3話 大阪訪問
皆様の応援のおかげで、本作の書籍化が決まりました!!
活動報告に詳しく書いておりますので、ぜひご一読いただけますと幸いです!!
大阪ダンジョン。それは大阪城のすぐ近くに出現した、日本で二番目に古いダンジョンである。
大阪ダンジョンは東京ダンジョンと同じく深層にカテゴライズされているダンジョンであり、7層以上の階層の深さがあるダンジョンだ。何層までダンジョンが続いているかは、現在の人類ではわかっていない。低層が3層、中層が6層なので、深層は9層ではないかというのが有力な説だ。
そんな大阪を中心に、関西では京都に中層ダンジョン、神戸に低層ダンジョンがある。この3つのダンジョンで活動している探索者ギルドは『西』と括られており、それぞれの拠点で大なり小なり温度差はあるものの、探索者の権利を主張する風土がある。
西の地は強さこそ偉さだと考える者が多かった。探索者は力が貴ばれる職業である。力を持つ者は相応のリスクを背負い、危険な探索を乗り越えた証故、その強さに敬意を表すのが探索者という人種だ。その考えは探索者ならば自然と身に付く物であり、西や東と関係ない。ただし、西は強いは正義。故に偉いという考えが蔓延していた。
これだけ聞くと傲慢にも映るかもしれないが、突き詰めれば偉くなりたければリスクを取った探索を行い、レベルを上げよということにもつながる。レベル100も超えられなかった探索者は西の地では肩身が狭く、低層ダンジョンである神戸やその他の地域に拠点を移動することも少なくなかった。
東のようにどんな探索者であろうとも世の中の役に立っているという考えは、早々に成長限界を迎えた探索者にとっては素晴らしい考えであろう。働きやすい環境ともいえる。一方で、それはぬるま湯の様でもあった。ダメでも認められるというのは、ダメな状態でもいいんだと成長を停滞させていると穿った見方もできてしまう。それが西が東の考えを受け入れられない要因ともなっていた。
これは東西で探索者に対する考え方が根本的に違うから起きる不一致と言える。探索者を職業に落とし込む動きを取ったのが、東である。強力な力を持つ探索者をただの職業として一般化することにより、常識という名の鎖で社会に縛り付けることを目的としている。もちろん探索者の犯罪を抑制するだけが目的ではなく、良い面としても職業化を推進している。
探索者とは仕事なのだから、安全を第一に、三級だろうが二級だろうが安定してアイテムを持って帰ってくることこそ重要なんだと説いている。農家で言えば、高級品種の栽培ができる農家は確かにすごい。ただ、そればかり育てる農家が溢れてしまっては、消費者は困ってしまう。スーパーに並ぶお求めやすい価格の農作物に、我々の生活は支えられているのだ。ダンジョンの資源に依存している島国の日本にとって、安定して資源を持ち帰ってきてくれる三級や二級の探索者たちがいるからこそ、ダンジョン産アイテムを使った商品開発を安定して進めることができ、今日の日本の発展に繋がっている。よって、探索者として仕事を全うするのであれば、それは誇らしいことだという自負が東にはある。
逆に、西は探索者をスターとしてみている。その考えは、探索者をプロ野球に置き換えてみるとわかりやすいかもしれない。せっかくプロになったというのに、三軍や二軍で満足するなんてありえないだろと。もっと上、一軍やメジャーを目指すのが探索者だろ。そう考えている。上昇志向の強さは探索者としての力を押し上げ、成功者には惜しみない称賛が待っている。それは探索者のモチベーションにも繋がり、強い探索者を育てる風土があるとも置き換えられる。一方で、その考えが変な方向に進んでしまい、弱い奴は悪い、強い奴は偉いというような考えとなってしまっている者も多く、悪目立ちしている背景もあった。
探索者は職業なのだから安定重視で行こうという考え方も、探索者はスターなんだから強くなってなんぼという考え方も、どちらも正しい形と言える。単純に見ているものが違うだけ。方向性の違いというモノが、東西の間には横たわっているのだ。
そんな西の考えの最先端をゆく大阪に、鈴鹿たち一行は到着した。
「いや~、さすがに疲れちゃったよ。新幹線でちょっと寝ちゃったし」
「はい。とても可愛らしい寝顔でした」
「いや、気配遮断してるから顔わかんないでしょ」
