1話 会合
九章からは隔日投稿となります。無念orz
澄んだ空気に満たされた清浄な地。緑の絨毯に白や黄色の野花が点々と咲いており、彩りを与えてくれている。遠くにはガイスラー山群のような峻厳な山々が連なり、むき出しの岩肌に雪化粧された山頂付近はいったいどれほどの標高なのか。そして、そんな美しい山々を反射する火山湖が点在する景色は絶景の一言。天国のような、そんな枕詞がつくような美しい場所は、3層5区である。
しかし、ここは3層5区であって3層5区ではない。ただ美しい景色が広がるだけで、ダンジョンの要とも言えるモンスターが存在しなかった。3層5区の景色だけを再現したような、そんな場所。
火山湖のほとりに大きな円卓が一つ。席についているのは異形の者たち。美しい毛並みを持つ狐のような獣人もいれば、ねじれた角が不揃いに生える悪魔もいるし、龍人に鬼、蟲を無理やり人型にしたような者もいた。そんな者たちがのんびりと席について談笑している。
「アメリカはどうですか? 聞いている感じですと、結構進んでいるように感じますが」
「ああ、かなりいい感じだな」
「あら、隠さない程度にはいい手札なのね」
「因子持ちも揃ってきたからな。それにダンジョンの個数も見てみろ。隠す必要もない」
磨き抜かれたプレートアーマーを装着した大柄な騎士が、エルフのような女性に鷹揚に返事をする。エルフのような、そう告げたのは一般的に想像する耳が長くて麗しい容姿とは少し異なっているからだ。耳は長いが、肌は白ではなく薄めた水色。瞳は大きくまつげが毛のように生え揃っており、瞳孔が3つある。人に近くて人ではない。不気味の谷のような印象を受けるエルフであった。
「ダンジョンの数で言えば我が中国が一番であるぞ! 因子持ちも豊富である!! どうだフランス、貴様もそろそろ勝負に出ぬか?」
高らかに他のメンバーを睥睨するのは竜人の女性。竜人は強い力を持つ者が多い中、彼女が持つ力は別格。頭から生える四本の角は王族の証であり、角にすらきらびやかな装飾品が施されている。そんな竜人が、先ほどのエルフへと問いかけた。
「それもまた一興かしら。我が国もなかなかに育ってきているのよ」
「コココ。フランスは前回降りておったからな。今回はどう動くやら」
「それはドイツも同じではなくて?」
エルフにそう返されるのは狐の獣人。三つの瞳は縫い付けられていて開けぬようになっている彼女の顔は、毛にも覆われておらず人間に近い獣人であった。長く天に伸びた立派な耳と、ふさふさの一本の尻尾が狐を連想させる。少女の様な儚さがありながら、話す様は老獪。見た目から彼女の年齢を推し量ることは困難であった。
「クハハハハハ! フランスもドイツも腹の探り合いばっかじゃねぇか! 持ってる手札で戦おうって気概はねぇのか? なぁ、お前もだぜイギリス」
「アルゼンチンよ。貴様はわかりやすすぎる。貴様の手札が失われるタイミングを待った方が良いと謳っているようなものだぞ」
他を挑発するように唆すのは悪魔。切れ長な眼が左右に3つずつあり、白目が黒く瞳孔が白い眼をしていた。肌は人の物ではない緋色。頭からは不揃いな角が幾本も生えており、口はないというのに歪んだ眼が尻すぼみ周りを小ばかにしている印象を受ける。
一方、そんな悪魔に名指しされたのは一人の男。パッと見ただけでは人間のように見えるその男は、銀髪をオールバックにした神経質そうな見た目だ。眼鏡から覗く瞳は血に染まり、口から覗く牙がかろうじて彼を人外であると教えてくれる。赤い瞳に伸びる牙は吸血鬼のそれであった。
