11話 焼肉
八王子駅改札口は人でごった返している。喧騒が日常のこの場所で、周囲をざわつかせている場所があった。
「ごめん、待った?」
「いや全然」
鈴鹿が声をかけた相手は安藤泰則、ヤスだ。
ヤスは高身長に加えダンジョンでのステータスアップの恩恵を受けて、イケメンに生まれ変わっていた。そのせいでただでさえ目を引くのに。さらに魔力の影響を受けて薄く赤みがかった髪が目立って周囲の視線を集めまくっていた。そのおかげで鈴鹿はすぐにヤスを見つけられていいが、こんなに目立ってたら鬱陶しそうだ。イケメンも考えものだな。
「お前相変わらず目立ってんな」
「鈴鹿こそなんでそんな目立たないんだよ。あれか、気配遮断とか?」
「そうそう。気配遮断のスキルレベル高いから、いろいろできる」
今もヤスには気配遮断の効果が及ばないように調整している。そんな細かい調整も、スキルレベル10ならば簡単にできてしまう。とても便利なので、早くヨキと灰ヶ峰にも覚えてほしい。あの二人と歩いていると視線が鬱陶しくてしょうがない。
「お前も覚えた方がいいよ」
「そんな簡単にスキルポンポン発現しねぇよ」
そんな軽口をたたきながら、向かう先は焼肉屋さんの牛〇。鈴鹿はここのおさつバターが好きなのだ。肉ですらないが、それは言いっこなしである。
「お、個室か」
「さすがにな。そっちの方が食いやすいだろ」
「もっとお高いお店連れてってくれてもいいんだぜ」
「ばーか。1層2区のエリアボス倒したら連れてってやるよ」
簡易的な個室だが、オープンな席よりはましだろう。そんな大それた話をするつもりはないが、ヤスは目立つので隠すという意味での個室だ。
「あ、ほらこれ。出雲土産。これはお前、こっちはみんなで分けて食べて」
「お、サンキュー」
遠征として出雲を訪れていたので、お土産を安藤家とヤスのパーティ用に買ってきたのだ。
「出雲か。なんか大変だったみたいだな」
「おう。クソみたいなやつらに絡まれたからな。最悪だったぜ」
「その……大丈夫か?」
心配そうに見てくるヤス。そんな顔色悪く見えるのだろうか。鏡を見た時はいつもの美形面だったけど。
「もちろんよ。あ、あれか? 大久野戦の事か? 人殺しとは飯食えないってんなら止めとくか?」
「んな訳ねぇだろ。知らない犯罪者の事なんてどうでもいい。ダチが元気かどうか。重要なのはそれだけだろ」
運ばれてきた肉を焼きながらヤスが言う。
「ただ、確認しておきたいこともある。ネットじゃお前は英雄だって担ぎ上げられてるけど、お前が洗脳して蜥蜴に無理心中させたなんて話もあった。そこんとこどうなんだよ」
「させたね。俺が指示した。言い分としては、俺にやったことをそのままやり返した。それで一般人が巻き込まれたのは理解しているけど、俺やお前みたいな一般人が標的にされたのと何ら変わらないと思っている。あいつらの標的は探索者や犯罪者だけじゃない。川崎のことを考えたらわかるだろ。だから、最後に彼らの身内を巻き込んだ」
人権とか人道的とか、そんな言葉が裸足で逃げ出すようなことを鈴鹿は指示した。これについては希凛にも怒られているので、反省している。ただ、後悔はしていない。因果応報。そうとしか鈴鹿は思えない。
犠牲になった一般人については申し訳なく思うが、蜥蜴という組織はそういう組織なのだ。鈴鹿という一般人を標的にしたり、そのために家族や友人を人質にとる。川崎に住まう無辜の民を地獄に突き落としたように、横浜のギルドの身内を殺害したように、ヨキのような罪のない子供で人体実験するような、そんな組織。
だから鈴鹿は彼らの身内を被害者にすることを命じたのだ。一般人を襲うというのに、彼らは自分の身内は当然狙わない。それは道理が違うだろと。鈴鹿の身内が殺害される未来があったなら、その被害をそっくりそのままスライドしただけの事。だから鈴鹿は自身が下した命令を後悔しない。彼らが鈴鹿を襲わなければ、こんな結末は迎えなかったのだから。
