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狂鬼の鈴鹿~タイムリープしたらダンジョンがある世界だった~  作者: とらざぶろー
第九章 修練の3層5区

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13話 西の凋落

『こんにちは。お昼のニュースです。4月に神奈川県川崎市で発生した探索者による大規模テロについて、関わっていたとされる関係者のリストが発見され、各所に波紋が広がっております』


『こちらのリストによれば、指示役として捜査が進められていた暴力団組織関係者だけに留まらず、国会議員や都府県の警察職員など幅広い人間が関与していたことが示唆されております。また、指名手配を受けていた探索者についても隠ぺいに関与していたとして、探索者協会職員を始め多くの関係者の名前があげられておりました』


『その他にも大手探索者ギルドも関与していたとみられ、根深い問題であることが露呈しております。これらのリストの正確性を含め、現在慎重に捜査が進められております』


『また、川崎探索者テロ事件を主導したとされている暴力団組織を巡っては、組織内部で対立が発生し緊迫した状態が続いているとのことです。現在判明しているだけでも被害者数は100名を超えるほどの規模であり、被害は暴力団関係者に留まらず市民にまで波及しているとされております』


『なお、一部ネットなどでこの件に関わっているとされている人物への風評被害が見受けられるとのことですが、警視庁から正式に関与の疑いがないことが発表されております。過度な風評被害は名誉棄損に問われる可能性もございますので、ご注意ください』


 テレビから流れるニュースの内容は、国家が狂鬼に対し全面降伏を受け入れたことを意味していた。灰ヶ峰(はいがみね)を筆頭に狂鬼に操られた蜥蜴の人間が残した機密文書。ニュースで流れる通りだとすれば、それはその文書を証拠として捜査を進めていくということだ。文書の中身は見なくてもわかる。探索者協会に警察、大企業の役員から国会議員に国外の要人まで網羅されていることだろう。当然、そのリストには猛虎伏草を始め多くの西のギルドが記載されているはずだ。


 それだけの人間が関わっているというのに捜査を進める決断をしたということは、それら全てをひっくるめても狂鬼の反感を買う方が不利益だと国が判断したというのだ。たった一人の、まだレベル200にすら到達していない探索者相手にだ。


 異例の対応。まるでレベル250を超えた超越者への対応だ。レベル250を超えた者は特級では倒せない。それをのアメリカが証明してしまったが故に、超越者への対応は他とは一線を画すことになる。


 まだレベル250にも達していないというのにその対応。しかし、それを一笑いっしょうすことはできない。なぜなら狂鬼がしたことは、世界広しといえど事例がないほどの徹底した組織の破壊であったのだから。たった一人で、巨大組織を根こそぎ殺し尽くした。あの剣神であろうともなしえない偉業、いや蛮行だろうか。


 正面から突っ込めば、雨道うどうだろうと天童てんどうだろうと蜥蜴の人間を殺戮するのは訳がない。だが、組織を根絶やしにするのは別次元の難しさだ。誰が組織の人間なのか、どこまで関与しているのか、それら全てを把握して殺していくなど、たった一人では不可能で、警察のような組織であろうとも困難を極める。


 狂鬼はそれを一人で為したのだ。そんな万能性を兼ね備えた圧倒的な力を、狂鬼は見せつけた。無論、個人の強さも折り紙付き。特級探索者であろうとも簡単にひねりつぶしてのけた。個としても剣神に並び立つほどの強さでありながら、大多数を殺戮できるほどの汎用性に富む力。それらを兼ね備えた探索者に、国家が立ち向かえる訳もないのだろうが。


「連日ニュースにも出とる通りや。国はもう、猛虎伏草やのうて狂鬼を取った。ウチらへの締め付けが始まるんも、時間の問題やろ」


 ファシリテートをつとめるのは九条くじょう。猛虎伏草に所属するベテランの探索者であり、天満てんまの前に猛虎伏草の代表を務めていた男だ。彼が議題を進めるのに否やは無いが、その意味を理解している面々の中には曇った顔をしている者もいた。


 この場にいるのは猛虎伏草に所属する3つの特級探索者パーティ、『天命』、『明星みょうじょう』、『六甲ろっこう』。それに加え、猛虎伏草を長年支えてきた一級探索者や幹部など猛虎伏草の重役ばかりである。


