29話 研究施設
蜥蜴と尾道組を潰し、蜥蜴の代表を殺し、鈴鹿と灰ヶ峰が仲間の誓いの握手を結んだ。上々の成果である。特に灰ヶ峰を仲間にできたことが大きい。特級クラスの仲間は貴重である。それに灰ヶ峰はヤスと違って雑に扱える。別に下僕のように粗雑に扱うつもりはない。ただちょっとヤス相手ではできないレベル上げをさせるだけだ。心配しないでほしい。
蜥蜴ぶっ潰し作戦は他にも副次的な効果をもたらしてくれるはずだ。それは鈴鹿へちょっかいをかける人間の抑制。今回蜥蜴を潰したことで、下手なことをすればどうなるのか知らしめることができた。それもその辺のヤクザ組織ではない。日本を牛耳っていた裏社会の元締めのような組織を潰したのだ。メンツなのか被害を恐れてなのかわからないが、東京の特級ギルドすらも放置を決め込んでいた組織をである。
この広告効果はでかい。それもただ幹部の一人を寝返らせ、代表を殺しただけじゃない。明らかにおかしな動きを取りながら、蜥蜴の構成員自らが仲間内で殺戮を行っているのだ。そして、殺戮した人間もまた、自殺している。ダメ押しとばかりに、支配された人間は狂鬼に関わるなという警告と共に死ぬ直前のありのままの気持ちをメールによって配信している。多くのメールは死んでいった仲間たちに送られるかもしれないが、中には昔の友人や知人たちにも送られることだろう。そうすれば、そこから拡散されていくはずだ。死の間際の慟哭が赤裸々に綴られたメールなど、一人で抱え込むには重すぎる。きっと呪いのメールよろしく、周りの人間や掲示板にでもあげられるだろう。
そして、時間が経てば各構成員がどんな末路を辿ったのかもわかるはずだ。構成員に近しい人間が構成員の手によって殺され、その場で構成員も自殺する。横浜のギルドがやられたことと同じようなことが行われる。それも一人だけでなく実に多くの構成員たちが、ただ殺すのではなく惨たらしく大事な人を丁寧に殺した現場だ。その様子を見れば、ただ事務所を襲撃されて惨殺されたヤクザたちが幸せに思えることだろう。
調べれば調べるほど、悪意と狂気に彩られた猟奇的な事件が浮かび上がるはずだ。そして、それをたった一人で成した探索者に、いったい誰が絡もうと思えるのだろうか。
そして、動画内で特級探索者である代表も殺している。大久野は特級にしては弱く感じたが、ガスマスクの仮面という奥の手を使ってくれたので、最低限かもしれないが特級クラスと戦って勝ったという事実も残る。探索者は大久野のガスマスクのように、奥の手や切り札を持ち得ているものだ。だから特級のエリアボス討伐動画などは、スキルやアイテムを秘匿するためにカットの連続だと言われている。
そんな探索者が避けたい同業との戦いを、鈴鹿は躊躇なく行った。これは他の探索者からしたらとても嫌な動きに映るだろう。特級というもはや国に保護されていると言っても過言ではないクラスの人間を、何も考えずに喧嘩売られたからと殺したのだ。案の定、大久野は奥の手を取り出し、それに対して鈴鹿は特に事前対策などした様子もなく真正面から潰した。それはつまり、他の特級探索者であろうとも必要であれば構わず突っかかってくる可能性を示唆している。
他の探索者では通じる、探索者同士は極力戦わないという暗黙の了解を、狂鬼は構わず突っ込んでくる。他の探索者からしたら最悪な探索者に映ることだろう。ぜひそう映ってほしい。
結果、蜥蜴という組織を潰したことで、今後発生したかもしれない鈴鹿の前を目障りな羽虫の如くぶんぶん飛び回る組織が現れなくなったということだ。
