14話 練鱗淵の番
峻厳な山々に囲われ透き通る水がたまった池のほとり、花々が咲き誇りただただ美しい光景が広がるエリア。そこに、エリアボスはいた。
「おいおいおいおい。嘘だろ? マジかよ……。どうしろってんだよ……」
エリアボスを見た時、鈴鹿は頭を抱えた。
自分の置かれた状況と、目の前のエリアボスとの相性が絶望的に悪いのではないか、そう理解したからだ。
【どうした狂鬼さん。頭痛いんか】
【狂鬼さんが頭抱えるほどのエリアボス?】
【またユニークモンスター?】
「いや、違う。ユニークモンスターかどうかはわからないけど、そうじゃないんだ」
鈴鹿の視線の先、そこには3体のモンスターが座して挑戦者を待ち構えていた。
碧雲の鱗:レベル160
重鎧の鱗:レベル160
練鱗淵の番:レベル192
まるで先鋒、中堅、大将のようではないか。そして鈴鹿はその様子に心当たりがある。それは1層3区に出現するエリアボス、十両蛙だ。あの時も三匹が土俵の外で待機しており、1体倒すごとに次の蛙がやってきた。きっとこいつらもそうなのだろう。
鈴鹿が頭を抱えた理由、それは裏条件に付いてだ。
十両蛙は3匹それぞれ相撲を取って倒すことで、『関取の明荷』というアイテムを入手することができた。つまり、この3匹もなんらかの条件を達成することで隠しアイテムをゲットできる可能性がある。
しかし、鈴鹿は知っているのだ。この三匹が剣を使うことを。
碧雲の鱗は青みを帯びた綺麗な鱗に覆われたリザードマンみたいなモンスターで、羽の様に軽く手数と速さで翻弄するタイプの剣士だ。重鎧の鱗は赤みを帯びた金属のような鱗に覆われており、当たれば即死のような重い一撃を繰り出す剣士だ。
エリアボスはまだわからないが、剣を持っているので使わないことは無いだろう。
三連戦、戦い方は剣。これは剣でねじ伏せることで隠しアイテムをゲットできるパターンじゃないか、そう鈴鹿は思い頭を抱えたのだ。なぜなら鈴鹿は武器を持てないから。
【3匹いる。1層3区の十両蛙みたい】
【わかる。一斉に襲い掛かるタイプでもないし、一体ずつ戦うタイプっぽいよね】
【このシステム謎だよな。通常モンスターなんて今更戦っても負けないだろって、序ノ口蛙とか倒した記憶ある】
「はぁ、しょうがない。倒すか」
悔やんだってしょうがない。それにここには土俵のようなあからさまな場所もない。剣で倒したところで報酬は変わらないかもしれないのだ。
【そんな強そうな相手なの?】
「いや、多分普通のエリアボス。みんな十両蛙知ってる?」
【知ってます。ここも似てますよね】
【序ノ口蛙、幕下蛙、十両蛙と一体ずつ戦うエリアボスでしょ?】
「そうそう。あれの隠しクリア条件って知ってる?」
鈴鹿の問いに、はてなのコメントが流れる。
「ネタバレになるかもしれないから、これからダンジョン挑んで自分で見つけたいって人は消音にしてね。十両蛙って現れるところに土俵があるんだよ」
【土俵の上に登ってから戦いが始まるんですよね?】
【あ、知ってるかも。土俵の外にモンスター落とすと倒せるってやつ?】
「あっ、なんだ知ってるんだ。それそれ」
ちらほらコメントで正解が流れるため、有名な話なのかもしれない。
「俺も戦った時にそれに気づいてさ。相撲とったんだよね」
【ん?】
【相撲?】
「うん。序ノ口蛙は簡単じゃん? 幕下蛙も強かったけど何とか倒せたけど、さすがに十両蛙とは相撲とるの大変でさ。ばかすか張り手打たれて全身ボロボロにされたよ」
困っちゃうよねぇと鈴鹿は言うが、コメントからは意味が解らないとはてなが溢れる。
「まぁちゃんと十両蛙も押し出しで倒したんだけど、その時このアイテムがドロップしてさ」
そういって鈴鹿は『関取の明荷』を取り出した。衣装ケース程のサイズの葛籠で、側面に独特な太字で『鈴鹿』と朱色で書かれている。配信でも度々取り出しているので、視聴者にとっては見慣れたものだろう。
「これ『関取の明荷』ってアイテムでさ、十両蛙からドロップしたんだよね。説明に『関取に勝利した者だけが得られる葛籠』って書いてあるから、多分十両蛙と相撲して勝つと貰えるアイテムなんだよ」
コメントが疑問から衝撃に移り変わるが、コメントが多すぎるので鈴鹿はスルーする。