「ウチらを締め上げに来るんは想定内や。猛虎伏草は、実質解体まで追い込まれるやろ」


 西のトップギルドが解体まで追い込まれる恐れがあるというのに、彼らは一切焦っていない。このシナリオは遅かれ早かれ訪れるものであり、彼らも承知の上で川崎のテロに踏み切ったのだから。そうしてでも叶えたい目的があったから。


 しかし、彼らの想定ではこの展開はまだまだ先の話だった。東が堕ち、西が日本の探索者を支配して数年後に精算をする予定だった。狂鬼。たった一人の探索者に、彼らの描いた青写真は粉微塵にされ、予定よりも何年も先に精算を迫られていた。


 なんとも皮肉なことか。彼らが求めていた力を持つ探索者。その探索者を得られるどころか、その探索者の力によって解体まで追い込まれる事実。


 因果応報。彼らは選択を誤り、制裁を受ける。それについて彼らは疑義を挟まない。受けるべき報いを受けるだけである。しかし、それはまだ早い。まだ彼らにはやれることがある。その内容が一部の人間には受け入れがたく、沈痛な表情を浮かべているのだ。


「解体されるんは受け入れる。せやけど、その前にやらなあかんことがある。ワシが進行役を務めとる以上、もう分かっとるやろが、天命はこれより、レベル250の試練に挑むことになる。天満、何か伝えることはあるか」


「何もないな。何も。ただ行って、レベル250超えて戻ってくる。それだけや」


 猛虎伏草代表であり、特級パーティ天命のリーダーでもある天満てんまのレベルは、250を超えていない。レベル250の壁を超えるには実力不足であることを自覚し、彼女たちは250の前で成長限界として探索を止めていたのだ。挑めば死ぬ。万に一つレベル250を超えることができる者もいるかもしれないが、間違いなくほとんどが死ぬだろう。そんな戦いに、特級という探索者の上澄みを使い潰すことはできない。その判断のもと、彼女らは挑まずにいたのだ。まだ使い潰すには早いと。きたる力を持った探索者のために、命は取っておくべきだと。そう判断していた。


 レベル250に至るために必要なことは、歴史の長い特級ギルドである猛虎伏草を以てしても明確にわかっていない。ただ、レベル250を超えた探索者である雨道うどうと天童、そして挑み死んでいった探索者を比較すれば、自ずと最低限の条件は見えてくる。


 神の名を冠するスキルを保有しているかどうか。そこがレベル250を超えることができるかどうかの分水嶺と言えた。次点として神の名を持たずとも、スキルレベルが10へと至っていれば超えることができるのではないか、そう分析されていた。


 天命のメンバーは、天満含め神の名を冠するスキルもスキルレベルが10へと至ったスキルも、どちらも所持している者はいない。それでも、彼らはレベル250へと挑むと言う。それはある意味言葉を変えた自殺となんら変わらないだろう。


 何故犯した罪が露見され追い込まれようとしている最中に、そのようなことをするのか。それは超越者となることで罪から逃れるためなどではない。


 西が東西戦争を起こしてまで成就したかった目的。それは雨道をレベル300へと押し上げること。この一点のみである。猛虎伏草は雨道のために作られたギルドだ。探索者はより強い探索者に敬意を持ち惹かれてしまう。猛虎伏草のメンバーは洩れなく雨道に惹かれ、彼女の力になりたいと心から願っている。しかし、所属しているメンバーは特級へと至ることはできても、神の名を冠するスキルもスキルレベルが10に届くスキルも持ち合わせていない。所詮特級で成長限界を迎える探索者しかいなかった。


 雨道も人間だ。歳を取り、いずれは寿命で死んでしまうだろう。寿命というカウントダウンは、猛虎伏草を焦らすには十分な効果があった。一向に現れない強者たる探索者。どうするかと悩み抜いていた時に、現れたのがもう一人の剣神。それも不撓不屈へと取られるという最悪の形で世間に現れた。


 当然猛虎伏草は天童へ直談判をしに行った。雨道と共にレベル300を目指してほしいと。しかし、天童はその誘いを断った。魅力的だがそれは無理だと。今天童がいなくなれば、日本を誰も護れない。だから無理だと固辞こじされた。


 東の主張は一貫して日本第一である。一方、西は自分のエゴが最優先。どちらが正しいかは、それぞれが置かれた立場で変わるだろう。西からすれば、国は国で勝手に自国を護るだろと。探索者ならば己の強さのみを求め続けろと。その思いが強い。