けど反省はしていた。一般人を巻き込むのはせめて本人の所業を知ってなお近くにいた人だけに留めるべきだったなと思う程度には。そして、今ならば昏睡させて長い長い永久の悪夢を見させてあげても良かったな、なんて反省もしている。醒めない悪夢ほど地獄は無いと思うから。
だからzooのみんな、安心してほしい。次巻き込まれたら、犯罪組織の人間だけを昏睡させるだけに止めるから。
「さすがに、罪の無い人を手にかけた俺とは友達やめるか? 安心しろ。やめたところでお前にも、お前の周りにも絶対に危害を加えることは無いから」
鈴鹿はヤスがどんな判断をしても何も言わない。受け入れるだけだ。けれど、ヤスが友達をやめると言ったら、とても悲しい。ふさぎ込む自信がある。
「見くびんな。やめねぇよ。そんな覚悟でダチやってねぇ。お前が大虐殺していようと、俺はダチをやめねぇよ。ぶん殴るだけだ」
ヤスが鈴鹿を見る。
「ただ、言っとかなきゃいけないこともある。お前が今回やったことはダメだ。殺人が悪いって訳じゃない。探索者法に則ってであれば文句はない。蜥蜴の代表や構成員を殺しててもな。ただ、その身内を襲わせたのは違う。そこには大義がない。だからダメだ。反省しろ」
「大義……それって必要なのか? やられたことをやり返しただけだぞ」
「必要だ。お前に身内を襲われて生き残った人がいたら、お前はどうする? お前に身内を殺されたんだ。そしたら、その人が俺やお前の家族を殺しても、お前はしょうがないで済ますのか? その人にとっては、やられたことをやり返しただけだぞ」
「まさか! そんな訳ないだろ! ……ただ、まぁそうか。そうだな」
やられたことをやり返す。その道理を説くなら、自身に返ってきても受け入れるのが筋だ。その帰結は、当然と言えた。
鈴鹿は多角的に物事を考えられるわけではない。基本シンプルなことしか考えていない。そんな単細胞な考えであんなことをしたのかとも思うが、逆に言えばそんなことを四六時中考えている人間はいるのかとも思う。
そもそも、普通に生きてきて犯罪に巻き込まれることなんて滅多にないだろう。今回鈴鹿が蜥蜴に身内を人質に取られた理由は、ただ鈴鹿が強かったからというそんな理不尽な内容であった。神在會から賠償にアイテムをぶんどったからでもないのだ。ましてや、鈴鹿が蜥蜴というヤクザに自分から喧嘩を売りに行ったわけでもない。仮に、鈴鹿という存在が蜥蜴に知られていなかった場合、神在會の落とし前を付けるとしても家族を人質になどしなかっただろう。鈴鹿に直接話をつけに行ったはずだ。
今回鈴鹿が標的になったのは鈴鹿が強かったから。猛虎伏草に目を付けられたから。だからこそ、入念に鈴鹿を分析し、身内を人質に取ることが有効だと判断したからああなった。鈴鹿が身内をどうでもいいと切り捨てる人間だったら、そもそも蜥蜴は接触しなかった可能性の方が高い。灰ヶ峰が身内を捨てられないと判断したからこそ、あの場は設けられたのだ。
そんな唐突に理不尽な要求を突き付けられ、天秤にかけられるのは身内の死だ。目の前が真っ暗に染まりブラックアウトして気絶するほど、鈴鹿は怒り狂った。その状況下で、やられたことを絶対にやり返すという強い思いだけが残ったのだ。多くのことを考える余裕は鈴鹿にはなかった。
鈴鹿は元々三十歳のサラリーマンだ。ただ普通に働いて生活していただけのサラリーマンでしかなかった。タイムリープした後だって、ただひたすらダンジョンを探索していただけ。犯罪者と戦っていた訳でもない。
そんな平穏な日常を送る人間が、あんな非日常極まる場所で最適解を導き出せる方がおかしいのかもしれない。洗脳できなければ自死しようと本気で考えていたくらいだ。少なくとも、鈴鹿は一般人を犠牲にしたが、自分の身内には一切の被害を出させなかった。それを為しただけでも、鈴鹿は取れうる選択肢の中で最善とは言えないまでも最低限の選択を選び取った。
