7話 鈴鹿式特訓方法
カンカンと照りつける日差しが厳しい荒野が広がる世界。2層5区。そこに鈴鹿たちはいた。
「なんか久しぶりに感じるよ。ほんと。疲れたわ……」
「すみません鈴鹿様。お手を煩わせて……」
「いや、メイドは悪くないよ。全部灰ヶ峰が悪い。こいつが諸悪の根源だ」
「悪かったな。迷惑をかけた」
何のことかというと、メイドの戸籍を蜥蜴、正確に言えば尾道組が悪用し尽くしていたことで、口座すら作れなくなってしまっていたのだ。メイドは人体実験の被験者としてそのまま死ぬことが決まっていたため、メイドの戸籍は無駄なく使われてしまっていたのだ。
当然探索者ライセンスも有効活用されていたが、こちらは広島や出雲などで違法に活動する探索者崩れや外国人のために使われていたため、再発行することはできた。一方、それ以外が果てしなくめんどくさかった。
まず各種銀行やカードの信用リストには軒並みブラックリスト入りしていた。そのせいで口座すら開設できなくなっている始末。さらに、偽装結婚のために名前すら知らない外国人と結婚していることになっていた。目的は永住ビザとのこと。不幸中の幸いと言っていいのかわからないが、偽造パスポートは発行されていたもののまだ発覚していなかったため、紛失として失効させることで手を打つことができた。
めちゃくちゃである。戸籍を売った人間の末路をまさか身近で見ることになるとは。もちろんメイドは戸籍を売ったわけではないのだが、眼を覆いたくなるほどひどい有様だった。
メイドが研究施設に連れていかれたのが2月半ばとのこと。今は5月半ばだ。たった3ヶ月。その間にこれ。仕事熱心にもほどがあるだろ。
メイドは生まれ変わったので新しい戸籍が欲しいとも言っていたが、それは難しかったので結局滅茶苦茶にされた戸籍を修復させていく作業が必要になったのだ。
なので、雨道との会食が終わった後はそのまま大阪に泊り、事情を説明して各種手続きを済ませてきた。主に諸悪の根源たる灰ヶ峰に全てを任せ、鈴鹿はのんびり大阪城とか京都とか観光し、雨道とお茶を楽しんだだけだったが、それでも予期せぬ足止めをくらう形となった。
ただし、何故か狂鬼という名前を出すとスムーズに手続きが進んだようで、それら手続きを済ませ新しい口座を作り探索者として活動できるようになるまでに、たった数日で済んだというのだから驚きである。
そんな中、鈴鹿たちは出雲ダンジョンの2層5区にいた。何故出雲ダンジョンかと言えば、あと一回は探索すると鈴鹿が決めていたから。その状態で別のところに行くのは気持ち悪かったため、出雲まで戻ってきたのだ。
「さて、今日から特訓を始めます」
何故2層5区にいるのか。それはメイドの特訓を行うためである。もちろん、特訓はメイドだけでなく、灰ヶ峰や鈴鹿も行う予定だ。
メイドは鈴鹿から3種類の力を与えられた。練鱗淵の番、特級探索者大久野、ガスマスク。結果、メイドのステータスはこのようになっていた。
名前:福山桐子
存在進化:混成竜種(幼)
レベル:136
体力:1199
魔力:737
攻撃:991
防御:1187
敏捷:656
器用:878
知力:731
収納:506
能力:武芸の心得、剣術(8)、盾術(7)、体術(2)、身体操作(7)、身体強化(4)、魔力操作(8)、見切り(7)、■魔法(9)、挑発、気配察知(5)、魔法耐性(8)、状態異常耐性(6)、精神耐性(3)、痛覚鈍化
普通に強い。スキルレベルが8もあるスキルが3つもある。それに文字化けして何の魔法なのかはわからないが、スキルレベル9のスキルもあった。確認してもメイドもわからないそうだが、鈴鹿はこの現象を知っているためそのうち分かるでしょとスルーする。スキルが文字化けすることはままあるのかもしれない。聖神の信条も文字化けしていたが、気づけば使えるようになっていたし。
ステータス的には大久野のステータスが引き継がれたのかタンク職のステータスであるが、特級までいっただけあって悪くない。今の探索者は攻略が確立されてしまって安全重視の戦い方も可能になってしまったが、昔はそんな情報もなかったので日々命がけだったことだろう。だからこそのこのステータスか。