残る問題は鈴鹿が罪に問われるかどうかということだろうか。
普通に人間一人殺してしまったが、許されるのだろうか。ちなみに鈴鹿の心は何の痛痒も感じていない。大久野を直接自分の手で殺め、蜥蜴という巨大組織に関与する何十人、何百人の命を奪い、さらに無関係かもしれない構成員の大事な人たちも犠牲にしている。それでも、鈴鹿は何も感じない。
自業自得。それだけだ。
別に鈴鹿が人を殺しても何も思わないわけではない。例えば鈴鹿に絡んできた出雲探索者高校の生徒を殺してしまったら、後味の悪さを引きずったことだろう。彼らは恐喝という犯罪を犯したかもしれないが、鈴鹿にとってはそれは殺すに値しない犯罪だからだ。
しかし、蜥蜴という組織は鈴鹿の中にある一線を越えた。家族や友人を人質に取り、殺そうとした。一線を越えた者に慈悲などなし。やるからには徹底的に、苛烈に報復するべきだとすら思っている。犠牲になった罪なき人たちには申し訳ないと思うが、必要な犠牲だと切り捨てられる。
川崎掃討戦の裏で犠牲になった住民たちと同じだ。探索者崩れが一掃されたその裏で、崩れ達による探索者たちを遠ざけるための報復措置として少なくない民間人が犠牲になっている。それでも、川崎を正常に戻すために掃討戦は続けられたのだ。それと同じ。鈴鹿にとっては必要な犠牲だった。
大切な人三人を殺害する。これは確実に不要な殺生であるはずなのに、鈴鹿はそうは思わない。犯罪者の心を殺すために必要なことだと信じている。そして、あのまま蜥蜴が生き残り続けた時の被害よりも確実に少ない人数で収まるとも断言できた。ならば必要な犠牲だと、そう切り捨てられる。
どこか欠落したその考えは、だからこそ鈴鹿はダンジョンであそこまで狂気に染まることができるのかもしれない。命というモノを軽視できるからこそ、自分の命であろうとも平気でポイポイ天秤に投げ入れることができるのだ。
歪んでいるからこそ、突出する部分が表れる様に。
「で、俺こいつ殺したんだけど、罪に問われたりする?」
「いや、問題ない。動画内でも語ったが、大久野は自分自身の手も犯罪に染めすぎている。証拠も東に渡しているが、そもそも探索者法によって大久野含む蜥蜴の幹部たちは、すでに殺しても問題無いと東側で判決が出されているからな。俺たちは賞金首なんだよ」
『この顔にピンときたら110番を』。そんなポスターよろしく、蜥蜴の人間たちの多くは『この顔の人間は殺したら謝礼と感謝状を贈呈します』という指名手配となっているらしい。だからといって特級擁する裏社会の探索者たちが集まる組織に誰が手を出せるというのか。その結果、そんな判決が出ていようが普通に生きて堂々と活動していたらしい。太ぇ奴らである。
「他の構成員についてだが、『支配』というスキルが露見していない以上、証拠を揃えられないから捕まえようがない。被害者も社会の爪弾き者たちだ。ろくに調査もされないだろう。いや、調査したところでわからないと言った方が正解か。関与は当然疑われ警戒の対象になるだろうが、それだけだ」
ならば安心だ。なにか言われても僕は大久野しか殺ってません。感謝状とお金くださいで通すことにしよう。
「うし。なら広島でやることは無くなったな! お好み焼き食べて、大阪行こうぜ」
「その前に二つ、確認しておきたいことがある。一つは、本当に大阪に行くのかの確認だ」
「当たり前だろ? そもそも猛虎伏草が俺を殺せと判断したんだ。なのに実行犯だけさらし首にして、黒幕はのうのうと生き残るなんてあっちゃならないだろ」