「だからこいつらも剣で倒せば特殊アイテムとかくれそうだなぁと思ったんだけど、剣はもう持たないことにしてるからさ、もったいないなぁって思っただけ」
【ちょ! 狂鬼さん!? 十両蛙からそんなでかい収納袋ゲットできるんですか!?】
【待って!! スルーしないで!! 教えて狂鬼さん!!】
【え、この人十両蛙と相撲したって言った? 意味わかんないんだけど】
【狂鬼さんだからなぁ】
コメントが騒がしいが、鈴鹿は目の前のモンスターに集中する。外野と話しながら戦うような無礼な真似はできない。
鈴鹿が近づくと、碧雲の鱗が立ち上がり近づいてくる。やはり一体ずつ戦う様だ。とりあえず試合っぽいので一礼する鈴鹿。今の鈴鹿にとって5区のモンスターの上澄みであろう碧雲の鱗であっても、敵ではない。だからといって傲岸不遜な態度はとらない。全力で戦いを楽しむまで。
それに何かを感じ取ったのか、碧雲の鱗も聞き取れない声を上げ一礼する。
「お? 何だ? 口上か? 俺は狂鬼、お前を屠る者だ。全力で来い」
言葉は通じない。しかし、お互い相手が何を言わんとしたのかは通じる。
開始の合図もなく、一瞬の静寂の後に静かに戦いは始まった。
碧雲の鱗は軽く、それでいて速く動き回り全方位から鈴鹿を攻め立てる。独特な緩急を付けながら身軽に動くその様子は、俯瞰してスマカメの映像を見ている視聴者からはまるで舞っているかのように見えることだろう。
青みを帯びた鱗が陽光を反射し、キラキラと輝いている。そんな綺麗なモンスターであるが、攻撃は苛烈。独特な緩急のせいか、右からの攻撃だと思えば急に後ろから攻撃されるように感覚を狂わされる。まるで瞬間移動をしたような碧雲の鱗の攻撃だが、鈴鹿は全てを防いでゆく。
鈴鹿は『聖神の信条』によって武器を持つことができない。その代わり、毒魔法による強固な拳を手に入れた。剣を真っ向から弾き返せるほどの不壊なる拳を。
鈴鹿は狂鬼戦で昇華された極夜の毒手でも、雷装を纏わせた白夜の毒手でもなく、いつも通り夜天の毒手で碧雲の鱗を迎撃する。
極夜の毒手も白夜の毒手もオーバースペック過ぎるのだ。滅却の権能を持つ狂鬼のような強さのタガが外れた様な相手に全力を振るうための拳であり、普段使いするには過剰すぎる。そのため、使いやすい夜天の毒手で迎え撃つ。
体術レベル10どころか武神のスキルが発現した鈴鹿にとって、碧雲の鱗との戦いはとても楽しかった。相手の攻撃の意図をより深く理解することができるのだ。緩急の動きがどのような作用をもたらすのか、その攻撃の裏にどんな次の手を考えているのか、そしてなんでその手を選択したのか。碧雲の鱗が無意識レベルで行っていることまで理解できる。
戦闘への解像度が一気に上がった感覚。特に戦術を組み立ててくる相手だとより一層違いを感じられる。尖烈龍のような持って生まれたフィジカルと能力でごり押しするタイプではなく、磨き上げた技術で戦う相手ではより多くのことを学ぶことができる。
一通り碧雲の鱗の攻撃を受けきった後は、いつも通り武器を強奪する。碧雲の鱗も重鎧の鱗も武器はバラエティーに富み、レイピアのような武器を使うこともあれば、戦槌を持っていることもある。コレクションアイテムとして毎回強奪したことで鈴鹿の武器バラエティは豊富になったのだが、そのせいで収納が圧迫されてきたので、いよいよどうにかする必要が出てきている。
ちなみに視聴者にはわかりにくいように倒すと同時に武器を奪い、煙に紛れて収納に入れているので多分ばれてない。まぁ、今更ばれたところでだが。
武器を奪うと同時に心臓を破壊する。その衝撃はガラスにひびが入るように全身へと広がり、煙へと姿を変えた。当初の予定だと水魔法で戦うつもりだったが、こんな相手に魔法を使うのはもったいないので、水魔法のレベル上げは次回に持ち越しだ。
奪った武器を収納に仕舞えば、重鎧の鱗が次は俺の番だと立ち上がる。
大剣を手に近づく重鎧の鱗。こちらも聞き取れはしないが口上を述べ一礼する。
「ああ、お前も面白いよな。全力で来い」
鈴鹿も一礼すると、戦いは即座に始まった。重鎧の鱗が地響きをたてながら鈴鹿へと迫る。碧雲の鱗が柔の剣だとすれば、重鎧の鱗は剛の剣。小技など全てまとめて薙ぎ払う。そう言わんばかりの攻撃は、わかりやすくシンプルに強い。