鈴鹿は力を持ったが故に、行き過ぎた指示を出してしまった。目の前の畜生共に地獄を味わわせてやるという強すぎる殺意をもって、目の前のことにしか目が向かなかった。それをヤスが指摘し、その浅はかさを自覚した。
「だから大義がいるんだよ。お前だけじゃなくて、その周りの人を守るために。それをして当然だと周囲を納得させるために。大義がいるんだ」
「たしかに……考え足らずだったわ。いや、考えないようにしてたってのが正しいかも……」
「ま、俺だってお前に説教できるような人間じゃねぇよ。ボタンを押せば家族やお前が救われる代わりに犯罪者やその家族が死ぬスイッチがあったら、迷わず押すだろうしな。だから同罪だ」
ただ、そう付け加え、ヤスが鈴鹿に釘を刺す。
「お前はどうせやったことを反省しても、引きずんないしすぐに忘れちまうだろ。だから次はしないように心に刻め。お前は力を持った。持っちまった。ならその力に責任を持て。今回蜥蜴ってのにやられたことが心底腹が立ったんだろ? なら同じことを無罪の人間に押し付けんな。やってきた奴にだけやり返せ。やられたことの倍返しがしたいなら、その範疇で頭使ってやれ。いいな?」
「うん、わかった。反省する。お前にも迷惑かけるかもしんない。ごめん」
「いいよ俺は。お前とダンジョン行ってそろそろ一年か? 一年足らずで急にそんなに力を持っちまったんだ。力を持った責任もちゃんと学べよ。ほら、肉焼けたぞ」
そう言って、ヤスが皿に肉を盛ってくれる。
「お前が何も抱え込んでないならそれでいい。何かあれば相談にのる」
「そこは大丈夫。考えないようにしてたってのもあるけど、精神病んでたりはしてない。もし何かあれば相談するわ。お前に全幅の信頼置いてるから、相談はすぐするから安心しろ。何かあれば頼るし、お前も何かあれば頼れよ」
ヤスは鈴鹿にとっての親友だ。それは社会人になっても続いた関係である。お互い悩むことがあれば絶対に相談してくれる。そう思っているので、鈴鹿は気軽にヤスに相談するし、ヤスもまた悩みがあればしてくれる。
蜥蜴が鈴鹿の身内を巻き込まなければ、こうはならなかっただろう。強すぎる怒りに身を任せ、凶行を指示することもなかっただろう。だが、ヤスの言う通りそれをさせないで永劫の苦しみを味わわせることだってできたはずだ。冷静になった今ならばそう思える。
だから反省しよう。次同じ場面に遭遇したら当事者にだけ無限の苦しみを味わわせるために。罪のない人たちに被害を出さないように。鈴鹿は反省する。
「ふぅ……この話は終わりな。出雲はどうだったんだよ。観光もしたんだろ?」
「うん。出雲で起きたことは最悪だったけど、出雲自体は普通に良かったよ。出雲大社凄かったし、サンライズ最高だった。あれはマジおススメ」
「サンライズ? 日の出? 出雲なら夕焼けの方が有名そうだけどな」
「違う違う。電車よ。寝台電車でさ、あ、スマカメの写真あるわ」
そう言って、鈴鹿は出雲の土産話をヤスへと話す。ヤスと今度サンライズでも使って旅行もいいかもな。今度は瀬戸内海の方に行って、道後温泉でも泊まりに行くのもありかも。
「あ、そういえばさ、ヤスの周りに変な奴現れてない? 大丈夫そ?」
一通り出雲の地をPRした後、聞きたかったことを話題に出した。灰ヶ峰に脅された時、ヤスの近くに蜥蜴の手の者がいたはずだ。そいつはもうこの世にはいないのだが、鈴鹿のせいでヤスに迷惑をかけていたら申し訳ない。話を蒸し返すことになるが、確認しておきたかった。
「いや、全然。むしろ俺たちが人質みたいに脅されたんだろ? ごめんな。俺たちが強ければ返り討ちにできたんだけど」
「気にすんなよ。あんなことはする方が100悪いんだ。天誅下したしダンチューブでも釘刺したから大丈夫だとは思うけど、もし変なのいたらすぐ教えてな。話つけるから」
「拳でか?」
「そんなわけ。ヤスたち狙ったやつだぞ? 拳程度じゃ終わらせないよ」