そんな都合が良い展開、世間が許しても鈴鹿は許さない。例え地獄の果てまで逃げたとしても、そんなところ地獄の入り口でしかないんだよと、より深い地獄を味わわせてやらねば気が済まぬ。
特に、自分たちが出向かずに蜥蜴なんて組織に丸投げして鈴鹿を処理しようとした点が鼻につく。特級ギルドと言うのなら、正面切ってかかってこいと思うのだ。そのなんとも女々しい部分に鈴鹿は喝をいれてやるのだ。
逆に正面切って襲われ殺されてしまったのなら、しょうがないとも思っている。戦いに身を置く職業でもあるし、ダンジョンで死ぬかどうかの違いでしかない。そもそも一方的にやられないようにレベル100まではひっそりとレベル上げをしてきたわけで、襲撃されても逃げ延びるくらいはできるだろうという判断のもとダンチューブとかを始めたのだし。
「お前の気持ちはわかるが、お勧めしないぞ」
そう言って、灰ヶ峰はダンジョン産のアイテムについて説明する。
「6層のエリアボスからドロップされる『深界の鳥籠』というアイテムがある。対象を閉じ込めることができるアイテムで、封印することができる。初手でこれを使われればいくら狂鬼と言えど詰む恐れがあるぞ」
「そんなのあるんだ。ああ、なんか俺に使ったけど使えなかったとか言ってたやつ?」
「そうだ。これは相手が自分よりも下の存在でなければ使用できないアイテムなんだ。レベルでは俺の方が上回っているが、スキルを含めたトータルの戦力で狂鬼に劣ると判断されたのだろう。だが、猛虎伏草側には天満や初代剣神の雨道、それにもう一つの特級ギルドである千年一剣がいる。狂鬼相手でも使える可能性があるぞ」
なるほどね。正直なところ、滅却の魔眼が強すぎて封印など消滅できそうな気もするが、発動した瞬間に意識まで封印される可能性もある。他にも夢遊猫みたいに相手を洗脳するアイテムがある可能性もあるな。そうなると滅却の魔眼も使えず、手の施しようがないかもしれない。今回は状態異常耐性のスキルを突破された訳だし、特級探索者が相手だと油断もできない。
危険だな。うん。危ない危ない。封印されたらいくら聖神の信条で不死だろうと意味ないしな。洗脳系のスキルなんてあったら最悪操られるかもしれないし、リスクが高すぎる。
「で? それが止める理由になんのか?」
これが鈴鹿の正直な感想である。
そもそも。探索者なのだから、危険という理由だけで行かないとはならない。危険ならそれを踏み越えるだけの力を付ければ良いのだから。
これは無謀な戦いを推奨するという意味ではない。ヤスたちが『鈴鹿を見習って1層5区へ突撃だー!!』なんて言い出したら引っ叩くだろう。この辺のさじ加減は人それぞれで微妙にラインが違うし、正解はない。リスクある行動、無謀な行動。この二つの差は大きいが、ケースバイケースと言われたらそれまでだ。
そんな中、鈴鹿はどうだろうか。レベル52でレベル120のエリアボスを倒すという無謀を通り越した偉業を為した鈴鹿が躊躇するべき案件とは、いったい存在するのだろうか。特級にも至ってない15歳の探索者が、特級や一級ひしめく大阪の地で顔役のギルドに喧嘩を売りに行く。それも相手は滅茶苦茶警戒していて、今まで取得したアイテムやスキルの数々を使ってでも止めに来るかもしれない。
それはとても無謀なことだろう。しかし残念ながら、鈴鹿の耳は腐っているため無謀という言葉の中には乗り越えたときに成長できるかもしれないという副音声が聞こえてしまう。
特級? 封印? 洗脳?
