5話 念願の蟹
大阪道頓堀と言えば、グリコポーズをするえびす橋が有名である。そのえびす橋のすぐ近く、巨大な動く蟹のオブジェがあるのがか〇道楽さんだ。大阪人のカニの欲求を満たし続けている老舗である。
そんな本店の個室に、鈴鹿たちはいた。
「カニがいっぱい食べたいです」
「だそうよ。カニを多めに出してちょうだい。後はそれに合う日本酒も。冷酒ね。あなたたちは?」
「コーラでお願いします」
「私はりんごジュースでお願いします」
「烏龍茶を」
「あら、灰ヶ峰。あんたは付き合いなさいよ」
「……烏龍茶と日本酒を頼む」
この場には鈴鹿とメイド、それに灰ヶ峰と雨道の四人しかいない。気前の良いおばあちゃんに連れてこられた子供たちというメンツだ。雨道自体が齢70を超えているというのに、妖艶な美魔女であるからおばあちゃんに見られていなそうではあるが。
鈴鹿は高い肉よりも海鮮の方が好きである。昔は肉が好きだったのだが、いつからか脂がきつく感じてしまい海鮮の方が好きになっていった。今は若いし肉も食えるのだが、海鮮へと自然に流れてしまう。
「さて、藤原との話だったね、狂鬼君は藤原と会ったことはあるかな?」
「はい。伊勢海老ごちそうになりました」
「あいつやるわね。それで、会った印象ってどうだった?」
「そうですねぇ。立派な人って感じです」
さすが日本の探索者の父とまで言われるだけのことはあった。大企業の社長とか、そういう偉い人と話しているような印象を受けたのは確かだ。もちろん特級ということもあり強さは折り紙付きだ。ただ、剣神と会った時のような絶望感を抱かなかったのは、鈴鹿が強くなったこともあるがレベル200で止まった者と先へ進んだ者の差もあったのだろう。
あの時はどちらもはるか高み過ぎて比較もできなかったが、今ならそう思う。
「そうなんだよ狂鬼君。あいつは立派なんだ。立派でつまらん男だった」
給仕された冷酒を飲みながら、雨道は藤原との確執について話す。
「私とあいつの間の確執なんて、大したものではないんだよ。さっきも言ったが、私は探索者であいつは為政者だった。これに尽きる」
鈴鹿もテーブルの上に並べられたキラキラと光る美しいカニにかぶりつく。ほっぺが落ちそうだ。口いっぱいにカニを頬張れる日が来るとは。頑張ってきてよかった。
「藤原とは同じパーティを組んでいてね。レベル250の壁。そこに挑んだ時に、私たちの仲間が死んだのさ。結果、私たちはやむなく撤退したんだよ」
当時を思い出す様に、雨道が語る。
「私は是が非でもレベル250を超えたかった。その先を見てみたいと望んだ。だが、藤原はそれを望まなかったのさ」
「怖気づいたんですか?」
「いやいや、そうじゃない。あいつは日本のために、自分を犠牲にしたんだよ」
鈴鹿の言葉を訂正し、雨道が言葉を紡ぐ。
「あの時はまだ世界も不安定でね。ダンジョンの黎明期さ。ダンジョンで力を得た者が世界中で暴れていた時代。いつ日本が襲われるかもわかったもんじゃない。強い探索者は国外へのけん制になるってんで、私たちの探索に待ったをかけたのさ。死人が出るような探索は控えてほしいってね」
「国が? 言いつけを守る必要あるんですか?」
「私もそう思ったね。何を言ってるんだと、役人の頭に本当に脳みそが入っているのか斬って確認しようかと思ったくらいだ。死にに行くわけじゃない。レベル250になりに行くだけだってのにだよ? だけど、あの馬鹿はそれに従ったんだ」
当時雨道と藤原の言い争いは、刀を抜く一歩手前まで白熱した。雨道としては、レベル250になりにいくだけなんだから行こう。それだけ。ただ、藤原は違った。前回の戦いで仲間を失っている。再戦して他の誰かが死ぬかもしれないし、全滅するかもしれない。そうなったら日本を誰が守るんだ。探索者を誰が守るんだ。そう力説した。
雨道は本気で理解できなかった。そんなことをなんで雨道が気にしないといけないのかわからないのだ。何故強い探索者を守る必要があるんだと。なぜ軍にも所属していない雨道が国を守る必要があるんだと。藤原がまるで別の生き物にでも変わってしまったかのように、言葉の意味が理解できなかった。
結局、二人の意見は平行線のまま。藤原も雨道の様に突き進みたい思いはあったものの、日本を守り探索者を守るために断腸の思いで探索を止め、探索者協会設立の支援や各ギルドの立ち上げ、探索者法立案への尽力だけでなく各国との折衝までこなしてみせた。
一方雨道は藤原に見切りを付け、藤原たちがダメならば新しく雨道に付いて来れるパーティを育てれば良いと大阪へ行き、一つのギルドを立ち上げた。雨道と並び立つ英雄が現れろと期待を込めて、ギルドは猛虎伏草と名付けた。