武芸の心得なんて珍しいスキルも発現しており、ちゃんと強い。そんなステータスだ。大久野だけだったらこうはならなかっただろう。練鱗淵の番とガスマスクのおかげで、いっぱしのスキル構成になっている気がする。
ちなみに灰ヶ峰のステータスやスキル構成は知らない。レベルが186と、存在進化が悪魔ということだけ聞いている。灰ヶ峰はもしかしたら裏切るかもしれないからな。その時に相手のスキル構成を知っているのはフェアではないので、聞いていない。
ならメイドはいいのかと言えば、良い。これは恐らく狂鬼の面による力の譲渡の影響だろうが、鈴鹿とメイドには明確な主従関係が出来ていた。それは契約とか言葉や法によるものではなく、感覚的なものだ。パスのようなものが繋がっているイメージだろうか。眷属化したという言葉がしっくりくる。
だからこそ、メイドは鈴鹿に対して常にかしずいており、鈴鹿もメイドなら問題ないかと情報を開示できる。そのため、鈴鹿はメイドの面倒をしっかりみようと思っているし、メイドもまたその恩に報いようと鈴鹿に忠誠を尽くす。そんな関係となっていた。
「特訓の前に、まずは武器と防具を渡さないとな。この中から武器を選んでくれ」
鈴鹿が持っている1層5区と2層5区のエリアボスからドロップした武器を収納からとりだす。
猿猴からドロップしたナックルと棍棒。山鯨からドロップした戦槌と戦斧。箆鹿からドロップした杖と片手剣と盾のセット。雷鳥からドロップした刀。夢遊猫からドロップした杖。棘蠍からドロップした双剣。泥蛸からドロップした鞭と槍。そして、狂鬼からドロップした斧。
合計12個だ。鈴鹿の収納の肥やしにしておくにはもったいない武器たちである。
「う~ん、悩みますね」
「メイドのスキル的に剣がいいかな?」
剣術が8もあるので、剣が無難な気がする。ただ、他の武器を選んでも武術的に通じるところはあるだろうから、成長すると思うので好きなのを選んでよい。特訓なのだ。これから強くなればよい。なら武器を縛る必要もない。
「これ……。これがいいです」
そう言って指差したのは狂鬼の斧。一番強そうな武器だ。お目が高い。
「この武器、鈴鹿様と似た気配が感じられます」
「ああ、なるほど。たしかに」
メイドには狂鬼の面を使って力を与えているし、鈴鹿自身も狂鬼の能力を奪って力を得ている。鈴鹿の気配というより狂鬼の気配だろうが、共通する部分があるのだろう。
「わかった。じゃあその斧はあげるよ。ただ、多分その斧だと強すぎて成長に悪影響受けそうだから、当分はこっちの斧使うといいよ」
そう言って、猪首狩を手に取ってメイドに渡す。猪首狩は柄の部分が短く、柄の左右に刃がある両刃の斧だ。黒地に朱色の差し色が目を引く業物である。
「ありがとうございます」
「盾は使わないの? これだけでも使う?」
そう言って箆鹿からドロップした盾を指す。しかしメイドは首を横に振る。
「盾は使いません。大久野と同じというのはキモいので」
「そっか。キモいよね。わかる」
メイドには何の力を与えたかも説明している。自分の身体を弄繰り回した組織の代表の力など使いたくもないだろう。
「それにしても、メイドは斧か、いい武器だね! 斧、斧……あ! いい名前思いついた!」
鈴鹿が閃いたとメイドに笑みを向ける。その顔を不安そうに見る灰ヶ峰。
何を思いついたかと言えば、メイドの名前である。メイドから名前をつけてと言われていたが、今までいいアイデアが出てこなかった。いや、正確には一度灰ヶ峰に却下されている。
灰ヶ峰がメイドの戸籍などの修正に奔走している間に、鈴鹿はメイドの名前を考えたのだ。出てきたのは狂竜。鈴鹿は存在進化が鬼でもあるから狂鬼。メイドは竜なので狂竜。で、灰ヶ峰は悪魔だから狂悪。三狂弟としてダンチューブやろうと灰ヶ峰に提案したところ、蔑んだ目を向けてきた。そして、『俺は灰ヶ峰のままでいい。それと、女性に狂竜はどうなんだ』と否定されてしまった。
いいアイデアだと思ったが、白紙となってしまったのだ。そして今、鈴鹿は新たな名前を思いついた。