 しかし、天童は意見を変えてくれない。いよいよ雨道も老いを見せる歳となった。早急に強い探索者が現れなくては、彼女のパーティメンバーを務めることができなくなってしまう。その焦りが彼らを追い込み、結果としてテロ行為をさせてまで東のギルドを追い込み、次なる強者を西が獲得するための土壌を作るための蛮行を行わせた。


 そんなことしないで天満たちがレベル250に挑み強くなればいいじゃないか。そう思われるだろうが、彼女たちはそう思わない。彼女たちは探索者の上澄みだ。自分たちの力が通ずるかどうかくらいわかっている。自分たちはレベル250にはなれない。だからこそ、強い探索者が現れた時、雨道の時と同じように、一緒にレベル250に挑み、強い探索者だけでもレベル250を超えさせようと命の使いどころを待っていたのだ。


 それに、東を潰すにしても特級がいなければ国内のトップを張れはしない。猛虎伏草に所属する特級たちが250に挑み死んでいくためには、機を窺う必要があった。


 これら西の考えを雨道は理解してない。雨道はレベル250を超えその先の高みを把握し、自分を磨き上げることに集中するために早々にギルドをしている。そして、久しぶりに古巣に戻れば弱い者たちが東京のギルドを潰すと息巻いていたことで、話も聞かずに見切りをつけて俗世と決別している。しかし、雨道本人に自覚が無かろうとも、猛虎伏草の人間は動いてしまっていた。


 強い探索者が西に来るように、探索者が活動しやすいよう地盤を整えた。そのせいでレベル100を超えた探索者が尊大そんだいな態度を取るようになろうが、彼らは些事だと放置する。その結果、探索者に対する締め付けが東でだけ強化されていくのだから、むしろ助長させる動きすら見せた。


 たった一人の探索者のために。それも本人から言われた訳でもないのに。猛虎伏草という狂信者たちは暴走し続けた。そのツケを払う時が今なのだ。ツケは残った者たちが払う。レベル250に行ける可能性が一番高い天命だけは、壁を越えるために玉砕覚悟でレベル250に挑む。それが今回の議題であり、決定事項であった。


「天満さん、待ってくれや! その役目は、俺ら六甲が担う!! せやから、天満さんが行く必要なんて無いやろ!!」


 六甲のリーダーである西宮が天満に意見する。六甲はまだ若い特級に至ったばかりのパーティだ。レベルも習熟度も天命には届かない。レベル250など、到底無理だろう。


「吠えるな西宮。あんたらは元々、国に尽くすって決まっとったやろ。雨道さんの横に立つ役は、誰にも譲らへん」


 六甲は若い探索者のパーティのため、どうあがいても国から制裁を受けた後も現役の特級探索者である。それ故、六甲は猛虎伏草のギルドが解体後、国に忠誠を誓って警察なり自衛隊なりに所属させる予定であった。探索者を増長させ続けた猛虎伏草が、探索者を取り締まる側に回る。せめてもの罪滅ぼしとしての役割を担っていた。


 逆に天命は遅かれ早かれレベル250の壁に挑み死ぬ運命が決められていた。現時点において千年一剣を含め最も強いパーティであり、最もレベル250の壁を越えられる可能性が高いからだ。といっても、ほぼほぼゼロなのだろうが。


 そして、明星は猛虎伏草に残り大阪の混乱を抑える役割を与えられている。九条含め明星は現役を退いているパーティだ。猛虎伏草の実質的解体を受けた後、他の大阪で活動するギルドを含めまとめ上げ、東京との折衝を行うために必要だった。


「そらそうですけど……死ぬって分かっとる探索なんて、おかしいやないですか!」


「特級になったんやから、そない女々しいこと言うてんな。そもそも、こんな東に茶々入れるみたいな七面倒しちめんどうくさい真似せんと、とっととウチらでレベル250に挑んどきゃよかったんや。探索者っちゅうんは、死闘を制してこそ成長するもんやろ。パーティで誰一人死なん戦いばっかしてきたこと自体が、もうおかしかったんや」


 そこで天満ははたと疑問に思う。いつから目的と手段が入れ替わっていたと。


 もともと西の目的は雨道と共に戦うパーティメンバーを揃えることである。そのためにはレベル250を超える必要があり、レベル250を超えるためには神の名をかんするスキルか、レベル10を超えるスキルの保有者を探す必要があった。