「なめないでください。わかります」
コリをほぐすように身体を伸ばす鈴鹿。昨日、今日の予定は詰め込み過ぎている。昨日ダンジョンから戻ってきたら蜥蜴とファーストコンタクト。その流れのまま横浜まで飛び指示を出して一泊。今日は朝から広島まで飛んで蜥蜴と尾道組というヤクザを潰し、特級探索者とバトル。それが終われば人道的という言葉が裸足で逃げ出す人体実験施設に行き、お好み焼きを食べた後に大阪だ。もう時刻は16時を過ぎている。さすがに疲れもたまるというものだ。
「猛虎伏草のギルドってここから近いのかな? 場所知ってる?」
「本町にある。タクシーなら20分くらいだな。ただ、お迎えが来たみたいだぞ」
新幹線の改札を抜けると、二人組の探索者がこちらにやってくる。めちゃくちゃ目立っている二人組だ。みんな近寄らないようにしているため、混雑している新大阪の駅にぽっかりと穴が空いている。
灰ヶ峰が待ち受ける料亭に連れてかれた時を彷彿とさせる。ただ、相手はヤクザ感丸出しのいかつい兄ちゃんではない。真っ当そうな探索者だ。
一人は恐らく存在進化の影響か病的に青白い肌をしている。ただ容姿もそこそこよく元気そうであるので、肌の色とミスマッチな印象を受ける。もう一人は見た目では存在進化をしているかわからないが、二人とも同じくらいの強さなので存在進化の影響が出にくいタイプだったのだろう。多分一級くらいの実力。レベル150は超えてそうな力だ。
「お前が灰ヶ峰か。では、あなたが定禅寺さんでしょうか」
「おい、口の利き方に気を付けろよ。灰ヶ峰は俺の仲間だ。同列に扱え」
鈴鹿が文句を言う。決して『フルネームで問いかけないと定禅寺オートポリスネタが使えないだろ』と不機嫌になったわけではない。ないったらない。
「これは申し訳ございませんでした、定禅寺さん、灰ヶ峰さん」
「我々は定禅寺さんを猛虎伏草の本部までお連れするよう言われております。ご同行いただけますでしょうか」
う~む、罠かもしれないな。どうするか。
なんと、鈴鹿に考える機能が芽生えた。付いて行かなくとも結果は変わらなかったろうが、出雲ではノコノコ付いて行った先であんな目にあった。ここでまた付いて行けば今度は敵地ど真ん中に連れてかれ、四方八方から総攻撃を仕掛けられるかもしれない。
うん? それはそれでいいか? わかりやすくて。
また家族が人質に取られるようなことがないか事前に灰ヶ峰に確認している。猛虎伏草がそういった動きを取ることは無く、蜥蜴も消滅したため可能性は無いとあの灰ヶ峰が断言した。となれば、標的にされるのは鈴鹿だけである。
気配察知レベル8、魔力感知レベル9の鈴鹿に不意打ちなどできるだろうか。それに鈴鹿を標的に攻撃してくるのは鈴鹿的には別にいい。わかりやすいし、力で押さえつけようとするのは実に探索者らしい。ならば、待ち受ける先が敵に囲まれた状況であっても、それはそれで問題なかった。
それに灰ヶ峰はタクシー使うって言ってたしな。タダで連れてってくれるなら乗るしかないか。
小市民の鈴鹿は、タクシーを気軽に使うことに抵抗があった。
「しょうがない。案内しろ」
結果、たいして考えもせずに探索者に付いて行くことに決めた。罠であってもそれも良しなんて考える始末。鈴鹿に考える力はまだ芽生えていなかったようだ。
探索者に連れられた先で待っていた高級車に乗り込み、車に揺られること20分。大きなビルに着いた。
「なぁ。なんで探索者ギルドのビルってこんな大きいの? 大企業みたい」
「見栄だな。中にジムやアイテムの保管庫も兼ねているが、ここまでのビルは必要ないはずだ」
見栄か。まぁ大事か。正直ロビーだけですげぇギルドかもって思うしな。効果あるわ。
猛虎伏草のギルドは何十階もある高層ビルという訳ではない。こんな一等地にこんな敷地面積持ってるんだと感心するものだった。都内に広い敷地を持つ寺社仏閣のようなイメージだ。空間を広く使っており、余白がギルドの規模の大きさを物語っている様である。
そんな中を案内されるがままに鈴鹿たちは進んでいく。どうやら本当にギルドに案内されたようだ。こんな場所ではさすがにドンパチやらないだろう。被害金額を考えるだけで恐ろしい。そういうバトルはハリウッド映画だけで十分だ。
「定禅寺さんをお連れいたしました」
