21話 灰ヶ峰の挑戦
淵の番は相対した相手に合わせて強さが変動するエリアボスです。最低レベルが3層5区エリアボス相当。相手によってはそれ以上にもなりえます。
高知ダンジョン3層5区。相も変わらず灰ヶ峰は狂鬼と共に錬鱗淵の番と戦っていた。
淵の番に何度殺されただろうか。蜥蜴という組織に属し、命をちり紙のようにポンポン捨てていた灰ヶ峰が言うのも烏滸がましいことは重々承知しているが、狂鬼は命についてもう少し尊さを学んだ方が良いと思う。そうツッコミたくなるほど、蘇生できるからと笑顔でこいつは死地へと突き落としに来る。
灰ヶ峰はまだいい。因果応報であり、強くなるのに必要だと理解もしている。だが、ただの実験体として攫われただけの、普通の女子高生であったヨキまで無茶苦茶な内容の特訓という名の拷問をさせ続けるのは、大丈夫かと疑問に思う。
灰ヶ峰自身は感情の起伏がほとんどないが、人間の心理などは構造として理解できる。これをすれば喜び、これをすれば怒るだろうという一般常識の範囲でだが。だからこそ、よくヨキが未だに狂鬼と共にいようと思えるなと感心もするし、狂鬼はそろそろ人の心を学んだ方がいいなとも思っている。
当然進言はしないが。
当たり前だ。これだけ頭がおかしいからこそ、これだけの強さを手に入れることができたのだろう。その脳みその緩さを矯正するなど、角を矯めて牛を殺すというものだ。それは背信行為であり、仮にも狂鬼とパーティを組ませてもらっている立場の人間がするべき行いではない。
眼前では狂鬼と淵の番が激戦を演じていた。狂鬼に淵の番の攻撃は届かず、かといって狂鬼の拳も淵の番に触れはしない。まるで芝居の殺陣のように、事前に決められた動きをなぞるが如くお互いがお互いの攻撃を受け流し追撃している。
淵の番は強い。灰ヶ峰がパーティメンバーを失うことになったエリアボスでもあり、こと近接戦においては比類なき強さをみせる。だが、灰ヶ峰が初めて戦った淵の番よりも、目の前の淵の番の方が遥かに強い。狂鬼にあてられたせいなのか、大きく口を開けた淵の番の強さは、3層5区の適正を超えていると感じられるほどの強さがあった。
だというのに、狂鬼も淵の番に引っ張られるように動きが洗練されている。初めの頃は灰ヶ峰同様淵の番にいいようにやられていた。狂鬼が一度倒していることを灰ヶ峰はダンチューブで見ているため、恐らく狂鬼はスキルか何かを縛って戦っているのだろう。
自己再生なのか蘇生する魔法を自分にも使えるからかわからないが、狂鬼は死ななかった。淵の番に切り刻まれようとも、狂鬼は『殺されたから交代~』と何事もなかったように灰ヶ峰に手番を譲るのだ。ホラーである。さすがの灰ヶ峰も動揺を隠せなかった。
死なないからこそエリアボス相手に訓練ができるため狂鬼はここまで強いのか、死なないからといって命を気軽に捨てられるセルフネグレクトの極致のような思考だからこそここまで強いのか、灰ヶ峰を以てしても答えは得られない。
しかし、今では淵の番と戦えるほどに狂鬼は至っている。高知に来てからの狂鬼の成長具合は凄まじい。何をしたのか知らないが、二日目あたりからガクッと弱くなったものの、そこから今では淵の番に迫る勢いだ。昨日からは更に鬼気迫るほどの集中を見せ、加速度的に強くなっている。
狂鬼は共に訓練をしているにあたり、よく自分は弱いと口にする。スキルの恩恵だけで中身が伴っていないんだと。だが灰ヶ峰はそうは思わない。スキルと技量が釣り合わないことは往々にしてありえ、その状態で戦い続けるからこそ技量が身に付くのだ。地位は人を作るということわざの通り、その環境に身を置くからこそ多くの事を学びその地位にふさわしく成長できる。