「お前何も反省してないだろ」
「ヤス狙ったら一線越えてるだろ。探索者法よ探索者法」
鈴鹿に直接来るなら一向にかまわない。鈴鹿も蜥蜴を潰したし、大久野を殺している。猛虎伏草を含めて恨みを多く買っていることだろう。だからこそ、その恨みを晴らすために鈴鹿に直接来るなら、鈴鹿は向き合う義務がある。お相手しましょう、拳で。
だが、鈴鹿を逸れて周囲に攻撃してくるというのなら、蜥蜴よりもなお苛烈な地獄を用意して見せよう。大丈夫。鈴鹿には悪の大幹部灰ヶ峰が仲間にいる。二人で考えればこの世の地獄をすべて集結したような悪夢を見させてあげられるはずだ。探索者法的にNGであれば、殺しはしない。それでも、生かしたまま延々と夢の中で地獄を見させてやる。
鈴鹿はとても分かりやすい性格をしている。鈴鹿を取り巻く世界は、友人や家族を含む身内かそれ以外だ。それ以外の人間に心が動かされることは無く、逆に一歩身内に踏みこんだ人間が害されれば悪鬼の如く怒りに火が付く。
灰ヶ峰の分析は正しかった。読み間違えていたのは、鈴鹿の持ち合わせる能力だけ。あまりにも致命的な部分を読み違えたのだ。
「まぁ、ほどほどにな。お前の配信とか見てると、なんでお前が生きてんのかわかんないシーンめっちゃあるぞ」
「それでこそ探索者よ。生と死を渡り歩いてこそ強くなれるというモノだ。あ、真似するなよ」
「できねぇよ! 斎藤さんがお前の真似しようとして大変なんだぞこっちは」
「ああ、斎藤気合入ってるよね。いいじゃん。お前と俺が組んでた時も、お前が手綱握ってたろ」
何も考えず突っ込んでいく鈴鹿に対し、ヤスは何かと慎重だった。ダンチューブを見て対策とかも練ってくるし、それを無視するとよく怒ってた。寂しいことであるが、今は鈴鹿の代わりに斎藤がその役を担っているのだろう。
「かえでちゃんも斎藤さんにすぐ触発されてさ、行っちゃう!?いけるんじゃない!?とかワクワクしだすし」
「でも陣馬が押さえるだろ」
「ほんと陣馬いてよかった。あいつ馬鹿っぽいけど一番頭いいからさ。押すとこと引くとこの判断完璧で助かってる」
チームヤスの話を聞いていると、いいバランスだなって感じられる。リスクをとりつつ、しっかりと安全も考慮していそうだ。今のままなら一級まではいけそうだが、2層や3層から先はスキルだったり装備だったりが重要になる。スキルは今のやり方でも成長するだろうが、対策防具はドロップ運が絡むため、ギルドの恩恵がモロにでてくる部分だ。そこをギルドに入らずにどこまで進められるのかは気になるところである。
「そうだそうだ。俺もとうとうパーティ組むんだよ」
「は? まじかよ! 誰誰? 他のダンチューバー!?」
肉を焼きながらヤスのテンションが上がる。こいつは俺がダンチューバーとコラボならまだしもパーティを組むと思ってるのだろうか。本当に俺の配信見ているのか? 俺が知らないだけで、一級の上位とかもガンガン配信してるのだろうか。
「この前の配信見た? あのガスマスクぶっ殺したやつ」
「言い方よ。見たよ、ちゃんと」
「あれで一緒だった黒髪のイケメン。あいつとパーティ組むことにした」
「あ~あの人ね! ……うん?」
何やら考え出すヤス。肉が焦げそうだ。
「え、待って。あの黒髪ってお前がぶっ潰した蜥蜴の幹部とか言ってなかった? ヤクザの」
「そうそう。元ね。そのヤクザ組織は消滅した。ほら、肉焦げるぞ、この皿でいい?」
「あ、ありがと。じゃなくてさ! え、なんでヤクザと手組むの? お前あの黒髪に脅されたんじゃないの?」
「脅されたよ。最悪だったね。お前人質に取られたし。クソ野郎だよあいつは」
このネギ塩の肉頼んだら付いてくる大量のネギ塩を、他の肉にも付けて食うのがうまいんだよな。さっぱりするし最高だ。
「は? なんでそんな奴仲間にすんだよ。ヤクザだぜ? 俺は反対だぞ」