 そんな強者を迎え入れるために西が覇権を握り、強者が現れた時にすぐにギルドに引き込めるようにしようとしていた。しかし、気づけば東を堕とすことが目的にすり替わっていなかっただろうか。川崎のテロだってそうだ。テロを起こしたところで、強者が現れるわけではない。強者が出てきたとき、全力でバックアップするから大阪に来てくれと天童に懇願しに行った時と同じやり方でもよかったのではないか。


 強者を探すというのなら、やり方としては探索者協会と密に連携した方がずっとよかったはずだ。そうすれば狂鬼の出現ももっと早くわかっていたはずだし、テロを起こしていなければもっと頻繁に狂鬼に接触できていたはずなのだ。雨道と狂鬼はウマが合っていた。あれならば、狂鬼に頼み込めば大阪で雨道と共に活動することを選択してくれたかもしれない。


 そもそもだ。探索者とは死ぬ直前まで自分を追い込むことで成長が促される。レベル250に最も近い天命であれば、挑む価値はあったはずだ。それこそが探索者のあるべき姿であり、強さこそたっとばれる西の探索者ではなかったのか。


「ちょっと待てや。そもそも最初からウチらが250挑んどきゃよかったんちゃうんか? なんで―――」


「まぁまぁまぁ。天満、せっかくレベル250挑むんやろ。天命もや。ダンジョンのことだけ考えんと、簡単に死んでまうで。六甲もやで。天命の覚悟、踏みにじるんはやめぇや」


 そう西成が仲介する。レベル250に挑むというのは生半可な力ではなし得ない。他のことを考えている暇などないだろと。


「ん? ……まぁ、せやな。六甲もええな。別に死ぬって決まっとるわけやない。ただ、レベル250になって戻ってくるだけや」


「出しゃばりました。すみません。ご武運を祈っとります」


 例えレベル250を超えられたとしても、その先はあの雨道ですら撤退を余儀なくされた魔の領域。遅かれ早かれ天命は確実に死ぬことになるだろう。だが、それを当人たちが納得し、その上で挑むと言うのなら外野が口出しすべきではない。六甲の西宮も大人しく引き下がった。


「さて、東や国が動き出す前に、さくっと進めていこか。あとは頼むで、九条」


「ああ、天満、天命。お前らに英雄の加護があらんことを」


 こうして、猛虎伏草の崩壊は粛々と内部からも進められていた。




 ◇




 お世辞にも綺麗とは言えない地区。日本であって日本でないような雑多な場所に、西成はいた。


『ああ……大阪はあかん。これ以上は戦力削るしか手ぇ無いわ』


 いつもの大阪弁ではなく、話す言葉は中国語。電話口から漏れる声も、同様に中国語であった。


 猛虎伏草に所属していて、天命でも、明星でも、六甲でもない特級探索者、それが西成である。猛虎伏草の誰に聞いても、西成については意見が食い違う。天命に所属していると思っている者もいれば、レベル200への挑戦時に仲間が死んでしまったとか、はたまた蜥蜴から派遣されてきたとか。どれもが違っており、全てが曖昧である。


 彼女の正体は中国の間者かんじゃ。厳密に言えば、中国に寝返って間者になったというのが正しい。


 西成は元々探索者になって成り上がろうと大阪で活動していた、普通の探索者であった。しかし、呪言というスキルが発現したことで、猛虎伏草に所属する彼女は蜥蜴という暗部と関りを持つようになる。その結果、蜥蜴と取引のあった中国とも縁が生まれ、呪言のスキルを持つ西成に目を付けた中国が莫大な報酬を提示し、西成は日本を裏切ることにしたのだ。


 探索者とは強さを求め、強さに惹かれる。故に大阪のギルドは超越者である雨道を崇拝しているが、超越者は中国にもいる。であれば自分を高く買ってくれる国に付くのは、西成に言わせれば当然であった。


 彼女に発現している呪言というスキル。言葉に力を与えることで相手の行動を阻害することができるスキルであり、言葉一つで相手を邪魔することができる優良なスキルだ。それに、味方へのバフや指示への補正など応用も利く。


 ただ、このスキルは人相手に使うともっとひどい悪用方法があった。それが思考誘導である。これはスキルがなくても行える洗脳方法ではあるが、呪言のスキルがその効果をより高めてくれる。この使い方は日本ではメジャーではないため知らない者の方が多いが、思考誘導や刷り込みによってある種の洗脳を行うことができるようになる。