通された部屋は、応接室のようだ。木目の美しい長テーブルに、こちらも木の温かみが感じられる造りの一人掛けの椅子が並んでいる。他にもダンジョン産のアイテムらしき立派な刀が一振り飾られており、思わず近くで見て見たくなるほど美しい刀だ。広々としていながら、寂寥感を感じさせない作り、大手ギルドの貫録を見せつけるような部屋である。
そんな部屋にヤクザはいなかった。しかし、ヤクザよりも恐ろしいと思える者たちで溢れかえっている。
鈴鹿たちの入室に合わせ全員立ち上がっているが、テーブル側に立つ人間は6名、壁際で控えている人間も6名、合計12名がこの部屋にはいた。その全てが特級探索者である。こんなにたくさん特級探索者を見る機会もそうないのではないだろうか。
部屋へ踏み入るだけでも、常人ならば震えてしり込みするほどの圧があった。彼らが意図的に圧を出しているわけではない。存在進化を二回経たことで、種として人間とは異なる段階へと進んでいることによる弊害だ。気配遮断の様に圧を霧散させるような技術を身につけなければ、本人は意図せずとも他を圧倒してしまう。
もちろん鈴鹿は気にしないが、他の2人も臆せず部屋へと入ってくる。灰ヶ峰はまだわかるが、メイドも身じろぎ一つせず入ってくるとは、なかなか気合が入っている。
他にも気配察知に別の部屋で待機してそうな特級や一級も感じるが、この部屋に連れてきていないのは鈴鹿への配慮からだろうか。選び抜かれた12名がこの場にいると言うことか。
「大阪へようこそ、狂鬼君。うちは猛虎伏草の現代表を任されとる天満や」
「何がようこそだよ。頭湧いてんのか? どの立場からもの言ってんだ。弁えろよ」
そう吐き捨て、鈴鹿は椅子に腰かける。その後ろに、灰ヶ峰とメイドが控えた。どうやら座らないらしい。
もの凄く鈴鹿の態度が悪いが、それも仕方ない。なぜなら目の前にいるこいつらは鈴鹿を殺すように蜥蜴に命令したやつらなのだ。その結果、家族や友人を狙われ、その始末をするために鈴鹿は西へ東へと駆け回ったのだ。何故そんな奴らに礼儀を尽くさねばならないのか。むしろこちらの立場を明確にするために横柄な態度をとる所存である。
今日ここに来た理由は今回の件の落とし前を付けること。日本を代表するギルドの代表にへーこら媚びを売りに来たわけじゃない。
ちなみに鈴鹿は気配遮断を完全に解いている。存在進化を解放している訳でも、ましてや鬼神纏いを発動しているわけでもない。それでも、特級の頂まで辿り着いた探索者ならばわかるだろう。彼我の実力の差を。
そうなのだ。鈴鹿はここにいる人間に恐怖が湧かない。むしろ鈴鹿の方が強いとすら感じる。特級という探索者の頂に立つ者たちが集まっているというのに。
鈴鹿も強くなった自負がある。最低ラインかもしれないが特級探索者の大久野を倒したことからも、鈴鹿は二回目の存在進化を前にしてすでに特級クラスの強さを持っていると言っても良い。そんな鈴鹿からすれば、この場に集まっている探索者たちにはそそられない。
強いだろうことはわかる。灰ヶ峰よりも強いことは確実だ。だからこそ、戦ってみたいという気持ちは当然ある。だが、それは遊んでみたいとじゃれつく犬と何ら変わらない。狂天童子と戦った時のような、ひりつく戦いとなる気配が皆無である。
狂鬼は言っていた。飽いたと。強くなり過ぎた故に戦いとならない戦いしか待っていない未来。鈴鹿はすでにその領域へと脚を踏み入れているのかもしれない。
「これは申し訳ございません。そして、今回は蜥蜴を使い危害を加えてしまったこと、重ねてお詫びいたします」
テーブル側の三人、そして壁際で控える三人が鈴鹿に頭を下げる。テーブル側には猛虎伏草の代表である天満、鈴鹿の勧誘に来た西成、そして青紫色の肌をした大柄な男である九条がいた。
代表含め頭を下げる。それは完全に非を認めているということの表れでもあった。『そんな指示は出していない』、『勝手に解釈して勝手に蜥蜴が動いただけ』、そんな言い訳もあるかと思ったが、そこまで愚かではなかったようだ。それとも、鈴鹿と会ったことで態度を変えたのか、はたまた灰ヶ峰がいることで言い訳が通用しないと諦めたか。何でもいいが、話が早くて助かる。
それにしても、綺麗に片側三人ずつ頭を下げており、もう片方は微動だにもしていない。お揃いの道着のような服を着ている6名。こいつらはなんなんだ?
