだろう。


 それほどの蝶の群衆にも鈴鹿は動じない。もう、それは鈴鹿にとって通用しないのだ。


「この一撃で全てを決める。魔蝶蘭まちょうらん。お前の攻撃も本体も、まとめて喰い尽くしてやる」


 言葉を紡ぎ、まだ慣れぬイメージを補完する。意思を込めた魔力。鈴鹿が拳に可視化されるほどの魔力を込めた。高レベルの魔力操作が、鈴鹿に魔力の扱い方を教えてくれる。


 凶悪な魔力の塊が、鈴鹿の解釈を実現させるために世界に干渉した。それは莫大な魔力が込められた蝶を消し去り、顔を出した蕾を飲み込み、地面の奥深くに潜んでいた本体すらも破壊し尽くした。魔蝶蘭まちょうらんが生えていた地面から巨大な黒い煙が噴出し、鈴鹿へと吸い込まれる。


 後に残ったのは美しい色とりどりの花畑と全快し無傷の鈴鹿、そしてワイワイとコメントが垂れ流されているスマカメであった。




 灰ヶ峰は度重なる死の経験から、スキルを独自解釈することによりスキルの可能性を押し広げレベル10へと至らせた。ヨキは自身に組み込まれた力の因子を調伏ちょうぶくし、鈴鹿への信仰心によってスキルの解釈を広げることができた。鈴鹿は淵の番との戦いを通し技量を身に付け、スキルについて疑問を呈し魔力の重要性を学んだ。


 本来のダンジョンとしては、それらはレベル250や300の壁で学ぶことを想定していたもの。だが、彼らはそれを低層のうちに理解し自分のものにしつつあった。それでもまだ守破離で言えば破に手をかけただけ。ようやく、彼らは見習いを卒業し、一人前になろうとしているところであった。


 ダンジョンの想定を超えながら、彼らは突き進む。その歩みがどこまで行けるのか、それはダンジョンであっても知りえない。ただ言えることは、ダンジョンは、いや、日本のダンジョンは彼らの成長を心待ちにし、最奥へと至ることを願っているというだけだ。



Tips:魔蝶蘭まちょうらんの攻略方法

 耐久戦が必須のエリアボスであり、高レベルの魔法を扱える者がパーティに数名いることが推奨されるエリアボスである。


 魔蝶蘭まちょうらんは様々な効果が付与された魔法の蝶を無尽蔵に放出するエリアボスであり、圧倒的な物量による消耗戦を仕掛けてくる。地面から生える魔蝶蘭まちょうらんつぼみを切り裂こうとも意味はなく、茎を切ろうとも落ちた蕾から蝶は排出され襲撃者を包囲し縦横無尽に魔法を浴びせてくる。


 避けようにも隙間なく襲い来る蝶をいなし続けることは不可能であり、触れれば込められた魔法が発動してしまう。序盤は数十の魔法の蝶だけのため対処しやすいが、蝶を防ぐ度に新たに生み出される蝶に込められる魔法の威力が上昇し、数も増してゆく。最終的には一撃の威力が容易く地形を変えるほどの魔力が込められ、花畑を覆いつくすほどの数の蝶が津波のように襲撃者を襲うこととなる。


 攻略法としては、広範囲魔法が有効である。蝶は接触すれば魔法が発動する単純な仕様のため、広範囲魔法によって蝶が産み落とされるそばから接触し爆破させることで、味方に蝶を接近させずに済む。しかし、徐々に蝶の数は増え威力も増してゆくため注意が必要。魔蝶蘭まちょうらんが自分たちの近くに出現すれば誘爆によって魔法に巻き込まれることもあり、ランダムに出現する数多の魔蝶蘭まちょうらんに対応するには常に魔法を行使し続ける必要があり、一つのミスで魔法の奔流に飲み込まれるギリギリの状態の耐久戦を耐えしのぐ必要がある。


 魔蝶蘭まちょうらんは魔力を消費するたびに、魔力を回復するために地中深くに埋まっている本体が地上へと近づいてくる。この360度全方位に飛び交う無限とも思える蝶の攻撃を防ぎ続け、地中に埋まる本体を地上表層付近まで引き上げた後に攻撃を入れることができれば、魔蝶蘭まちょうらんを討伐できる。


 なお、地中の本体は脆いため、攻撃を入れることができるほど地上に引き上げられれば、後は全体攻撃の魔法で地中ごと吹き飛ばせられれば討伐することが可能。魔法の余波を防ぐタンク職と、魔法職の多いパーティ向きのエリアボスである。

これにて九章は終わりとなります。次の十章についてですが、申し訳ございません。まだ完成してませんorz 九章の閑話が3話ございますのでそれまでは投稿されますが、十章の投稿は4月頃を予定しております。活動報告に詳しく書いておりますので、『【狂鬼の鈴鹿】九章の後書きと十章について』をご一読いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
 ついに最古参の剣術(5)も日の目を見るのですね。まぁ、剣を持つために聖神の信条を縛らないといけないという、作者ですら「アホでしかない」と烙印を押すデメリットが重すぎる構成になるけれど、せっかく強奪し…
聖神の信条を封印すれば、武器使用出来ますね。剣術スキルも上げられるし、狂鬼の斧も装備出来る。でも、ヨキにあげるからやらないか。死蔵していた武器を使えるのは楽しそうだけど。
狂鬼って頭のネジなさすぎなの思い出した。 全然待てる、いいものを書いてくれ!!
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