 時間もかかるし手間もかかるが、効果は絶大。刷り込みによる洗脳が優れている点は、自分で考えてその思考回路に陥るところだ。我々は常日頃路上にゴミをポイ捨てしてはいけないと教育を受けているからゴミを捨てたくても我慢できるが、そう教えられていない人は何も気にせずその辺にゴミを捨ててしまう。


 これと同じで、『東が邪魔だ』、『東を潰せば雨道の力になる』。そんな風に思考を刷り込んでいけば、強い探索者を見つける目的が、いつの間にか東を潰すことで強い探索者が手に入ると思考にかたよりを持たせることができる。


 真逆の思考を持たせることは困難であるが、思考の偏りは根気よく続ければ違和感もなく実施できる。その結果、猛虎伏草や千年一剣を始めとした西のギルドの思考を、『雨道のために強い探索者を用意する』ことを『強い探索者を用意するために東を潰す』ことにげ替えることに成功した。


 実にいやらしく、最悪なマインドコントロール。カルト宗教の恐ろしさと変わらない。最初は小さな思考の誘導であった。しかし塵が積もっていくように、誘導される人数が増え、時間をかけるごとに刷り込みが深まり、川崎のテロのような蛮行に手を出してでも目的を達しようとする異常な考え方を、違和感すら抱かせず植え付けることに成功した。


 最も恐ろしいことは、これは状態異常ではないことだ。鈴鹿が行った支配の洗脳は、状態異常である。故に、状態異常無効のようなふざけたスキルを所持していたら効かない。精神耐性のスキルレベルが高くてもレジストできただろう。だが、この刷り込みは思考の誘導のため、状態異常とはならない。回復魔法を使おうとも、ポーションを飲もうとも治らない。灰ヶ峰の様に、支配されるために滅却の力で思考誘導ごと消滅でもされない限り。


 何故なら彼らはそれが正しいと思ってしまっているから。ご飯を食べるときにいただきますと言うように、何かをしてもらったらありがとうと言うように、彼らにとって東を潰すことが第一だと思うのは、そのレベルであるのだから。


 呪言というスキルを十全に活かした内部工作。西成はそれを見事に達成してのけた。


『ほんまやってくれたで狂鬼。あいつがおらんかったら、東も西も勝手に食いつぶし合っとったっちゅうのに』


 しかし、ようやく撒いた種を回収するこの大詰めも大詰めのタイミングで、一匹の理不尽な鬼が現れた。


 西成にとって狂鬼は頭痛の種であった。狂鬼がいなければ予定通り東と西の関係は最悪となり、だらだらとお互いが出血し合う泥仕合へと持ち込めたはずだ。それを狂鬼がたった一人でぶち壊してしまった。蜥蜴という西成にとってとても使いやすく都合のよかった組織を完膚なきまでに壊滅させ、国にすら大阪に手を加える動きを取らせてきた。


 狂鬼の蜥蜴を壊滅させた動きは異常なほど徹底しており、その迅速果断な対応は西成ですら対処できないほどの速さで完遂された。たった一日。そのわずかな時間で、一瞬にして組織が壊滅させられたのだ。狂鬼チャンネルを見た時にはすべてが遅すぎる状況だった。


『予定通り、天命は始末できる。あれは250は越えられへん。六甲も煽ったらダンジョン突っ込むやろし、二組は消せるで。千年一剣も同じように誘導してみる。あそこは出来る限りやな』


 気配遮断を全開にしながら、西成は中国語でなおも報告を続ける。


『狂鬼が出てきた時は、正直ごっつテンション上がったんやけどなぁ。あの性格やろ。うまいことそそのかしたら、天童とぶつけられるんちゃうか思ててん。ほんま残念残ね……もしもし? あれ、切れてもうた(・・・・・・)


 電話が切れてしまった様だ。電波が悪かったわけではないはずだが、どうしたのか。仕方ない。再度かけなおすか。そう思ったが、携帯の電波が切れている。圏外となっていた。


 強烈な違和感が西成を襲う。ここは圏外になるような場所ではない。何かがおかしい。何が―――


「はぁ……どうして私が大の大人の尻を拭ってやらなくちゃならないのか」


 ため息を吐きながら、西成の背後から一人の女が近寄ってきた。振り返らなくてもわかる。どうやってその気配を今まで隠していたというのか。そう問いただしたくなるほどの圧倒的な超越者が後ろにいる。