上段から振り下ろされる大剣を、鈴鹿は正面から迎え撃つ。大剣と夜天の毒手が衝突し、凄まじい衝撃が一帯を襲う。衝撃に花々は宙を舞い、水面には波紋が広がる。だが、その一度だけでは終わらない。何度も何度も、重鎧の鱗は鈴鹿へと大剣を振るった。
重鎧の鱗の攻撃は大雑把である。鎧の様な鱗が生半可な攻撃は全て防ぎ、剛の剣は鎧袖一触の如くことごとくを薙ぎ払う。
だが、それは鈴鹿には通用しない。真っ向から重鎧の鱗の自慢の攻撃が弾き返されてゆく。
「ほらほらほらほらぁああ!! もっとギア上げろぉおおお!!」
鈴鹿の挑発を受け、重鎧の鱗はより魔力を込めた一撃を振るう。だが、鈴鹿は相も変わらず重鎧の鱗の攻撃を弾き返してゆく。
碧雲の鱗のような攻撃も好きだが、力こそパワーなシンプルな攻撃も戦いという感じがして鈴鹿は好きだった。ガンガンガンと拳と剣が打ち合う音とは思えない重低音が辺りに響き渡り、程なくして鈴鹿の拳が重鎧の鱗の心臓を破壊して黒い煙へと変えた。
煙と共に強奪した大剣を収納へ仕舞い、最後の一体へと目を向ける。
練鱗淵の番:レベル192
エリアボスが立ち上がる。淵の番はとても綺麗なエリアボスであった。磨き抜かれた白金に輝くプレートアーマーに身を包んでいる淵の番。プレートアーマーは新品の様に綺麗という訳ではなく、使い込まれ、けれども一切の傷を負わなかったゆえの輝きを称えていた。
2メートルを優に超える身長の淵の番は、背丈に合う巨大なロングソードを引き抜いた。一目で業物とわかる美しい剣。天上の世界のような背景と相まって、一枚の絵画のようであった。スマカメからも感嘆のコメントが流れている。
何を言っているのか理解はできないが、他の2体同様に淵の番は口上を述べたのだろう。
「狂鬼だ。レベル192、格上だな。ぜひ胸を貸してもらおう」
鈴鹿の口上に対し、淵の番が頭を傾げる。淵の番の声は聞き取れないが、まるで『それはこちらのセリフだろう』とでも言っている様であった。
言葉は通じずともお互いの力量はわかる。突出したスキルが揃っている鈴鹿の方が強いだろう。だが、そうではないのだ。
「俺はあんたの研鑽に胸を借りるんだ。さぁ、存分にやり合おうッ!!」
淵の番の重く鋭い一撃が鈴鹿の首を斬り飛ばすために迫りくる。それを十二分に魔力を込めた夜天の毒手で迎撃しようとするが、スキルによる直感がそうではないと教えてくれる。まるで鈴鹿の動きを誘導するかのように、振るわれる剣とは反対に夜天の毒手を差し込んだ。
瞬間、重鎧の鱗よりも重い一撃が腕に衝撃を与える。振るわれたと思っていた方向とは真逆から剣を振り抜かれていた。スキルによって何が起きたかを即座に理解するが、それは与えられた解であり自分自身が納得できる形で落とし込んだものではない。
上段から振るわれた剣が、スキルの導きにより側面からの攻撃だと認識し容易く防ぐ。
結果だけを見れば淵の番の攻撃を見事に防ぎきっているのだが、まるで錯視の作品でも見ているかのように脳は混乱しっぱなしである。
淵の番の攻撃は鈴鹿が狂鬼相手に行った攻撃に近い。虚実入り混じる攻撃を行っているのだ。
攻撃すると思わせてしてこず、してこないと思ったら攻撃されていた。攻撃するぞという意識を極限まで排することで、相手の意識外から攻撃を仕掛けることができる。
淵の番にとって剣を振るうことは日常であり、それは攻撃であって攻撃にあらず。淵の番に斬られたとしても、斬られたと自覚するまでに長い時間を要するだろう。自然な太刀筋。一切の力みは無く、全ての無駄を削ぎ落した完璧なる動き。
恐らく剣術を嗜む者、剣術スキルが発現した者が淵の番の攻撃を見れば、感極まって涙を流すのではないだろうか。それほどの極致に淵の番はいた。
だが、それらの攻撃は鈴鹿には通用しない。狂鬼と出会う前であれば、防戦一方だっただろう。ただでやられるつもりは無いが、だからといって一方的に攻撃できるレベルの相手ではない。例え鈴鹿が全力の状態になったところで、拮抗すればいいレベルだろう。ステータスをいくら上げようとも技量の差で覆される、淵の番はそう思わされる相手であった。