そして、強さこそ至高であると西の探索者たちに説いた。レベル200を超え、レベル250の壁に挑む雨道の言葉ほど説得力に富むものはない。
雨道が望んだものはダンジョンの深層を探索する者たち。自分と一緒に250の壁を越える気概のある探索者。
しかし、そんな英雄はなかなか現れない。レベル200を超える者たちすら出てこない始末。ようやくレベル200を超えた者が現れたが、雨道からみたら魅力に欠ける者たちだった。
それでも本人たちは雨道と共にレベル250の壁へ挑むと気概を見せた。雨道も窮地の中でスキルは強化され探索者は先へ進めるのだと理解しているため、レベル250に挑むことで彼らが成長を見せるかもしれないとも期待した。このままでは半数は死にそうだと思いながらも、雨道は彼らを連れてレベル250に挑むこととなった。
「結果、私はレベル250へと至り、他の者は死んだ」
「ただの特級だと生き残れないのがレベル250の壁ってことですか。それで、レベル250の先はどうだったんですか?」
鈴鹿の質問に雨道は笑みを深める。その顔にあるのは憧憬。何とも眩しい者を見る様に、眼を細めその問いに答える。
「やはり君は素晴らしい。そうなんだよ。レベル250が終わりではない。その先があるのさ」
レベル250へと至った雨道に対し、周囲はただ惜しみない称賛を送った。偉業であると。国の宝だと。唯一無二の力であると。そう称え続けた。
だが、雨道にそんな言葉は届かない。あるのは失望。レベル250を称えることは良い。だが、まるでレベル250がゴールかのように声をかける探索者たちのなんと多いことか。鈴鹿のように、その先はどうだったのか。次はレベル300だけど挑んだのか。その発想に至らない探索者ばかりであった。
レベル200すら探索者の中でもトップ中のトップだというのに、さらにその先のレベル250へ至るなど奇跡である。それ以上を求めるなど、夢であろうとも烏滸がましい。そんな常識めいた価値観が広がっていた。
これでは後進は育たないだろうと、雨道は確信した。
だからこそ、雨道は猛虎伏草の代表を辞した。自分という存在がゴールとなりえてしまわないかと危惧し。いずれ現れる英雄の軌跡を止めぬために。そして、私程度を最強だと憧れを抱く者たちに見切りをつけてしまったから。
「その後は一人で何度も挑んでみた。その先へ進むためにね。ただ、私程度じゃレベル250の壁を越えることが限界だった。あれより先は、まさに修羅の世界だったよ」
再度仲間を失った雨道であるが、そこで彼女の歩みが止まることは無く、一人となっても先へと進んでいった。しかし、待っていたのは剣神を持つ雨道ですら死にかける魔窟。何度も瀕死になりながら挑み続けたが、終ぞその先へとたどり着くとっかかりすら掴むことはできなかった。
そして、雨道はこう思ってしまった。
『ここから先はパーティがいなければどうしようもない』
そう思った瞬間、雨道は音を聞いた。自分の成長に蓋がされる音を。成長限界の訪れ。それを雨道は否応なしに実感してしまった。
「どう一人で進んでいけるか。そればかりを考えていたはずが、気づけば仲間を求めてしまった。それは正解かもしれないが、自分の成長を止める思考だと私自身が理解してしまったのさ」
その後も、待てども待てどもレベル250を超えるような探索者は現れず、剣神のような逸脱したスキルも、レベル10へとスキルを押し上げた者も現れることは無かった。
「狂鬼君は神の名が付くスキルを持っているかい? いや、探ろうってんじゃないんだ。私は剣神が発現したとき、前任者の思いを受け取った。焦燥にも似た、強さへの憧れを。同じ思いだったからびっくりしたものだ。私と一緒。飢えにも似た、飽くなき渇望が私たちにはあった」
雨道はダンジョンの探索も止め、ひたすらに剣を振り続けた。あの時感じた弱音を斬り伏せるために。レベル250のその先に進むために。今でも、彼女は剣を振り続けている。
「あれ? めっちゃ興味深いお話だったんですけど、藤原さんとの確執って終わりですか?」
「そうだよ。ただの方向性の違いさ。ただ、あの馬鹿は本当に馬鹿でね。いらぬ恨みを私に抱えているのさ」
そんなただひたすら強さを求め続ける雨道。さて、探索者は育っているかなと古巣の猛虎伏草を訪ねてみれば、探索者の矜持をはき違えた者たちで溢れていた。
強さこそ至高という考えは、強さこそ偉いというあまりにも残念なものへと置き換わり、探索者たちの質も悪い。九条達のように特級へと至っている者もいたが、そこがゴールだとばかりに胡坐をかいている。ダンジョンでやることは終わったから、次は地上での権力争いに興じる始末。探索者の邪魔立てをする者を脅すための蜥蜴という暗部は、気づけば権力争いの道具として探索者協会や警察組織すら腐敗させることに使われている。