 剣神、雨道うどう創雪(そうせつ)。西の女傑がそこにいた。


「放っておいても良かったんだがね。古巣ならしっかりケジメ付けろって狂鬼君に怒られてしまったからさ。まったく彼も人使いが荒い荒い」


 やれやれと雨道が嘆息するが、西成は指一本すら動かすことができない。西成も特級探索者である。雨道とレベル差はそこまであるわけではない。それでも、彼我の力量差には越えられない壁が明確に存在する。


 一級探索者では特級探索者に勝てないように、特級探索者では超越者には勝ち目がない。雨道に背後に立たれ、その事実を西成は否でも理解させられた。


「ど、どうしたんですか雨道さん。こんな小汚い場所に」


「おや、中国語かな? ニーハオ。すまないね。私はこれしかわからなくて」


「いやいや、日本語で話してましたやん。急にボケてきはりますね。さっきの電話のことですか? あれは中国人の知り合いにかけてたんですよ」


 西成が電話で話していた内容は、全て中国語で行っていた。聞かれていたとしても言い訳はいくらでもできる。


「ああ、私は会話しに来たわけではないよ。中国のネズミに、一つ芸を見せてあげようかと思ってね」


 断定した言い方。もはやそうだろうとそうでなかろうと関係ないとばかりだ。実際、雨道にとってそんなことどうでもいいのだろう。雨道は自分が強くなること以外に興味がない。雨道にとって、猛虎伏草がどうなろうと興味がないはずだ。それなのにここに来たのは、狂鬼に言われたから。とことん西成の邪魔をしてくれる。


 だが、それは好都合でもある。自分の意思でないのであれば、姿をくらませることができればわざわざ追って探しに来ることは無いだろう。


 さすがに雨道に勝てるとは思っていないが、西成の手札全てを使えば離脱できる可能性は僅かでもあるはずだ。全力の毒魔法で麻痺と目隠しを行いながら雨道を撒く。そう決意した時、雨道が続きを話した。


「ほら手先を見てごらん、面白いことが起こっているよ」


 雨道の声につられ、手先を見る西成。異変が起こっていた。ハラハラと指先から崩壊が始まっていた。


「凄いだろう。丁寧に刻んでみたんだ。よく見てみるといい」


 いつ攻撃されたのか。一切知覚することすらできなかった。指が細切れにされていくことを認識したことで、ようやく襲い掛かる強烈な痛み。それを原動力に西成は存在進化を解放し雨道の元から離脱を試みる。


「あっ、存在進化なんかしたら……はぁ、そんなこともわからないのか? せっかくじっくり壊れるように工夫してみたというのに」


 存在進化をしたことで手足を含め西成の身体に変化が訪れる。そこに流される膨大な力が逆に崩壊を早める形となった。存在進化した瞬間、西成の手足が失われる。まるで手足が水にでも変わってしまったかのようにバシャッと地面に血だまりをつくり、そこへ落ちた西成の服が自身の血を吸い上げる。


「く、クソが! 毒魔法!! ッッ!!?? なんっで発動せぇへんねん!!」


「おお、出来るものだね。やはり狂鬼君との会話は身になるね。そのせいでこの面倒事に直面しているのだから、考えものか」


 魔力すらうまく練れず、手足を失い芋虫のように蠢くだけの西成。気づけば魔力が練れないどころか、気力すら失われていた。ただ茫然とすることしか、西成はできない。


 存在進化したことで現れたの触角を雨道は掴むと、西成を引きずってゆく。


「全く。逃がさないためとはいえダルマ(・・・)にするというのは失敗だったな。足は残すべきだった。さて、ギルドの馬鹿どもの洗脳を斬ったら、久方ぶりの東京だ」


 西成、いや中国の間者を手土産に、雨道は東京へと向かう。めんどくさいと呟きながらも、小さな鬼の要望通り、雨道は西の諸悪の根源を摘み取るのであった。

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― 新着の感想 ―
思えば伏線は至るところにあった訳か。西の行き過ぎた思想、呪言は洗脳系統、他国から仕向けられるスパイ。やっと腑に落ちた感
今9章。 7章で鈴鹿との会合後に関係者を集めて中華料理屋を改めて締めに行く西成は あれは関係者に対する西成は組織への帰属意識をもっているというアピールの材料だったのか。 そもそも西成は破壊工作員である…
ざっけんなや⋯⋯  スキルが使えん⋯⋯!   ドブカスが⋯⋯!! 西成 辞世の句
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