「ふぉっふぉっふぉ。あ奴らは手札が揃っていて羨ましいのぉ、サウジアラビアよ」
『全くだ。……本当にな。何故ああなってしまったのか……。ケニアよ。お互い厳しいな』
陽気に笑う好々爺は枯れ木のような老人だった。不可思議な動く模様が描かれた布を纏っている老人は、身体のいたるところが木と化していた。頭からは角にも見える木の枝が生えており、皮膚も樹皮へと変化している。
そんな木の老人に声をかけられたのは、蟲と人の中間のような者だった。上半身は蟷螂に似ており、下半身は蜘蛛のような多脚。身体の表面はカブトムシのような硬質な外骨格で覆われており、関節の脆い部分は蜜蜂のような毛で守られている。虫のキメラのようでいて、始めからそういう形の生き物だと思わされる自然な調和。そんな蟲人が頭を抱えている。どうやら彼は上手く物事が進んでいないようだ。
『いっそダンジョンブレイクも視野に入れるべきか……』
「ふぉっふぉっふぉ。ダンジョンブレイクは諸刃の剣じゃぞ。じゃが、他の者を見る限り、それも悪くないかと思えてしまうの」
不穏なことを話し合う両者。一発逆転をかけた手があるのかもしれないが、それはハイリスクハイリターンのようだ。
「私は何故我が国よりもあの小国の方がダンジョン数が多いのか解せませんね。日本」
『はっはっは! 日本には独活の大木というお前のことを指す言葉があるぞ、ロシアよ』
煽られたのは天使の少女。二対の巨大な羽が背中から生えており、顔の側面から生えた翼が眼を隠すように目元を覆っている。髪も肌も羽も、全てが純白の少女。その姿は侵しがたい静謐さをたたえているが、見る者に不安や不気味さを与える不安定な偶像であった。
一方、そんな少女を煽るは一匹の偉丈夫な鬼。逆立つような波打った長髪からは二本の角が突き出しており、一切の無駄が排された美しい肉体は灰色の肌で覆われている。目を引くのは額にある第三の眼であるが、縦長の眼は封印されるように縫い付けられており開かれていなかった。
アメリカを名乗る騎士、中国を名乗る竜人、フランスを名乗るエルフ、ドイツを名乗る狐の獣人、アルゼンチンを名乗る悪魔、イギリスを名乗る吸血鬼、ケニアを名乗る枯れ木の老人、サウジアラビアを名乗る蟲人、ロシアを名乗る天使、そして日本を名乗る鬼。
彼らが何者なのかはわからない。だが、奇しくも世界でダンジョンが出現しているのは彼らが名乗った10の国のみ。そこに因果関係を結びつけるのは当然と言える。
「何が独活の大木よ。私の可愛いロシアは期待通り頑張ってくれているわ。ダンジョンの数が多ければよいという訳ではないことよ」
「コココ。ロシアの言う通りよ。それに日本よ。その忌々しい鬼はいかがなものかと思うぞ」
狐の獣人が灰色の鬼を非難する。その気持ちは狐だけではないようだ。天使をはじめ、他の円卓に付く者たちも狐に同意するように頷いている。
「そいつはぶっちぎりで最速記録出した奴だからな。あやかりたいのはわかるが、外野からしたら一切面白みがなかった苦い記憶が呼び覚まされるってもんよ」
『そうだなアルゼンチンよ。あの時は次いで我の国家が強かっただけに、口惜しさもひとしおだ』
「あら、サウジアラビアの言いたいことはわかるけど、あの時はあの鬼以外はみんな似たり寄ったりだったわよ。僅差を誇るのはいかがかしら」
「そうだな! あれはひどかった! まさか我らの恩恵よりも頭のおかしい権能がああも存在するとはな!」
「中国の言う通りだ。だが、おかげであれからは平等な世界を選ぶことができている。あの結果もまた我らの予想外であって面白くはあったぞ」