そんなこと知ったことかと。迷惑を被ったんだ。ふざけるなと文句の一つも言わないで我慢するなど、大人の対応じゃない。負け犬の対応だ。
それに鈴鹿は配信で会いに行くと告げた。鈴鹿が自ら行くと宣言したのだ。鈴鹿は吐いた唾は飲み込まない。危険だからやっぱ止めた。そんなことを言えば芯がブレる。それは大変よろしくない。一度ブレるとまた繰り返し癖になるからな。突き進むしかないんだよ。
「はぁ……。ちなみに言っておくが、猛虎伏草と戦うことはお勧めしない。お前が勝てる勝てないじゃない。国内の特級が潰し合う行為はご法度だ。恐らく東からも国からも制止がかかるだろう」
「ふ~ん。その結果の蜥蜴でしょ? そんな忖度してるから、探索者がこんな威張りだしてんじゃないの? いっそ大阪の特級ギルド全部潰した方がいいんじゃない?」
特級探索者に手がかかるところまできたからこそ、鈴鹿は特級がどんなものなのか理解できるようになった。それは特級もまたただの人だということだ。『特級は凄い』。そんな憧れに似た思いがあったが、別に中身は聖人君子でも超越した生命体でも何でもなく、ただその辺にいる人間と何も変わらないのだ。
探索者という強い力を手に入れて勘違いしてしまった痛い大人。周りに迷惑かけることが偉いことだと思い込んでいる害悪。自分が特別だから周りの特別じゃない人間には何をしてもいいと思っているキチガイ。
それが探索者に対する鈴鹿の評価である。御多分に漏れず、その中に自分自身が入っていることも承知の上で。
人類にダンジョンは早すぎたのだ。ダンジョンで得られる力を制御できていない。人間ができていない者たちに渡すべきではなかったのだ。
自分を律することができ、初めて手にしていい力。それがこの人並外れた強さを手にするための最低限の条件であるべきだろう。
「そうか。誰かが抑止力になればいいんだ」
「なんだ? なんて言った?」
「いや、独り言。オーケー、オーケー、灰ヶ峰くんのアドバイスは理解した。特級が減るのがいけないんだな。肝に銘じよう。ただ、大阪には行くぞ。今回の件のけじめはつけなきゃ。文句言って謝罪くらいはさすがにね」
「それなら問題はないだろう。大阪の連中も、表立って襲い掛かるような真似は自分たちの首を絞める行為だと理解しているはずだ」
でなければ蜥蜴なんて使っていなかっただろう。あくまで彼らは真っ当なギルドを運営しているのだ。その体は護るはずである。
「それと、もう一つ確認しておきたいことがあるんだ。この近くに蜥蜴の研究施設がある。どんな処分をすべきか判断に迷ってそのままにしてるんだ」
「研究施設? 近いの?」
「ああ。当然非合法な研究をしているんだが、内容を東へ周知するべきかどうか判断を仰ごうと思ってな」
当然非合法な研究なんだ。なんだろ。ちょっとワクワクする。
「いいね。行ってみたい! 案内して」
なんでも蜥蜴の代表である大久野肝いりの研究施設とのことで、この近くにあるとのことだった。大久野の屋敷は死体諸共放置し、灰ヶ峰の先導に従って付いて行く。
案内されたのは一見普通の企業であった。規模としてはそこそこの大きさがある。フェンスで囲まれ入り口にセキュリティの守衛がおり、5階建てくらいの建物がいくつか建っていた。
「ここで合ってんの?」
「ああ。表向きは普通の企業だ。ここの一角を蜥蜴が利用しているんだよ」
灰ヶ峰が顔パスで敷地へと入ってゆく。セキュリティもクソもあったものではないざる過ぎる警備だ。大丈夫かここ。
奥まった場所にあった建物にはさすがにIDパスが必要なようで、灰ヶ峰に続いて鈴鹿も入れた。この仕様もセキュリティ上止めた方がいいよな。全員IDパス必須にした方がいい。顔認証か何かで登録してない人間弾けるようにした方がいいんじゃないだろうか。極秘研究だろ? もっと警備厳重にしないと。
「で、ここで何やってるんだっけ?」