狂鬼が高レベルのスキルを持ち合わせているというのは、それが必要な環境にいたからと捉えることができる。その環境で満足することなく、あがき続けるからこそ先に進めるのだ。その点で言えば、狂鬼は狂気的なほどあがき続けている。淵の番と渡り合えるほどに成長したように、次は次はと進んでいくのだろう。
キィイイン―――――
淵の番の武器を弾き距離を空けた狂鬼。拳と武器がぶつかった音とは思えないほど澄んだ音だ。
「ヨキがやったかも。様子見てくる。お前も続け」
そう言って、淵の番を置いて狂鬼はヨキがいるであろう2層5区へと向かっていった。それを淵の番は追いかけることはしない。淵の番は不思議なモンスターで、理性を持っているように感じられる。狂鬼が何故か良く淵の番に語り掛けているが、お互い意思の疎通が取れているかのようにふるまう時があった。
「狂鬼に魅入られたからこその成長の早さか」
ヨキが2層5区のエリアボスを単身で倒したというのならば、それは凄まじい偉業である。高いステータスに高レベルのスキルがあることを踏まえても、クソゲーと呼んで差し支えないほどの戦いを制したことになる。負けイベントを勝つくらいの衝撃だ。
同じパーティメンバーのヨキが為したのだ。ならば灰ヶ峰は続かなければならない。
「よろしく頼む。これで決める」
「---- ・-」
いつも通り聞き取れない声で応えを返す淵の番。モンスターに語り掛けるなど頭のおかしい行為だと思っていたが、灰ヶ峰も変わったものだ。いや、灰ヶ峰は変わってなどいない。今も昔も必要かどうかだけで判断する合理性が根幹にある。この声掛けもまた、灰ヶ峰が必要だと判断した結果である。
口が開いた淵の番が、ハルバードを構え灰ヶ峰と相対する。狂鬼に引っ張られ恐ろしいほどの強さを持つ淵の番に、灰ヶ峰は腰に佩いた一振りの刀を抜く。
灰ヶ峰の装備は、当然一式防具である。初めは壊されたらもったいないから一式防具も装備するなと狂鬼に言われていたが、その程度では一式防具は壊れないと伝えると装備することを許された。
黒装束に身を包む灰ヶ峰は、抜いた刀を静かに構える。全力で倒す事だけを考えるのならば、灰ヶ峰は魔法を併用し淵の番へと挑むだろう。だが、これは特訓であり、自分の潜在能力を高めるためのもの。狂鬼よろしく自分の力を封印し、高めるべき剣術のみに全神経を捧げる。
灰ヶ峰は正しく狂鬼の意図を汲み取っていた。ただ淵の番を倒すのが目的ではない。自身の技量を底上げすることが目的なのだと。そのための特訓である。灰ヶ峰もまた、強くなるためならば自分の命を容易に差し出すことができる探索者であった。
数秒の静寂。動いたのは灰ヶ峰であった。地を這うように接近する灰ヶ峰を、淵の番がハルバードを横なぎに振るいけん制する。が、灰ヶ峰はそれをけん制とは認識しない。事実、淵の番はハルバードを振るう途中で両手から片手に変えリーチを伸ばし、灰ヶ峰の側頭部を薙ぐように軌道を変えてきた。
「フッッ!!」
その攻撃を理解していた灰ヶ峰は、刀の峰を使い何とか受け流す。遠心力を乗せた淵の番の一撃は逸らすだけでも一苦労である。攻撃が逸らされた淵の番だが、それで止まるわけがない。むしろ回転を速め、土煙さえ巻き起こし、先端速度をさらに高めハルバードを振り下ろす。
既のところで反応。直観による強烈な死の気配を掻い潜り、一歩、灰ヶ峰は淵の番へと踏み込んだ。だが、それは淵の番が許容した一歩。それ以上は踏み込ませない。
人間ならば攻撃の一手一手に間ができるものだが、人外の淵の番を相手にそれを期待するのは悠長というもの。地面を抉った斧を横に倒し、ハルバードの鉤爪の部分を引き寄せることで灰ヶ峰の脚を刈り取りに動く。灰ヶ峰は下がることなく横に展開することで鉤爪を避けるが、さらに一歩踏み込むことは叶わない。何故ならハルバードを手元に引き寄せた淵の番が、神速の突きを繰り出したからだ。