騎士が懐かしむように当時を振り返る。一人以外お通夜モードだったあの回は、当時は最悪であったが振り返ってみては良い思い出となっていた。
「はぁ、まぁいいわ。さて、決を採る前に一度おさらいしようかしら。今のダンジョン出現数はこれよ」
そう天使が言えば、円卓中央の空中にウィンドウが浮かび上がる。そこには現在の各国が保有するダンジョン数が記載されていた。
1位 中国:23個
2位 アメリカ:22個
3位 日本:20個
4位 ロシア:19個
5位 イギリス:17個
6位 ドイツ:16個
7位 アルゼンチン:16個
8位 フランス:15個
9位 サウジアラビア:12個
10位 ケニア:10個
「まぁ、これはあくまで指標でしかないわ。ダンジョンを出現させるも止めておくも私たちの意思次第ですもの」
「ふぉっふぉっふぉ。ロシアよ、強がりが出過ぎておるぞ」
先ほど鬼にダンジョン個数について突っかかっていただけに、天使の発言は負け惜しみにしか聞こえなかった。
「ロシアの言も間違ってはない。あえてダンジョン数を制限することも戦略の一つだからな」
「イギリスのような小さい国土ならわかるけど、ロシアじゃねぇ」
吸血鬼が天使をフォローするが、エルフが天使の強がりを鼻で笑う。とはいえエルフが皆から呼ばれているフランスはダンジョン個数8位であり、他を馬鹿にする前に自分の心配をするべきかもしれないが。
「ふんっ。私が言いたいのはダンジョン個数なんて指標でしかないってことよ。重要なのは因子持ちってこと」
「コココ。それはその通りよな。故にこの決が採られるんじゃて」
どうやらダンジョン出現数は国家の強さを確定させるものではないようだ。しかし、それを発言しているのはダンジョン出現数が下位の者たちばかり。竜人も騎士も、ただ静観している。
「まぁ、いいわ。じゃあ決を採りましょうか。国盗りゲーム、同意する者はその意思を」
天使の声掛けに応じ、円卓中央で浮かび上がっているウィンドウの国家が光りだす。光ったのは、中国、アメリカ、ロシア、イギリス、アルゼンチンの5か国。それ以外は点灯していない。
「あら、また五ヶ国」
『仕切り直しか』
「ワシらはわかるが、今回日本は降りたのか。何故じゃ?」
ダンジョン保有国数3位の日本が点灯していない。それはつまり国盗りゲームとやらの参加を見送るということでもある。
『簡単だ。興味深い者が出てきた。因子持ちがな。そいつの成長を見てからにしようと思っただけだ』
「日本、お前のその動きはざわつくな。因子持ちなど我が国アメリカにもいれば、そもそも日本にもいただろう。解せない。解せないな」
「そうだなアメリカよ。我は日本の今の鬼の格好からか、あの苦い記憶が呼び覚まされたぞ。その鬼の因子持ちなど現れるわけがないだろうが、妙に引っかかる。そうは思わんかロシアよ」
「ええ、中国。私もそう思うわ。こいつ、ニヤニヤしてる時が一番腹立つ展開になるのよ」
日本の動きに危機感を覚えたアメリカ、中国、ロシア。それは他の国でも同じようだ。特に今回点灯しなかったドイツやフランスに視線が集中する。
「コココ。少し様子見しようかと思っていただけじゃったが、あまり悠長にもしてられぬとみたな。のぉフランス」
「そうねドイツ。我が子たちにも頑張ってもらわないと」
各自が腹の探り合いをしながらも、悲観的な蟲人と枯れ木の老人は肩を竦めるだけ。
「今回は5票ってことで意見が半々だったわね。規定に則って、近いうちにまた決を採りましょう。次の案内はイギリスね。よろしく。じゃ、解散しましょうか」
最後に天使が手を叩くと、世界ごと消滅し、何者かによる会合は幕を閉じた。