「探索者にも効果がある薬物のレシピ製作や毒の研究だな。特にモンスターの素材を利用した薬物関係や武器開発で成果を上げている」
「例えば?」
「探索者だろうと作用する麻薬の開発は売れ筋だな。他にも対探索者用のガス兵器なんかも研究してはいるが、解毒の方がうまくいかずポーション頼みのせいでまだまだ研究が必要な分野だな」
クソみたいなことをしていた。いや、ある意味貴重な成果なのか? 探索者相手でも効果があるってのは割と重要な気がする。特に真っ当な会社では発想に行きつかない、または実行できないことをしてそうだし、成果自体は有効利用した方がいい気がする。
「その研究結果とかどうすんだ?」
「それを確認したくてお前をここに呼んだ。麻薬の製法からより効果を高める方法は、うまく利用できれば医療にも応用できる。だが、レシピが漏れて麻薬市場を活性化させる恐れもあるからな。公開するかどうするかの判断をしてもらいたい」
「そんなこと言われても困るんですが。なんか清廉潔白な優良日本企業とかに渡せたりしない? さすがに全部削除はもったいない気がする」
「わかった。見繕っておこう。活用するも闇に葬るも好きにすればいいが、悪用すれば狂鬼が現れるって一文を添えてな」
それ俺が送ったことにならない? まぁ、いいか。うまく活用してくれる企業からしたら、研究成果をただで貰えたのは大きいことだろう。多分。悪用しなければいいんだ。悪用しなければ。
「なんだ。それだけ? そんくらいならここまで来なくてもよかったじゃん」
「いや、本命がある。こっちだ」
どんどん奥に入っていく灰ヶ峰。ちなみにこの施設には普通に職員が残っていた。当然彼らも蜥蜴の関係者ということなので、即座に鈴鹿が支配の毒を使っている。今は研究成果のまとめや廃棄物の仕分けなどさせていた。灰ヶ峰が言うには優秀な人材とのことなので、殺さずに生かすことにした。
当然そのまま生かすことはしない。悪意を滅却の魔眼の力で消滅させ、一生をかけてこの国の発展のために英知を振り絞るという条件のもと、彼らには自由を与える。生涯をこの国に捧げてくれるなら、ちょっとはプラスになるんじゃないか。そう思ったのだ。
大久野を殺し、灰ヶ峰が仲間になったことで鈴鹿の溜飲はかなり下がった。その結果の寛大な措置。一発目にここに連れ込まれてたら、今頃この施設は彼らが作った毒ガス塗れになっていたことだろう。
「ここだ」
そう言っていくつかの追加セキュリティに阻まれた部屋に入ると、中は生命を冒涜している部屋であった。
まず立ち込めるは獣臭。換気はしっかり行われているのだが、それでも多くの動物たちからもたらされるペットショップのような独特な臭いはぬぐいきれない。犬猫やモルモット、ラットなどいくつかの生き物がいるが、彼らは鈴鹿の良く知る姿ではなかった。
奇形。あからさまに歪な姿かたちとなっている生き物たち。変色していたり一部だけ肥大化していたり、動き方が壊れたロボットの様であったりと、様々だ。それだけじゃない。中には鱗が生えている猫や、毛の一部が羽のようになっている犬、角なのか骨なのかわからないものが突き出ているモルモットなど異形の生き物たちがゲージに入れられていた。
「ここではモンスターの素材を使った研究を行っている。まぁ、この程度なら研究機関でも行われている範囲だからそこまで驚きはないかもしれないな」
十分驚きである。その手の情報は調べていなかったので詳しく知らないが、ラット相手に実験が行われていても不思議ではないだろう。魔石を埋め込んだり粉末にして摂取させたりモンスターの素材を移植したり。そんなことは他でもやっていそうだ。
「それらも基礎研究として行っているが、一歩踏み込んだ研究も当然進めている。人体実験だ」
部屋の奥の手術台のような上に、一人の人間だったものが仰向けに横たわっていた。