見切りでは対処が難しいほどの速度の突きに対し、灰ヶ峰は冷静に対処する。スキルに頼らず、経験によってコマ飛ばしのような速さの突きを躱してゆく。灰ヶ峰もまた、幾度も死を経験したことで否が応でも淵の番の技量がその身に刻み込まれた。高すぎる技量に追いつくために、身体が適応したのだ。淵の番の最速の攻撃にもついていけるほどに。
灰ヶ峰は狂鬼とパーティを組んでから1レベルも上がっていない。各種スキルも上がりはしたが、最も目を見張る成長は淵の番の技量に適応した点だろう。狂鬼に引っ張られ場違いなほどに強化された淵の番への適応。普通では無理だ。そもそも通常ならばこれほど淵の番が強化されることも無ければ、技量に適応するまでに死んでしまう。実際に灰ヶ峰は何度も何度も死んだ。一度倒したことがあるとはいえ、その時はパーティで挑んでいたし魔法も解禁していたし、なんならここまで強くなかった。狂鬼がいるからこそ淵の番が強化され、狂鬼がいるからこそ適応できるまで死に続けることができた。
結果、灰ヶ峰は淵の番が立つレベルに指をかけることに成功する。
神速の突きによる連撃を繰り出す淵の番だが、淵の番が握るのは素槍ではなくハルバード。穂先だけでなく斧も鉤爪もついているのだ。いつ回転させているんだと思うほど、突きこんで来る度に斧の角度が変わり肉を抉り取るために通り過ぎ、鉤爪が首を刈り取るために引き寄せられる。
そんな絶望するほどの連撃を灰ヶ峰はいなして見せた。淵の番に適応した灰ヶ峰が次は淵の番を狩り取るために踏み込んでゆく。
短く呼吸を吐き、灰ヶ峰が淵の番に連撃を叩き込んでゆく。ハルバードが不利な点はリーチの長さゆえの近距離の取り回しだ。それ故に灰ヶ峰は密着するように迫り連撃を繰り出すのだが、淵の番はハルバードの柄を器用に使い灰ヶ峰の攻撃を防ぎきって見せた。淵の番が柄を押し付けるように灰ヶ峰の刀に衝撃を走らせ、お互い距離を取る。
(足らない。狂鬼のレベルに踏み込むには、あと一歩が必要だ)
灰ヶ峰が集中をさらに深めていく。この程度ではダメなのだ。狂鬼が求めるレベルには届かない。灰ヶ峰の攻撃はいなされた。あまつさえ淵の番に押しのけられ退いている。全くもって足りない。
狂鬼は言っていた。スキルは解釈次第だと。あの発言は的を射ているが、同時に無茶ぶりでもある。解釈次第でスキルの性能を変えることができるレベルまで達したスキルであれば、その時点で強いのだ。普通はそんなスキルは発現しない。剣神然りレベル10に到達したスキル然り、狂鬼が発現しているであろう武神然り。それら突出したスキルがあるからこそスキルの幅を広げられるのであって、通常のスキルでは無理なのだ。卵が先かニワトリが先かの話と同じ類のものである。
(いや、言い訳に過ぎないか。狂鬼も初めから武神が発現していたわけではないはずだ。その状態で可能性をこじ開けたからこそ、今の強さと発想が狂鬼にはある)
狂鬼のイカレた思考回路が導き出したスキルは解釈次第という法則。だが、これは特級クラスになれば知りえる情報でもあった。東西にそれぞれいる剣神もまた、狂鬼同様に言うのだ。スキルは解釈次第だと。そして、レベル250を超えたければそれは必須であるとも。
猛虎伏草とも近い位置にいたからこそ、灰ヶ峰はその情報を知っていた。だが、狂鬼は知りえない情報のはずだ。にもかかわらず、狂鬼はすでにその解に至っている。
スキルは解釈次第で拡張できるなど、雲を掴むような話だ。与太話の類。無論狂鬼も何でもかんでもできるとは思っていないだろう。だが、狂鬼はスキルに可能性を見出し、スキルはもっと自由だと気づいた。