「こいつらは千年一剣。大阪のもう一つの特級ギルドの探索者だ」
疑問に思ったことをすぐさま灰ヶ峰が教えてくれる。心でも読んでるのかコイツ。便利だからいいけど。
「なんだ? お友達が一緒じゃないと謝罪もできないのかお前らは」
煽る鈴鹿。蜥蜴に猛虎伏草とまともな人間と会っていないからか、どんどん口が悪くなってしまう。注意せねば。
「灰ヶ峰の言う通り、我々は特級ギルド千年一剣です。私はその代表を務める雑賀と申します」
武人という言葉が似あう男で、巌のような筋骨隆々の身体をしている。その身体は存在進化の影響なのか元々なのか判断つかない。無骨な雑賀が鈴鹿へ告げる。
「まずは狂鬼さん。あなたの強さに敬意を」
そう言うと、雑賀を含む6名が頭を下げる。そこには鈴鹿に対する畏敬の念があり、強さこそ信条である探索者らしい対応と言えた。
「我々は両者の仲介役。万が一両者が争わないように同席させていただいた」
「なるほど? まぁ、邪魔をしないでいただけると助かります」
猛虎伏草と別のギルドならどうでもいい。そして、自分たちのケツ拭くのに他のギルドの同席を認めさせる猛虎伏草に、更なる減点だなとため息を吐いた。
「じゃ、手短に行こうか。俺も疲れてて早く帰りたいし。あ、千年一剣の方はお座りください」
鈴鹿の無礼に、猛虎伏草は何も言わない。いや、何も言えない。鈴鹿との実力の差を理解しているがあまり、彼らは下手な動きを取れない。部下にあのとっぽい奴いてこませと指示を出したら、そいつがヤクザの組長だった。で、組長直々にお家にお越しいただいた。そんなイメージだろうか。彼らが下した指示の重さを、彼らは痛感している。
別に鈴鹿をボコすだけの指示ならこうはならなかった。彼らが下したのは殺害の命令。蜥蜴というなんでも引き受けてくれる便利屋を利用しすぎ、人を殺すことに慣れ過ぎた。その結果、人を殺す指示すら簡単に下してしまう。故にこんな状況になってしまった。自業自得である。
「さて、今回の落とし前、どうつけるつもりなの? まさかそのかっるい頭下げて終わりって訳じゃないよな?」
「そこは私から話させていただきます。猛虎伏草の九条です。まず今回我々が下した指示により、定禅寺さんに被害を与えてしまい申し訳ありません」
改めて九条が頭を下げる。むしろ鈴鹿よりも猛虎伏草側の方が甚大な被害を生んでいる気がしてならないが、それはそれである。
「猛虎伏草からは、賠償金として3億円。そして、7層1区のエリアボスからドロップしたアイテムをお詫びの品としてお渡しする準備ができております」
そう言って、青紫色の肌をした大男が収納から3つのアイテムを取り出した。禍々しい槍と一式防具と思われるリング、そして首飾りだ。見た感じ、7層1区のエリアボスからのドロップというのは偽ってはなさそうだ。
そのアイテムたちに雑賀の横に座っている千年一剣のメンバーが目を剝いていた。7層1区のエリアボスともなれば、レベル240という特級でさえ死ぬリスクの高いエリアボスだ。レベル250目前のエリアボス。そのアイテムは、同じ特級の千年一剣からしても破格の提示なのかもしれない。
「あっはっは、つまんな。乾いた笑いしか出てこないよ」
しかし、鈴鹿は一笑に付する。
「それはあれか? 大阪だからってまずはボケないとってやつか? 止めとけよ。TPOは弁えるもんだぞ」
「それは、これでは足らないということでしょうか?」
九条が鈴鹿へと問いかける。まだ求めるのかと。その問いに、ほとほと鈴鹿は呆れてしまう。
「はぁ……本当にお前ら特級探索者か? こうも質が悪いのはなんでなんだ? やっぱり探索者なのに西だ東だって権力なんか求めてるからかなぁ」