だが今の鈴鹿は淵の番を圧倒する。体術レベルが10になり、自分だけでなく相手も含め、どんな動き、どんな攻撃をしてくるのかが手に取るようにわかる。こう動けばこういう結果に繋がり、こうしてくるからこう返すのだ。まるで詰将棋のように、動きに対する最適解が与えられる。
そこに武神のスキルが力を発揮する。鈴鹿がどうしたいかという意思をくみ取り、最適解をつくり変えてゆく。森羅万象全てのものが鈴鹿の思い通りになるように、武神が鈴鹿をアシストする。
鈴鹿はもっと見てみたいと思った。淵の番がどれほどの高みにいるのか、どんな技を繰り出してくるのか、余すことなくすべてを見たいと。
結果、淵の番の猛攻を一切合切無効化してゆく。突きこまれた剣を側面を弾き躱し、剣が増えたのかと錯覚させられるほどの連撃は、それ以上の速度を以て叩き落す。少しでも淵の番が持つ全力から劣る攻撃をしようものなら、剣を破壊するぞとあえて掴むように攻撃を受け止める。
淵の番がどういうモンスターで、自我があるのか、感情があるのか、ただプログラムされたようなモンスターなのかはわからない。しかし、鈴鹿は確信する。今が淵の番の生涯において最も研ぎ澄まされた瞬間であると。高みに立ち、なおも上へ上り詰めた集大成だと。
「-・-・- ・- ---- ・・ -・ ・・ッッ!!!」
プレートアーマーの口が生き物のように開き、聞き取れない声を上げる淵の番。膨れ上がる魔力から、これが最後の攻防になるのだろうと鈴鹿は理解した。
「こいよッ!! 正面からねじ伏せてやるッッ!!!」
そう高らかに言う鈴鹿は、淵の番に嫉妬する。羨ましいなと、激しく焦がれる。
自分の技術に確固たる自信があり、ここに来てさらにその技術を昇華させて一段高みへと至る快感。鈴鹿のような強力なスキルによるアシストではない、本物の実力。狂鬼にも感じたその嫉妬は、鈴鹿にとっての無い物ねだり。そう理解はしているが、羨まずにはいられない。
喰らえ。
狂鬼の声がする。複数の声が混じり合ったような、不可思議な声が。
どうすればいいのか即座に理解する。奪うのではない。喰らい、蓄える。
瞬きすらも命取りとなる刹那のやり取りの中、淵の番は今日一番の輝きを見せる。超絶した剣技より繰り出される技は、音すら置き去りにして鈴鹿へと襲い掛かる。
だが、その剣が鈴鹿を切り裂くことはない。宣言通り、全ての攻撃は夜天の毒手によって防がれる。淵の番の渾身の振り下ろしを、鈴鹿はあろうことか片手一本で掴み取った。
剣を掴む腕は、気づけば白夜の毒手となっていた。存在進化も解放され、雷装により強化されている。
自分が繰り出した最高の一撃。それを掴み取られては、もはやどうしようもない。淵の番は結果を受け入れる様に、もがくことはしなかった。
「俺の力になれ」
鈴鹿の口が大きく大きく開かれる。それに合わせるように『狂鬼の面』が開いてゆく。そして、勢いよく口が閉じられると、淵の番の上半身は消滅し、即座に巨大な煙へとその姿を変えた。
Tips:練鱗淵の番の攻略方法
碧雲の鱗、重鎧の鱗が順番に出てくるため、後ろに控える淵の番を攻撃せず順番通り戦うこと。仮に淵の番を先に攻撃した場合、周囲から碧雲の鱗と重鎧の鱗が多数出現しこのエリアが適正の探索者では対処できない状況になるため止めること。
淵の番は戦う前衛に応じて強さが変動する珍しいエリアボスである。無論、レベル1の探索者を連れて行ったとしてもそこまで強さの幅が弱まることは無い。最低でも3層5区のエリアボス級。適性を超えるレベルの探索者が現れたさい、能力が上昇するため注意すること。
淵の番はシンプルなモンスターで、ただただひたすら剣術の技量が高いモンスターである。このレベルのエリアボスに挑む探索者であればかろうじて付いてこれるレベルのエリアボスであり、魔法職など後衛の探索者はひたすら前衛の援護に回ることをお勧めする。
また、淵の番が身に纏うプレートアーマーのような鱗は、魔法耐性を備えるため範囲攻撃程度では動きを止められないので注意が必要である。
じっくりと腰を据えて戦う必要があり、シンプルなモンスター故、複数で抑え込みダメージを蓄積させて倒す正攻法が最も効率的な倒し方である。