「これはモンスターの素材や存在進化した人間の素材を流用することで、人工的に存在進化した人間を創り出せないかの研究だ。海外でも盛んにおこなわれている研究であり、手軽に強力な兵隊を造ることが目的だな。当然倫理に反しているため、秘匿性の高い研究でもある」
でしょうね。大々的にされてたまるもんですかって感じです。
横たわっているのは女性だ。頭からは太い幹から枝分かれしたような竜の角が生えているように見えるが、実際は縫い付けられただけだ。髪の毛が刈り上げられ坊主になっていることで、接合部が丸見えである。手術痕らしき箇所はまだホッチキスで止められていることから、傷も塞がってないのかもしれない。むき出しの耳も何かの生き物の耳を縫い付けられたのか、尖った耳が毛に覆われたモノに変えられていた。
尾てい骨付近からは太く長い尻尾が同様に接合されていた。不屈の藤原を彷彿とさせる立派な尻尾だが、だらりと手術台から垂れ下がる様子は生命を感じさせない。二の腕や脚などには竜なのか爬虫類なのかわからないが、鱗の皮膚がつぎはぎの様に移植されている。
抱いた感想は、出来損ないの竜人。付け替えられるパーツを適当に組み合わせて作ったような歪な仕上がりの結果が、目の前の女性だった。
「おい。この実験体は適合率が高かったはずだが、死んだのか?」
「はい。今朝方死んでおりました。適合率が高く、狂鬼が持ち帰った尖烈龍の素材も使用したことでいい数値を出していたのですが、持ちませんでした」
とても胸糞悪い会話である。鈴鹿が出雲ダンジョンで売った素材の一部が、目の前の女性に使用されていたようだ。最悪な用途を見てしまった。
「大久野は自分たちを蜥蜴と名乗っていたが、蜥蜴という存在進化に劣等感を抱いていた。竜種への憧れだ。その一環がこれ。もちろん他にも目的はあるが、力を入れていた理由は自分自身を竜種へ格上げすることが目的の一つにあった」
本当に、大久野はどこまで行っても小さい人間であった。話を聞くたびにため息が出てしまう。
「確認したかったのは、この研究結果をどうするかだ。人体実験のデータは貴重であるが、出せば続く者がいないとも限らない。これらの成果は東にそのまま渡すわけにもいかないから、この実験体も含め処遇を決めたくてな」
「はぁ……。ほんと、あれだな。俺いいことしたんじゃないか? 蜥蜴潰した成果は警察かなんかから表彰されてしかるべきなんじゃないかと思えてきたよ」
女性の周りに置かれている器具や職員の格好からも、ちょうどこれから解剖して原因突き止めますと言った感じだ。
「この人以外に人体実験されてる人いないの?」
「はい。今回のロットではこの実験体が最も長生きしており、他の実験体はすでに死んでおります。人は貴重ですので、今回の結果をもとにさらに動物で実験を重ね、人が必要になったら申請を出す予定でした」
「申請って。申請したら実験体が送られてくるとかすげぇ世界だな」
他にいたであろう被害者もすでに亡くなっていたようだ。お悔やみ申し上げる。
まさか日本でそんなポンポン人が手に入るとは。いや、手に入るのか? 年間行方不明者数とか凄いみたいなのをなんかで見た気もするし。
「これは廃棄だ。廃棄。抹消しろ。ダンジョンをこんなことに使うな」
存在進化がしたければダンジョンに行け。希望の存在進化があるならそれが叶えられるよう念じながら探索しろ。それでもだめならダンジョンの奥地を探索し続けて、姿変えられるアイテムでも見つけてみろ。ダンジョンの解明すらまだ全然できていないのに、こんな楽な道を模索しようとするな。鈴鹿の一存で決められるなら廃棄一択だ。
犠牲になった人たちのもと積み上げられた成果ではあるが、有効活用などさせない。地獄から恨みたければ恨むがいい。鈴鹿はこの実験を許容しない。
「あそこにいた動物たちは俺が殺す。手を出すな」
最後に何の苦しみもなく眠る様に死ぬように、世界で最も優しい毒を創り出す。俺ならできる。そんなこともできない毒魔法などいらない。できなければスキルを昇華させるまでだ。