「そうなんだよなぁ。わかるよ。俺も最初問答無用でぶっ殺すつもりだったし。けどなぁ、何か俺の直感がさ、こいつ殺すのもったいないなって思ったんだよね。で、どうせ殺す予定だった奴なら、どんな特訓させてもいいだろって思ってさ。それならパーティ組んでもいいかなって思ったのよ」
端的に言えば気に入ったのだ。相手が誰であれ変わらない無機質な淡々とした灰ヶ峰が、鈴鹿のツボに入ったのだ。ああ、こいつはいい仲間になるなと。そう思った。なので仲間にした。
これについては理屈ではない。普通の人間なら感情よりも理屈を優先するかもしれない。ヤクザなんて仲間にするのはダメだろ。自分もそっち側に落ちるのか。いろんな厄介ごとも一緒に来るぞ。他にもっといい奴がいる。そう思うだろう。
だが、理屈ではないのだ。理屈を抜きにして生きているからこそ、鈴鹿はダンジョンであんな戦い方ができるのだ。一番強くなれそうで、一番おもしろそうだと思える危険な道を進めるのだ。合理的な判断など、猿猴にミンチにされたときに取りこぼしてしまったよ。
だからこそ、これについてはヤスの意見だろうとも耳を貸さない。これは鈴鹿が迷うことなく判断した事項である。鈴鹿がダンジョンで成功するために。必要だと感じたからこそ仲間にしたのだ。ヤスの不興を買おうとも、そのリスクも含めて鈴鹿は灰ヶ峰を招いたのだから。
「直感って……そもそもお前に仲間なんて必要なのか? 5区だってエリアボス相手に終始余裕で戦ってるのに。あの黒髪が強いって言っても、鈴鹿よりは弱いんだろ?」
「まぁ、お前が言いたいことはわかる。この超つよつよハイパー探索者である俺に仲間なんていらないように見えるよな」
「そこまでは言ってねぇけど、そういうことだ。ハイパー探索者様に仲間なんているのかよ?」
「それはわからん」
新たな肉を焼きながら、鈴鹿は雨道との会話を思い出した。あのレベルまで到達しても、レベル250で止まった。レベル300まではいけなかったのだ。
正直な話、鈴鹿は雨道と戦って勝てるか問われたら断言できなかった。恐らく天童もその次元にいるのだろう。神の名を冠するスキルが発現しているのはお互い様だが、そうじゃない。スキルへの理解度と言えばいいのか、素の実力と言えばいいのか。レベル200の特級では感じられなかった“一歩先へ”進んだ者の空気が感じられた。
研ぎ澄まされ、磨き抜かれた強さ。圧倒的な技量と実力、スキルへの深い理解。鈴鹿が全力の強化を施せばステータスの面では上回るかもしれないが、それをひっくり返されるほどの何かが感じられた。それは鈴鹿が持つ不死や滅却の権能の様に、理屈を根本から覆すような力を雨道から嗅ぎとった。
そんな雨道が、仲間がいたらという思いに至ったというのだ。そして、天童も先に進めていないのならば、何かがあるはずだ。
そこに仲間が必須かはわからない。だが、灰ヶ峰やヨキの戦い方を間近で見ることで、鈴鹿がより先に進むための切り口となるかもしれない。お互いにアドバイスし合うことで気付きを得るかもしれない。一緒に戦うのも面白そうだし、新たな可能性が見えるかもしれない。そのために、鈴鹿はパーティを組んでみた。
正直なところ、二人を強くする思いはあるが、結局エリアボスと戦う時は一人で戦うだろう。だってそっちの方が強くなれそうだから。今も、鈴鹿と灰ヶ峰は交代交代で淵の番と戦い、ヨキは辰砂大鬼と一人で戦っている。まさに、パーティである必要があるのかという内容だ。それでも、一緒に行動して一緒に探索するのなら、それはパーティと言えるだろう。
「わかんねぇのにヤクザなんか仲間にすんなよ」
「まぁまぁ、もしかしたら役立つかもしれないしさ。ほら、肉やるから機嫌直せ」
「いや、別に不機嫌にはなってないけどさ。俺は認められないぞ。お前が道間違えるなら、殴ってでも戻す」
鈴鹿とヤスの視線が交差する。ヤスなら本気で殴ってくるだろう。