本当にわからないと言ったように鈴鹿は頭を傾げる。ただ、ここまで言っても猛虎伏草のメンバーはピンと来ていない。
「まじで俺が求めてるものわかんないの?」
「ええ、浅学故わかりかねます。5区のアイテムを欲しているということでしょうか?」
九条が問いかける。鈴鹿は5区で活動している。だからこそ、1~3区のエリアボスのアイテムなら惹かれるのではと思い、彼らは差し出せる最上位のアイテムを用意したつもりだ。しかし、鈴鹿が求めているものは違うと言う。では5区のアイテムを求めているということだろうか。
「いや、あれか? お昼頃まで狂鬼チャンネル配信してたんだけど、見てなかった?」
「見させていただきました。だからこそのこの対応です」
「しょうがない。どうやら大阪のギルドは随分ひよってしまっているようだ。もう二度と特級ギルドです、なんて顔しないでほしいね」
彼らは狂鬼チャンネルのあの配信を見て、それでこの詫びの品らしい。なんとも腑抜けている。
「動画を見たなら知ってるだろ? 俺が灰ヶ峰くん、もとい蜥蜴に何をされようとしたか」
「……家族や友人を人質に、自殺を強要したそうですね。それが唯一君を殺す方法だと判断したからだと思いますが」
「そうだろうそうだろう。わかってるじゃないか! なら何を差し出せばいいかわかるだろ?」
だから深層で得られるエリアボスのアイテムという破格のアイテムを出しているだろ。そう九条含め天満も顔に書いてある。違うのは西成だけだ。西成だけが苦虫を嚙み潰した顔をしている。
「お、西成。お前はわかったか?」
「……ワシらにも差し出せ言うんかいな」
「ご明察。そして当然だろ? お前らの親兄弟、祖父祖母、そして友人8名、計15名の命。それが最低限の詫びの品だ」
目には目を、歯には歯を、悪意には悪意を。やられたのなら、同じことをしてあげないと。それをするということは、される覚悟も持っていないと。等価交換。行いの代償。いくら積まれようとも、鈴鹿にはそんなもの何も価値が無い。ここには強請りに来たのではない。やられたことをやり返しに来たのだ。それ以上も以下もいらない。
「ああ、もちろんよくわからん末端の家族なんていらないからな。ここにいる6人。その中からシェアしてくれ。全員のご両親と追加で三人でもいいし、代表の君が全部背負ってもいい。その配分は任せるよ」
最初は全員に15名の命を課す予定だったんだが、ちょっと多いかもと思って減らしてみた。『聖神の信条』が発現しただけはある。我ながらなんとも慈悲深い提案だ。
「ただ、これだと等価だ。なので、先に仕掛けた側の責任として代表のお前、それから灰ヶ峰に指示を出した西成。お前らの命も追加で手打ちにしてやるぞ」
「待て待て待て。狂鬼さん。それはあまりにもじゃないか。そんな要求はさすがに通らないぞ」
「ああ、雑賀さんでしたね。これは要求じゃなくて決定事項なんだ。交渉するつもりはさらさらない。飲めないならこの場の6人が死ぬだけだ」
「それは仲介役として到底受け入れられないぞ。話し合いに来たんじゃないのか!?」
「雑賀さん。鈴鹿様が煩わしそうです。少し静かにしていただけますか?」
猛虎伏草でもなんでもないのにうるさいなぁ。そう思ったら、今度はメイドが雑賀に釘をさす。それもなかなかの圧を放っている。まるでガスマスクを着けた時の大久野のようだ。メイドに灰ヶ峰。二人が鈴鹿をアシストするように立ち回ってくれるのでとても気分が良い。
「狂鬼。忘れたのか? 特級を減らすのはダメだと言ったはずだが」
しかし、灰ヶ峰からは叱責されてしまう。ここに来る前にも灰ヶ峰から特級をこれ以上減らすのはダメだと念押しされていた。任せろと鈴鹿は言っていたのに、ふたを開けてみれば最低でも天満と西成の首を寄こせと言う。何もわかっていない鈴鹿に、灰ヶ峰も思わずツッコんでしまった。