(狂鬼は異質だ。度々感じる違和感。あいつは俺たちと異なる常識で生きている。あの歪な価値観こそが狂鬼の本質であり、盲目的に信じ込める力こそが狂鬼の強さだ)
そう。それは狂鬼の強さであって、灰ヶ峰の強さではない。
灰ヶ峰は狂鬼と共にパーティを組み共に行動しているが、狂鬼に染まることはない。灰ヶ峰はどこまで行っても灰ヶ峰染のまま。彼は無色透明のようであり、それこそが灰ヶ峰の色であった。
(スキルは自由だ。そうなのだろう。だが、狂鬼はスキルを縛るように戦っている。スキルの可能性を広げたいならば、スキルの応用を模索するべきだ。そこに矛盾が生まれているじゃないか)
スキルは自由でありスキルの可能性を信じるならば、スキルを縛らずより発想を豊かに戦えばいいはずだ。しかし狂鬼はしない。そこに矛盾が生まれ、灰ヶ峰はそれこそが本質なのだと考える。
淵の番が再度空いた両者の距離を利用し、ハルバードの利点を最大限活かすように刀のリーチ外から攻撃を仕掛けてくる。踏み込むことすらできないほどの隙の無い攻撃。神速の突きが、今度はまるで生き物のようにハルバードがうねり灰ヶ峰に襲い掛かる。さらに連撃の合間に振るわれるハルバードの軌道も非常識なものだ。まるで竹槍でも振るっているのかと思うほど、急激にハルバードの軌道が反転するのだ。
ハルバードは重量武器である。槍の穂先に斧や鉤爪が取り付けられており、リーチの長さと先端の重さを活かした強力な一撃は鎧すらも粉砕する強撃を生み出す。故に、慣性をどう活かすかが重要な武器でもある。だが、淵の番が操るハルバードは人間の常識外の動きを見せてくる。エリアボスという非常識な力が、ハルバードという重量武器を軽々と反転させる。慣性の乗った重量武器を振り下ろしの途中で水平に薙いだりするのだ。
なまじ武器を持つエリアボスのため、その動作もまた常識から動きを予測してしまいがちである。しかし、淵の番にそれをすれば、待っているのは死。そのことを灰ヶ峰は身体で記憶しているため、非常識な淵の番の攻撃にも驚くことなく淡々と対処する。
(スキル解釈による能力の拡張。それは新たな発想力と、それを為せると信じ込める強力な意志。これが本質なのではないか)
灰ヶ峰が狂鬼の話を聞き、狂鬼と淵の番の戦いを間近で見続け、導き出した答え。
狂鬼は言う。スキルは自由だからもっとスキルの可能性をこじ開けろと。だが、それは狂鬼がそう思い込み上手くはまっているだけに過ぎないと、灰ヶ峰は考える。
灰ヶ峰の答えは信じ抜く意志。包丁を使えば食材が切れる様に、寒ければ服を着こめば暖が取れるように、その事象が為せると当然のように思い込めることで、描いた結果が実現する。だからこそスキルの拡張なのだ。剣術スキルを極めれば空も飛べる。そう一切の疑問もなく信じ込めるのは困難だ。逆に、剣術スキルを極めれば、概念すらも斬れるはず。それならば、斬るという行為が共通しているために信じ込みやすい。
それこそがスキルの拡張であり、解釈次第という帰結。
(スキルとはあくまでアシストということか? 求めた事象を引き出すための想像を補填する能力。それがスキルの役割)
射程範囲に入ろうものなら小間切れにするとでも言いたげな淵の番のハルバードが、恐ろしい風切り音を上げ灰ヶ峰に迫る。淵の番の連撃を避け、時に逸らしながらも灰ヶ峰は思考を深めてゆく。死と隣り合わせの状況に立つことで集中力が天井知らずに高まり、思考加速のスキルが灰ヶ峰にスキルの可能性を探らせる。