ヤスは強くなるためとはいえヤクザと繋がりを持つなと言いたいのだろう。だが、灰ヶ峰と繋がりのあったヤクザは消滅した。それに、面倒事ごと抱え込むと決めたのだ。いつも通り軽く考えて仲間にした節があるが、仲間になったからには義をもって接する。
「俺は本気だよ。それにあいつは二度と道を逸れない」
「逸れたらどうすんだよ」
「殺す。俺とパーティを組んだんだ。そんなダセェ真似したら問答無用であの世行きだ。容赦はない」
鈴鹿の黄金の瞳が輝き、瞳孔が縦に伸びてゆく。
灰ヶ峰の人生がどうであったとしても、灰ヶ峰自身が犯罪に手を染めていた事実は変えられない。そうせざるを得なかったとはいえ、世間はそれを認めやしないだろう。鈴鹿は日の当たる道に灰ヶ峰を引っ張り上げた。それでも自分の意思で手を汚すと言うのなら、引っ張り上げた責任を果たすまでだ。
「あいつはお前じゃない。ぶん殴って道に戻すなんてこともしてやらん」
「……お前が間違ってると思ったら、俺は殴るからな」
「当然だ。信用してる。俺もお前がアホなことやりだしたらぶん殴ってやる」
「止めろよ。さすがにお前に殴られたら死ぬぞ」
「じゃあすんなよ。俺はお前を殺せない」
鈴鹿が挑発するように笑えば、ヤスは参ったよと手を上げた。
「はぁ、わかったよ。認めねぇけど認めるよ」
理解はできても納得はできないのだろうか。それでも、ヤスは鈴鹿を信じてくれるようだ。別に鈴鹿は騙されている訳でも操られているわけでもないので、安心してほしい。
「あとね、もう一人女の子ともパーティ組んだよ。竜の存在進化しててさ。角とかめっちゃキレイなんだよね」
あのキラキラ光りを反射して輝く角はとても美しい。鈴鹿も角が生えているが、あんなキレイじゃなかった。
「またヤクザか?」
「いや、被害者だな。ヤクザじゃないよ。普通の子」
普通の子をエリアボスに一人で突撃させ何度も殺しているのは狂気を超えてサイコパスの域だが、ヨキもやる気に満ちているのでなんとか関係は保てている。
「ふ~ん。まぁいいや。今度パーティメンバーに会わせろよ」
「もちろん。それともう一つ博識なヤスに相談があってさ」
「なんだよ。次はどのヤクザ潰すんだ?」
「ちげぇよ! 次の遠征先を探しててさ。この前出雲行ってきたから別のところがいいんだけど、なんかいいところある?」
ヤスはダンジョンについて詳しいので、日本のどこにどんなダンジョンがあるかも詳しい。まだ3層5区を探索するので、低層ダンジョンが好ましいんだが、いい場所はあるだろうか。
「出雲の次かぁ。観光地がいいのか?」
「う~ん、そうね。条件は低層ダンジョンが絶対で、あとは美味しい物と1個くらい名所があるといいなぁ」
「わがままな奴だな。う~ん。関東は微妙なんだろ?」
「そだね。そのうち東京ダンジョンになるだろうから、遠いところがいい。せっかくならダンジョンでもないと行かなそうなところとか最高」
大阪や京都は普通に観光でも行くだろうし、北海道も当然行くだろう。名古屋も悪くないが、あそこは中層ダンジョンなので今回はパス。味噌煮込みうどん大好きなんだけどね。
「う~~ん。となると、新潟は?」
「新潟かぁ。悪くないけど、行くなら新米の時期がいいなぁ」
「それもそうか。あっ、じゃあ三重は三重! 伊勢ダンジョン! 出雲大社行ったなら伊勢神宮も行って来たら?」
「伊勢か……いいかも! 伊勢って言ったら伊勢海老だよな!! めっちゃ食いたい!!」
伊勢海老は押さえておきたい。絶対食べたい。何てすばらしい提案をするんだコイツは。
「さすヤスだよ。まじかよお前。天才か」
「まぁな。お土産よろしくな」
「任せとけ。奮発するわ。現地から伊勢海老送ってやるよ」
その後も、お互いの近況を語りながら肉を食べてゆく。今度の夏休みはどっか旅行にでも行こう。そんな計画を立てながら笑い合った。
しかし鈴鹿はこの時まだ知らなかった。今の時期は5月。伊勢海老は5月から10月にかけて禁漁になるということを。