「安心しろ。俺は天才的な頭脳によってこの二人を殺す算段をつけた」
鼻高々に、鈴鹿は灰ヶ峰に説明する。
「お前とメイド。この二人を俺は特級まで押し上げる。するとどうだ? 特級がなんと二人も増える! なら猛虎伏草の特級二人を殺しても万事オッケー! だろ?」
ふふんと算数ができることを自慢する子供の様に、灰ヶ峰に告げる。特級探索者の数が減らせないなら、自分で増やせばよい。それなら数も減らないし、問題ないはずだ。二人をパーティに加えたことによって、鈴鹿は特級探索者を殺していい人数ストックが二人分できたと考えていた。頭がおかしいとしか思えない発想である。
いや、おかしくなければ先ほどの提案もしないか。そのあまりにもあれな鈴鹿の様子に、千年一剣もただただ困惑している。話が通じない異常者。それもそんな異常者が決定権を持つのだ。最悪でしかない。
「いいか狂鬼。俺の言い方も悪かったが、お前の頭はおかしい。少し冷静になれ」
普通にお説教モードの灰ヶ峰が、飲み物を手渡してくる。飲んで頭を冷やせと言うことだろうか。
「特級を殺すことに問題があるんだ。大久野のような表に出てない者が死ぬのと、猛虎伏草のように日本を代表する探索者が死ぬのでは訳が違う。猛虎伏草の特級が狂鬼に殺されたとなれば、政府も確実に動く。それがケジメだろうとも、お前にとって面倒な方向に動くのは間違いない」
それはちょっと嫌だな。正直灰ヶ峰やメイドを仲間にできたので、鈴鹿的には怒りの留飲も下がっている。ただ、ケジメは必要だからここまできた。そのケジメとして15名の命と特級探索者2名の命を所望するあたり、鈴鹿も大分ダメな方向に頭がぶっ飛んでしまっているかもしれない。その辺りを灰ヶ峰が手綱を握る。
「そして、待っているのは他国の介入だ。政治の話にお前が首を突っ込むか? 絶対しないだろ。気づけば外交で日本の立ち位置が悪くなる可能性もある」
「それは良くないな。日本の足を引っ張るつもりは無い」
国内の探索者の統制を取れていない国。そんなレッテルを貼られることは間違いないだろう。蜥蜴という組織がいた時点ですでに察しではあるが、そこに加えて表の特級すら殺されたとなると変な茶々入れが来るかもしれない。そして、その茶々入れに鈴鹿は一切関与しに行かないだろう。被害を被るのは他の官僚たちだ。それは鈴鹿も本意ではない。
「だから止めておけ」
「はぁ……しょうがない。完璧な作戦だと思ったんだけど」
「穴しかない。むしろ何故あれだけ止めろと言っていたのに、相談もなく自信満々に発言できたのかわからない。お前は頭がおかしい自覚を持て」
失礼な奴である。蜥蜴なんて組織を放置してきた政府にも問題あるから黙って受け入れろとも思わないでもないが、昨日ならまだしも今はそこまでの怒りは無い。灰ヶ峰にも止めなさいと言われたので、止めておくか。
じゃあどう落とし前付けようかな、そう思ったとき、入口から声がした。
「弱い者の相手は大変だろう。心中察するよ」
空気が一変した。先ほどの鈴鹿による狂気蔓延る空気が、凍り付いたようである。
冬の早朝のような、肌を刺すような空気。底知れぬ緊張感。まるで初めて東京ダンジョンで剣神天童と出会った時のような気配。だが、感じるのは天童とは真逆の周囲を威圧するような雰囲気。
その瞬間、座っていた千年一剣の人間が即座に席を立ち後ろで手を組み頭を下げた。
鈴鹿が声のするドアの方を見れば、そこには一人の超越者がいた。
「こんにちは狂鬼君。私は雨道。隠居したしがない元探索者だ」
初代剣神。猛虎伏草の創始者。雨道創雪。西の女傑がそこにいた。