スキルとは道具なのかもしれない。与えられた道具をその用途の範囲で使い続けるか、新たな使い道を模索するか、はたまた別のベクトルの道具で同じ事象を引き出すのか。そう考えればシンプルだ。例えば包丁を与えられた際、用途として思いつくのは食材を切ることだ。だが、例えば包丁の柄でナッツを砕いてもいいし、峰でパウチに残ったソースを絞り出してもいい。逆に、ハサミを使えば食材を切るという同じ結果を得ることもできる。
(スキルは想像を具現化するための道具。そのきっかけを与える役割であり、使いこなせれば能力の幅もおのずと広がる)
灰ヶ峰の中でスキルそのものの解釈を終えた。自身が違和感なく信じ込める形として消化する。そうすることで、灰ヶ峰もまた一切の疑念無く信じ込むことが可能となる。
途端、灰ヶ峰の刀が淵の番に牙をむく。
振り下ろされたハルバードによる重撃。躱すのではない。いなすのでもない。その一撃を灰ヶ峰は刀で弾き返すことに成功する。
淵の番から聞き取れない声が漏れる。だが灰ヶ峰も完全に弾き返せたとは言えない。手に残る痺れは、未だ灰ヶ峰の想像が固まっていないことを意味しており、淵の番の強さの証明でもあった。
淵の番が弾かれたハルバードの動きを止めることなく、流れる様に石突を灰ヶ峰へ突きこむ。先ほどまでは躱すか逸らすばかりの灰ヶ峰が、その悉くを弾いてゆく。
「まだだ。まだ足らない」
知らず、灰ヶ峰から言葉が漏れる。
狂鬼が要求するレベルはこれではない。灰ヶ峰が求めるレベルもまた、弾く程度では到底足らない。
淵の番が一層激しくハルバードを灰ヶ峰へ叩き込み続ける。大きく口が開けられた淵の番の連撃は、瞬き一つの間に数十合の攻撃が行われる絶技だ。しかし、灰ヶ峰もまたそれに喰らい付く。時折弾き返せず灰ヶ峰の身体から血が舞うが、その度に灰ヶ峰の動きに洗練さが増していった。
「もっとだ。もっと上げられる」
濁った血のような赤い瞳が怪しく光る。存在進化の解放。灰ヶ峰を更なる高みへと押し上げるために、無意識下でその択を選ぶ。右目を内側から穿つように、黒曜石の様に美しい角が出現する。失った右目を取り戻すように、左目の周りに新たにいくつもの眼が開かれた。右目から突き出した角から溢れ出る魔力が周囲に満ち、その全てを知覚することができるようになる。片目を失い、逆に今まで以上に空間を把握する。
だが、そんなことは今の灰ヶ峰にとっては副次的な効果でしかない。灰ヶ峰は既に淵の番に適応しているのだ。淵の番が繰り出す武の極致のような絶技であろうとも、灰ヶ峰は対応して見せる。ではなぜ存在進化を解放したのか。
それは魔力の上昇を狙ってである。
スキルは想像の具現化を手助けするための道具と解釈した灰ヶ峰は、次にそれを為すために必要な存在の重要性を理解する。それが魔力。電気に置き換わる万能なエネルギーと呼ばれる魔力だが、スキルを使用する際にもこの魔力を消費する。つまり、想像の具現化の根幹たるは魔力であるはず。
その理屈が正しいかはわからない。だが、灰ヶ峰は狂鬼と共に活動することで大事なことを学んでいる。重要なのは正しいか正しくないかではなく、自分が正しいと思えるかということ。ことダンジョン探索において想像力が重視されるというのならば、狂鬼の持論は何よりも正しい意味を持つ。だからこそ灰ヶ峰はその理屈を信じ、全てをベットする。
未だ灰ヶ峰の想像力は一歩足りないかもしれないが、足らない分は溢れ出る魔力で補う。さすれば、灰ヶ峰が求めるレベルに足りえると。灰ヶ峰が確信した。
淵の番は灰ヶ峰が変わろうとしていることを理解し、勝負を仕掛ける。リーチを活かし近寄らせないように連撃を繰り出していた淵の番は大きく一歩を踏み込み、遠心力を最大限に乗せハルバードを灰ヶ峰目掛け振り下ろす。それは音すら置き去りにするほどの速さで灰ヶ峰へと襲い掛かった。先ほどまでのように刀で弾こうものなら、刀ごと粉砕されかねないほどの重撃だ。