「すまないな。見る者によっては価値があるだけに、お前がどうしたいかを聞いておきたかった」
「いや、構わない。それにこれも何かの縁だ。試すだけ試そう」
そう言って、鈴鹿は横になっていた女性に手を翳す。彼女がこれ以上苦しまない様にという思いと同時に、それでも生きたいという強い意志があったのならば救いの手を差し出すために。
「『愚者の奇跡』。条件は彼女の強い生への渇望」
聖魔法の極致。聖神ルノアの研鑽の果て。人類が到達した一つの頂。その魔法を行使する。
瞬間、目の前が真っ暗になり、膝から崩れかける直前で意識が覚醒する。
「どうした?」
「いや、運が悪かっただけ。もう一回。『愚者の奇跡』。条件は彼女の強い生への渇望」
『愚者の奇跡』。それは死者蘇生の魔法。代償は自分の命を天秤にかけること。半分の確率で蘇生され、半分の確率で術者が死ぬ。まさに自分の命をベットする愚者であり聖者の行い。
この魔法があるからこそ、ルノアは不死を願ったのだ。ダンジョンの先へ進むために。仲間を連れて行くために。結果叶わぬ望みとなり、その願いは時空を超え小さな探索者に届けられた。その小さな探索者はルノアが想像していた使い方とは見当違いのことに不死の能力を使い続けていたが、ここにきて初めて想定通りの使い方を為す。
鈴鹿は女性に『愚者の奇跡』を行使する。ただし、そこに一つの条件を加えて。こんな見た目にされたのだ。ここに来るまで相当な地獄の体験をしてきたことだろう。ようやく死ねたと思っている可能性もある。だからそれでも生きたいと思える強い思いがあることを条件にする。その鈴鹿の優しさに、聖神の信条が応える。
周囲に清浄な気配が満ちる。生命を冒涜する研究室が、まるで神聖な祭壇にでもなったかのような厳かで静謐な空気に支配された。
完全に死んでいたはずの女性に、生命の息吹が訪れる。停止していた鼓動が再開し、腐敗しかかっていた手術痕や臓器たちが生前よりも正常に元通りとなって。
「あ……れ。ここは……」
まだ状況が読み込めていない女性に目線を合わせ、鈴鹿が手を差し出す。
「君は自由だ。混乱しているところ悪いが、君には二つの道がある。すべてを忘れ、ここでの出来事を何もなかったことにして、元の生活に戻るか。それとも、この手を取り俺の仲間として共にダンジョンを探索するか。どうする?」
聖魔法を使えば、つぎはぎの身体も元に戻すことができるだろう。聖神ルノアの力があれば、それくらいできるはずだ。できなければ聖神などと名乗るな。そうして身体を元通りにすれば、悪い夢は消滅させ、元の生活に戻ることだってできるはずだ。いや、させる。灰ヶ峰にそう指示を出す。
だが、仮に。仮にだが、失くしたはずの命だから好きに生きようと、鈴鹿と同じように何かにひたむきに取り組んでみようと思うのならば、共にダンジョンに行かないかと勧誘する。彼女は生きることを望んだ。渇望したのだ。その意思があるならば、きっと共に戦えるはずだから。
「あ……あぁ。やっと、やっと見つけた……! 私の光!!」
うわ言を呟きながらも、差し出された鈴鹿の手を恭しく握りしめる。錯乱しているのかもしれない。正気ではないかもしれない。ただ混乱し、目の前の手を握っただけかもしれない。しかし、彼女は手を取った。それは事実であり、それが契約の証であった。
「安心しろ。二度とこんな理不尽が降りかからないように、共に強くなろうじゃないか」
慈愛に満ちた聖母のように微笑みながら、鈴鹿の黄金の瞳だけは爛々と熱を帯びていた。
収納から一つのアイテムを取り出す。それは狂鬼の面。口元に持っていけば、自然と顔と同化し自分の口のように面の口が動く。その口が膨らむと、女性に向かって煙が吐き出される。黒い煙が。
吐き出される黒い煙は救いを求めた女性を覆う様に包み込んでいき、その身へと吸い込まれていくのだった。