雨道が眩暈を覚えたのは言うまでもないだろう。
そして、その惨状を雨道は放置した。あまりにも低俗すぎて相手にもしたくなかった。
『探索者とは強さを求め、探索する者に贈られる言葉だ』
それだけを言い残し、再び雨道は俗世から離れる。
「私が作ったギルドとはいえ、あまりにもお粗末なものになっていてね。放置しちゃったのさ。私は細かいことは苦手でね。更生させるなんて無駄だと思ってるから、いっそ全員斬り殺してリセットさせた方がいいって考えちゃうのさ。だから、放置を選んだ。それに、藤原は怒ってるんだろうね。もしかしたら、私が裏で指示してるとでも勘違いしてるのかもしれんよ」
そんなつまらない者だと勘違いしてたら、斬り殺すけどね。そう朗らかに笑って言う。
放置された猛虎伏草は、さらに権力を求め探索者の地位を押し上げようと邁進する。探索者は強い。だからこそ偉いんだ。そんなくだらない理論を本気で信じるように。
そして、東の地に剣神が誕生する。雨道が望んだ神の名を冠するスキルを所持する神童が。
天童を獲得するために西があらゆる手を尽くしたのは言わずもがなだ。雨道に献上するために、次なる雨道とするために、西は天童獲得に動いた。しかし、不撓不屈に先手を打たれていた西はどうすることもできず、これを機に決定的に西と東に溝が生まれた。
その溝を広げる様に、西は東へ妨害するようになる。東が沈み、西が勝ち残れば、今後現れるだろう神の名を冠するスキルを所持する探索者は、西が押さえることができるだろうと。だからこそ、東を孤立させ西が日本を支配しようと彼らは暗躍し続けた。ダンジョンでの探索に精を出すのではなく、これから現れる才能をいち早く手中に収めるために。
そして、そんな動きを藤原が許すはずがない。西の行いは、レベル250へ挑むことを諦めてまで秩序を保とうとした藤原の努力を踏みにじる行為でしかないのだから当然だ。雨道がいて何故こうなっているのか。共に戦い抜いた戦友に対して藤原が怒りを募らせるのも、また必然と言えた。
西が横暴な動きをしていても、雨道は我関せずと己を磨き続けた。一方で、藤原は雨道が西を正すことを期待したのだろう。ギルドを立ち上げた責任があるだろうと。しかし、雨道はそんなこと知らんと、我が道をゆく。己が強くなるために。その一点のみに邁進する。そのために作ったギルドである。失敗作には見切りを付けるだけ。
日本のために戦った男と、己の強さを求め続けた女。根本から、両者の考えはずれているのだ。
それが東西の確執であり、長い年月が事実を歪曲させ複雑となり、今のくだらない東西戦争へと発展してしまったのである。
「まぁ私も罪はないとしらを切り通すつもりはないけど、責任を取れと言われるつもりもない。そもそも腐敗したのは私が引退してからだからね。それでも責任を取れと言うなら、西の探索者の生首をいくら積み上げればよいのか。結局そういう話になってしまうがね」
「そうしちゃえばよかったのに」
「それもそう簡単じゃないのはわかるだろ? 特級探索者の数がどうのこうのって言われんのさ。本当嫌になっちまうよ。あんたみたいに自由に動けるのは若者の特権さね」
話し合う時間ももったいないし、馬鹿を説教して導いてやるほど雨道は人間ができていない。それでも雨道に責任の所在を求めるというのなら、名前を挙げた探索者たちの屍を築いてやるからリストを送れ。そんな返答になってしまう。
何とも不器用で、社交性のない人なのか。
そんなことを鈴鹿は思ったが、蜥蜴という組織を丸まる骸に変えた人間のセリフとは思えない。社交性のかけらも持ち合わせていない鈴鹿が言うのだ。お前が言うかとつっこまれそうである。
そんな雨道だが、彼女が磨き続けた武は確かなものがある。鈴鹿すら目を見張り、強く興味を惹かれるほどに。彼女はたしかに猛虎伏草を放置していたが、その間に研鑽した力は捧げた時間に見合うものであった。
「面倒くさいですね」
「そうなんだよ。面倒くさいんだ。探索者なら黙って探索していなさいで終わりだというのに、無駄に賢しいから余計なことをするんだ。嫌になるよ本当に」
炙った蟹が入っているかに酒を呷る雨道。彼女も西の現状には不満がありそうだ。
「さ、私の話はこんなもんでいいだろう。君の話も聞かせてはくれないかい、狂鬼君」
「いいですよ。答えられることであれば」
こうして、鈴鹿と雨道は楽し気に会話に花を咲かせる。強くなるために狂い続ける鬼と、ひたすら強さに焦がれる女傑。その二人の有り様は、通ずるところがあるのかもしれない。