だが、灰ヶ峰は気にしない。
至ったのだ。灰ヶ峰は至った。狂鬼が立つ領域に、灰ヶ峰は踏み込んだのだ。ならばこの攻撃に後れを取ることは無い。
ハルバードが振り下ろされる。だが、灰ヶ峰が刀ごと潰されることは無かった。淵の番が握るハルバードは穂先も、斧も、鉤爪も、柄さえ全てが切り刻まれ地面へと落ちていった。
剣術スキルレベル10。剣術スキルの到達点に灰ヶ峰は至った。本来ならばレベル200を超えぬ段階で到達できるものではない。だが、狂鬼による無茶苦茶な訓練と吹き込まれた狂鬼の思考の結果、灰ヶ峰はその高みへと足を踏み入れた。
「これがスキルの拡張、これがレベル10。ただの剣術スキルとは確かに別物だ。……だが、これが到達点なのか? 雨道の凄みはこれでは片付けられない。剣神とは何なんだ」
灰ヶ峰は剣術の頂に立ち満足することは無かった。灰ヶ峰は知っているのだ。剣神のスキルが発現し、その名前に劣らない化け物である雨道という存在を。
剣術の頂であるレベル10と、同じく剣にまつわるスキルである剣神。そこに差を感じずにはいられない。何の差があるというのか。いや、それは重要ではない。重要なのは、どうすれば剣神のスキルを得られるのか。剣神と同等以上の力を手に入れるにはどうすればよいのか。これに尽きる。
彼らの住む世界に片足を踏み入れた灰ヶ峰は、その領域よりもさらに先に進むために思考する。今までならばこんなことは考えなかった。これで充分であると。もっと言えば、レベル10のスキルも必要としていなかった。蜥蜴の代表になるだけであればレベル200を超えるだけで良く、それならばスキルレベル10も必要なかったからだ。
だが、灰ヶ峰は今や蜥蜴の次期代表という立場ではない。狂鬼というタガの外れた強さを持つイカレた探索者のパーティメンバーなのだ。部下ではない。ましてや奴隷でもない。狂鬼は灰ヶ峰を仲間として受け入れたのだ。ならば仲間として対等の力を求めるべきである。灰ヶ峰は至極当然のように、その考えへと至る。
普通ならばそうはならない。あまりにも突出しすぎた力を持つ狂鬼を目にすれば、並び立とうとは思わない。いや、思えないだろう。目標にするのと、隣に立とうとするのは似ているようで天と地の差がある。
だが、灰ヶ峰にはそんな常識は通用しない。求められたならそのレベルに至るように粛々と進むだけ。合理的に考え、そのレベルに至った者がいるならば自分が至れぬ道理はないと、ただただ淡々と邁進する。それが灰ヶ峰の強さであり、異質さでもあった。
剣術と剣神の差。神を冠するスキルにどうすれば手をかけられるのか。灰ヶ峰は考える。
『―――ろ』
その時、淵の番が何かを口にした。風切り音のように聞き取ることができなかった淵の番が、何かを告げた。灰ヶ峰の血に染まる赤い左目が、淵の番を捉える。
武器を失った淵の番は、灰ヶ峰に襲い掛かることは無かった。灰ヶ峰もそれがわかっていたように、淵の番に止めを刺すことはしなかった。何故なら倒せばレベルが上がってしまうため、狂鬼によって倒すことを止められていたから。そして淵の番は武人であるため、武器を失った後に攻撃をしてくるような者ではないとも理解していた。
武器を失った淵の番が、その偉業を為した灰ヶ峰へと告げる。
『極めろ。磨け。修練せよ』
何とか人の声を模したような聞き取りづらい声であるが、淵の番は灰ヶ峰を導く。
『貴殿は至った。与えられたのではない。至ったのだ。ならば後はただひたすらに高めるのみ』
それだけを言い残し、淵の番は煙へと姿を変えた。だが、煙は灰ヶ峰に吸い込まれることも無く、空に舞い霧散した。
「与えられたのではなく、至る……か」
灰ヶ峰はそれを見ながら、淵の番の言葉を反芻するのであった。