「メイドの名前! 戦斧はどう?」
「……え、戦斧ですか?」
「狂鬼、お前……」
メイドからは困惑。灰ヶ峰からは憐れみの視線を受ける。
「あ、嘘嘘。嘘で~す。間違えました。本当はあれよあれ、……ヨキ! そうだよ! ヨキとかどう?」
「ヨキですか?」
「うん。可愛くない?」
戦斧という名前はダメなのか。可愛いと思ったんだけど。ぷも入ってるし。
しかし、取り繕うために告げた名前はそこまで悪くないのではないだろうか。灰ヶ峰もいつも通りの能面になってるし、メイドも困惑していない。
「なんか斧って意味だった気がする! 戦斧使うならいいんじゃないかな? どう?」
「はい! ありがとうございます! 今日からヨキとお呼びください!」
よかった。ヨキという名前は合格ラインに達していたようだ。いつまでもメイドと呼ぶのはなと思っていたんだ。外で『おい、メイド!』なんてとても偉そうで気が引けていたのだ。鈴鹿の中で重くのしかかっていたタスクが消化された。とても身軽になった気分である。
「さて、じゃあヨキ。君にはこれもあげよう」
そう言って、鈴鹿は二叉尾棘蠍の一式防具を手渡す。ヨキは2層5区というダンジョンの奥地に来るまで、なんと普段着のままであった。それについて何の疑問も抱かず鈴鹿に全幅の信頼を寄せているヨキの豪胆さを褒めるべきか、そんな場所まで防具も与えず連れてくる鈴鹿の非常識さを叱責すればよいのか、悩みどころである。
早速ヨキは一式防具を起動する。すると一瞬で全身が防具へと包まれる。黒を基調とした服は、見ようによってはレインコートのようにも映る。大きく羽織った外套のような服に、内側は身体のラインにそったぴったりめの服。こちらも黒色だ。黒で統一されているためか、処刑人というイメージが湧いてくる。
ウエストがベルトで結ばれており、彼女の美しいプロポーションが強調されていた。黒みの強い濃紺から淡い水色へ変化する美しい髪や、光の当たり具合で鮮やかに青く輝く角や尻尾が黒の防具に映え、彼女の綺麗さを際立たせている。
棘蠍は尾っぽから毒を出しそうなエリアボスだったので、ヨキに与えたガスマスクと合ってるかなぁと思ってそれを渡した。強そうというよりも、裏の人間感が強い感じになってしまったが、似合っているのでいいだろう。
「うん、いいね! カッコいい! 似合ってるよヨキ」
「ありがとうございます鈴鹿様! 今日は名前だけでなくたくさんいただき嬉しさでいっぱいです!」
うんうん。幸せそうで何よりである。
「じゃあこれから特訓について説明するね」
「はい!」
「ヨキには今から2層5区のエリアボスと戦ってもらいます」
「……はい?」
心無しかヨキから困惑の気配を感じるが、多分気のせいである。
「ここをまっすぐ進むと、大きな集落がある。そこにたくさんの鬼と、鬼のボスがいるから、それを倒すのがヨキの特訓だ!」
ヨキの特訓を考えた時、ステータス構成からエリアボスと戦っても大丈夫そうだなと鈴鹿は考えた。そこで、初めは雷鳥と戦わせようかと思った。雷鳥は遠距離から魔法の弾幕を張ってくるので、それをさばき続けるのはいい特訓になるだろうと。
ただ、ヨキのことを考えたらそれじゃあんまりかと思った。なぜならヨキは今までモンスターと戦ったことすらなかったのだ。それなのに、いきなり雷鳥だけと戦わせるというのは、なんとも味気ないではないかと。そう鈴鹿は思った。
ヨキに足らないのは圧倒的な経験値。モンスターとの戦闘経験。だからこそ、鈴鹿は2層5区のエリアボスである、辰砂大鬼と戦わせることを決めた。鈴鹿は大鬼とは戦ったことはないのだが、どんなエリアボスかは灰ヶ峰から聞いている。多種多様な鬼の集団を率いた大鬼とのこと。なんてすばらしいエリアボスなのか。いろんな鬼と戦えるならば、ヨキに不足しているモンスターとの戦闘経験値も積める。大量に迫り来るなら複数戦の練習にもなる。いいことづくめである。
「わかった?」
「えっと。すみません、鈴鹿様。エリアボスとは私一人で戦うのでしょうか」
ヨキはダンジョンについて全然詳しくないが、エリアボスというのが凄く強くて、普通は戦わないってことは知っていた。名前からもボスに一人で挑むものなの?と疑問を持つ。
「そうです! 頑張って倒してきてください!」
しかし、鈴鹿は満面の笑みでヨキを送り出す。その笑顔を見ると、ヨキもなんだか行ける気がしてくる。
「それに、出てくる手下の鬼たちはレベル130でヨキよりも格下だから、練習だと思ってバンバン倒しちゃっていいよ!」
2層5区に出現するモンスターの最大レベルは130だ。レベル136のヨキであれば、倒してもレベルが上がることはないだろう。
当たり前の様にそう鈴鹿が説明するので、ヨキもそういうものなのかと思う。崇拝する鈴鹿が言うのだ。それを疑うなんて恐れ多いことができるはずがない。それにヨキはダンジョンについて全然詳しくないのだ。そういうものと言われたら納得するしかない。
「ここをまっすぐ行けばいるはずだから! じゃ、頑張るんだよ。夕方には迎えに来るね」
「はい! 必ずや鬼どもを倒して見せます!!」
いい笑顔でヨキが告げると、鈴鹿が指差した方向へ歩いてゆく。そんな二人の様子を、灰ヶ峰はただ無言で見ていた。
灰ヶ峰は結果が分かり切った特訓という名の死刑宣告をヨキが受けていようと、関係ない。鈴鹿が蘇生できることを知っているため、思うところはあるが口を出さない。何故そんな自信満々でいい特訓を思いつきましたとばかりに提案できるのかわからないが、灰ヶ峰は黙ったままだ。
「じゃ、俺たちは3層で特訓するから行くか」
そう言って走り出す鈴鹿たち。鈴鹿と灰ヶ峰は一緒に訓練する予定だ。目指すは3層5区。ヨキと別れての特訓は面倒くさいが、ヨキは責任もって育てようと思っているので鈴鹿は文句を言わない。
しかし、3層4区を越えた辺りで、鈴鹿の足が止まる。
「あ、ヨキが死んだみたい」
ヨキと繋がっていたパスが喪失した。つまり、ヨキは死んでしまったのだろう。
「ちょっと蘇生してくるわ。灰ヶ峰はここまで先に行って待ってて」
灰ヶ峰に指示を出し、鈴鹿はヨキを蘇生するために2層5区へ向かって走り出す。
その後ろ姿を見ながら、灰ヶ峰は思わず言葉が漏れた。
「俺も何回か死ぬんだろうか」
そうだよ。そう返事をするように、直感のスキルが警鐘を鳴らしていた。
◇
3層5区の美しい景色が広がる場所に、男二人が立っていた。
片方は年若い少年。黒髪に美しい彫像のように整った顔には、黄金の瞳が輝いている。服装はなんてこともないユニ〇ロで購入したジャージ。3層5区というダンジョンの奥地にいるとは思えない格好をしていた。
もう片方は無機質な青年。こちらも非常に整った美しい顔をしているが、感情の起伏が見られない能面のような顔をしている。それでも整った顔立ちのおかげか、無機質さこそが彼の魅力なんだと感じさせられる。赤く血の様に濁った瞳が、『なぜ俺もジャージなんだ』と少年に訴えるが、そんな儚い思いは少年には伝わらないようだ。大事なことは言葉にしないと伝わらない。難しいものである。
「さて、ヨキがまた死んだ。蘇生しに行くから、灰ヶ峰も特訓を始めようか」
鈴鹿が笑顔で告げる。そんな笑いながら仲間が死んだなんて言うのはどうなんだと、灰ヶ峰は思うが口には出さない。鈴鹿と一緒にいるようになってから、灰ヶ峰は自分が常識人だったのだなと思うようになった。
「で、俺はそいつらと戦えばいいのか?」
「そうそう。灰ヶ峰が死んだら俺も戦うから、頑張って戦ってて」
順番交代のタイミングが死亡したらというのは、あまりにもひどい。ゲームじゃないんだぞ。しかし、鈴鹿は死ぬまで頑張れと笑顔で言う。同僚であるヨキと名付けられた女性がモンスターに殺されているのだ。自分もそうなるだろうとは薄々覚悟していた。
「じゃ、俺が戻ってくるまで生きててね! あ、防具は無しね。一式防具ボロボロになったらもったいないし! ファイト!」
そう言って鈴鹿は駆け出した。2層5区の奥地で死んでいるであろうヨキを蘇生しに。
「……二度目の挑戦だな。今回は俺一人だ。手合わせ願おうか」
そう言うと、待機していた3匹の内、身軽そうなリザードマンが前へと出てきた。
碧雲の鱗:レベル160
灰ヶ峰の相手は、練鱗淵の番が選ばれたのであった。




